第十六話 皆が帰る場所
〜ここまでのあらすじ〜
峰大とガシマ店長は互いの告白をそれぞれ叶えるため、全力で動き始める。
ゴリラーテルに苦戦したガッツリンたちの窮地を救ったのはガシマ店長だった。
戦闘後の話題は店長の恋バナや、喫茶店にかける思いへと移る。 ☜イマココ
〜登場キャラ紹介〜
・ガッツリン:多部 峰大
主人公。高2。取柄はゲームの腕で負けず嫌い。
・ローカロリー:相須 萌奈香
峰大と同じクラス。ハイスペックな天然女子。
・TKG:瀬瑠 泰夢
中学時代の同級生。中二病は高校からデビュー。
・爆殺クチャラー:鳴戸 蓮華
ネット上の親友。関西弁が特徴のエンジョイ勢。
・ガシマ店長
喫茶店開業を目指す銀毛の猫。語尾はニャ~。
・マロン
推定メスのタヌキャット。ガシマ店長が命名。
・サイゴウ
店長の祖国を救った英雄の名。猫魔族の国に語り継がれる伝説の存在。
サイゴウは二万の敵兵と対峙し、救国を成した英雄。世界に轟く彼の名を冠するお店を開けば、いつか店の名前が老夫婦と彼女の耳にまで届くと考えて命名した。
「サイゴウ氏は本当に凄かったんだニャ~。過去形で語らなければならないのが残念なんだニャ~」
店長は眠そうな目の眉尻を下げ、涙を浮かべたまま故人を偲ぶ。
サイゴウの活躍にて戦禍を免れ、無事だった元喫茶店の空き家を見るたびに「皆が帰る場所を作りたいと願った」と、言い終えた店長はどこか誇らしげだ。
喫茶店の香りとその景色は、店長にとって幸せの象徴なんだと思う。だからこそ拘っているし、野望に燃えているのは理解できた。
けれど、俺の拠点を喫茶店に魔改造するのは勘弁なんだが。
「今度は美味しいと言って貰いたいんだニャ~」
おじいさんに教えられて彼女と一緒に豆を挽き、珈琲を淹れた思い出。苦いと互いに笑いあった時の笑顔が忘れられないと、店長は語る。
研鑽を積み、同胞たちにも認められるようになった珈琲の腕前に胸を張る店長。
老夫婦や初恋の彼女に今の一杯を届けるのが夢だと言うガシマ店長を、ローカロリーが抱きしめた。
「店長さんならきっと出来るよ」
頭を優しく撫でるローカロリーと、気持ち良さそうに目を細めるガシマ店長。
暫くしんみりとした後、突如、爆殺クチャラーが号泣して店長へ歩み寄る。
「堪忍や! ガシマ店長! 許したってや!」
以前、爆殺クチャラーは「モンスターが珈琲なんか飲めるわけないやんか」と言い放ち喧嘩をしたことがあった。俺も「マロンに飲んで貰う」と騒ぐ店長にはうんざりだったから気持ちは少し分かる。
でも、店長の真剣な想いを聞いたら、茶化していた自分が恥ずかしくなったのも分かるな。俺も同じだから。
マロンへかつての思い出を重ねた店長の恋が叶うかは分からないけれど、今は「NPCとモンスターの恋愛は叶わない」と安易に言いたくない。
爆殺クチャラーは直角に頭を下げた。
「クチャラー氏がオラの恥ずかしい記憶を忘れてくれるなら、オラも水に流すニャ~」
「せやな! フィンガーボールに顔突っ込んで水飲もうとしたんも今忘れたわ!」
「バラすなんて酷いニャ~……」
ガシマ店長は「ヨヨヨ……」と、泣き演技を始めたが、皆は少し笑顔になった。笑い声に包まれる中、店長が鼻をクンクンと鳴らす。
「なんだかカレーの良い香りがするニャ~」
「おう、今回はカレーだ! 丁度できたところだよ」
真っ白な皿に盛りつけて皆の元へ運ぶ。
店長が運ぶのを手伝い、眠そうだが真剣な眼差しを向けてくる。
レシピを聞き出すのが本命なんだろう。研究熱心なことだ。
「まぁ、ざっくり言うと……」
根負けした俺はレシピを説明していく。
下処理した肉は、ジンジャーを入れた牛乳でボイルした。牛乳は捨ててしまうことになるので勿体ないが、臭みが消えまろやかな風味が出るのだ。
ボイルを終えたら冷水でしっかり洗い、ペーパータオルで拭いていく。ローリエとローズマリーをまぶして揉み込んだら、時短ボックスへ。
手伝いながら頻りに頷く店長。
「ふむふむ、なるほどニャ~。臭み消しは勉強になるニャ~」
「ふふん、尊敬しても良いのだよ? あ、これも持ってって店長」
スプーンの束と福神漬けを渡したら、ジト目で睨まれた。続きの催促だろう。
「では、残りのパートも説明しよう」
フライパンで玉ねぎを飴色になるまで炒め、ルゥの下地を作る。
ヘラを返すたびに、「ジュー」と食欲をそそる音が広がるのが堪らないんだ。
