第六話 男に刺せ
〜ここまでのあらすじ〜
食事が栄養ゼリーだけの世界で、政府は全てを左右するVRMMOを開発した。
ユニークスキルを手に入れた峰大は、1位を目指して益々精力的に活動する。
そんな中で店長はタヌキャットの推定メスへと惚れ込んでしまう。☜イマココ
〜登場キャラ紹介〜
・ガッツリン:多部 峰大
主人公。高2。取柄はゲームの腕で負けず嫌い。
・ローカロリー:相須 萌奈香
峰大と同じクラス。ハイスペックな天然女子。
・TKG
中学時代の同級生。中二病は高校からデビュー。
・爆殺クチャラー
ネット上の親友。関西弁が特徴のエンジョイ勢。
◇◆◇◆◇《湿地帯》エリア。
今日は狩りにきていた。
順調だったが、俺の油断から強敵ビーバッファロー二体に遭遇し、ローカロリーが不意打ちを受ける。半身めり込む泥の中から彼女の咳きが聞こえ出す。
「ローカロリー、休んどき! ったく、貸しやからなガッツリン!」
「わりぃ! すぐ返済する!」
ミスの借りは早めに返さないと、今後やりづらくなってしまう。
俺はビーバッファローの背後を強襲した。
「チッ! やっぱかてぇ!」
「ちょい待ち! おまけや!」
横綱サイズの闘牛へ剣を突き立てるも、ビーバッファローの装甲のような毛皮に阻まれる。剣は刺さらず持ち手は痺れ、辛うじてヘイトを誘導しただけ。
だが、ヘイトが切り替わったのを見計らい、爆殺クチャラーが怒濤のラッシュを仕掛ける。
五連撃の拳と蹴りを叩き込んでいた。
「3、2、1……ファイア!」
声と同時に爆発の花が咲く。
爆弾魔の格闘装備セットの能力だ。打撃で出来たタンコブは、簡易爆発物へと早変わり。
TKGが「冥府開門?」とフラグ発言をしたせいか、敵は即座に立て直した。
黒煙が晴れる前に、俺はアイテムボックスからギガントミートクラッシャーを取り出す。
以前は重すぎて装備できなかったが、今ならば可能だ。
「グモォォォ!」
「運が悪かったな。肉に還りな!」
敵が次の行動を起こす前に、大上段からの一撃を叩き込む。
止まっている相手にしか当てられない大技。
ドザシュ!
強い血の香りが跳ねて来て、手ごたえを確信するが気を抜かないよう目配せをする。
爆殺クチャラーと二人で、傷口へとラッシュを仕掛けた。
TKGの苦情が飛ぶ。
「疾く終焉、導かれしプロミス福音バーニング!」
残る一体を一人で受け持つのは負担だろうが、頑張って貰うしかない。
執拗に繰り返す低い姿勢からの敵のタックルモーションを、TKGは辛うじて捌いていた。
「あと30秒粘ってくれ」
「次のCMまでキバリ。ほら、納豆でもかけて粘り増量で」
「星たちよアウトサイダー仮定せしめるな~!」
泣き言をBGM代わりにしながら、目の前のビーバッファローを仕留めにかかる。
爆殺クチャラーが足止め、俺が傷口へギガントミートクラッシャーを振り下ろした。
「グモォォォ!!」
一刀両断。
装甲みたいな毛皮の抵抗が無ければ、このぐらいはやれる。
もっと強くなれる手ごたえを得られて満足だ。
「時が満ちたならプロンプトへ!」
切羽詰まったTKGの声に、俺と爆殺クチャラーは肩を竦めつつ救援へと向かった。
◇◆◇◆◇
「無事か? ローカロリー、TKG」
「なんとか……でも、ガッツリンのせいだからね!」
「エルドラドは豊穣へ錬金術の理をリワード」
無事を称え合う最中、ぞわりと背筋を這い上がる悪寒が走る。
VRMMOでは、遥かに強い相手が接近した場合、五感をフル稼働して警告を与えてくる。
「おい、ガッツリン! やばないか!?」
「そうだなクチャラー、急いでこの場を離れるぞ」
戦いの余韻も束の間、圧倒的な強者が近づく気配に撤退を決断し、行動に移す。
しかし、遅かったようだ。
「ダメ! 逃げられない」
ローカロリーの声に、俺は身構えた。
少し遅れて、TKGも反応する。
「驚天動地、死のエンゲージか?」
脱出不可能を示すエフェクトが、不気味な光を放つ。
現れた敵影。
鮮やかさと気品を併せ持つ毛並み。風で靡く長い体毛からは覇気が宿り、王者の貫禄を感じさせた。
3mを超え、4mにも届きそうな全長。
野生を体現した岩のような体つきは、筋肉の鎧というより装甲に見える。
「皆、気を付けろ。ヒグマントヒヒだ!」
全滅情報が9割を超える中ボスのお出ましである。遭遇するのは初めて。
芯からの震えは、真冬の雨に打たれたかのよう。四肢の動きが定まらないし、歯の根も合わない。
近づいてくる足音は、まるで断続的な余震。
「趨勢……死の旗も屹立?」
「生は初めてや。ネットで見聞きするのと、生で体感するんは、別もんやな。意識飛びそうや」
