寂しがりやのアーネ
新作「女装レイヤー俺氏。女の子になってしまったので女子レイヤー仲間増やして百合百合するです」
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勇者アイドル百合ハーレム ~アイドルな勇者が百合ハーレム率いて魔王討伐~
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上記二作品もよろしくお願いします。
アネモネ……否、ユーリカが王宮より去ってから三日が経った。
執務室で作業をしつつ、はぁ……と無意識にため息をついてしまうクリスティアーネ第二王女。通称アーネ。そんな自分に嫌気がさしたアーネは、資料から目を外し、立ち上がり窓の外を眺めながら呟いた。
「ユーリカ、今頃どうしてるかなぁ……」
午後のお茶会の時間となった。
貴族のご令嬢と共にするのが長年の習慣だったが、ここ数日間はザムエル第一王子とシルヴィア第一王女と一緒にお茶をする機会が増えた。
元から仲は悪くなかった三人兄弟は、アネモネという妹分が出来た事で、更に仲良くなった事を実感するアーネ。その思いは他の2人も例外ではなかった。
「はぁ……アネモネちゃん、早く戻ってこないかなぁ」
足をプラプラさせながら、ケーキを頬張るシルヴィア。年齢に似合わず、童顔な彼女には、その稚気な動作は似合っていた。
「まぁ、お姉さまったら。……アネモネならすぐに戻って来ますわ」
言っているアーネが一番寂しそうなのは明白であった。
そんなアーネをからかうシルヴィア
「ふふっ、アーネもそんな顔をするんだね」
「そんな顔……とは?」
分からないという風に、自分の顔に手を当ててみるアーネ。ザムエルが苦笑いしながら、シルヴィアの代わりに答えた。
「なんか寂しそうな顔してるよ、アーネ。 君は昔からずっと大人びてた子だったからね。思いっきり笑う事も、泣く事も、そして寂しがるような素振りさえも見せた事がなかった」
アーネは日本からの転生者だ。現世では16歳だが、前世の年齢も加味すると、精神年齢は国王達と同じくらいである。現世で生まれた時から自分の立場を理解していたアーネは、自分には思いっきり泣く事や、笑う事などの感情を発露させる事は、許されていないと思っていた。
「アネモネには感謝しているんだよ。 もちろんセーヴェル公国と対話する機会を持ってきてくれた事もそうだけれど。なによりもアーネ、君の年齢に見合った少女らしい表情を、君に与えてくれた事に、感謝しているんだ」
「お兄様……お姉様……」
泣きそうになる感情を堪えるアーネ。その心情を知ってか知らずか。ザムエルもシルヴィアも、無言で微笑み返すのみだった。
「ありがとうございます」
ユーリカが王宮から離れて7日目。普通に馬車を使えばそろそろセーヴェル公国の南口市に到着している頃だ。とはいえ、ユーリカ達の事だ。旅の途中でなんかしらの現代的な、或いは未来的な乗り物に乗り換えて、とっくにセーヴェル公国に着いているのかもしれない。
「アネモネちゃん、そろそろセーヴェル公国に戻った頃だよね」
「お姉様、毎日そればっかりですね」
「ふふん、アーネも同じくせに」
そんな姉妹の温かい交流を横目に、ザムエルは何か思い悩んでいるように見えた。
「お兄様? どうかなされたのですか?」
心配そうに尋ねるアーネとシルヴィア。
「いや、ちょっと仕事が多くて睡眠不足でね」と、ザムエルは誤魔化すかのように言うが、明らかに違うと分かるアーネ達。
ザムエルがお茶会の最後に、周りに見えないよう、一封の親書をクリスティアーネへ手渡した。「独りの時に見てくれ」と、去り際こっそり耳元で囁いた。