スパイスはクミン・クローブ・ターメリックをベースに、香りはガラムマサラやコリアンダーをしっかり目で。
時短ボックスから取り出した肉をオリーブオイルとクローブで炒める。キツネ色の焼き色がついたら鍋に投入。
「ガッツリン氏がニヤニヤして気持ち悪い時間帯だからそこは分かるニャ~」
「うん。一言多いぞ? で、煮込んでいくんだよ」
作り置きも兼ねて寸胴鍋にしたので、鍋を運ぶ際にはズシリとした重量がある。
そこへハバネロパウダーやカイエンペッパーなどをこれでもかと投入した。
ローリエを忘れずに。入って無いと本格的カレーって感じがしないから。
VRMMOで無かったら、丸一日はかかる煮込み時間も時短ボックスであっという間に解決。
「なんだか料理番組みたいだニャ~」
「いちいちうるさいよ店長?」
仕上げに鍋へヨーグルトを加え、酸味とマイルドさを足す。このひと手間がただ辛いだけではなく複雑な風合いを出してくれる。
香辛料の刺激と爽やかなヨーグルトの香りが程よく調和し、食欲をそそる。
そうして全員分の食事の準備が整った。
【猫舌注意!? 獄暑日にピッタリのキャンプカレー】
「じゃ食べようぜ!」
「頂きますニャ~……ニャーーー! か、から、からすぎるニャ~~~!」
ジタバタとし始めた店長に慌ててローカロリーが水を渡す。
他の皆は、香りから辛さ具合を察したようでまだ一口も手を付けていなかった。
「あかんわ、追いヨーグルトくれやガッツリン」
「我が同胞よ、我も甘美なる発酵乳を所望する」
「私はハチミツも追加でお願いね」
何故だ? 辛いのが良いのに全く分かっていない。
まぁ、言われるのは分かっていたから用意しているけど。
水を飲み干した店長が普段より心持ち目を見開き、ギラリと眼光を鋭くする。
「ガッツリン氏、謀ったニャ~?」
「心外だな。俺は美味しいと思って……はむ、むぐむぐ。うん、うまい」
濃い焦げ茶色の激辛カレー。
舌も喉もひり付く感覚が残り、胃を中心に体の芯からポカポカと温まる。
一口進めるごとに額や頬に汗が伝う。
皆は辛さを調整しつつ、汗だくになりながらもスプーンを止めずに貪っている。手が止まらない証拠に、スプーンが奏でる音が途切れることは無かった。
実際、ゴリラーテルの肉は弾力があって噛めば噛むほど旨味が出てくるし、蒸し暑い日に食べる激辛カレーはやっぱり最高だと思う。たっぷり汗をかいたので、たまに吹く風がとても心地よい。
皆の美味しそうな笑顔が、俺にとって何よりの報酬であり、至福の時間だ。
けど、ガシマ店長の皿はヨーグルトを入れすぎて、カレー風味のヨーグルトって位に比率がおかしくなっている。
俺が話しかけても「裏切り者ニャ~」と口を聞いてくれない。解せぬ。
「機嫌直してくれよ店長」
「……条件があるニャ~」
食後の珈琲を店長にせがんだら、根に持っているのか条件を付けられてしまう。
何だかんだ完食しているのに素直じゃないな。
「分かった分かった。条件はなんだよ?」
改めて問うと、店長は肉球の手をすり合わせて俺を拝みだした。
「ガッツリン氏、後生ニャ~。ラブレターをマロンさんへ渡す作戦に協力して欲しいニャ~」
あまりにも真剣な表情に俺たちは吹き出してしまう。
「な、なんニャ~?」
笑われた理由が分からないのかキョロキョロと見回す店長の肩や頭へ、次々と皆の手が置かれていく。
「条件なんか要らんわ。協力するで」
「偉大な純喫茶の師よ、獰猛なる異形へのトゥルーな恋文。福音バーニング!」
「私も私も! ちゃんとタヌキャット語で書いてあげようね!」
俺も力強く白い歯を見せる。
「当たり前だ。仲間だろ! ほら、この自信に溢れた笑顔を見ろよ。ドンと任せろ!」
「カレー色にべっとり染まった歯と口周りが頼りなく思えるニャ~」
もう俺たちの中に店長の恋を笑う奴は居ない。
全力で応援するよ、店長。
───用語説明:
【モンスターとの会話】
過去、VRMMOでは誰も確認したことがない。それゆえガッツリンと爆殺クチャラーは店長の恋をずっと馬鹿にしていた。
前向きな店長は馬鹿にされても「後悔はしたくない」と自分を曲げなかった。
【ガシマ店長の一人称について】
猫魔族の一人称は私又は俺が主流で、「オラ」を使うのはガシマ店長ただ一人。
老夫婦の方言が移ってずっとそのまま使っている。語尾の前に「だ」がつくことが多いのも老夫婦の訛りの影響を色濃く受けている。




