第七話 ペアリング
〜ここまでのあらすじ〜
食事が栄養ゼリーだけの世界で、政府は全てを左右するVRMMOを開発した。
峰大は、萌奈香へ告白するため、1位を目指す。
狩りの途中でヒグマントヒヒと遭遇し、逃れられない戦いへ突入! ☜イマココ
〜登場キャラ紹介〜
・ガッツリン:多部 峰大
主人公。高2。取柄はゲームの腕で負けず嫌い。
・爆殺クチャラー
ネット上の親友。関西弁が特徴のエンジョイ勢。
・ガシマ店長
二足歩行で歩く猫。シルエットはモンスターのタヌキャットへ酷似も、本人は異世界からきたと主張。銀毛のスコティッシュフォールド。垂れた耳と、常に半目閉じている眠そうな目がトレードマーク。喫茶店を開業する野望に燃える。
◇◆◇◆◇ギルド拠点部屋。
ヒグマントヒヒを撃破し、帰還して晩御飯。
店長が料理をしようとしたが、総出で止めた。
こんな高級食材を、調理スキルを一つも持たない店長に任せることなんて出来ない。
しつこいくらいに「大丈夫ニャ~」と繰り返していたが、丁重にお断りした。
「ゴッドレイ、我が盟友の料理は約定の味覚支配」
「ちぃっとウェルダン過ぎる気もしたけどな。俺は鍋も、普通の方が好みやったわ」
珈琲を飲んで寛いでいると、料理を手伝っていない爆殺クチャラーからの小さなダメ出し。
「なんだよ? クチャラーは、俺がガシマ店長の珈琲に合わせたレシピに不満があんのかよ?」
「いんやー、べっつにー」
「私は美味しかったと思うよ。ステーキもお鍋も!」
そっぽ向いて悪態をつくクチャラーと、フォローをしてくれるローカロリー。
評価が気になって、尻尾や耳がしょんぼりしている店長に聞いてみた。
「なぁ、店長。今日の料理どうだった?」
店長は眠たげな目を俺に向けて、レビューを始めた。
「獣臭さを消すためにハーブを揉み込んだ後にガーリック味でしっかり焼き目をつけたステーキは逸品だったニャ~。それに、ミネストローネ風のトマトベースの鍋もバターたっぷりで獣臭さが無かったニャ~。珈琲との相性もバツグンだニャ~」
「なんでそんな残念そうに褒めるんだよ?」
褒める割には、言葉が進むごとに元気を無くしていく。どうやら料理の腕の差を痛感して、凹んでいるようだ。
「だ、大丈夫! 明日には料理も上手くなるよ。しっかり睡眠をとろうね!」
「ニャ~、何度も言うけど寝不足ではないニャ~」
ローカロリーと店長のやり取りを眺めていたら、爆殺クチャラーの相談が飛んできた。
『なんでプライベートチャットなんだよ? 何か他のやつらに知られたくない話か?』
『爆殺クチャラー:俺な、ちょっと装備変えたいと思ってん。皆には内緒で買い物付き合ってくれんか? な、頼むで』
確かに攻撃力不足を痛感したし、俺もコッソリ新調するか。
『わかったよ。その代わり、レストラン《ラビッツスター》で奢ってくれよ』
『爆殺クチャラー:おおきに。ほな日時はあとでメッセージするわ』
『おう!』
◇◆◇◆◇《南アレッピー》繁華街エリア。
待ち合わせ当日の夜。中央噴水の前で爆殺クチャラーを待つ。
ログイン前に灰色ゼリーを摂取してきたが、口の中が気持ち悪いので早く美味しい料理にありつきたい。
遅れて爆殺クチャラーがやってきて、合流を果たした。
「ガッツリン、おまたせやで」
「別に待ってないぜ。来たのさっきだしな」
「違うニャ~ガッツリン氏。そこは『待ってないよ。今来たとこ』って言うらしいニャ~」
「「え?」」
戸惑いの声が被った。
俺は、店長がそんな死語に近いラブコメネタを知っていることに。
クチャラーは、店長がここにいることに。
