第八話 短律を巣立つ今夏
〜ここまでのあらすじ〜
食事が栄養ゼリーだけの世界で、政府は全てを左右するVRMMOを開発した。
爆殺クチャラーの誘いで武器を新調するための買い物に出かけた峰大と店長。
凄腕料理人のテツジンから勝負を挑まれるも、店長の珈琲で撃退。 ☜イマココ
〜登場キャラ紹介〜
・ガッツリン:多部 峰大
主人公。高2。取柄はゲームの腕で負けず嫌い。
・ローカロリー:相須 萌奈香
峰大と同じクラス。ハイスペックな天然女子。
・多部 翔
峰大の双子の兄。学区1位で全国でも5本の指。
・ガシマ店長
二足歩行で歩く銀毛のスコティッシュフォールド。垂れた耳と、眠そうな目がトレードマーク。喫茶店を開業する野望に燃える。語尾はニャ~。
「ふわぁぁ……」
昨夜も遅くまでプレイしていたので、眠気が取れず欠伸が止まらない。
カーテンの隙間から差し込む朝日と、小鳥たちの演じる朝ドラの雰囲気に誘われ、ズシリと重い体を起こした。
枕元にある萌奈香の写真へと朝の挨拶をし、カーテンを開けて小鳥たちにも愛想を振りまく。
「サブロー、サチコ、元気にしているかい?」
元気も元気。何故か招かれざる三人目までいる。
脳内でヨシミちゃんと名付ける。皆仲良く、サブローは刺されないように、と心の中だけで警告を発しておく。
着替えを済ませ一階に下り、冷蔵庫の中に異物混入が無いことを確かめてから栄養ゼリーを取り出す。
無味無臭で喉に纏わりつくゼリー。実際には纏わりつく訳では無いのだが、そう評するしかない程に現実世界で固形物を摂取していない。
VRMMOの中では全ての食事が輝いているのに、リアルでの食事の彩りは銀色のパックのみで、唾液すら湧かず苦痛だ。
洗濯ロボットへ衣類を渡そうとしたら、ロボットは行動不能に陥っていたので、犯人へと部屋越しに苦言を呈する。
「父さん、鍵を洗濯物に出さないでよ。キーホルダーが磁石になっててロボットがバグるからさー」
「んー? 出してない出してない」
白々しい返事だけで、部屋から出てくる気も無さそうだ。
「鍵はテーブルの上に置いておくね。ゴミあるなら出して欲しいけど?」
ブフォ!
今度はオナラの大きな音で返事をされた。月曜日のゴミを纏めつつ、再度問う。
「出すもん無いでOKー?」
「なぁ、峰大。勢い余って出ちゃいけないもんが出ちゃったんだけど、どうすればいい?」
ゼリーとは言え、こちとら食事中なのに何て話題をぶっこんでくるのかと憤る。
「味噌ついたのは洗濯ロボットにそのまま出すなよー。クソ親父!」
「コラ、峰大。言葉遣いが汚いぞ?」
そのパンツに比べたら純金並みに綺麗だろ。
匂いがしてくる前に部屋から離れ、ゼリーを摂りながら考えるのは近づいている誕生日のこと。
両親が離婚する前は、翔も含めて家族四人で楽しい誕生日だった。
母さんは「双子だから一度にお祝いする分、二倍豪華にしなくちゃね!」と、毎年張り切っていたっけ。
リアルでは栄養ゼリー以外で食事をすることは無い。
だけど、誕生日だけは別。
母さんは腕によりをかけてご馳走とケーキを作っていた。
ずぼらな父さんは、お酒とゼリーだけで良いと言って毎年喧嘩していたけど、最終的には母さんの好きなようにやらせていた。
子供の頃は分からなかったが、食材は高額なので相当無理をしていたと思う。ざっくりの見立てでも、毎年中古車が購入できるほどの金額だったはずだ。
(……もう、母さんの料理の味を思い出せないや)
離婚を境に生活は一変した。
翔と母さんが家を出ていき、俺は父さんとの二人暮らしを10年近く続けている。
子供にはまだ早いと言われ、別れた理由は教えて貰えなかった。
恐らく父さんの浮気では無い。ぶっちゃけそんな甲斐性も無いし、マメでもなくて雑な父さんはモテないし、どうして母さんと結婚できたのかが不思議なくらいだ。
ばあちゃんと母さんの関係が上手くいってなかったことだけは覚えている。
こんな推測は何の役にも立たない。重要なのは母さんが翔を選んだということ。
俺だって母さんが好きだ。二人が家を出ていくときに連れてってとせがんだ。でも、選ばれたのは翔だった。
だから萌奈香だけは渡せない。
俺の大切な人をこれ以上奪わないでくれ。
萌奈香の好きな人が翔だと聞いて、「やっぱり」と思う気持ちと「負けたくない」という気持ちが同時に沸いた。
