尻尾
子供達が真っ先に交流している中、国王、コラン第一王妃にスザンナ第二王妃は、ユーリカと距離をおいたままだ。まずは年齢の近い者同士で語り合ってもらおう、という事のようである。
しかし問題は第一王妃である。そのバイタルサインには他の王族には見られないゆらぎがあった。献上された数々の生地や宝石に陶酔しつつも、それらをもたらした『アネモネ』を。ひいてはその『アネモネ』と交友関係を結んだクリスティアーネに視線が行く度に乱れが生じる。
『嫉妬』、『不安』、『殺意』……そういった負の感情が、バイタルサインをチェックしているユーリカ達にはダダ漏れであった。
「さぁ、準備が出来たようだ。そろそろ食事にするとしようか」
国王が、お喋りを続ける子供達に声をかけた。
食事中に味わって欲しいと、ユーリカはセーヴェル公国産のワインも献上品として持ってきていた。
「「「美味い!」」」
国王達の好みを徹底調査した上で造られたワインである。当然ながら、世界中の美酒を嗜んだはずの王族達を唸らせた。
ワイン自体はグランツ王国でも頻繁に飲まれているのでそれほど奇をてらった献上品では無い。それだけに、その旨さを見せつける事イコール、セーヴェル公国は造酒技術も高度に洗練されていると言う事を誇示出来るのだ。
日本酒を提供する案もあったが、晩餐会に出すには先進的すぎるのでお流れになった。代わりに明日の交友会で出されると事が決まっている。透き通っていながらも、果実酒のような味わいを持つ日本酒は、目ざとい貴族たちを振り向かせるのに十分に役に立つだろう。
美酒自体を肴に談笑しつつ、やがてサーブされたメインディッシュであるステーキを頬張り、国王はまたも唸る。
「っ! 美味いっ!……料理長を呼べ! これほどまでに美味なステーキは初めてだ!」
やがて呼ばれてきた料理長も、誇らしげにしていた。
「アネモネお嬢様から頂きましたセーヴェル公国の香辛料や調味料を、我が国の調理技法に組み込んだのです」
「おお……ワインと言い、香辛料と言い……セーヴェル公国は食にも高い技術を持っているのだな」
ひとしきりに感心する王族一家。特に国王とシルヴィア第一王女は興奮しっぱなしである。
明日の貴族たちとの交友会は王族によって開かれる物である。名実ともに『セーヴェル公国との半正式な外交パーティー』なのだから。それを主催する王族……特に流行りと話題を常に作り出していく事に腐心している国王とシルヴィアは、数々の献上品に加え、ユーリカ自身が持つ美しさで、すでに交友会の成功を確信している様子。
所詮は田舎国の田舎貴族の娘だとして振り向きもしなかった王国の貴族達も、この3日間で広まった『アネモネ嬢』の噂に惹かれて、参加希望者が後を絶たない状態になっている。……当然ながら、王宮で情報収集を務めていた三人組が『広めた』噂も多いのだが。
国王は平凡な人物である。
クリスティアーネ王女の資質を早い段階から見抜き、その政策の数々を実行に移した点が特に絶賛されているというのは、皮肉として語るにはやや不公平であろう。この平和な時代において、大国であるグランツ王国を過不足無く運営しているのもまた事実なのだから。
そんな自分への評判はよく理解している国王は、セーヴェル公国に更なる興味を持った。否。持たざるを得なかった。
このような隠れた実力を持つセーヴェル公国と友好関係を築けられれば……。グランツ王国はより一層発達出来る事は明白であり、更に言えば、他国よりも数歩も先をリード出来る。例えきっかけは娘であるクリスティアーネであろうが、それを発展させ実行させれば、国王自身の評価に繋がるのだから。