「爆殺クチャラー氏。こんばんはニャ~。人気レストランはオラ、凄く楽しみにしてきたニャ~」
「いや~、そういう訳でさ。店長も同席していい?」
皆にはオフレコって前提で店長と雑談をしていたら「その店いってみたいニャ~」と押し切られた。
なので、こうして連れて来てなし崩しを狙っているって訳。
「俺は二人で行くつもりで、予約も入れとるんやけど?」
「後生ニャ~。オラが一緒だとダメニャ~?」
「せやけど3人分のお金は……」
人気店の味を知りたいとガシマ店長は泣き落とし。
経済的余裕は無いと返すクチャラー。
「オラ、こんなに哀しそうな目をしているニャ~。後生ニャ~」
「哀しそうな目なんかこれ? どうみても眠そうにしか見えへんけど?」
「そんなことはないニャ~!」
哀しそうな顔を作りきれないガシマ店長。仕方が無いので援護射撃。
「俺から見ても店長は当社比3倍は哀しそうだぞ」
「そうなのニャ~。3倍哀しんでいるニャ~」
俺としてもここで便乗しないと、後で店長へ奢る羽目になりそうで必死だ。
暫く渋るも「しゃーないなー」と爆殺クチャラーが折れ、ホッと一安心。
店はドレスコードがあるから高級ジャケットとネクタイ、シックな革靴へとドレスアップ。
「なぁ、店長がホビット族ちゅうんは苦しないか?」
指摘は尤もなんだが「毛深いのを気にしているのに酷いニャ~ヨヨヨ」で、体質としてゴリ押しする。
至近距離で見られない限り平気だろう。
ネオンが鮮やかな夜の繁華街へ足を運ぶ。
活気があり、屋台からは良い香りが漂っているし、陽気な酔っ払いたちが大声で歌っている。
尻尾を弾ませ「あれはなんニャ~?」と飛び跳ね質問する店長が、フラフラと屋台に近寄ろうとするのを制しながら目的地へ。
到着するなり、パッツパツのスラックスからはみ出た尻尾をピンと伸ばす店長。
「ふぉぉおぉぉニャ~~~」
建物からは年季や格式を感じる。見上げた正面口のガラス張りの荘厳さは、カラフルな色に照らされてまるで宝石箱のよう。
美しい調度品が並ぶ廊下を進むと、「ご予約の爆殺クチャラー様ですね」と案内された。
ふかふかの絨毯はそのまま寝そべれそうなくらい綺麗だし、否応なく期待は高まる。
通された客席は本当に別世界だった。
純白のテーブルクロスや、柔らかい香りと手触りの椅子。テーブルナプキンやカトラリーまで輝いている。
「これが異世界のレストラン……凄すぎニャ~」
「ガイドでも星3つで人気やからその分、お値段も高いんや」
顔を見合わせた俺と店長は、クチャラーへ頭を下げてハモる。
「「あざ~す! ゴチになるニャ~!!」」
「おい! ガッツリンまで語尾ついとんぞ?」
その後は贅沢なコース料理を味わい、メインディッシュまで食べ終えた。
「美味しかったニャ~。これが一流の味なんだニャ~」
「しっかし、店長がフィンガーボールの水を飲もうとした時は驚いたよ」
「そ、そんな遠い過去のことは忘れたニャ~」
いや、事件からまだ30分くらいだし。
フィンガーボールを知らなかった店長は、最初それを飲もうとしたので必死に止めた。
周囲からは完全に浮いていて、めちゃくちゃ恥ずかしかったな。
「あ~、せやけど、飲み物に関しては店長の珈琲やないと物足りんよぅ思うな」
「その意見には同意」
二人して褒めると、店長は体をくねくねさせて照れていた。
すると、奥の方からコック帽をかぶった紳士風の男が現れ、突然絡んでくる。
「当店自慢のワインがお気に召さなかったと? 料理に合わせた最高級品ですが何が不服なのでしょう?」
「どちら様ニャ~?」
