王宮噂話探索隊
各所から今後の作戦展開に向けてある程度の準備を整え終えたとの報告が上がってきた。それらの情報に加えて、王宮到着直後に設置したナノマシン散布マシンの稼働が一段落した事をユーリカはアーネに伝える事にした。
「環境ナノマシンが、今朝ようやっとこの王宮の隅々にまで行き届いたよ」
「セーヴェル公国の首都周辺をテラフォーミングしたっていうあれと似たような物?」
「そうだよ。アーネは飲み込みが早くて助かるね」
「そういうSF的な単語は、生前マンガとか小説で散々目にしていたからねぇ」
苦笑いをするアーネ。生前のアーネはオタクという程では無かったが、人並みにマンガやラノベを楽しんでいたのだ。まさかその知識が死後に活かせるとは夢にも思っていなかったが。
「で、王宮をマッピングし終わったんだけれど……隠し通路や隠し部屋が多いねぇ。アーネのこの部屋にも幾つかあったよ」
「幾つか?! 私、一つしか教えてもらってないのだけれど……」
その真実に驚き、つい自分の部屋を見渡そうとしてしまうが、今キョロキョロと周りを見るのは不自然だ。ぐっと堪えるクリスティアーネ王女。
ここグランツ王国は、この世界ではかなり長い歴史を持つ王国だ。 歴史の中で増改築され、やがて忘れ去られていった通路や部屋も多いのだろう。現役で利用されているのが伺えるのも存在していたが、人権には接触していない為、守るべきプライバシーレベルとして現状放置である。
「うーん、わざと教えていないのか、それとも王族ですらその存在を忘れただけなのかはわからないけれどね。少なくとも、本棚の後ろの隠し扉以外は、最近使われた形跡はないよ。その形跡というのも、アーネのしか確認出来ていない。つまりこの部屋が今まで外部から侵入された事は無いって訳。現状は全ての通路は既に私達の監視下にあるから、安心してね!」
アーネの不安を取り除かせるかのように、微笑むユーリカ。普段ならニカっ!と、人好きのする笑い方をするのだが、今のユーリカはアネモネお嬢様である。口を大きく開けるのはNGだ。
それを理解しているアーネは、「ありがとう、ユーリカちゃん」と、微笑み返す事で、親友へ感謝の気持ちを伝えるのであった。
そろそろ朝食の時間が終わる。
「私はこれから執務室で仕事だけれど、ユーリカちゃんはこの後どうするの?」
「フレデリカ、バルタザールとダーグさんが情報収集をあちこちで行っているから、その聞き取りだね。ダーグさんが王宮の兵士達と朝から訓練しているはずだから……まずはそっちの様子見かな」
「ダーグさん、凄く強いんだってね。キールが褒めてたよ……フレデリカさん、バルタザールさんにダーグさん……今回の事件が一段落したら、彼らにも感謝しないとね」
アーネにはこの三人が元地球人である事は伝えてある。残念な事に、この三人は設定された身分の都合上、アーネとお喋りする事は、少なくとも作戦期間中は叶わない。
「みんなもアーネとお喋りしたがっていたからね。早く事件、解決させようね!」
ユーリカが王宮に到着した後、共に王宮に残ったのはメイドのフレデリカ、筆頭騎士のバルタザールに、護衛騎士のダーグだけである。
あまり多くの護衛やメイドを残すのは、ホストである王族を信頼していないという意味に当たってしまうので、少人数体勢だ。
ダーグは、タイからの転生者である。
前世では日本の格闘マンガに憧れてムエタイを習い始めたという本末転倒な彼は、ムエタイと棒術をミックスさせた武術で、この世界で『機関』に声をかけられるまでは冒険者として活躍していた。今年36歳。漁師のように赤く焼けた肉体に黒い髪をざっくばらんにしてある。その屈強な見た目に相反して、朗らかな性格の武人である彼は、兵士等から好かれやすい。それを見越した上で、当作戦に指名されたのである。
なお、同じく騎士であるバルタザールはというと、その見た目を利用して貴族の娘や御婦人と「会話を楽しむ」事が任務である。
「私としては不本意なのですがね……」とは、バルタザールの弁。
彼も一剣術使いとして、精錬された王宮の兵士たちと交流したかったようであるが……王宮の者たちはバルタザールを女性だと「勝手に」勘違いしているので、それは無理な話である。
フレデリカはメイドや女官達から。ダーグは兵士や騎士達から。そしてバルタザールは貴族の女性達から。それぞれの役割に沿ってこの三日間、特に最近王宮内各所でまことしやかに流れていると言う『噂話』に着目して王宮内での情報収集を行っていた。
なお、王宮まで一緒に来た他の護衛の騎士たちはと言うと、セーヴェル公国に帰っていった……と見せかけて、現在首都各地に潜伏している。
