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百合エルフは科学と魔法で無双する  作者: 浦和マサツナ
第3章 ユーリカお嬢様は王宮へ潜入する
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ガウス辺境伯ご令嬢の王宮での華麗なる朝

 グランツ王国の王宮の一室に朝日が差し込んだ。


 この世界は魔導技術により、24時間明かりが灯されているが、基本的には朝日と共に起き出し、夕焼けと共に休む習慣となっている。それは王族や貴族でも変わらない。



「アネモネ様、起床のお時間ですよ」


 メイドが優しくアネモネに声をかける。


「うーんむにゃむにゃてへへおっぱいがいっぱいだぁ~」


 貴族の令嬢にあるまじき寝言に、ビキッと青筋を立てるメイド。


「アネモネ様……はぁ……こら! ユーリカ! さっさと起きろ!」


 外に声が漏れない程度の音量で、メイドは叫んだ。


 ユーリカを起こしにきたメイドの名前はフレデリカ。アメリカからの転移者だ。今年21歳。くすんだブロンドヘアに、夏の太陽を反射させたかのような海色の瞳。着用しているシックなメイド服からは分かり辛いが、かなりの巨乳持ちである。


 集団に馴染みやすいその陽気な性格により、今回ユーリカ……否、「アネモネお嬢様」のお付きのメイドとして作戦に組み込まれたのだ。彼女の主な任務は、王宮のメイド達から情報を収集する事にある。



 地球からの転生者または転移者の数は、決して多くはないが、それなりの数が存在している。特に日本からやってくる者が過半数を占めている。


 日本では「死後に剣と魔法の異世界へと旅立つ」という内容のオタク向け作品がライトノベルを中心として非常に多い。そのため、異世界が死後の世界として無意識に認知されつつあるのが原因ではないかと、『機関』は仮定している。


 実際の所、この世界にやってくる元地球人は、日本のアニメマンガそしてゲーム文化を良く知っているという傾向がある。


 フレデリカも見た目は陽気なアメリカンギャルだが、中身は通常の日本人以上にオタクであった。オタクコンベンション会場であるホテルから出たら、いつの間にかこの世界にやってきていたという。


 そんな彼女を2年前に保護したのがユーリカだ。


 困惑の極みにあったフレデリカを、颯爽と助けてくれたユーリカを、フレデリカは今でも感謝している。今回フレデリカが作戦への参加を志願した一つの理由には、ユーリカを手助けしたいという思いがあったのである。


 しかし当のユーリカはというと「あともう少しだけ……10分だけでいいから……」と再び布団の中に潜り込もうとしていた。


 一瞬だけ目覚めたユーリカがチラッとチェックしたナノマシンステータスによれば現在は6時半。一般の人々はとっくに起きている時間ではある。しかし普段から自由に任務をこなしているユーリカからすれば、起きるには早すぎる時間帯なのであった。


 そんなユーリカを見て、ニタァと笑うフレデリカ。


「んんん~~? 起きないと寝込み、襲っちゃいますよ?」


 ふぅーと、ユーリカの長いエルフ耳に息を吹き付けるフレデリカ。


「ひゃあああああ!! 耳は! 耳は弱いんだってばぁああああ」


 悶ながら飛び起きるユーリカ。


「あら、起きちゃうの?残念」


 本当に残念そうに呟くフレデリカ。


 こいつはヤバイ女だ、と、ユーリカは2年前、フレデリカを保護した時にそのダイナマイツなお胸に『誤って』ダイブした事を今でも後悔している。まさかのガチレズだったとは……ガクブル。ユーリカの貞操はこの女に常に狙われているのである……ガクブル。



「まぁ、冗談は抜きにしてだね。 そろそろクリスティアーネ王女様との朝ごはんの時間ですよ? 早く支度しちゃいましょうね」


 しぶしぶとベッドから這い出たユーリカを化粧台の前に座らせ、フレデリカはさっそく準備を開始した。


 貴族的なメイクに、ヘアアレンジ。そしてドレスの着せ方まで。フレデリカはそれらの技能を全てナノマシン経由で取得済みである。可愛い『私だけのユーリカ』の素材を活かしつつ、高貴なお嬢様に仕立て上げる……それがフレデリカの、この作戦におけるここ数日間の最大の楽しみなのであった。


『アネモネお嬢様』に変装完了したユーリカは、フレデリカを従えて部屋から出る。


「おはようございます、アネモネ様。……遅うございましたね」


 部屋の外で待機しているのは、アネモネの騎士。王宮のメイド達の間で話題沸騰中の男装の麗人騎士だ。


「……おはようございます、バルタザール」


 だが男である。


 今回は王宮内をメインとした作戦である以上、見た目も考慮された上でメンバーが抜擢されている。バルタザールのその腐つくしい外観に加えて派手な剣術スキル持ち。当然、筆頭騎士役に指名された。


 バルタザールとは何度も作戦を共にこなしてきた戦友だ。ユーリカはその実力は信頼している。だからそのバルタザールから演技であるとはいえ、お嬢様などと呼ばれるとユーリカはお尻が痒くなるのである。


(しかもコイツ時々チクリと嫌味を言ってくるしな……誰だよバルタザールをこの役職に設定したヤツは……)と、内心で愚痴るユーリカ。


 バルタザールの傍には、クリスティアーネ王女付きのメイドが待機していた。毎日違う顔ぶれである。どうやら彼女達の間で、抜け駆けした者には死を!!的な協定が結ばれているようだ。


