追跡目標A
アーネ達と晩餐を堪能したあと、これからの準備の為、早速部屋に引きこもるユーリカ。
アーネはユーリカと同じ寝室でも良いと言ったが、さすがにメイド3人が許さなかった。
ユーリカからすれば、同じ部屋でも隣の部屋でも、どちらでもアーネを守れる自信があるので、別寝室でも構わないと言えば構わないのだが……。
「あーあ。アーネを抱きまくらにして眠りたかったなぁ」と、ぼやく百合エルフ。思い浮かべるのは露天風呂で見たあのたわわなお胸である。
機材のチェックと、ナノマシンによる体調診断を行っていると、ピン、と警報が脳内で鳴った。周辺を警戒させていたドローンのマーシュからだ。
<警告。極度の緊張感を持って宿周辺をうろついていた男を一人、発見したよ。……今は街から離脱しようとしているね。追う?>
夜に街から出るとか怪しすぎる。どうやらアーネが自分自身を囮とした作戦は無駄にはなら無かったようだ。
<了解、マーシュ、そいつを目標Aとして設定。本部へ。目標Aの追跡を頼みます>
<……了解。人工衛星による監視を開始。グランツ王国首都側からも支援機を一機、派遣します>
さて、これで目標Aはユーリカ達の監視網から逃れられる事は無くなった。あとは、襲撃される時間を予測するのみ。
ここから首都までは通常3日間かかるが、隠密行動を得意とする者であれば、24時間ほどで到着できる。とすれば、目標Aは明日の夜にはまでには首都に到着し、明後日には襲撃を仕掛けて来ると予測が立てられる。
「さぁ、目標A氏は第一王妃まで私達をつれて行ってくれるかな?」
ニヤリと笑うユーリカであった。
翌日の夜。目標Aは予想通りグランツ王国の首都へと到着。貴族街の、とある屋敷に忍び込むように入っていった。ケルナー男爵の屋敷である。
第一王妃一派に所属する人物である。
暫くして、再び男爵家の外に出てきた目標Aは首都郊外の森まで赴き、30人ほどの集団と合流した後、北上を始めた。
その間の動きは人工衛星、及び、派遣されている支援機により、全て記録してある。
写真や動画はこの世界では証拠に出来ない……なぜならば、それらはこの世界には存在していない事になっているからだ。
なので、今後必要となれば、目標Aがケルナー男爵家に入って行ったのを目撃したという『目撃証人』をでっち上げる事になる。当然、これは『機関』に所属している工作員を使う。
当然ながら、目撃証人だけでは第一王妃が関与しているという証拠にはならない。
ユーリカの網膜に投射された資料によれば、ケルナー男爵は一派の中では下っ端も良いところである。王女暗殺が発覚すれば、トカゲの尻尾切りにあう事は目に見えているが……。
<本部より、ユーリカへ。 工作員をケルナー男爵家へ潜入させた>
さすが『機関』である。動きが早い。クリスティアーネ王女暗殺に関するケルナー男爵と第一王妃の繋がりを示す情報集めは本部にまかせて置けば問題ない。ユーリカはアーネの護衛に専念する事にした。
現在のお互いの距離からすると、暗殺集団に遭遇するのは1日後。集団が襲撃をしかけてくる可能性のあるポイントを人工衛星で複数ピックアップし、ユーリカはアーネの部屋をノックした。
「アーネ、部屋に入ってもいい?」
「ユーリカ? どうぞどうぞ!」
薄い素材の寝巻きのまま笑顔で出迎えてくれるアーネの姿にドキドキしてしまうユーリカ。入室した後、即座に音声遮断を行った。
「アーネ、昨日から怪しい動きをしていた人物がいたんで追跡してみたのだけれど。 どうやらケルナー男爵と繋がりがあるみたいだね。首都にある彼の屋敷に入っていったよ」
「ケルナー男爵かぁ。分かりやすいわね……でも、え、追跡とかどうやってしたの?」
当然の疑問を抱くアーネ。
「……えーと、詳しい事は言えないけれど、精霊さんにお願いしているって事でどうかひとつ」
てへぺろっと言った体で拝むようにお願いをするユーリカ。
「……まぁ、そういう事にしてあげるわ。で、そのあとの動きも分かっているのでしょう?」
「うん。 今は首都の郊外の森で30人ほどの集団と合流して、北上を始めたところだね。明日には襲撃があると思う……多分ここらへんの山間で仕掛けてくるんじゃないかな」