夜になった。執務を終え、部屋に戻ったアーネは、ザムエルから手渡せれた親書を開封した。中にはザムエルが自分の母であるコラン第一王妃が、クリスティアーネ、並びにアネモネを害するのでは無いかと心配していると書かれていた。
「お兄様……」
やはりザムエルは第一王妃一派側では無かった。その事実に安堵した……その時だった。
ガコン、と背後の本棚が動き、男が現れたのは。
「っ! あなたはっ!」
落石暗殺作戦で土魔術を行使した魔術使いの男が、眼の前にいた。体や顔は苛烈な尋問でボロボロになっていた。 その憎悪に満ちた視線に身が竦んでしまうアーネ。
「お前の!せいで!こうなっちまったよぉ!」
潰されかけた喉から絞り出すようなダミ声で呪詛の言葉を吐く魔術使い。
「国王直轄の牢に入れられていたのでは!?」
「誰の差し金だかは知らんが、俺を助け出してくれたヤツがいてな」
魔術使いは、くくっと、ひしゃげた顔を更に歪ませて笑った。
とっさに外へ逃げようとするアーネを、あっという間に土魔術で拘束し、口を塞いでしまう。そして土壁で門も封鎖してしまった。
部屋の中の異音に気がついたのか、門の外からは「姫様!!何事ですか! くそっ! なんだこの壁は!!」と、護衛の騎士達の声が聞こえる。
騎士たちが入って来られない事を確認し、魔術使いはこれ見よがしにナイフをアーネの顔の前にちらつかせてきた。
「お前は生け捕りにしろと言われてるがなぁ……別に五体満足で連れてこいとは言われてねぇんだよなぁ」
口を塞がれたアーネは、それでも鋭い視線を魔術使いに向け続けていた。
「ちっ!ちったぁ怖そうにしろや!」
その強い目線が癪に障ったのか、逆ギレした魔術使いはナイフでアーネの顔に十字の切り傷を刻み込んだ。
「つっ!」
痛みと恐怖で体が強張るアーネ。どんなに精神年齢を重ねたところで、ここまで怖い思いをさせられて、気を強く持てる人は、通常いない。
「くははっ!美人顔が台無しだな!」
「アーネを! はーなーせ!!」
どこからともなく声が近づいてきた。それと同時に、炸裂する窓。
懐かしいその声の方へと、アーネは振り向いた。
爆散する土煙の中から現れたのは、冒険者の格好に身を包んだユーリカだった。
チラッとアーネを見るユーリカ。アーネが無事である事にホッとするのと同時に、その顔の傷に気が付き、表情を怒りに染め上げる。
「……アーネを離せ、土魔術使い」
「なんだ……俺の事を知っているのか?」
「知っているよ。女性の顔に平気で傷をつけれるようなゲス野郎だってね!」
「おっと、動くなよ? 王女サマがどうなってもいいのか?」
「……試してみる?私が速いか、お前が速いか」
「くはっ!俺の魔術ストックよりも速いヤツがいるわけがねぇ……」
<精霊魔術・凍結>
「ぎゃあああああああっ!!!!腕がアアア!!」
魔術使いがアーネとユーリカそれぞれに向けて居た腕が、一瞬にして凍りついた。同時にユーリカがナノマシンで強化した身体を加速させ、突進する。ナイフを二閃。凍らせた魔術使いの両腕を切り落とした。
<電撃>
そして叫ぶ隙も与えず、電撃を纏わせた打撃を魔術使いの顔に打ち込み、失神させた。本当は殺してやりたいところだが、アーネの前でそれをすると、アーネが悲しむ。
それに生け捕りにする価値もある。通常の方法では何も吐かないコイツでも、『機関』の自白剤の前には何もかもが明らかになるだろうから。殺すのは洗いざらい全てを吐かせたあとでも、一向に構わないのだから。
「アーネ、ごめんね……守るって約束したのに」
申し訳なさそうに、アーネの身を起こし、纏わりついた土を魔法で分解していくユーリカ。
「ううん、ありがとう。こうして助け出してくれたじゃない」
そう言ってアーネは微笑もうとするが、十字に切られた傷が痛むのか、苦痛に顔を歪めた。
「顔の傷も……すぐに治してあげるからね」
そう言って、ユーリカは、アーネの唇に静かにキスをした。