皆は半ば諦めた声色だし、ローカロリーなんか顔面蒼白で一言も発していない。
それでも敢えて鼓舞する。
「プルプル震えてたって何にもならねーぞ。俺たちで討伐記録を更新しようぜ!」
恐怖を腹に押し込み、敵に対し反時計回りに走りだす。
ヘイトが取れればそれでもいいし、取れないなら背後から強襲するつもりで走り回る。
皆も続く。
「我が盟友が生後間もない小鹿。凍土住まう囀りか? 是、神風と成りてアビスへ。煌めきと共に」
「やな」
「う、うん。私もやるよ! あんなの凄く大きくて、野蛮で凶悪なだけのお肉好きのお猿さんだよ!」
ローカロリーのちょっとピントがずれたセリフに皆も苦笑い気味だけど、やる気は出た。
「刮目せよ! 《超速突進》!」
TKGがスキルを発動させ、一直線に駆けていく。
《超速突進》は敏捷を20倍に上げるスキル。強力な分、方向転換できない欠点もあるのだが、何か考えがあるのか。
TKGとヒグマントヒヒが互いの射程距離に入り、当然、敵はカウンターで迎え撃つ。
寸でのところで地面に手をつけたTKGが、大きな声で叫んだ。
「《バーテンダー》発動!」
調理スキルの応用。いつもながら発想が柔軟だと感心させられる。
カクテルシェイクの八の字を描くスキルは、途轍もなく重いシェイカーボトルを扱うための技能。動かせない大地を軸にして、逆に体を方向転換した。
「空振りフィッシュオン! 誓い約せタイムリーヒットを命ず星たちよ!」
「任しとき! サヨナラかましたるわ!」
スキルを使って空中跳躍をした爆殺クチャラーが、無数の爆弾を敵へ放り込む。攻防一体の得意技だ。
爆ぜる。
強烈な火薬の香りが舞う。
大地を抉り、ズシンと腹に響く音を轟かせた。
敵は爆弾の直撃を意にも介さず、無造作に歩みを進めたどころか、その一つを空中で受け止め投げ返してきた。
「ちょちょ!?」
爆殺クチャラーは投げ返された爆弾をギリ回避する。
(でも、よそ見はいかんぜ。熊&お猿さんよ!)
爆風に紛れつつ接近した俺の斬撃が火を吹く。
「《半月切り》!」
ガキィィィイインンン!
「な!?」
胴薙ぎの一閃は、硬質な筋肉に遮られた。
俺の最大火力の一撃。それでノーダメージは、武器の攻撃力が全く足りていないと言うことだ。
ギガントミートクラッシャーならばダメージが通るかも知れないが、ぶん回すには筋力が足りない。
「ローカロリー! 詠唱準備!」
指示を出し、一旦仕切り直す。
頭を過るのは、ここ最近の反省点。
あと少し筋力が上がっていれば。刺突スキルを手に入れていれば。
無い物ねだりだが、どうしても思ってしまう。
「どないした? ガッツリン、はよ指示くれや!」
催促の声で我に返り、作戦を叫ぶ。
「クチャラーは攪乱しながら爆撃を! 絶対ローカロリーにヘイトが向かないよう調整!」
「あいよ!」
「TKGはフォローを頼む。後、隙を見て筋肉が少ないところに刺突攻撃!」
TKGからは「筋肉ロスト行方不明!?」と苦情が上がるも、「男にぶっさせ!」と返しておく。
攻略情報には斬撃と打撃に高い耐性とあったので、半月切りが通じなかった時点でダメージソースが足りない。
ローカロリーの魔法ならダメージは通ると思うが、傷が全く無い状態では厳しいだろう。
「おらぁ!」
爆殺クチャラーの爆撃とタイミングを阿吽で合わせ、餅つきのように交互に攻撃を浴びせる。
(ほら、鬱陶しいだろ? もっと俺を見ろ!)
効かないなりに攻撃を足に集中させ、敵の機動力を奪う。
挟撃を嫌がったヒグマントヒヒは、俺にターゲットを絞り始める。
「《アイスピッカー》!」
TKGが一瞬の隙を縫い、敵の股間へスキルを突き立てた。
───用語説明:
【ビーバッファロー】
浅い河に巣を作って生息するモンスター。
ソロで狩れたなら上級者と言われるほどの強敵。
【ヒグマントヒヒ】
ヒグマの名を冠する中でも、最強と呼び声の高い凶悪な中ボス。
力強さと頑丈さの上に、知性に裏付けされた戦闘巧者であり、弱点が少ない。
【スキル《超速突進》】
敏捷を20倍に向上させるが、自力では方向転換できない欠点もある。
以前は方向転換の制限が無く、強すぎたため弱体化された。
【スキル《半月切り》】
強烈な一撃を叩き込み、敵がスタンすれば敏捷に応じた追加攻撃をするスキル。
【スキル《アイスピッカー》】
刺突系の上位スキル。攻撃箇所や角度、タイミングによりクリティカルも発生。
【ステータス:耐久】
スタン率や連続行動、スキルの連続使用に影響。
内部的には行動スタミナの上限値となっていて、強力なスキルはこの値が高く無いと発動できない。




