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悪役令嬢モノの王子に転生したので知識チートで令嬢たちを幸せにします  作者: 鳴島悠希


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第31話 南境に走る衝撃

一年という時間は、政治にとっては短くても、日々を生きる人々にとっては長い。


ヴァリスは王城の窓辺に立ち、昼下がりの柔らかな光に包まれた王都の街並みを見下ろしていた。瓦屋根が並ぶ家々、整備された道路、空を泳ぐような水路の透明な帯。見慣れた光景のはずなのに、ほんの少し前とはまるで違って見える。


フェリルとの婚約が公に発表されてから、もう一年。


それは、アルヴェリアという国が静かに、しかし確実に変わっていった一年でもあった。


とくに目に見えて変わったのは、生活の根幹となる“水”だった。


精霊魔法(スピリットアーツ)の〈水〉と〈土〉の力を使った導水網は、当初ヴァリス自身が考えていた古代魔法(アーカイブアーツ)と魔道具による上下水道計画を、いい意味で大きく裏切ってくれた。


費用も少なく、なにより圧倒的に速い。


精霊たちに“ここに水を通してほしい”とお願いするだけで、数日後には清らかな水が町を流れ出す。その魔法のような変化は、王都の衛生環境を劇的に改善し、井戸の行列や汚水溝の悪臭は過去のものになりつつあった。


この精霊インフラの恩恵は、王都だけにとどまらず、今では辺境の村々にまで波及している。


人々の暮らしが目に見えて豊かになるのを感じるたび、ヴァリスは胸の奥が温かくなるのを感じていた。


でも、それだけじゃ終わらなかった。


水が整えば、次に必要なのはそれを“扱う人”だった。


精霊の力を使って設備を作ったり、動かしたり、直したりできる“精霊技師”。


その需要は、国内どこへ行っても引く手あまた。ヴァリスたちは、急ぎ森都シルヴァ=ハルナと連携して、大規模な教育機関を立ち上げることにした。


“身分も出自も問わない。素質がある者には、無償で学び、働ける場を与える”


それが条件だった。


広域で適性検査を行い、拾い上げた人材は森都で学ばせ、また王国へ送り出す。


同時に、アルヴェリア国内では、町や村に“学校”を新しく設けていた。子どもたちに読み書きや計算を教えるだけでなく、魔法の素質があるかどうかも確認するためだ。


中には、まったくの平民でありながら、精霊と会話する力を持つ子どももいた。そんな存在を見逃さないために、王国は“拾い上げる仕組み”を整え始めていた。


すべては、ヴァリスの指示のもとに。


「正しく回る国を作りたい」


それが彼の願いだった。


けれど、すべてが順風満帆というわけでもない。


ある日、執務室の扉がノックされた。


「失礼いたします。南方ベルテア王国の件で、急報です」


差し出された書類に目を通したヴァリスは、すぐに眉を寄せた。


——ベルテア王国。


かの国では、ずっと貴族派と民衆派が激しく対立していた。だが最近になって、そのバランスが大きく傾きつつあるという。


貴族派が優勢に転じている。


理由は、あまりにも分かりやすかった。


かつてベルテアの民衆派は、海岸沿いを抑えていたことで民間商人たちと組んで、アルヴェリアに“石灰”を輸出することで大きな資金を得ていた。しかし、アルヴェリアが自国で石灰を大量に生産できるようになったことで、輸出は激減。


それに伴い、民衆派は資金繰りが厳しくなっていった。


お金がなくなれば、争いが始まる。


「正しさ」を主張する人たちほど、互いに“どちらが正しいか”で争い出す。


内部での権力争い、理想の違い、責任の押し付け合い。やがて暴力。


歴史でも何度も繰り返されてきた“内ゲバ”というやつだ。


「……高すぎる理想ほど、壊れる時はひどいことになる」


ヴァリスは書類を伏せ、ため息を吐いた。


民主主義の価値を理解しているヴァリスとしても心は痛む。

しかし、それはあくまで近代的な生活があって初めて向かうことが可能なステップだ。

この世界には、まだ“理想”を受け止められるだけの土台が足りない。衣食住が整っていなければ、政治なんてただの言葉遊びだ。


けれど、だからといってベルテアの民が苦難にあえぐのを黙って見ているわけにもいかない。


「ベルテアの“善良な貴族”たちをリストアップして。できる限り詳細に」


ヴァリスは椅子から立ち上がり、書棚から地図を広げた。


「戦後を見据えて。良識ある者たちが力を持てるように、今のうちに準備しておく。技術支援と人道的な繋がりを作って、目立たず繋がれるルートを用意しておけ」


「かしこまりました。水路整備や衛生支援、石灰炉の設置指導など、非軍事支援に限って派遣枠を組みます」


「よし……けど、外から見れば“内政干渉”に見えることもある。あくまで中立に。名目と枠組みを徹底するように」


「承知しました」


戦争は、いつも“どこまで手を出すか”が難しい。ヴァリスはそれをよく分かっていた。


* * *


——そして、半年後。


城内に非常鐘が鳴り響いた。


石壁を震わせるような音が、王城中に響き渡る。


緊急の報せがヴァリスの元に届けられた。


「ベルテア王国王都にて、民衆派が禁忌の魔法を発動。異端魔法(ヴァルコード)による召喚が確認されました。魔族——ヴァル=ノスティアの中でも上位魔族までもがベルテア王都中央に顕現。被害は拡大中、すでに民衆含めた大量の被害が……」


ヴァリスの手から羽根ペンが滑り落ち、机上にインクが散った。


異端魔法(ヴァルコード)


それは、魔族の世界でのみ受け継がれてきた“禁忌中の禁忌”。


研究はおろか、名前を語ることすら咎められる。それほどまでに“触れてはいけない”とされた魔法だった。


一夜にして三都市を灰にした魔法。王家の誓印が剥がれ、記憶が歪むという記録さえある。


魔族の勢力が大きく減じた世界においては、まさに悪夢と言って良い選択だった。


「……なんてことを……」


地図盤には、補助要石の穏やかな光が並び、南の端にだけ“黒い印”がゆらゆらと燃えている。


主権か、人道か。誰を助けるか、誰が介入するのか。そして、その“後”はどうなるのか。


ヴァリスは、額に手を当て、ひとつ深く息を吸った。


「……異端魔法(ヴァルコード)の発現が起きたということは、恐らく……」


魔族を不倶戴天の敵として認識し、何を犠牲にしてでも殲滅することを国是とする国のことを思い浮かべる。


創世神ザイ=アリオスを信仰する神権国家——ザイラント教国。


かの国がどう動くのかは、想像に難くない。


「……アルヴェリアも流石にこの状況下において中立などと言っていられる状況ではなくなるか」


震える声で、ヴァリスはそう呟いた。


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