消去法らしいです
「お、お待たせいたしました」
「かまわない。こちらに座ってくれ」
無駄に長いテーブルに対面越しに腰をかける。エリオットは着飾ったジゼルを見て僅かに目を丸くした。トマスに椅子を引かれて、腰を落とすとちょうどいい場所に椅子が差し込まれる。前世では友人の結婚式でしてもらったことがある程度なので、なんだか落ち着かない。
「見違えたな。ここに土をつけていた令嬢と同じ人物には思えないな」
エリオットが感嘆の息をつく。「ありがとうございます」と言いかけて「土?」と首を傾げた。
「え、土ついていたんですか?」
「あぁ。麦わら帽子をかぶっていた時、ここに」
そう言ってエリオットは自分の頬を指す。
たしかにエリオットに会った際、麦わら帽子をかぶってタオルを巻いて収穫した野菜のカゴを持っていた。たった数時間前のことなのに、随分と遠い昔のように感じる。
(ーーって、この数時間のほとんど、着替えしかしてないじゃない)
いつもなら、午後のお昼寝の時間だ。もしくは本を読んだり、縫い物をしたり午後は基本自由に過ごしている。おやつの時間になれば、弟妹たちにおやつを作り、そのあとは夕食作りに取り掛かる。
(ネリーが作ってくれるのかしら。大丈夫よね)
もし、必要あれば父が料理人でも雇うだろう。
「ーーどうかしたか?」
「い、いえ。なんでもございません」
表情を曇らせたジゼルにエリオットが問いかける。ジゼルはハッとすると情けなく眉を下げた。
「小さいことでも大きなことでもいい。思ったことがあれば言いなさい。わたしで解決できるなら助力しよう」
「……では、結婚式が終わった後でかまいません。実家に戻ることをお許しいただけないでしょうか。その、お別れができずにちょっと行って帰ってくるように来てしまったので、心残りなんです」
「数日ぐらいなら問題ない。ただ長期というのは許可できない。また逃げられるのは困るからな」
「また、ですか?」
その瞬間、エリオットが「シマッタ」という顔をする。トマスを見ると彼はゆるりと首を横に振った。そして、観念するように事情を説明する。
「元々わたしには父の決めた婚約者がいた。イザベラ・スマジェク伯爵令嬢だ。だが、彼女は先日護衛騎士と行方をくらませた」
「え?」
「それが今朝の話だ。朝一番に伯爵が自宅に来たんだ。ーーイザベラ嬢が一ヶ月前から行方不明だと」
スマジェク伯爵はこの三週間娘を探したが、見つけられなかったらしい。そしてもう隠しきれないと思い、結婚式一週間前の今日、アクスバン侯爵家に謝罪に来たという。
「えーっと、結婚式を取りやめることは考えなかったのですか?」
「考えたが、いずれ結婚しないといけない。ここまで準備してまた1から準備しなおすのは大変だ。だったら、相手は違うが、そのまま結婚式を行なった方が効率がいい」
たしかにエリオットの言う通り、また結婚式の準備を1からするのは大変だ。前世の友人で「旦那が全然協力してくれない」と怒っていた子がいたなぁ、と思い出した。
「ちなみにどうしてわたしに?」
「消去法だ」
「しょ、消去法?」
あまりにも正直なカミングアウトにジゼルは目を丸くした。トマスの背中から氷山が見える。
「旦那様?」
「嘘をついてどうする。それに貴族の結婚なんて、なんでも条件だろう?」
「言い方がございます」
「あ、大丈夫です。結婚なんてそんなものだと思いますし」
まさか消去法だと思わなかったが、変に隠されるよりマシだ。ジゼルは静かに怒るトマスを宥めた。
「条件を伺ってもいいですか?」
「初婚、伯爵家以下、プラマイ5歳だ」
エリオットが端的に述べる。それを横目に呆れたようにため息をついたトマスが横から補足した。
「調査の結果、ジゼル様は中等学院の成績がよく、かつホースター子爵は領民に慕われるお方。土地柄領地経営が難しい部分はありますが、うまく回しておられる。ただ、その調査内容が本当かどうかを確認する意味も兼ねて旦那様が直々領地に飛びました」
「屋敷を訪ねる前に、少し町を歩かせてもらった。のどかでいい町だった。領民たちが生き生きとしていて活気がある。それに君が気さくに領民たちと話しているのを見て、十分だと判断した」
(なんだ、意外とちゃんと調べているのか……)
消去法と言われて拍子抜けしたが、あの短い時間でエリオットはジゼルを品定めしたらしい。ジゼルにとっては棚ぼた的奇跡なのでこんな始まり方でも問題なかった。
「おかげで結婚式はなんとかなりそうだ。改めて礼を言う」
エリオットが安堵の笑みを浮かべる。あまり表情を変えない彼には珍しく柔らかい空気を纏った。
「い、いえ。わたしも助かりましたので」
「そうか。ならいい。ジゼル嬢とはうまくやっていけそうだ」
「はい。わたしも、領地や家族への経済的援助、なによりお茶会や夜会は不要、後継問題の件も考えなくていいとおっしゃっていただけたので、安心しました。どう考えても荷が重いことばかりですから」
苦く笑えば、ピリリっと空気が張り詰める。驚いて、その元凶を確認するとトマスが大変いい顔でニコニコと笑っていた。エリオットはサッと目を逸らして咳払いをする。
「まずはたべよう。このあとマダム・サリーがきて、当日の衣装合わせをする」
マダム・サリーは王族御用達のドレスショップ”エレスティナ”のオーナー。
「こういう事情なので、ドレスは母のものをリメイクして着てもらいたい。デザインは流行り廃りのないものだというのできっとジゼルにも似合うだろう。あとは、結婚式に呼びたい友人がいれば招待状を手配するので今日中に教えてほしい」
ジゼルはテーブルに並んだ、皿を見てフォークとナイフを持った。マナーに自信はないが、ダメなところは追々直していけばいいだろう。配膳される料理を見て、その視線をエリオットに戻す。
「ご配慮痛み入ります。友人は少なく、またすでに嫁がれている方ばかりで参加できるかどうかは怪しいのですが」
「そうだな。経済的理由、もしくは物理的距離の問題なら力になろう。遠慮なく言って欲しい」
「恐れ入ります」
「あと、わたしにはもっと気軽に話してほしい。ーー夫婦になるのだから煩わしいことはなしだ」
「しょ、は、はい? うん」
「では食事にする」
食事中は黙食が普通らしい。エリオットから話しかけられなかったので、ジゼルも黙って食事をした。
料理は冷めており、味も薄い。素材がいいので美味しいが、これで満足できるのだろうか。
前世の知識で料理は無双状態だったので、余計になんだか侘しく感じられた。この世界に醤油も味噌も味醂もないが、他のものを代用してご飯は作っていた。それなりに美味しく食べていた分、どうにもうまさを感じられらない。
(ーーこれからずっとこの食事が続くのかな)
それは少し勘弁してもらいたい。結婚式が終わって様子を見て、料理をさせてもらえないか聞いてみようと思うジゼルだった。