「セーヴェル公国のご令嬢からみて、グランツ王国はどうかな?」などといった定番の話題から、「もし我が国にお眼鏡に叶う男性がいたら、ぜひとも紹介したいものだ」など、政略結婚の話題まで。国王からの話が尽きない。
国王との受け答えはナノマシン通信を通じて、本部からの指示に任せるようにしている。ユーリカ自体も優秀な政治観察眼を持っているが、事が国同士。ひいては『機関』未来の目標……この世界の文明力を上げ、きたるべき外宇宙からの侵略に備える……が関わっている以上、政治的な判断はプロに任せるのが得策というものだ。ユーリカの晩餐会での仕事は、辺境伯ご令嬢という身分をしっかりと演じる事にあるのだから。
やがて食後のティータイムで、本部から『噂話』をするゴーサインが出た。
「そういえば私の部下が聞いた話ですけれど、最近は王宮西側の城壁をすり抜ける幽霊が出るのだそうで?」
噂話とは、毒のような物である。そこになんらかの真実があろうともなかろうとも、聞いた人々に影を落とす。ましてやそこに事実が含まれているともあれば尚更だ。
ユーリカは、周りにいる人物全員のバイタルをチェックした。
王様と第二王女は心配そうにしている。そんな噂話を聞いた事はあると知った上で、ユーリカが怖がっていないか気を揉んでいるようだ。
第二王妃は軽く興奮をしている。 第二王妃は自分の娘が暗殺されそうになっている事を知っている。その噂話の裏には暗殺集団が居て、それを外国の貴族から指摘された事に喝采しているのだろう。
第一王子には訝しげである。なんとなくその正体に心当たりがあるという風だ。彼は一瞬だけ、眼球を第一王妃の方向へ動かした。
そして、動揺しているのは第一王妃と、第一王妃の付き人数名。
ようやく、彼らの尻尾の先を掴める機会が出てきたようだ。
「おお、申し訳ない、怖がらせてしまったかね? なにぶん古い城だ、昔からそのような噂話は尽きなくてな」と国王。
「お父様、やめてください。アネモネ様がさらに怖がってしまうでしょう?」と、ユーリカを気に入っているシルヴィアが文句を言った。
「いえ、こちらこそ楽しい時間にこのような話をして申し訳ございません。どこにでも似たような噂話はあるのですねと思わず感心してしまった物ですから。セーヴェル公国の王宮にも、幽霊がたくさん出るそうですよ」
くすくすっといたずらっ子のように微笑むユーリカを見て、安心する王族一家。その安心の仕方は、三者三様であったが……。
それをきっかけに、晩餐会はお開きにする事となった。
「明日の交友会も、楽しみにしておりますわ」
そう言い、退出していくユーリカ。
翌日の昼に交友会が開かれた。
この交友会で、ユーリカ達の目標は大まかに2つある。 より多くの貴族をクリスティアーネ王女側に付かせる事。そして第一王妃一派の中で、クリスティアーネ暗殺に携わった連中を炙り出す事にある。
クリスティアーネ側に付かせるという目標の達成方法は簡単である。セーヴェル公国の実力を様々な面から貴族達に見せつけるのだ。そしてセーヴェル公国と仲良くしておいた方が良いぞと理解させる。セーヴェル公国と仲良くするという事。それはつまり、今回セーヴェル公国との交友を結ぶ切っ掛けとなったクリスティアーネ側に付くという事に他ならない。
それは大成功と言ってよかった。
『アネモネ嬢』の美しさに加え、『アネモネ嬢』がもたらした数々の品。それは競売という形で貴族達に提供された。貴族達はその高度な技術に舌を巻き……どっちつかずの日和見貴族達の多くが、クリスティアーネ王女に『アネモネ嬢』を直に紹介して欲しいと申し出たのだ。
そして、あぶり出しも上手くいっている。例の『噂話をつい口にしてしまった作戦』の効果は覿面であった。
