表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
悪役令嬢モノの王子に転生したので知識チートで令嬢たちを幸せにします  作者: 鳴島悠希


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

13/48

第13話 世界樹の都シルヴァ=ハルナ

朝の政務庁は、まだ冷たい石の気配を残していた。


ヴァリスは、王城の政務庁にある楕円の会議卓に座っていた。文官と各地の大貴族を交えた閣議の場。今日は定例の政務閣議だ。


卓の前に設えられた魔導具――孤高の記録者ソリタリア・スクリプタが静かに光を放ち、発言を記録していく。


出席しているのは、北方を治める軍閥の重鎮・バルムート公。

堅物で、農と兵を天秤にかけられる数少ない現場肌の貴族。

東方のロズハイム公は、外交と物流の要で、言葉の節々が抜かりない。

南方港市を束ねる商業系のカレド侯は、温厚そうな見た目に反して、会計と価格の計算になると表情が一変する。

そしてヴォルン侯――内務と記録行政を司る男で、法務の厳しさで知られていた。


一方、出席していない家もある。


ミリアの実家、エルフェイン公爵家。

レイナの実家、アグレイア侯爵家。


本来ならどちらもこの場にいて然るべき家格だ。でも、彼女たちがヴァリスと関係を持っていることを、各家がそれとなく懸念しているのは分かっていた。門閥化の恐れ――つまり、王太子であるヴァリスが親密な家だけを贔屓するのではという疑い。

正直、アルヴェリア王国貴族たちにそんな風に思うような者は居ないと信じているのだが、それでも一定の配慮をするかしないかは大きな違いがある。


だから彼らは、自ら身を引いている。そしてヴァリスも、ここではあえて他家の意見を優先して聴くようにしていた。


「それでは、始めましょう」


ヴォルン侯の淡々とした声を合図に、会議が動き出す。


書記官が魔導板に文字を映すと、そこに映し出されたのは、今朝の議題。


> 【議題一】王都および地方における石灰需給の逼迫について


「……来ましたか」


カレド侯が小さく唸る。


魔導板の表を見れば、状況は一目瞭然だった。


農業用としての石灰需要は、ここ半年でおよそ三割増。

浴場や公娼での清掃・消毒用途は、それぞれ六割、七割近い増加。

しかも地方展開の速度は、王都導入の約二倍近く。追い付くわけがない。


「王太子閣下、先に申し上げますが、王都備蓄はこのままの消費でいけば、一年持ちません」


ヴォルン侯の厳しい声に、場の空気が引き締まった。


「公衆浴場と公娼の展開によって、衛生面での改善は確かに成果を挙げています」


ロズハイム公が補足する。


「ただ、それに伴って石灰の消費が跳ね上がっている。いまや消毒用としての消灰の需要が農業を超えつつある状況です」


「地方の導入も、なかなかのスピードで進んでいるようですね」


バルムート公が顎に手を当て、地図を睨んだ。


「一つ二つの村ならまだしも、このままの勢いでいけば、在庫の底が見えるのも時間の問題だ」


「となれば、解決策を二つに絞るべきでしょう」


ヴァリスは皆の視線を集めながら、はっきりと言った。


「ひとつ。隣国ベルテアとなんとか関係を整え、石灰の輸入を拡大すること。うまく交渉できれば、現地採取も許可してもらえるかもしれません」


「そしてもうひとつは?」


ヴォルン侯が促す。


「国内での高炉増産。各村に小規模な炉を設置して、自給体制を整える方法です」


一拍の静寂。


「――前者は、現時点では取りにくい選択肢です」


ヴァリスはそう続けた。


「ベルテアは内政不安定で、交渉窓口が複数あります。どこの誰と話を通せばいいか……仮に進めても、内戦に巻き込まれる可能性は非常に高く、戦の口実になるでしょう」


「そうなると、後者の国内増産が現実的か」


バルムート公がゆっくり頷く。


「しかし、現状の古代魔法(アーカイブアーツ)による炉の製造は不安定。出力が一定しない、術者の熟練度に依存しすぎている、という問題があります」


「そこで検討されるのが、精霊魔法(スピリットアーツ)による炉の構築です」


ヴォルン侯が、補足を加えるように言った。


「精霊との契約によって高炉を構築すれば、持続と温度の安定性が得られます。……ただ、それを実現するには条件が多い」


「はい。まず、契約できるだけの才覚を持つ人材が限られている。そして、大規模な精霊契約には土地の適性も重要です」


「そのため、上位の精霊との契約が可能な地――霊脈が走っている土地、または加護を受けた土地が必要になります」


「……そして、そこに強いのがエルフやドワーフのような、自然と密接に生きてきた種族というわけですね」


カレド侯の言葉に、皆が黙ってうなずく。


エルフやドワーフは、ヴァリスが知るような人より遥かに長寿の存在というわけではなく、この世界においては、確かに人間よりも寿命は長いが、せいぜい二倍程度。世代交代もあるし、神秘の存在というよりは熟練した専門家集団に近い。


