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相棒  作者: 蒼龍 葵
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第6話 自責の念


「ついたぞ、矢木」


 トントンと肩を叩かれて俺は助手席で眠っていたことに気がついた。


「……悪い。迷惑かけた」

「いーや、全然。とんでもねぇ女に引っかかったなお互い」


 そうだ、彩香は最初片倉と付き合っていた。

 片倉はさっさとあいつと別れたから、それが本当は正解だったと思う。


「お前もこうならなくてよかったな。俺、もう女は懲り懲りだ」

「俺はどのみち真弥一筋だからな。あ、駐車場に車入れるから。そこの通路右曲がってエントランスで待ってて」

「分かった」


 車から先に降りた俺はポケットの中に入れた血塗れのハンカチを手に取った。こんなに汚してしまって、神野さんに返せない。

 柔軟剤とは少し違う、何か甘い香りがした。


「……あの人、ほんといい人だな」


 ヤクザの子分が群がる中に突っ込んできた神野さんは格好良かった。

 俺なんて神野さんから見たら、片倉の友人の一人だ。殆ど接点もないのに、あんな危険を犯して──


「そうだ、お礼……」


 俺は神野さんの連絡先を知らない。あとで片倉に聞いておこう。


 片倉に案内された俺は、久しぶりにあいつのマンションに入った。ここでやんちゃしたのは大学以来だ。

 あの時は荷物や趣味のもので転がっていた部屋が、今は必要最低限の荷物しか置かれていない。


「お前、気持ちの整理でもしたのか?」

「まあそんなとこかな。部屋を綺麗にすると風が変わるからさ」

「ふぅん……俺も掃除しようかな」


 俺のマンションはあちこちに段ボールが転がっている。あれを片付けることで一人になったと、気持ちを切り替えられるはず。


「ビールでいいか?」

「あ、あぁ……ありがとう」


 片倉は嬉しそうに俺の前でビールを開けた。

 そういやこいつに何度か誘われていた干物屋にまだ足を向けていない。

 二人で仕事上がりに飯を食って他愛無い話をして、のんびり独身ライフを送るのも悪くないか。


「あ、神野さんにお礼言わなきゃ」


 はっと思い出した俺はテーブルにビールを置いた。


「神野さんの連絡先教えてくれないか?」

「……今はダメだ」

「は……?」


 片倉の表情が厳しい。

 でも俺は急いでお礼を伝えたい。

 救急車を呼んでくれたのも、傷の縫合の為に片倉を呼んでくれたのも神野さんだ。


「真弥に言われたんだよ。今日は何があっても電話しないで欲しいって。理由は聞いても教えてくれねぇし……」

「まさか……」


 嫌な予感がする。

 あの人は、俺を庇ったせいであのヤクザに──?


「だ、ダメだ片倉! 早く、神野さんに連絡しないと……!」

「本人がそう言ってんだから」

「ヤクザに、殺されるかもしれないだろ! 手遅れになったらどうすんだよ!」

「……分かった。この電話番号……お前がかけろ」


 何故片倉はここまで渋るのだろうか。

 取り返しのつかない状態になる前に、せめて無事の確認をしたい。

 震える指先でコールを押すと、電話は通話中になったものの、神野さんの声は無かった。


「あの、神野さん、俺……お礼を言いたくて、片倉から電話番号聞いて、それで……」


 神野さんからの返答は無かった。


「神野さん……?」

『真弥、電話に出るか?』


 知らない男の声がする。

 でも何処かで聞いたような──


「ま、まさか……おま……東龍会の……」

『お前には感謝している。お陰で真弥をこの手に抱くことが出来た』


 電話越しの相手は、東龍会の若頭──神楽龍也だ。

 笠原は金銭トラブルに巻き込まれて、ヤクザから闇金を借りて首が回らなくなったんだろう。

 あいつは以前からギャンブルにハマって抜けられない癖がある。看護師になって金が手に入って、またギャンブルに溺れたのか。


「か、神野さんは……?」

『ほう──真弥の声が聞きたいのか』


 突然スピーカーモードに変わり、俺と片倉の耳に神野さんの艶かしい喘ぎ声が響いた。

 そうか、だから電話するなと──。

 俺は自分の浅はかな行動を悔いた。片倉も閉眼したまま何も聞かなかった素振りをしている。


『電話、きっ……て』

『そんな可哀想なこと言うな。この男は、お前の声が聞きたいとわざわざかけてきたみたいだからな』

『あっ……おね……が……ぁあっ!!』


 片倉が動けない俺から携帯を奪い取り、通話ボタンを終了させた。


「俺……また、とんでもないことを……」


 唇がわななく。胸の奥がざわつく。

 片倉の親友を知らない間にヤクザに売ってしまったのか。

 笠原が借金に悩んでいるのを知っていたら、あいつが闇に堕ちる前に救えたかもしれない。

 彩香だって、笠原の借金さえなければ結婚詐欺なんて考えなかったはずだ。


「矢木」


 気づけば、また涙が流れていた。

 力強い腕に抱きしめられていた。

 その優しさに、張りつめていたものが一気に崩れた。


「溜め込むな。お前の悪い癖だ。泣きたい時は泣け、怒る時は怒れ、自分の中で解決しても、それが全て正しいとは限らない」

「俺は……片倉の大切な親友を、ヤクザに売ってしまったのか?」

「違う! 真弥は──あの時からずっと若頭に飼われている」

「あの時……?」


 飼われているって、一体どういう意味なのだろう。けれども、俺がこれ以上神野さんを知ろうとする程、彼に迷惑をかけてしまう気がした。


「片倉……悪い。俺、また迷惑かけた」

「もうちっと頼ってくれたらいいんだけどな。俺は頼りないか?」


 ズキズキと痛む頬を伝い落ちた涙が滲む。

 片倉の優しさも、神野さんの優しさも。

 自分のことしか考えられない俺には、どれも痛いほど眩しかった。

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