新幹線
程なくして新幹線に乗り込んだ僕達は、いよいよ目的地へと旅立つ。
一日目は観光。目的地は広島県だ。
海で遊んだあと、ふらふらしてから厳島神社へ。
既に予約済みの宿に泊まり、明日の予定へと以降する。
桜は外が気になるようで、左手に小説を持ちながらも、顔は過ぎ行く景色の方へ。
そんな桜の横顔を僕はなんとなく見ていた。
「なに? あんまりジロジロ見られてると気になるのだけど」
案の定突っ込まれる。
桜は手櫛で髪を整えてからはっとため息を吐く。
「……暇」
「はあ? アンタが遅刻さえしなければ今頃ワイワイトランプでもやってたわよ」
「たしかに。でもあと3時間もあるんだよなあ。寝ていい?」
「アンタ散々寝ておいて、まだ寝足りないというの? 全く……私が眠らせてあげようかしら?」
「じょ、冗談だよ。あはは……。じゃあさ、あれだ桜が今読んでる小説の話をしよう」
「ネタバレ厳禁。余計なこと言わないで」
「桜って、別にそんな熱心に小説を読むタイプじゃなかったよね?」
読んでも漫画くらいのもので、彼女が文字を負っている姿というのはかなり珍しい。
「私くらいの成績上位者になると、学力を上げるためには勉強以外のとこらからも情報を仕入れるようになるのよ」
「へえー。さすが現文で99点を取っただけはあるね。説得力が違うよ」
「ふん。まあね。アンタもたまには読書をしてみるといいわ。そうすればもう少し点も伸びるんじゃないかしら」
「いやいや、僕はこれ以上点を伸ばすことは出来ないよ。テストが100点満点である限りは……痛っ! 何すんだよ!」
本の角が眉間を当たる。
「忘れてたわ。アンタが不動の学年一位だったのよね。……ムカつく!」
「いやいや、2番も凄いと思うぞ? ほら、二は一の二倍線があるからな! 二倍凄い!」
「……ねえ、湊。もしかして私に喧嘩を売ってるのかしら」
どうやら桜はご立腹の様子。
切れてる。めちゃくちゃ怒ってる。プルプル震えてる。こえぇよ。
「まあまあ、落ち着けって。深呼吸だよ。短気は損気だぜ?」
「……。そうかしら。私、最近の湊を見てて思うのだけれど、気の長い人間の方が損をすると思うのよね」
「ん? そんなことないだろ?」
「でも、許しの心を持ってしまうが故に、被害は増えるでしょう? それに、世の中、言ったもん勝ちみたいなところあるじゃない?」
「んー。まあ、そうなの、かな?」
よく分からないや。
まあ、僕も別に気が長いわけじゃあない。
昔は言葉よりも先に手が出るタイプだった。
ただ、歳を重ねるうちに、突発的な動きを封じるようになった結果、色々と自制心が鍛えられたって感じなのだ。
「私、湊と再開してから1度も頬を引っ張られてないもの」
「成長したなあ、僕も。しかも桜と違って、真っ直ぐ好青年へと成長したわけだ。これが紳士って奴かな?」
「……その件に関しては本当に悪かったって思ってるわよ。でも、私の中ではまだ精算し切れてないから、あんまり軽々しくネタにしないで欲しいわ」
一生背負っていくつもりだから、と桜は言う。
そんな桜の頭を僕は撫りこ撫りこ。
サラサラと髪を梳く。
「ははっ。なんか久しぶりだなあ、この感じの桜って」
普段はツンケンしてる桜だから、しおらしくなったときの桜と話すのは久しぶりだ。
「アンタは昔から意地悪だわ」
ぶすーっと不貞腐れた様子の桜。
しかし、僕の手を払い除けることはなく、されるがままだ。
と、その時、僕のスマホが揺れる。
相手は──中嶋からだ。
「もしもし、隅田湊です」
『やあ、寝坊助。そっちはどうだ?』
「いや、ほんっとごめん。マジでごめん。こっちはもう桜と一緒に新幹線に乗ってるよ」
『そっかそっかー。よかったわ。こっちはウハウハハーレムだぜ!』
「彼女の前でそういうこと言うなよ……」
まさきは中嶋のそういう発言の数々をどういう気持ちで聞いているのだろうか。