「アルヴェリア国内には、彼らの集落は存在しません。他国との間接的な交流があるだけです」


「――ただひとつ。西方に広がる大森林、その中にあるエルフの王国『シルヴァ=ハルナ』だけは別格です」


ヴァリスの言葉に、地図の西方へと視線が集中する。


「世界樹の加護を受ける大陸最大規模のエルフ共同体。だが、鎖国を続け、民間の交易以外では公式な外交をほぼ拒んでいます」


「過去にも我が国から何度か使節を送っていますが、門前払いでしたね」


「でも、今の状況で頼るなら、あそこしかない」


ヴァリスはそう断言した。


「村ごとの石灰炉を、安定的に構築するには、精霊との大規模契約が必要。その仲介ができるのは、今のところ彼らしかいない」


「……となると、次に我々が検討すべきは、その交渉の筋道か」


ロズハイム公が言う。


「はい。贈礼品、交渉文書、使節の構成、すべて慎重に整える必要があります。武力ではなく、安全と信頼の象徴となる人材が必要です」


ヴァリスの言葉に、孤高の記録者ソリタリア・スクリプタの光が淡くまたたいた。


「候補としては、ロズハイム公配下の文官を一名、王立学院で精霊研究をしている若手を一名、衛生局からは公衆衛生分野に明るい監査官を一名。中立的で、いずれも対話に強い人材です」


「護衛は?」


「最低限。武力を誇示する意図はありません。あくまで交渉と交流が目的です」


「贈礼品は?」


「まず、医療にも使われているオクラとアロエで作った無香料の潤滑水を数種類。精霊の加護を乱さない配慮があると伝えやすいです。もう一つは、常温魔力水流を使った小型の循環装置。水を濁さず使えるという、人間側の衛生技術の象徴です」


「なるほど、“傷つけない技術”か。理に適っている」


ロズハイム公が深く頷いた。


「王太子閣下。使節文書の骨子は、すでに草案がございますか?」


「はい。『土を荒らさず、種を持ち込まず、水を濁さず、火を広げない』――この四原則を前提に、相互技術交流の可能性と、衛生と農の安定が目的であることを明確にします」


ヴォルン侯が頷く。「非常に穏当ですね。彼らの禁忌を避け、必要性だけを示す。好印象です」


「こちらの姿勢を示す意味でも、王室からの文書として白紙に近い形で送り、相手に書き加えてもらうのも良いかと考えています」


バルムート公が言葉を添える。「交渉ではなく、交換。押し付けではなく、歩み寄りだ。……王太子、よく整えられていますな」


ヴァリスは軽く頭を下げた。


「ベルテア王国については、いずれどうなるかわからない。――だからこそ、それ以外とは時間をかけてでも丁寧にいききましょう」


その言葉に、誰も異を唱えなかった。


孤高の記録者ソリタリア・スクリプタが静かに光を刻み、議事の記録を締めくくる。



閣議を終えたあと、ヴァリスは執務室の机で地図を広げていた。


地図の西の果て――山々と峡谷に囲まれた深い森。そこに描かれた小さな文字。


シルヴァ=ハルナ。


彼らの協力が得られれば、石灰の問題だけじゃない。炉の安全基準、精霊魔法(スピリットアーツ)による持続技術、人と自然の共生モデル……すべてが未来に繋がる。


だからこそ、焦ってはならない。


封筒に収められた白書状は、まだ言葉を持たない。ただ、送り先と宛名だけが綺麗に記されている。


---

アルヴェリア王太子 ヴァリスより、衛生と食糧の安定に資する技術協議の申し入れ。

我々は種を持ち込まず、水を濁さず、伐らず、焼かず。

互いの民の安全と健やかさのため、言葉を交わしたく存じます。

---


静かに蝋を垂らし、封をした。


(届くといい。俺たちの誠意が)


ヴァリスは窓を開けて外の風を吸った。


(……沈黙の王国に、灯を求めに行く)


感想、ブックマーク、高評価を頂けると励みになります!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