こういうとき、素直に聞き返せる店長のずぶとさは羨ましい。
「申し遅れました。私はテツジンと申します」
彼は一礼して話を続ける。
「この町で……いや、この世界において私は、料理に合わせる飲み物を選ぶ能力はトップと自負しております。それをお客様方は物足りないと仰る」
別にワインペアリングにケチをつけた訳では無いのだが、彼のプライドに火をつけたみたいだ。
スキル《マスターソムリエ》を所持すると噂に聞くし、ワインペアリングは最高峰なのだろう。
「すみません、貴方のワインにも満足しま……」
「いーや、そないなことないな。明らかに店長の方が合わせる飲み物は上やと思うわ」
折角フォローしたのに、割り込んだクチャラーが全てを台無しにした。
テツジンは額に青筋を立て、眉もピクついている。
これは荒れそうだ。
「ほほぅ、その店長さんとやらは? どこのお店を経営されておられるので?」
「店長は店長や! ガシマ店を経営しとる!」
「オラの名前は店名じゃないニャ~。経営していたのは喫茶店なんだニャ~」
テツジンは不審者を見るように、ハンチング帽を脱がない店長を見定めだした。
「どうして店内でも帽子を取らないのです? ホビット族にしてはいささか変ですが? もしかしてタヌキャットでは?」
「あ、怪しい者では無いニャ~! 信じて欲しいニャ~! 毛深いのを気にしている普通のホビット族なのニャ~。円形脱毛症があって帽子は取れないニャ~」
(ダメだーーー!)
弁明すればするほど、怪しさが倍増していく店長。
毛深さで誤魔化す作戦は失敗かと思いきや、テツジンは理解を示した。
「えぇえぇ、分かりますとも。私も毛深いので苦労していますよ。それに年々頭が薄くなっていく悩みも理解できるつもりです」
テツジンもコック帽が手放せないと語る。
共感を呼んだようで、ハンチング帽を深くかぶり直したガシマ店長とガッシリ握手をしていた。
「ですが、私のペアリングが劣るというのは納得できません。勝負をしましょう」
「望むところニャ~」
デザートへのドリンク提供で競うことになり、他のお客さんも巻き込んでの大勝負となっていく。
合わせるガトーショコラは、香り高い最高品質チョコレートの濃厚タイプでオレンジソース付き(ビター寄り、やや温かくサーブ)の逸品だ。
──先行、料理人テツジン:
福寿/純米吟醸/貴醸酒。
8~12℃で冷やして、小ぶりのワイングラスで提供。
──後攻、ガシマ店長:
グアテマラ中深煎り/フレンチプレス。
シンプルな白磁ティーカップ。
注ぐ際に60~65℃になるように微調整して提供。
「ば、馬鹿な……」
崩れ落ちるテツジン。
店長はスキルこそ所持していないが、スキル《マスターバリスタ》かと思うほどに珈琲だけは別格。
フルコースの料理の食後に、やや温かいデザートと調和の取れた温度で提供された珈琲は、体の隅々まで染み渡り、多幸感が全身を包む。
満場一致でガシマ店長へ軍配があがり、その実力が今、証明された。
「今日もおいしく淹れられたニャ~」
───用語説明:
【ラビッツスター】
VRMMO内で五本の指に入るほどの有名レストラン。
【マスターソムリエ】
ソムリエ系の最上位スキル。気温や湿度、料理、相手の最適解を提供。
【マスターバリスタ】
バリスタ系の最上位スキル。……と、噂されるが所持者は不明。
【ステータス:俊敏】
回避率や行動回数に影響。
命中率のスキルの条件にも多く用いられているので、実は攻防一体のパラメータであり、スキル《二回行動》を得るまでは高めるべきとされるパラメータ。