周辺の地図を広げながら、幾つかのポイントを指し示すユーリカ。ちなみに取り出した地図は、この世界で一般的に購入出来るレベルの物であるが……これまでにユーリカからもたらされた情報はあまりにも正確、かつ、リアルタイム過ぎる。アーネは眉間にシワを寄せて唸った。
「……うーん……ここまで来ると、ほぼCIAとかFBIの世界よね……スパイ映画でも観ている気分だわ……ここ、一応剣と魔法のファンタジー世界だと思ってたんだけれど……もしかして、ユーリカ達は人工衛星を打ち上げてたりする?」
ジーとした眼で見てくるアーネ。ユーリカは視線をつい泳がせてしまった。隠し事が基本的に苦手なのだ。
特殊任務を帯びた者として、このような性格は失格であるが、隠すべき物……つまり未来技術の存在を察せる人物が少ない以上、これまで問題視されてこなかっただけなのである。
「はぁ、まぁいいわ。 ユーリカの背後の組織は、少なくとも21世紀レベルの科学を持っている事は分かっていたつもりだから」
一王女としては、ここまでの科学技術力を持っている国が隣に存在していると知っただけで恐怖に震えざるを得ない。ユーリカ達に侵略の意思が全く無い事は分かっているつもりだが……。だからこそ、ユーリカ達はその存在をひた隠しにし、ひっそりと国を運営しているのだととも、今なら深く理解出来る。
「ごめんね……いつかアーネをセーヴェル公国に連れていける日がきたら、一切合切全部教えるから」
友人に隠し事をするのが辛いのであろう。しょんぼりとするユーリカ。アーネは苦笑しながら、そんなユーリカの頭を撫でる。
「いいのよ、気にしないで。お互い立場ってものがあるのだから。そのかわり、セーヴェル公国では観光ガイドをお願いね!」
「もちろん!任せてよ!美味しい和食のお店とか!クレープのお店とか!連れて行ってあげる!」
「和食!? クレープ!? 早く行きたい!!」
ぱぁっと、笑顔になるユーリカを、微笑ましく思うのと同時に、王女としての責任感を一瞬全て投げ捨てそうになるアーネであった。
翌日。山間に差し掛かり、そろそろお昼休みを取ろうとしたあたりで、暗殺集団に動きが出てきた。30人の大所帯を、目立たないよう1組5人に分けて行動していた彼らの内、3組が森の中を移動して、アーネ一行の背後に付いたのだ。
背後に回り込んだ3組の内、1組5人がその場で待機し、他の商人の足止めを始めた。マーシュに盗聴をさせる。
『この先の崖で落石があってよぉ、今オレたちの仲間が処理しているんだ。危ないからここで待っててくれないか』
同じような行動を、街道の首都側でも行っている。 前後からの挟み撃ちをしかけつつ、無関係者は近づけさせない徹底ぶり。
なるほどと、ユーリカは感心した。ここまで組織的に動けるとなると、これはただの盗賊じゃなくて、男爵、または第一王妃一派の私兵だと推測が出来る。第一王妃一派は、アーネに近衛騎士団が護衛についている事を知った上で、実力のある集団を派遣してきたようだ。
集団全員に顔認識検索をかけたところ、 元冒険者や元兵士が多く存在している事が判明した。これは近衛騎士団数人だけだと護衛が厳しい。ユーリカが居なければ、アーネ……つまりクリスティアーネ王女の暗殺は成功していたであろう。
それらの情報を纏め、アーネに説明するユーリカ。それを聞いたアーネは青ざめるでもなく、冷静にキール副団長へと指示を出した。
「キール。 ユーリカ様の探知魔術によれば、敵意を持った20人ほどの集団が前後からこちらに向かっているようです。ご注意を」
「ユーリカ様はそんな事まで出来るのですか……さすがはA級冒険者ですね……了解いたしました。警戒態勢を最大限まで引き上げます」
キールは厳戒態勢を敷くよう、部下たちに指令を出した。
「じゃあアーネ、私も外で待機しているね」
そう言って、馬車から出ようとするユーリカに、全幅の信頼をおいたかのような、余裕の笑顔でアーネが声をかける。
「頑張ってね、ユーリカ!」
さぁ!逆襲の時間だ!




