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相棒  作者: 蒼龍 葵
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第13話 愛の形がわからない


 片倉が、どうしてあのタイミングで俺にキスをしたのか──ずっと考えていた。


 あいつは初めて会った時から「俺は真弥に一途なんだよ」と言っていた。

 てっきり彼女なんだと思っていたのに、実際は男だった。


 でも、神野さんを見て分かった。

 片倉は“性別”じゃなくて“人間”を見ている。

 あいつの恋愛観には、男とか女とか、そんな狭い枠はないのかもしれない。


「え? だって雅臣さんは病棟でいつも片倉にキスしてるじゃん。あれと同じでしょ?」

「…………は?」


 片倉がぽかんと口を開けた。

 俺、何か変なこと言っただろうか。


 次の瞬間、片倉は全力で首を振った。


「いや、あれはアイツの文化で……俺は……」

「片倉も別に嫌がってないし、普通なのかと思ってた」


 どうしてそんなに否定するんだろう。

 だって今日も、朝の回診で如月さんにキスされてたじゃないか。


 ジャスミン茶を飲んでいると、片倉は盛大にため息をついた。


「……直己、お前……本気でそう思ってんのか」

「うん。だって片倉、雅臣さんにされても普通の顔してるし……俺も別に嫌じゃなかったし」


 言った瞬間、自分の言葉に引っかかった。


(……嫌じゃなかった?)


 胸の奥が、じわっと熱くなる。


「べ、別に、キスなんて減るものじゃないし。それに俺は男だから、怒るも何もないよ」

「そう、か」


 片倉は短くそう言うと、それ以上何も言わなかった。


 その沈黙が、妙に重く感じた。

 まるで──俺の言葉に、何かを諦めたみたいに。



 大学時代、何度かサークル仲間と片倉のマンションで朝まで宅飲みして、そのまま雑魚寝したことがある。

 でも──今は明らかにあの頃とは違う。


 片倉はプライベートエリアを守る男だ。

 寝室は絶対に使わせなかったし、今日初めてこの部屋の寝室を見たくらいだ。

 きっと、彼女でも連れ込むから見られたくないんだろう……そんなふうに勝手に思っていた。


 寝付けずに寝返りを打つと、隣の片倉は静かに眠っていた。

 男二人で同じ布団に入るのも気が引けて、そっと抜け出そうとしたその時──


「……なお……」


 乾いた声で、片倉が寝言を漏らした。


 ──なお?

 ……あぁ、女か。


 胸がざわつく。

 片倉は一途そうに見えて、実は恋人未満の女性が何人かいるのかもしれない。

 跡取りの家だし、彼女候補の一人や二人いてもおかしくない。


「はいはい、俺はお前の想い人じゃないよ」


 そう呟いた瞬間──


「……なお」

「う、わっ!?」


 突然、馬鹿力で腕を引っ張られた。

 顎を掴まれ、啄むようなキスが何度も落ちてくる。

 息ができないほど激しくて、思わず背中を叩いた。


「ん、んんーっ!!」


 ようやく解放されたと思ったら、今度はTシャツをめくられ、胸元に噛みつかれた。


「はぁ……はぁ……なお……」


 その声は、完全に“恋人を呼ぶ声”だった。


「ふ、ざけんなっ!!」


 思わず叫んだ。


 俺は──

 お前の女じゃない。


 胸の奥が、怒りとも悲しみともつかない熱さでいっぱいになった。



「おはようございます」

「おう、おはよー」

「やだ〜、科長どうしたんですかその顔」


 朝のミーティング前、病棟に現れた片倉の右頬は青く腫れていた。

 あれくらいで済ませてやったんだから、少しは反省してほしい。


 俺は体調不良を理由に、しばらく片倉と関わるリーダー業務を外してもらった。

 師長も「今まで負担かけたからね」とあっさり了承してくれた。


 部屋担当を回っていると、背後から痛いほどの視線が刺さる。

 誰の視線かなんて分かりきっている。

 でも──もう関わらない。

 それが俺を守る唯一の手段だ。


 幸い、ママさんナースが二人復帰してくれたおかげで、片倉や研修医の指示は彼女たちが対応してくれる。

 俺は新人の技術チェックや滞っていた委員会の仕事に集中できるようになった。


「片倉科長、珍しく機嫌悪かったわね。あの顔で出勤したところを見ると、彼女にでも振られたのかしら?」


 「矢木くん、事情知らない?」と聞かれても困る。

 俺は記録に視線を落としながら「さあ?」と首を傾げた。

 片倉とは仕事上だけの付き合いと割り切れば、何も気にならない──はずだった。


 だが、その考えはすぐに覆された。


 夕方、オペ室の術前訪問に来た神野さんに呼び出され、「他の人に聞かれたくない話だから」と屋上まで連れて行かれた。


「智幸のことなんだけど……ごめん、上手くいかなかったんだね」

「全然話が見えないんですけど。一体なんですか。神野さんに科長を回収するよう言われたから、昨日は行きましたが……」

「そっか……矢木くんは智幸のこと、好きじゃなかったんだね。余計なことをしてしまった。本当にごめんなさい」


 突然頭を下げられ、思わず息が詰まった。

 片倉はこの人にずっと惚れているのだから、俺にちょっかいをかけてくる方がおかしい。


「神野さんは関係ないですよ。科長も疲れていたんじゃないですか?」

「……それで済めばいいんだけどね。今日のあいつ、仕事にならなくて。いつもしないミスがポロポロ出てる。──今のあいつに大きいオペに入られると困るかな」


 冷静な神野さんがそう言うなら、きっと本当に危ないのだろう。

 でも、俺が片倉を元気づけるなんて……できるわけがない。


「神野さんがいるのに機嫌悪いんですか?」

「表面上は何も変わらないよ。でも、付き合いが長いからね。あいつの異変はすぐ分かる」


 付き合いが長い──か。


 俺だって大学一年からずっと一緒にいたのに。

 笑って、飲んで、馬鹿騒ぎして……

 それでも今、思い知らされる。


(……俺は、あいつのことを何も知らなかったんだな)


 胸の奥が、じわりと痛んだ。

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