音声遮断魔法を解除し、ユーリカは静かに立ち上がる。
「クリスティアーネ様、ご朝食のお誘い、誠にありがとうございました。今夜の晩餐会、楽しみにしておりますわ」
「ええ、アネモネ様。夜にまたお会いいたしましょう」
アーネの部屋を離れた後、ユーリカはバルタザールとフレデリカを伴い、王宮のメイドに案内されて兵士訓練所へと向かった。
訓練所では、朝食前の訓練を行っている最中であった。
異国の騎士との交流を兼ねたこの訓練では、腕に覚えのある兵士や騎士たちが我先に練習という名の試合を申し込んでいると、ユーリカは聞いている。
訓練所で大活躍しているダーグにも当然ナノマシンが注入されている。しかし彼はナノマシンと転生者としてのチートスキルは、ここでは一切使用していない。生前と生後に努力して得た純粋な技術のみで兵士たちと相対していた。
訓練の中で、ダーグはわざと隙きを作り、そこへ打ち込ませる。逆に相手の不注意には、それとなく指し示す。それは試合というよりは、弟子に戦い方を教える師匠のようであった。
一歩間違えれば「舐めてやがるのかこらぁ!」と怒られそうなものだが、そこはダーグの人柄が大きいのだろう。兵士達とお互いの技術を称え合っていた。
そこには、以前ユーリカが交流した事のある近衛騎士団のキール副団長もいた。彼もまたダーグに試合を申し込み破れた男の一人だが、その目に復讐心は無い。
「おはようございます、アネモネ様。今朝も視察、ありがとうございます」
ユーリカがやってきた事に気づいて、立ち上がるキール。彼はユーリカがアネモネだと気がついていない。
「兵士たちが鬱陶しがってなければよいのですが」
一瞬だけ、いたずらっぽく笑うユーリカ。
「アネモネ様のような美しい姫君に毎朝視察して頂けるとあっては、我らの士気もあがるというものですよ」
「それならば嬉しいのだけれど……ところでうちのダーグは、どうかしら?」
「ダーグ様は素晴らしい武人ですね……今が戦乱の世の中であれば、数多くの武勲を積んでいたに違いありません」
キール副団長は、本心からそう考えているようだ。何度もダーグに挑戦し、何度も負けた。しかしその度に強くなっていく自覚があった。
「私もまだまだだと思い知らされたのと同時に、更に強くなれるとも教えられました……アネモネ様の部下でなければ、ぜひとも我ら近衛騎士団に招きいれたいものです」
「キール副団長にそう言って頂けて、私も嬉しいわ」
そう言って微笑むユーリカ。 花のようなその笑みに、貴族のご令嬢などとっくに見飽きたと思っていたキールですら内心、ドキリとしてしまう。
(この美しい姫君を、クリスティアーネ様と共にお守りせねば……)
そう誓い直すキールであった
「姫! 今朝も視察、誠に光栄にございます!」
兵士達との訓練が一段落したダーグが、ユーリカの元へと駆けつけてきた。作戦外ではユーリカの事を娘のように猫可愛がりしているダーグは、今回の作戦への抜擢を、ユーリカを公に姫扱い出来るとして大いに喜んだのである。
「おはよう、ダーグ。どうかしら。王宮での訓練は」
「さすがグランツ王国の兵士と騎士達です! 誰もが精鋭! 戦う度に強くなっていきますぞ! すぐにバテるうちの手下どもにも見習わせたいものですな!」
そこらの脳筋な軍人とは違い、王宮であるべき会話も出来るダーグであった。精強な武人に褒められて喜ばない武士はいないのだから。
「そう。ならばグランツ王国式の兵士訓練、しっかりと習得して、我が領地に持ち帰りなさい」
捉えようによっては、堂々とスパイ活動をしているとも聞こえるこのセリフ。だが可憐なアネモネご令嬢が言うと、少女が背伸びしているようで微笑ましい光景にしか見えない。同時に、間接的に自分たちが褒められているのだとも分かっているので、傍で聞いていたキール副団長を始めとしたグランツ王国の兵士達もにこやかであった。
「ダーグ様にそう言って頂けるとは……。 聞いたかお前たち! ダーグ様が帰るまでにせめて一勝せよ!我らの底意地、見せつけてやれ!」
「「「おおおっ!」」」 と沸き立つ兵士達。 ダーグはがっちりと彼らの心を掴んでいるようだった。
<で、ダーグさん、どう? なにか面白い話は聞けた?>
そんな兵士たちの熱気をよそに、ナノマシン経由でこっそり会話をするユーリカとダーグ。
<おうよ、姫、あとでまとめて送るぜ>
<あ、ちょ、こういう時の姫扱いは辞めてよね。恥ずかしいってば……ダーグさんが集めた話、楽しみに待ってるよん>




