アネモネお嬢様
「皆はちょっとここで待ってて。残りの10人をひっ捕らえてくるから!」
そう言い残して、ユーリカは駆け出した。ナノマシンで活性化させた肉体での高速移動ならば、あっという間に目標地点へと到着出来る。
まずは街道の後方にいた残党5人を電撃の矢で瞬時に仕留めた。
足止めをされていた商人や旅人などの一般人が、突然倒れて行く男たちをみて、パニックになりかける。そこへ顔とギルドカードを見せながらユーリカが声を上げた。
「私はA級冒険者のユーリカです! 今私が倒したこの者たちは、賞金がかけられている盗賊達です! どうか慌てずに!」
「おお!あの噂のユーリカさんか!……という事は、こいつらが俺たちを足止めしてたのは……?」
ユーリカの事を知っている様子の商人が、足止めされていた者たちを代表して話しかけてきた。
「はい!前の方で商隊がこいつらの仲間に襲撃されていました! でももう大丈夫です!」
「「「おおお! さすがA級冒険者だぜ!!!」」」
群衆に讃えられ、でへへっと顔を赤くするユーリカ。
「まだ残党いるので、私はこれで失礼します。あ、そうだ、こいつらを縛るのを手伝って頂けますか? あとで商隊の護衛の人に引き取りに越させますので」
「「「おう!まかせろ!」」」
無駄に足止めを食らっていたと知った商人達は、怒り心頭だ。気絶している残党5人をキツく縛り上げ、地面に転がした。
「じゃあ、ここはお願いいたします! では!」
そう言って、 再び街道の前方へと向かって走りだすユーリカ。
「なぁ……A級冒険者ってもっとこう、厳つい連中ばかりだと思っていたけどよ……可愛いよな、ユーリカちゃん……」
「ああ……一番可愛いA級冒険者だとは噂で聞いてたが……冒険者にさせるのが勿体無いないくらいだぜ……」
初めてナマのユーリカを見た群衆は、彼女が走り去った方向を見ながら、各々の感想を呟いた。それをもしユーリカが聞いていたら、赤面してしどろもどろになりながらも、得意そうにドヤ顔を決めていたであろう事は想像に難くない。
街道の前方に陣取っていた5人もすぐさま気絶させ、同じように足止めを食らっていた商人や旅人達の協力で縛り付けたのち、ユーリカはアーネ一行のところまで戻ってきた。
「前5人、後ろ5人。合計10人の残党をひっ捕らえたよ。あとは任せるね」
ものの数分で、前後に展開していた暗殺集団の残党を狩ってきたユーリカをアーネが出迎え、抱きしめた。
「おかえり、ユーリカ! 早かったわね! さすがだわ!」
「むぐぐ!っぷはぁ! ただいま!アーネ!」
アーネの胸から顔を出し、にっこりと笑うユーリカ。
先程までは怪物を見るかのような視線をユーリカに向けていた騎士団のメンバーも、流石に慣れてきたのか、今ではそれほど険しい表情をしていない。
大規模な王女暗殺計画が頓挫した今、第一王妃一派が仕掛けてくる可能性は暫くの間は少ないと、ユーリカと『機関』は判断した。このタイミングで次の作戦の為の準備を進める必要がある。
ユーリカはアーネに抱きしめられたまま、空気振動を遮断させた。ここ数日の間に、近衛騎士団とメイド達を全員調査し、全員が一応第二王女派である事は確認出来ている。それでもなお、これから喋る事は、周りの人間に聞かれる訳にはいかないのだ。読唇術も警戒して、『日本語で』喋りだすユーリカ。
「さて、アーネ。ここから首都まではあと僅かな距離だ。王宮に戻ってしまえば、暫くの間は第一王妃達も暗殺を企てる事はしないはずだよ。一旦ここでお別れしよう」
「え……もう行っちゃうの?」
悲しそうにアーネが呟く。
「いやいや、露天風呂でもお話したとおり、すぐにまた戻ってくるから。安心してね!」
ニパっと笑うユーリカ。
アーネ暗殺を阻止し、第一王妃一派を失脚させ、アーネ……クリスティアーネ第二王女をグランツ王国の女王に仕立て上げる……。それはすでに『機関』の作戦に組み込まれてしまっているのだ。その当事者であるユーリカが降りる事は決してないし、降りる事も許されない。
しかしなにより、ユーリカ自身が、アーネを守りたいのだ。とりあえずはそれで十分。