今も、悔しさから爪がくい込むほど拳を握りしめている。
同じ誕生日。同じ容姿。なのに何もかもが違う。
学業もスポーツも、要領や愛嬌だって翔の方が優れていて、愛されている。
俺から母さんを奪っただけで無く、萌奈香まで奪っていくというのか。
あまりの悔しさに、飲み干したゼリーが喉を逆走してきそうな気分だ。
萌奈香は俺にとって大切な人。いや、大切な人になった。
二人が出ていって塞ぎ込んでいた俺を外へ誘ってくれたのは萌奈香。泣いている俺が一人にならないよう側に居てくれて、明るく接してくれた。
はっきりと恋心を自覚できたのは誕生日。
ずぼらな父さんは電子マネーのお小遣いをくれただけで何もしてくれなかった。
抗ったのは萌奈香だけ。
《翔くんもおばさんも祝ってくれないから、私が峰大のお誕生日を祝いたい!》
彼女は両親へ直談判をして、俺の誕生日会をもぎ取った。
毎年、手作りケーキまで用意してくれる。
萌奈香の歌声で俺が蝋燭を消したとき、笑顔の萌奈香と目が合って心臓が高鳴ったことを覚えている。
あの時「ずっと一緒に居たい」と自然に思えた。
彼女が欲しいとかそういうんじゃない。
そりゃ、人並みに性欲はあるし、恋人としての行為をしてみたい欲求はあるけれど、萌奈香とは純粋に家族になりたいんだ。
だから、無謀だと言われても、諦めろと諭されても、どうしても出来ずにいる。
大切な萌奈香には隣に居て欲しい。ただそれだけの願い。
遠い昔になってしまった母さんの手料理は、もう思い出せそうにないけれど、俺には特別な味が既にある。
萌奈香の手作りケーキの味だ。
ケーキを食べて、おめでとうの言葉を貰うと一年経ったと実感するし、来年まで頑張ろうと思える。
感傷に浸りつつ朝食を終えると、端末の着信音が鳴り、萌奈香からメッセージが届いていることに気付く。
『ローカロリー:峰大。そろそろ誕生日でしょ。今年のケーキはリクエスト何かある?』
翔のことが好きなのに俺を祝ってくれるのか。
そのことが無性に嬉しい。けれど、同じくらい萌奈香には幸せになって欲しい。
絶対に渡したくないし、行かせたくもない。それでも萌奈香が恋心を押し殺してまで俺と一緒に居るのは嫌だと思う自分も居る。
思わず端末に『翔と萌奈香の二人で過ごさなくて良いのか?』と打ってしまう。
──ピロン。
秒で返事が来た。
『ローカロリー:何言ってるの、峰大。翔くんはおばさんが祝ってくれるでしょ? おじさんは何もしないんだし、峰大は私が祝わなきゃ誰が祝うの?』
涙で画面の文字が滲む。
胸が苦しい。萌奈香への想いで張り裂けそうだ。
素直な気持ちで感謝の言葉を出す。
『ありがとう。……そうだな。ガトーショコラが食べたい。店長が作るのより美味しいやつで』
──ピロン。
『ローカロリー:店長さんが最近作るのにハマってるケーキだよね? チョコたくさん必要だなぁ……分かった。美味しいの作るね!』
本当は萌奈香が作ってくれたらなんだって構わない。
店長の話題のときが一番楽しそうだから、敢えて触れてみた。
(いつもありがとう。大好きだ。絶対、1位になって告白するから)
心の中では言えるのに、メッセージですら伝えられない想い。
でも、1位になったならきっと。
決意を新たにしていたら、父さんが欠伸をしたまま部屋から出てきた。
「峰大。そろそろ出ないと通学路が使えなくなるぞ? あーあ、目の周り赤くしちゃってさ、だらしない」
「うるさいな! そんなボサボサな寝癖の人に言われても!」
ズシリと感じる70リットルゴミ袋を抱えて玄関へと急ぐ。
振り返っても死角になっていて父さんの姿は見えない。
さっきの萌奈香のメッセージで心が温かくなっていた俺は、いつもよりずっと素直な気持ちで大声を出す。
「いってきます!」
「おう」
ここには居ない母さんにも。
とても晴れやかな気持ちで今日は言えた。
───用語説明:
【リアルでの食事の金額】
栄養ゼリーと比較すると約千倍に価格が跳ね上がっており、贅沢品である。
チョコケーキであれば100万円~500万円が相場。
【ステータス:技量】
命中率やスキルの充填に必要な時間、威力に影響。
また、大多数のスキル条件にも用いられており、スキルコレクターにとって譲れないパラメータ。




