晩餐会
アネモネ嬢は、今夜は友人一家との私的なホームパーティーに招待されている。しかしルンルンと浮かれるような気分にはとてもなれない。
なぜならば、友人一家は「王族一家」なのだから。
通常、そこに招待されるべきは王国の重鎮貴族であったり、外交官など他国の貴族であったりする。例え王女の友人であっても、一介の貴族のご令嬢が呼ばれるようなシロモノでは無い。
そこに「謎の多いセーヴェル公国」との外交の前哨戦的な意味がふんだんに含まれているのは明らかである。
セーヴェル公国の非公式な外交官として振る舞うのと同時に、第一王妃一派の謀略の尻尾を掴む事。それがアネモネ嬢……つまりユーリカの今夜の任務であった。
「めんどくさー!!」
責任重大なその立場に、文句の一つも零さずにはいられないユーリカである。現在は彼女は王宮内に設置された巨大な浴室で、晩餐会に向けての準備を行っていた。メイド役のフレデリカと二人っきりであるが、念の為音声遮断をかけるのも忘れない。
「はいはい、ユーリカたん、今日はお姉ちゃんと一緒にお風呂に入りましょうねぇ、はぁはぁ」
「……ってなに服脱ごうとしてんの!? ちょっと!自分で入れるってば! というかここ三日間も私一人で入ってたでしょうが! 」
スキを見てはユーリカの貞操を奪おうとしているフレデリカと一緒にお風呂に入れるか! と逃げようとするユーリカ。だがフレデリカもナノマシンの持ち主である。瞬間加速してユーリカを捕まえてしまった。
「今日は大事な大事な晩餐会の日ですからねぇ。香油をたっぷり塗り塗りしませんと」
フレデリカはトロリとした香油を手に垂らし、いやらしく動く手付きでユーリカに遅いかかった。
「はぁはぁ、全身、いい香りにしてあげるからね!!!」
「ぎゃー!!!」
(汚された……)
死んだ目をしながらも妙に色気を帯びて風呂場から出てきたユーリカと、妙につやつやしたフレデリカの2人を、首を傾げて見つめるバルタザールとダーグ。
「……フレデリカ、またアネモネお嬢様になにかしたのか?」
やれやれと首を振るバルタザール。しかしこの男は、例えユーリカの大事な貞操が奪われようが、作戦に支障さえなければ、なにも文句は言わないのだ。
「ちょっとバルタザール! ほんとなんでフレデリカを今回私につけたの?!」
ユーリカは今更だが抗議の声をあげた。しかしそれは無視される。
「じゃあバルタザール。次はアネモネお嬢様の部屋に戻って次は衣装と化粧とヘアメイクの準備をしますよ」とフレデリカ。
「心得た」 とバルタザール。
「では私は晩餐会に持っていく献上品を用意してきましょう」とダーグ。
「ぐぬぬ……」 と無視されて歯切りをするユーリカである
夜になり、国王お付きのメイドが、ユーリカの部屋へやってきた。
晩餐会といえども、形式としてはホームパーティーだと聞いている。やや質素ながら、上級な生地で作られた事が見てとれるドレスを着用したユーリカが、会場へと招かれた。
「初めまして。 セーヴェル公国ガウス辺境伯の娘、アネモネ・ガウスにございます。今夜は晩餐会にお招き頂き、身に余る光栄にございます」
見事な淑女の礼を以て、ユーリカは王家一族へと挨拶をした。
「頭をあげよ。 アネモネ嬢。 今夜はアーネの友人として君を招いたのだ。そう硬くならずともよろしい」
今夜の晩餐会に政治的な意味合いはあれど、それとは別に、娘の友人を招待したいというそれは本心のようだ。国王が優しく声をかけた。
顔をあげると、王族一家がずらりと並んでいた。
「お招き頂いた感謝の気持ちとして、我が国から献上品を幾つか用意いたしました。ぜひお受け取りください」
国王と第一王子の男性陣には精巧な造りの置き時計と、細かい部分まで造形されたセーヴェル公国海軍の戦艦の模型を。
精度の高い時計と、模型とは言え、高度な技術が見て取れる戦艦の模型。それだけでセーヴェル公国が持つ軍事力が図り知れるという物。これは『セーヴェル公国にはこれだけの軍事技術がありますよ』という宣伝でもあるのだ。
なお、実際のセーヴェル公国が持つ軍事力は数世紀以上進んでいるが、あまりにも高い技術力を見せつけるのは得策では無い。 今回持ってきた献上品で、『セーヴェル公国が持つ軍事技術はグランツ王国よりも進んでおり、その程度は半歩以上一歩未満である』と見せかけている。それ以上を見せつけてしまうと、敵意を持たれてしまうからだ。
第一王妃、第二王妃、第一王女とクリスティアーネ第二王女などの女性陣には精緻にカッティングされた宝石の数々に加えて、ユーリカが連日王宮内で着用しているドレスや衣装に使用された生地を贈呈した。