 やがてクリスティアーネ王女の部屋へと案内された。


 王族は基本的に朝は各自の部屋で済ます事になっている。客人を朝食にもてなす事もあまり多くはない。しかしクリスティアーネ王女はグランツ王国にはまだ慣れていないであろうアネモネ嬢に気を遣い、連日朝食に誘っている……という事になっている。


 朝食の時間を、作戦会議の時間として有効活用しているのであった。


 ちなみに、ユーリカがアネモネである事を知っているのは、ユーリカ達『機関』に所属する者と、クリスティアーネ王女だけである。


 以前の調査で、クリスティアーネ王女を護衛していた近衛騎士団とお付きのメイド3人はクリスティアーネ王女派である事は分かっていたが、それでも障子に目ありだ。秘密を知っている者は少ないほど良いのである。



「おはようございます、アネモネ様」


 さすがクリスティアーネ王女だ。すでに朝食の用意が完了した部屋の中で、ユーリカを待っていた。ホストたるもの、かくあるべきである。


 部屋に入るなり、朝食をスキャンするユーリカ。毒などの危険物はなし。問題ない。


「今日も朝食にお招きいただき、光栄ですわ、クリスティアーネ様」


 ユーリカは、体内のナノマシンで自身をコントロールし、完璧な貴族令嬢の礼を演じてみせた。それが食事には危険性無しの合図でもあるのだ。


「では早速頂きましょうか、アネモネ様」


「本日も素敵な朝食ですね。……フレデリカ、お願い」


 案内された席に座り、ユーリカはフレデリカに命令する。


「畏まりました、お嬢様」


 フレデリカがパチンと指を鳴らすと、ユーリカとクリスティアーネの周辺の空気が振動を止め、音声が遮断された。


 実際にこの魔法を発動させているのはユーリカなのだが、作戦上、フレデリカを魔術使いに見せかけているのだ。


 魔術使いを召し抱える事は貴族にとってもステイタスとなり得る。ましてやそれが高度な魔術を使える者であれば尚更の事。そんな人材を一介のメイドとして雇っているセーヴェル公国のガウス辺境伯の財力はいかに……と、グランツ王国の貴族そして王族達を期待を煽るのも、今回の作戦の一つなのである。



「さ、アーネ、日本語おっけーよ」


 音声が遮断された途端、崩れたいつもの口調に戻るユーリカ。読唇術を防ぐ為、音声遮断後は日本語でアーネ……クリスティアーネ王女と会話をするのが常であった。


「はぁ、朝から貴族的な準備をしないといけないのは、実に肩が凝るねぇ……」


 貴族的な笑みを携えたまま、愚痴るユーリカ。それを見て、クスクスと上品に笑うアーネ。


「うふふ、ユーリカちゃん、朝は弱そうだものね。でも、見た目は完璧よ。……初めて『アネモネ様』を見た時も思ったけれど、本当、貴族の姿が似合っているよ。ユーリカちゃん」


 ドヤ顔が可愛いユーリカの『アネモネ状態』を中庭で初めて見た時、アーネはとても驚いたのである。あのユーリカが、ここまで美しく変わるとは。


 「実は元は貴族だったりしたり?」


「……うんにゃ。メイクと衣装と髪型とナノマシンのおかげでしょ」


 雑な会話なのに、上面だけは完璧な貴族のアネモネお嬢様だ。傍から見れば、お嬢様同士が優雅なお喋りを楽しんでいるようにしか見えない。


「しっかし、今日で三日目だけれど、第一王妃も見事に動かないねぇ」


「うーん、暫くは動きは無いと思うよ。今夜はお父様、コラン第一王妃様、お母様、お兄様とお姉様と一緒に晩餐会で、明日は貴族たちとの交友会があるでしょう?ユーリカちゃんが目立っている今、その友人である私を暗殺するのは……いや、例えばユーリカちゃんを犯人に仕立てあげるとか……」


 うーん、とぶつぶつ思考の海に泳ぎだしてしまったアーネを眺めつつ、ぼやくユーリカ。


「はぁ、分かってはいたけれど晩餐会とか交友会とか面倒くさいなぁ……」


 しかしその目玉焼きを、ナイフとフォークで切り分けていく所作は優雅である。



 コラン第一王妃が敵である事は明確だが……彼女の息子である『お兄様』ザムエル第一王子と、

『お姉様』シルヴィア第一王女はどうなのか。


 また、交友会には第一王妃一派の貴族達も大勢参加している。現状、彼らに目立った動きはなく、『組織』も尻尾を捉えられていない。落石事故を装った暗殺計画が頓挫したところで、なんらかの動きが見られるはずと期待していたが、まさか全くないとは。直接の主導者であるケルナー男爵はまだ泳がせたままであり、彼もまた、交友会に参加を表明しているのだ。


 念入りに準備した大規模な暗殺計画の失敗に加え、突然現れたセーヴェル公国からのご令嬢の訪問……第一王妃一派は、暫く静観を決め込むのかもしれない。しかしそれは『機関』にとっては好都合である。その間に色々な仕込みを行えるのだから。


 晩餐会や交友会は王族達や貴族達を直に観察出来る、もってこいのチャンスだ。


 しかし網膜に投射された晩餐会や交流会の情報を閲覧している内に、その守るべきマナーのあまりの多さにユーリカは早速辟易してしまう。


「貴族って大変だね!!」


 ぷりぷりした口調のまま、お上品な所作でカリカリのベーコンを頬張るユーリカであった。

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