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悪役令嬢モノの王子に転生したので知識チートで令嬢たちを幸せにします  作者: 鳴島悠希


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第27話 精霊アモンと世界樹

「フェリル、こちらへ」


レイナが椅子を引く音とともに立ち上がり、呼びかけた。


フェリルは驚いたように目を丸くしたが、そのまま席を離れ、レイナに導かれて奥の間へと姿を消す。閉じられた扉が、ほんのわずかに音を立てて閉まった。


空気が落ち着きを取り戻したところで、ヴァリスは立ち上がり、丁寧に一礼を送る。


「……先ほどは、無礼がありました。フェリルの物言いは、今すぐに判断を下せるような問題ではないにも関わらず、場を乱す発言となってしまいました。ミシェル王子、マリー様、どうかお許しください」


ミシェルは穏やかな笑みを湛え、首を横に振る。


「いえ。お気遣いなく。フェリル様は、まっすぐな方なのですね」


その言葉に、ヴァリスの胸が少しだけ軽くなった。


「——もちろん、ヴァリス王子に察していただいた通り、この決断は容易いものではありません。我々は、世代を跨いで覚悟を引き継いでまいりました」


その声音は静かだが、奥に秘めた重みは明確だった。


ヴァリスはしばし沈黙し、やがて問いかける。


「もし差し支えなければ……その覚悟の根にある、世界樹と複合精霊アモンの本来の関係と、なぜ暴走という形に至るのか——詳しく教えていただけませんか」


ミシェルは一瞬、目を細めた後、柔らかな声で答える。


「ヴァリス王子は、古代魔法(アーカイブアーツ)を修められた賢者とも伺っております。私の知る範囲でよろしければ、お答えさせていただきます」


ミシェルの語り口は丁寧で、慎重だった。


「……アモンは、元々この世界に存在していた、いわば“原初の精霊”のようなものです。神子と契約を交わすことで、四大元素——火、水、風、地の精霊力を膨大に生成し、常に森へと供給し続けてきました」


「しかし、その力はあまりにも強大でした。神子だけでは制御できず、だからこそ世界樹が必要だったのです。アモンの力を一度、世界樹へと流し込み、そこで“ろ過”された精霊力だけが森に分配される。そうして、長らくシルヴァ=ハルナは、森と共に繁栄してきました」


ヴァリスは静かに相槌を打ち、続きを促す。


「けれど……シルファリア様がアモンを継承された直後から、森では火災、洪水、地震、竜巻といった異常が頻発するようになりました」


ミシェルは続ける。


「調査の結果、世界樹がアモンの精霊力を処理しきれなくなっていることが判明しました。力の“ろ過”が不完全なまま、大きすぎる精霊力がそのまま発露してしまっていたのです」


ミシェルは一息でそこまで話すと、深いため息をつく。


「そこから先の話は、ヴァリス王子もご存じのとおりローレル様とシルファリア様の物語へ続いていきます」


ヴァリスは息をつき、深く頷く。


「……なるほど。では、封印後の世界樹は今、どのような状態なのでしょうか」


その問いに、ミシェルは隣にいるマリーへ視線を送り、無言のうちに頷く。マリーがすっと身を起こし、静かな声で語り始めた。


「シルファリア様が亡くなられた後は、まだ世界樹の中に残された精霊力で森の維持ができていたと聞いています。しかし……五十年ほど経った頃から、蓄積された力は底を尽きはじめ、今度は外部から精霊力を補う必要が出てきたのです」


マリーは、自らの胸に軽く手を当てる。


「精霊力を供給する方法を探る中で、見つかったのが“他者の精霊力を、特定の個体が吸収して保持する”という術式でした。つまり、人の身体を、世界樹の代替として使うという……今、私が背負っているものです」


ヴァリスは、深く目を伏せた。


「ということは——その術式で、貴女がフェリルからアモンの力を引き継ぎ……それを封じる役目を担う、と」


マリーは一言も発さず、ただ小さく頷いた。


ヴァリスの胸が、重たく軋む。


「ですが、フェリルの中にあるアモンの力は、今はまだそこまで活性化しているようには見えません。仮にそれが明確になるまで、他の方法で森を維持することは……?」


ミシェルはゆっくりと首を横に振った。


「残念ながら、それも限界です。精霊力を“供給し続けなければ維持できない”という構造そのものが矛盾しており、もう制度疲労が生じているのです」


「それに……我々の世代になると、“森を守らねばならない”という意識も希薄になってきています。森を出て、人間の街へと移り住む者も増えました。だからこそ、アルヴェリアへの移住をお願いしたのです」