ユーリカはこの3日間、王宮内のあちこちを歩き回る事で、貴族や女官。そしてメイド達にその衣装を見せつけており、それはすでに王妃達そして第一王女の耳にも入っていたのだ。
クリスティアーネを除き、早速献上品に夢中になる王族一家。
「おお……我らにとっては、セーヴェル公国は長年謎めいた国であったが……ようやくその一部を垣間見る事が出来たのだな」
感慨深く頷く国王。
「アネモネ様! 本日アネモネ様がお召になれているドレスの生地は、こちらかしら!」
興奮気味に、シルヴィア第二王女が瞳を煌めかせ、声を描けてきた。
今年17歳。クリスティアーネとは1歳しか変わらない。王族特有の銀髪に加え、愛らしいタレ目が特徴的だ。妹であるクリスティアーネが美人顔というのであれば、姉であるシルヴィアは可愛い系である。身長も妹よりも低い為、2人が並ぶと、どちらが姉なのか分からなってしまう。
実務方面で優秀なクリスティアーネ第二王女とは逆に、シルヴィア第一王女は王族の女性としての政治の舵取りが上手い。同世代の貴族の女性陣を常にリードし続け、流行りを作り出す能力は、王族にとって必要不可欠であり、クリスティアーネとは違った意味で優秀と言えた。
そんな彼女だからこそ、王族の中でいち早くセーヴェル公国が持つファッションセンスを見出したのだ。
「シルヴィア王女様に我が国の衣装が褒められるとは……大変名誉に思いますわ」
微笑むユーリカ。『シルヴィア王女の流行りに対する敏感っぷりはセーヴェル公国にも伝わっていますよ』というニュアンスを含ませてある。
「シルヴィアで良いわよ、アネモネ様! 時間がございましたら、ぜひとも私のお茶会に出て欲しいですわ!」
新たな流行りの兆しセーヴェル公国に見出したシルヴィアは、夢見る乙女のように興奮していた。
「ありがとうございます、シルヴィア様。 私の針子も誇りに思う事でしょう……いつかセーヴェル公国から針子達を招くチャンスを頂ければと存じますわ」
「まぁ! それは素敵ね! 私の針子達とも交流させて、一緒に新しい流行りを造りましょうね!」
ガシっと、ユーリカの手を握るシルヴィア。美少女と言っていいシルヴィアに近寄られて、ユーリカはニマニマしそうになる表情筋をナノマシンで抑えつけた。
「こら、シルヴィア。 アネモネ様が困っているだろう」
「そうですよ、お姉様」
苦笑いしながら近づいてきたのはザムエル第一王子とアーネだ。
ザムエル第一王子。国王とコラン第一王妃との間に出来た子であり、現在の王家の長男である。今年19歳。姉妹達と同じく銀髪を持ち、国王譲りの柔らかな目線を持つ美男子である。妹であるクリスティアーネほどのひらめきは持っていないが、国王になった暁には、確実な治世を行うであろうとの期待の声も高い。
「だって、アネモネ様ってば、こんなに可愛いんですもの!」
ユーリカとの語り合いを邪魔されて、ぶーと顔を膨らませるシルヴィア。
「アネモネ様、アーネと友人になってくれて、本当にありがとう。 この子は昔から同年代の友人があまり多くなかったのだ」
そう言って、頭を下げるような動きを一瞬するザムエル。
「もうっ、お兄様、そんな話は今しなくていいのでは?」
くすくすっと、笑うアーネ。
「このアーネと対等になれる君もまた優秀なのだろう。 ぜひ貴国と我が国との架け橋になって頂きたい物だ」
こうしてみると、彼らは仲のいい兄妹に見える。ユーリカは三人のバイタルをチェックし続けているが、そこに悪い感情は見当たらなかった。兄弟の仲は悪くないとアーネから聞いているユーリカは、シルヴィアやザムエルが第一王妃一派の謀略に関わっていない事を願うばかりである。
「ええ、そう言って頂けると嬉しいですわ、ザムエル王子様。 我が国も長い事鎖国が続いておりましたが……私達の世代でそれを打開するべきだと思っておりますの」
「おお。やはりアーネのご友人だな。実に立派な考えをお持ちのようだ。セーヴェル公国の未来も安泰であろう」
そう言ってにこやかに笑うザムエル。
(あれ? このバイタルは……アーネが王女になっても別に構わないって感じ?)
ザムエル王子、実に不思議な存在である、とユーリカは思った。 要注意人物である事に違いは無いのだが、どうにも第一王妃と結託している雰囲気は見当たらない。
(これは……敵は主に一人だけって事かな……?)
想像しつつ、やがて食事の用意が出来たと告げられ、一同と共に席に着くユーリカであった。