王宮の西側。それはつまり第一王妃が住まう館に面しているのだから。そこには外部と内部を繋ぐ隠し通路が存在しており……間者がまるで『幽霊が壁を通り抜けた』ように見える訳だ。そしてその事実を知っている者が、つまりは暗殺計画に携わっているという証拠でもある。
落石によるクリスティアーネ王女暗殺計画を実行したケルナー男爵を始めとした、数名の貴族及びその付き人達のバイタルサインは、ユーリカが口にした『噂話』を聞いた途端、激しく乱れた。
『機関』本部はそんな彼らも監視下に置いていった。
それから数日後。『アネモネ嬢』は一旦セーヴェル公国へと帰る事にした。
「長い間お世話になりました。また来ますね」
「うぇえええん! アネモネちゃぁああああん!! もっと留まってもいいのにぃ~~!」
泣き出すのはシルヴィア王女。彼女はユーリカをまるで妹であるかのように溺愛していたのだ。実の妹であるクリスティアーネも当然愛しているが、あまり妹っぽくなかったので、姉としては忸怩たる思いがあったのだろう。美しくも愛らしい、ちっちゃなエルフのお嬢様に、シルヴィアは首ったけであった。
「寂しくなるよ。まるで新しい妹が出来た気分だったからね。……道中には気をつけて、アネモネ」
しんみりとそう語るのはザムエル王子。彼もまた、ユーリカには気を許していたようだ。ユーリカに接する時のバイタルサインに負の面は無く……時折、ユーリカの身を心配するような節もあった。母である第一王妃がなんらかの手を出すのではないかと気を揉んでいたのだろうか。
「またおいでね、アネモネ!」
言葉は短いが、離れる事を一番気にしているのは、当然アーネだ。ぎゅっと、ユーリカを抱きしめる。
抱きしめられ、えへへっと、思わず貴族的な笑みを浮かぶのを忘れてしまうユーリカ。その可愛らしさに、シルヴィアもクリスティアーネごと、ユーリカを抱きしめた。
「ありがとうございます、みなさん! また近い内にお会いしたしましょう!」
「そろそろお時間です、お嬢様」と筆頭騎士役を務めるバルタザールに催促されながら、名残惜しげに馬車へと乗り込むユーリカ。
窓から全身を乗り出し、王家の子供たちが見えなくなるまで、ずっと手を振り続けるのであった……。
「さーて。一段落っと……で、襲撃予測ポイントは出た?」
『アネモネ嬢』が帰る日を発表した時から、第一王妃身辺の動きが激しくなっていた。まさかのアネモネ嬢暗殺計画である。
「いやぁ、第一王妃、どんだけ焦っているんだろうねぇ……ちょっと、こっち見ないでよね」
ドレスを脱ぎ、身軽な格好に戻るユーリカ。
「交友会で多くの手下がクリスティアーネ様に靡いちゃいましたからねぇ……ぐへへ、下着姿のユーリカたんは何度見ても可愛いねぇ」
ヨダレを垂らしつつ、メイド服から戦闘服に着替えるフレデリカ。
<姫、交戦ポイントは、ノルト市を超えたあたりだと、予想が出ましたぞ>
馬車の外から、ナノマシン通話で語りかけてきたのは護衛騎士役を務めているダーグである。
<ダーグさん、もう姫扱いは辞めてほしいんだけれど?>
むー、と、憮然としてため息をつくユーリカ。
<がっはっは! 良いではないか! 俺にとっちゃあユーリカは娘みたいなもんだからな! 娘を姫扱いしない父親がどこにいる!>
ノルト市。ここ首都から馬車で約5日間先にあるそれはグランツ王国最北端の町である。以前クリスティアーネ王女が石鹸用の薬草を採取しに向かった場所でもあり、設定上、クリスティアーネと『アネモネ』が知り合ったという場所でもある。
「さぁ、これでようやく、第一王妃一派を一網打尽に出来るね!」
窮屈な貴族生活から開放されたユーリカが、久しぶりにニヤリと笑った。




