第三話 店長との出会い
〜ここまでのあらすじ〜
食事が栄養ゼリーだけの世界で、政府は全てを左右するVRMMOを開発した。
1位を目指す峰大は、狩りで順調にレベルアップを果たす。
メンバーが次々とログアウトする中、ソロで追加の狩りへ向かう。☜イマココ
〜登場キャラ紹介〜
・ガッツリン:多部 峰大
主人公。高2。取柄はゲームの腕で負けず嫌い。
・ローカロリー:相須 萌奈香
峰大と同じクラス。ハイスペックな天然女子。
・多部 翔
峰大の双子の兄。学区1位で全国でも5本の指。
◇◆◇◆◇《スライムの森》エリア。
西にある狩場へとやってきた。
いわゆる初心者エリアなんだが、実は隠しエリアがある。
「よしよし、まだここはバレて無いな」
こうした情報が漏れると人が集まってしまい、狩りどころでは無くなる。
「会いたかったぜ、シルバーちゃんよぉ!」
「ぴぃ? ぴぴーー!」
出会い頭に逃げたシルバースライムを追うと頬が緩んでいく。
逃げ足が早いだけでソロでも狩れるから、あっさりと三体撃破。
「いや~、これは期待できるな。メニューは何にしようか。小麦粉が余ってたからクッキーとケーキかな」
シルバースライムは細かく砕くと【アラザン】という銀色の砂糖菓子になり、焼き菓子との相性が良い。
俺は慣れた手つきで生地を用意していく。
「おっし、後はオーブンに入れるだけ」
ありがたや~。
ソロでも狩れる強さで、高級食材。
しかも、経験値も美味しい。これぞ一粒で何倍も美味いってやつだな!
「ん? メッセージ?」
焼き上がるのを待っていたら、メッセージボックスのランプが点灯していることに気付き、開いてみる。
『ローカロリー:どう? シルバースライムは狩れた? 明日インするから私の分もよろしくね!』
萌奈香にはバレバレだったみたいだ。
「チョコ足りるかな? 少し買い足すか?」
いつもの皆がログインしないのなら、明日は萌奈香と二人きりだ。
割とドキドキする。
ん? あれ?
用事ある雰囲気だったはずなのに、急に都合がついたのか?
「ま、いっか。シルバースライムも気持ち狩り足しておこっと」
チーーーィン!
今後の予定を考えていたらちょうど焼けたようだ。
熱々のオーブンを開けると、整列した小ぶりな幸せたちがお出迎え。
クッキーの香ばしさと、チョコの甘~い香りが食欲をそそる。
さっき皆で料理を食べたばかりだけど、甘いものは別腹って言うし、チートデイってことにしておく。
「うっま! これやべー!」
チョコケーキは超当たり。
アラザンの食感がアクセントになって、ケーキの滑らかさが際立っている。
ふわふわと口どけは軽く、どこまでも飛んで行ける多幸感が俺を包む。
【ガッツリンはレベルアップしました!】
きたきたきたーーーー!
腕力、技量、幸運が大幅アップ!
今回は力技で倒したのも多かったから、腕力も上がるとは思っていたけど、予想よりも上だ。
「萌奈香と、お財布事情のためにもう少し狩ろう」
アラザンは売ればお金になるし、幾らでも欲しい。
それに、明日は萌奈香と二人っきりだ。
どうせなら喜ばせたいし、俺の株も上げておきたいしさ。
あわよくば翔よりも俺を……って下心もある。
そうして、俺は隠しエリアへ再び足を踏み入れた。
◇◆◇◆◇
「ってことでお代わりちゃんはどこ~?」
さっき狩ったエリアでは見つからず、今日はもうちょい先まで進んでみることに。
やや毒々しい茂みの中を散策していたら、突如バランスを崩した。
「おっとっと、うわぁぁ!」
茂みの足元が崩落する。隠しエリア特有の挙動だ。
俺は転げ落ちながら、即死ダメージを避けようと頭だけは庇い続けてどうにか凌ぐ。
「ってて……ぺっ、ぺっ!」
口の中に入った砂利を吐き出しつつ、状況を確認するため辺りを見回す。
目に飛び込んだのは最上級のレア食材。
「おいおい、マジかよ……」
爽やかな果実の香りとこの見た目。
間違いなくコーヒーチェリーだ。
「現物は初めてだ。撮っとこ」
カシャ!
