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遅刻



「ダメだ。電話もでねぇや」


 ポケットにスマホを仕舞いながら、中嶋が状況報告をする。


「寝坊ね」

「ねぼーデス」

「寝坊だな」

「寝坊ですね……」


 今回旅行に行くメンバーは全員で6人。

 中嶋と桜、エマに、まさきに、朱里。湊以外の6人が既に出発の支度を終えて、駅前に集合している中、彼の姿だけがない。

 本来の集合時間からはまだ5分しか過ぎていないものの、いつも時間にはきっちりとしている彼が連絡もなしに遅刻するとすれば、それはもう寝坊しかない。


「湊はちょっとやそっとの事じゃ起きないわ」


「なるほどデス。それをいいことにイケナイいたずらたくさん、シタデスね!」


「してなっ! ……いわよ」


「したな」

「したね」

「しましたね……」


「と、とにかく。目覚まし時計は使い捨て、みたいな男なのよ、あいつは。起きないし、起きても機嫌が悪いし、で最悪な奴よ」


「じゃあ、今起きても間に合わないか……どうする?」

 

 中嶋は今後の予定を変更するかどうか意見を募る。

 このまま湊を置いて行くのか。それとも、起きるのを待つのか。


「とりあえず、湊の家族に電話を掛けてみるわ」


 桜は少しだけ集団と距離をとると、湊の母親に電話をかける。


「……あ、もしもし、桜です。はい。朝早くすみません──」


「あいつ、敬語使えたんだな」


 まさきが感心したように言う。

 些か失礼な気もするが、他の4人も思うことは同じようで、意外そうな目で桜を見つめる。


「電話の時声が高くなるのは桃原さんも一緒なんですね……」


 朱里は苦笑いさえ浮かべている。


「……あ、やっと出たわね。おそよう、湊。アンタ何してんの? 集合時間とっくに過ぎてるわよ。は? なに? そんなの関係ないわよ。みんな楽しみにしてるのに雰囲気壊すことしないで欲しいわね。……ええ。まあ、そうよ。だから! ……そうよ。ええ。私も湊が一緒の方がいいわ……ばっ! バカッ! 余計なこと言ってないで早く支度しなさいッ!」


「……電話しながらイチャついてるな」


 やがて電話を終えた桜は、キッと、全員を睨んだが、特に言及するでもなく電話の内容を告げた。


「やっぱり寝坊だったみたい。新幹線には間に合わなそうだから、先行ってろって」


 桜は長い髪を撫で、毛先を整えながらそう言った。

 少し呼吸が荒く、頬も赤い。


「え、じゃあ湊のことは置いていく感じ?」


 中嶋の疑問に対して、桜はこくりと頷く。


「あんな奴、本来なら置いていって構わないのだけれど、その、流れで私がここで待つことになっちゃったから……」


 少しバツが悪そうに、桜は、4人に先に行くよう告げた。


「私のことはいいから先に行け!」


 もはや命令だった。


「じゃあ、束の間のデート、楽しんでこいよ!」


 まさきの置き土産で4人は新幹線のホームへ。

 桜は言い返すこともせず、黙って湊を待った。



☆☆☆



 寝坊した。完全に寝坊した。

 僕はキャリーバッグを引きずりながら、改札を出る。支度はだいたい終わっていたので、なんとか一本あとの新幹線に乗ることができそうだ。



「遅い」


「どうして……」


 全員先に行くはずじゃ……。

 新幹線の乗車券を買おうとしたところで、しかめっ面の桜に声をかけられる。

 

「どうして、じゃないわよ。全く」


 ため息を吐いた桜は僕を睨みあげる。

 だいぶご立腹のようす。


 当然だろう。せっかくの旅行。

 桜が言った通り、雰囲気を壊してしまった。


「ごめん、桜」


「私は別にいいけれど、後でみんなにはちゃんと謝りなさい」


「はい……」


 桜はそれ以上何も言うことなく、僕達は新幹線の乗車券を購入する。


「少し時間あるし、寄ってこっか。奢るよ」


 コーヒーショップの前で、僕はそう提案して店の中に入る。

 店内でゆっくりするほどの時間はないので、オシャレにトッピングされたアイスコーヒーを2つ買って、改札を抜ける。


「ありがとう、待っててくれて」


「別に。アンタ昔から方向音痴じゃない。また迷子になるんじゃないかって思っただけよ」


 方向音痴……か。

 いや、ほんと、その通りなのだ。


「正直助かるよ、僕が苦手なことのうちのひとつが、見知らぬ地での現地集合だからね」


 それで何度迷子になったことか。

 考えだしたらキリがない。


「あ、そう言えば、昔さ、僕が丘の上の公園に行こうとしたときのこと覚えてる?」


「ええ。覚えてるわ。確か雨の日だったわよね。神社で泣いてる湊を私が見つけたんだったわ」


 僕はその公園に行こうとした途中、迷子になって神社の境内でひとり泣いていたのだ。

 日が暮れて、どんどん暗くなって、心細くなったときに、迎えに来てくれたのが桜だった。


「ただ、楓さんはすごく心配してたらしいけどね」


 隣の家の子がいなくなったと思ったら、今度は自分の娘までいなくなってしまったのだ。

 気が気じゃなかっただろう。


「でも、昔からそうだったなぁ。迷ったとき、一番に手を差し伸べてくれるのは桜だった」


「なに急に。やめてよね。昔のことなんて」


「そうだね」


 それら全てはもう、過去のことだ。

 全部──過去の話だ。


 俺はストローに口をつけて、未来に思いを馳せる。


 透き通るような苦味が口に広がった。

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