『……あ、UNO! 待って、今電話中だろ! ノーカン!』
UNOしてるのか、楽しそうだなあ。
『あ、もしもし湊? とりあえず、予定通り、今日は海で遊ぶから、現地集合で!』
「おっけー。了解しました」
『ん。じゃあな──イチャイチャも程々にするんだぞ』
最後に置き土産をひとつ。
中嶋は一方的に電話を切る。
「なんだって?」
「あ、うん。予定通り、海に集合だってさ」
「……そう」
「桜は、その、海には入るの?」
「水着は……買ったわ」
「へえ。そりゃあ、楽しみだ」
会話の内容とは裏腹に、その声は若干沈み気味。それなりにデリケートな問題だ。
桜の背中には、大きな傷がある。
昔。彼女が虐められていた頃。階段から突き落とされたとき、たまたま掲示板から露出していた釘が背中を大きく抉ったのだ。
少し冷えた空気の中、俺は話題を変える。
「そう言えば、先週らぎちゃんとプールに行った時なんだけどさ。ナンパが凄くてビックリしちゃったよ。ちょっも目を離したら直ぐに人集りができちゃうんだもん」
グラマー美女の柊はとにかく破壊力がやばい。
あれは天性の男殺しだ。幼馴染じゃあなかったら俺も鼻血出てた。
「……ねえ、湊。私、その話初めて聞いたのだけど」
「あー、椛ちゃんから聞いてない?」
「なに? 椛も行ったの? 私だけ置いて?」
だって桜はプール嫌がるじゃん、とは言えない空気だ。一人だけ除け者されたことを完全に根に持ってる。
「UNO!」
とりあえず大きな声を出してみる。
「そんなんで誤魔化せると思ったの?」
全然効果がなかった。
「ほら! 僕って私服のセンスがないからさ。らぎちゃんと椛ちゃんに選んでもらったんだよ。その時に水着も買うことになってさ」
「ふーん。それで、試着を手伝った、と」
「え?」
「とぼけなくていいわよ。柊が湊の意見を求めないわけがないじゃない。アンタは自身の性癖に合わせて私の妹にあんな水着やこんな水着を着せたんじゃないの?」
ば、バレてらぁ〜。
ただ、ひとつだけ補足するならば、妹ではなく妹たちだ。椛の水着も僕が選んだ。
「まさか手出してないでしょうね?」
「も、もちろんだよ! ひとつの浮き輪に3人で入りながら、流れるプールを泳いだりなんてしてないぞ! 二人の足がつかない深いところでおんぶや抱っこをしたりなんてことは有り得ない!」
冷や汗が垂れる。
桜の視線は、何もかもを見透かしているようでさえある。
いや、でもさ。プールって薄着だからそりゃあ目のやり場には困るんだけどさ。
不思議とやましい気持ちにはならないんだよね。だから僕は悪くないと思う。
「全く。めんどくせぇシスコン野郎だぜ」
「んなっ! アンタ開き直ったわね」
「あー、そうだよ。開き直るよ。らぎちゃんは黒のビキニを着てもらったし、椛には水色のワンピを着てもらいました〜。可愛かったです」
口喧嘩。というには、僕達の中じゃあ、いささか穏便過ぎる。それでも、こんなふうに言い合いになるのは、本当に久しぶりだ。
転校した間にたくさん変わった僕達の関係だけれど、どこか昔みたいな懐かしい空気を感じた。
結局、僕たちは言い争って、疲れて、そのまま寝落ち。次に僕が目を覚ましたのは、目的地到着の5分前だった。
「桜、桜、起きてっ!」
僕の左肩に頭を預け、左腕を抱きしめるようにして眠る桜。面白いことになりそうだなあ、と思った僕はパシャリと写真を一枚撮ってから桜を起こす。
「着いたよ。降りるよ」
「んっ……」
実は彼女、めちゃくちゃ寝起きが悪いのだ。
どれくらい悪いかと言うと、目覚まし時計を使い捨てにするくらいだ。1回寝るとなかなか起きないし、起きても不機嫌。
困った子である。僕も寝起きがあまり良くない方で、桜はそんな俺をいつも小馬鹿にするけれど、柊曰く、桜の寝起きの悪さは僕以上だという。
ゾンビみたいにキャリーケースを引きずる桜とついに広島へ上陸。
「さあ、旅行を楽しむぞー!」