「んー、そうだね……三日後の正午くらいに、セーヴェル公国のガウス辺境伯の養子であるアネモネ嬢が、クリスティアーネ王女を尋ねに行くと思うから……彼女をよろしくね!彼女が到着するまでは……襲撃は無いと思うけれど、念の為、精霊さんをアーネに付けて置くから。安心してね」
「……ん、分かったわ。 じゃあ、待ってるから……ねぇ、ユーリカ。本当にありがとう。あなたが居なかったら、私、今頃落石の下敷きになっていたわ……あなたが私を助けてくれたのよ。本当に……ありがとう」
アーネは、涙ぐみそうになりながらも、それを堪える。堪えた自分へのご褒美とでも言わんばかりに、可愛い妹のようなユーリカの、おでこにキスをした。
ぽんっ!と 蒸気でも発するかように赤面をするユーリカ。この百合エルフは、自分から攻める分には常に強気だが、逆襲には弱いのである。
うぅー、と唸りながら、おでこを覆うユーリカ。
「急にキスとか卑怯だよ、アーネ!……それじゃあ、またね!」
ユーリカはそう言い、街道から離れ、森の中へと姿を消した。
「うん、またね」
そう呟くアーネの声は、果たしてユーリカに届いたのかどうか……。
三日後のお昼が近い時間。
アーネ……クリスティアーネ王女は王宮内に与えられた執務室で書類とにらめっこをしていた。ここ三日間、第一王妃からのちょっかいは一切無かった。それとも、ユーリカがアーネに付けたという精霊が守っていてくれているおかげだろうか……。
そこへ伝令が入り、メイドへと情報を伝えた。
「クリスティアーネ様。 セーヴェル公国のアネモネお嬢様がお見えになったそうですわ」
それを聞いて、がたっ!と勢いよく立ち上がったクリスティアーネ王女に驚くメイドと伝令。
「ユー……アネモネ様が! 分かったわ。 中庭までお通しして頂戴!」
中庭は、すでに多くの貴族で溢れ返っていた。謎に包まれているセーヴェル公国の貴族がやってくると知り、駆けつけてきた野次馬貴族が多数いるようだ。多くの貴族は、貧困なはずのセーヴェル公国の貴族がどんなものなのか笑ってやろうとしていたのだろう。
しかし……貴族を始め、兵士やメイドまでもが、予想外に豪奢な来訪者一行に、思わず息を呑んでしまう。
貴金属をふんだんに使い、豪華に装飾を施された馬車。数々の土産品や、荷物を詰め込んだ多数の堅牢な荷台。それらを引くのは戦車にも使えそうな立派な軍馬。護衛に付く騎士達は、グランツ王国が誇る近衛騎士団にも引けをとらないほど高品質な装備品を携えている。護衛は全員美男美女でありながら、その隙きの無さから、全員が実力者である事を伺わせた。
『あれがセーヴェル公国の一貴族だって!? もっと貧相なものだと思っていたが……』
『まるで我が国の上位貴族のようではないか! 誰だ、セーヴェル公国は貧乏国家だと言っていたヤツは!』
男連中は絢爛な一行に舌を巻き、メイド達は、見目麗しい騎士達にお熱を上げていた。
特に馬車に一番近い位置にいる、濡れたような長い黒髪をポニーテールに纏めた男装の麗人騎士様!メイド達は、キャー!と、音を出さずに黄色い声を叫ぶという、器用な真似をしていた。
ざわつく中庭に、クリスティアーネ王女が到着した。それを視認したのち、男装の麗人騎士が馬車の扉を開ける。
降りてきた人物に、誰もが目を凝らした。
絹で織ったかのように滑らかな金髪は緩やかに波を巻いていて、日差しを反射させている。見た事もないが、今後のグランツ王国衣装業界へ確実に一石を投じるであろうデザインのドレスに身をまとっている。そして更にひと目を引くのは優しげな碧眼と、傲然ともいえるようにピン、と突き立った長い耳。
ただでさえその美貌を伝説に歌われるエルフが、王国貴族のように洗練された微笑みを湛えている。どのように賛美されていた如何なる美姫達でさえも、彼女……アネモネ・ガウスの前では霞んでしまいそうだ。
クリスティアーネ王女ですら、アネモネを見て、一瞬驚いたような表情をした。しかしすぐさま、懐かしい人物に出会ったかのように、はにかんで笑う。
「はるばるようこそおいでなさいました。感謝いたします。アネモネ様」
「こちらこそ。お招きいただき、光悦の極みですわ、クリスティアーネ様」
アネモネ……否、『あの』ユーリカが、お嬢様然とした笑みで返した。
……ユーリカの実情を知る護衛の騎士達は……笑いを堪える事に必死で、ひたすら無表情を貫くのみであった。