そこまで話すと、マリーが少しだけ言葉を挟む。


「……それに、もしアモンの力がフェリル様の中で強くなりすぎてしまったら……今の私では、もう受け取れないかもしれません」


「マリーは、この技術において最も高い適性を持っている者です」


と、ミシェルが補う。


「彼女で無理なら、他の誰にも引き継ぐことはできないでしょう」


ヴァリスは口を閉ざし、しばらく沈黙の中で思考を巡らせる。


話を聞く中でアモンと世界樹の関係性について、大体のイメージはできてきた。


(……アモンは、発電装置のようなものだ。そして世界樹は、その出力を変換して各地に届ける送電線の役割……)


(各地が使いきれない過剰な電力が供給されたことで、電力は暴走し、事故になる……精霊災害とは、そういうことか)


発電装置たるアモンが封印された後は、世界樹の内部に溜められた“バッテリー”のような力でどうにか回していたが、それが尽きたことで今度は逆に発電を人が賄わなくてはいけなくなってしまった。


(……だったら。もし、精霊力の“受け皿”を広げ、アモンの供給に見合うだけの消費をする仕組みをつくれたら?)


(複数の“小さな世界樹”、あるいは“補助装置”を設ける。火は鍛冶場、水は湧水、風は峠、土は石灰窯——生活の中に根差した自然の中に、それぞれの属性の受け皿を構築し、連結する。マイクログリッドのように、負荷を分散しながらも制御できる仕組み……)


(それが、実現できれば——アモンの全出力を安全に受け止められるかもしれない)


「……王子?」


ミシェルの呼びかけに、ヴァリスは小さく首を振って意識を戻した。


「失礼。考え事をしていました。あの……お願いがあります」


「はい?」


「……世界樹を、見せていただけませんか。直接、確認できれば、まだできることがあるかもしれない」


その願いに、ミシェルもマリーも一瞬驚いたように目を見張ったが、すぐにその表情は穏やかなものへと戻った。


「……もちろん。構いません」


ミシェルの返答にヴァリスは頷いた。


* * *


夜が更け、リューイの空に星がまたたく頃。


屋敷の奥の部屋、レイナは黙って窓辺に立っていた。


「……自分は、明日。ミシェル王子に同行して、世界樹へ向かう」


後ろから声をかけると、レイナは少しだけ振り返って、いつもの落ち着いた調子で応える。


「お気をつけていってくださいまし」


今日のミシェル王子たちの様子を見て、レイナは信頼できると判断したようだ。

彼女の人を見る目はヴァリスなどよりもよほど確かで信用に値する。


そのやりとりの最中、扉の隙間から顔を出したのは、フェリルだった。遠慮がちに立ち止まり、眉を下げて呟く。


「……ごめんなさい、あんなふうに……」


ヴァリスは軽く息を吐いて、首を横に振る。


「謝らなくていい。——でも、責任は取ってもらう」


「え……?」


「ミシェル王子の妹、マリー様にお願いして、ここに残って、君の精霊魔法(スピリットアーツ)の修練をして頂くようにお願いした」


「……ええっ!?」


ヴァリスは、ぐいと前に出てきたフェリルの額に指を当てて軽く押し返す。


「いいか。君が彼女を犠牲にしたくないと思うなら、自分でアモンを制御できるようにならないと。大きな口を叩いたからには、それに見合うように腹を括ってやるんだ」


しばらく呆然としていたフェリルだったが、やがて……ふっと、力強く微笑んだ。


「……うん。やってみる」


「よし」


レイナが横から、フェリルに声をかける。


「フェリルならできますわ。貴女の今日の言葉、わたくしは誇りに思いました」


「……そうだな、そして俺も何とかしてみせるさ」


ヴァリスはそう言って、窓の向こうへ目を向けた。


遠い夜の森。その奥に広がる、世界の根。


そこにあるかもしれない希望のために——彼は、また一歩を踏み出そうとしていた。


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