記念撮影も済ませておく。
昔はありふれた植物だったが、地球温暖化が進んで栽培適地が無くなり、今は幻の植物になっている。
「待てよ……これならスイーツの効果が爆上がりじゃね?」
VRMMOでは、料理に合う飲み物を一緒に摂取すると、パラメータは跳ね上がる。
コーヒーチェリーから作れる【珈琲】という飲み物は、一昔前では甘いものと一緒に飲む定番の飲み物だったと聞く。
「よっし、試すぞ」
ネットの文献を見つつ、珈琲を作ることにした。
選別、乾燥、焙煎まで済ませ、ここでちょっと手が止まる。
粉状にするミルという機材は手元に無い。
仕方が無いので、持っているすり鉢で頑張ることにした。
「この、この……」
すり潰すのには手こずったけれど、暫くすると香しい匂いが漂い出す。
これはとても期待できる。
ドリップという最終工程へ辿り着き、それを眺めていると、ふと視線を感じた。
(敵? この銀色のシルエットは……)
浮かれすぎて接近に気付かなかった。
これがもしタヌキャットだったら、ソロで戦うにはかなり厳しい。
俺は剣を鞘から抜きつつ、警戒を強めた。
「わわっ! 待つニャ~。オラは敵じゃないのニャ~」
緊迫した空気を霧散させるような軽い口調。
そこにはケットシーを思わせる二足歩行の猫が居た。
わたわたとこちらを手で制しながらも、敵ではないアピールを続けている。
「会話が出来るってことはNPCか? 名前は?」
猫はコテりと首を傾げ、尻尾も力なく垂れ下げた。
どうもNPCという存在が理解できないようだ。
まぁ、そんな風にはプログラミングされていないのだろう。
見た目はスコティッシュフォールドに似ている。
AIレベルが低いのか、どうにも話が噛み合わないのが気になるところ。
「オラはガシマというのニャ~」
「ふーん、そのガシマはどうしてここに? それと、寝不足なのか?」
「これは生まれつきなんだニャ~」
半閉じの眠たげな目と垂れ下がった耳。
「気づいたら光に包まれてこの世界にいたのニャ~。オラの住んでいた所と全然、違うんだニャ~」
のんびり口調で何やら妄想も言う。
人語を解するタヌキャットは聞いたことがないが、ここは油断できない。
デスペナで今日の稼ぎがパーになってしまうのは避けたいところ。
不意打ちを仕掛けて倒すことも視野に入れ、そーっと、剣の柄に手を伸ばした。
「な、何してるのニャ~? オラは敵じゃないのニャ~! 一先ず落ち着くニャ」
全身の毛を逆立てたまま、わたわたと弁明を始めるガシマ。
必死で焦る様子に、なんだかこっちの力が抜けた。
「ふっ……アハハハ! 変なやつだなお前。わかったよ、信じる。で、どうしてここに居たか教えてくれるかい?」
「だから、さっきも言ったんだニャ~。光に……」
あくまで設定を貫くらしい。
NPCまとめサイトの記憶を引っ張り出しても、他に例がない。
「ガシマってさ、いわゆるレアNPCなのか?」
「なんニャ~それ?」
「ああ、いいいい。みなまでゆうな。俺だけは分かっているからさ!」
未発見のレアNPCなら、凄くツイているかも知れない。
俺はさっそく色々と情報を聞き出そうとした。
「ニャ~? そもそもイートインワールドってなんだニャ~?」
「は? いくらなんでも無知な設定にしすぎだろ?」
「オラ、住むとこも、お金も持ってないんだニャ~」
今までどうやって暮らしていたのだろうか。
「でさ、ここはどうやって見つけたんだ?」
「コーヒーチェリーの香りを辿っていたらここについたんだニャ~」
別の世界では喫茶店の店長をしていたと語るガシマ。
つくづく変な設定に凝っているレアNPCだ。
「じゃあ、このドリップ珈琲を飲む?」
ガシマは尻尾を項垂れさせながら首を振る。
どうやら俺の淹れた珈琲はお気に召さないようだ。
「オラが最初から作るニャ~」
そんな訳で急遽、俺とガシマの珈琲対決が始まったのだが、店長だったと言うだけあって、専門的な機材を全て取り揃えていた。
「では、飲み比べと行こうか」
「ニャ~。オラの珈琲の方が絶対うまいはずニャ~」
いざ、実食。
───用語説明:
【《スライムの森》エリア】
初心者が通う狩場で難易度は低い。数々の隠しエリアが存在しているが、知っている者が公表しないため謎に包まれている。
【シルバースライム】
レアモンスター。サイズはジャンガリアンハムスターと同程度。
経験値効率の良い砂糖菓子の素材になり、高額で取引される。
【タヌキャット】
凶悪なモンスター。俊敏なマジックキャスターで、見た目の愛らしさとは相反する凶暴さに、多くのプレイヤーが泣かされている。
【ステータス:MP】
魔力残量。魔法のレジストにも影響する。
魔法を受けても一定値消耗し、残量によってダメージ軽減率やレジスト率が変わるため多い方が良いとされる。
◆かぐつち・マナぱ様からファンアートを頂きました!




