表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【書籍化決定】消去法で選ばれた花嫁ですが、旦那様がとても甘いです。  作者: 七海心春
アクスバン侯爵家

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

41/41

エリオットの特権

 


「ーーほ、本日はお時間をいただき、誠にありがとうございます」


 デニスから連絡があったのは、ジゼルたちがファッジ領で羊と戯れている頃だった。

 その翌日、彼らに返事をするとすぐにでも会えるとのことだったので、午後のお茶の時間に招待した。


「構わない。楽にしなさい」


 鷹揚に頷くエリオットにデニスとマキナはガチガチになっている。まさか忙しい侯爵本人が同席するとは思ってもいなかったのだろう。


 ジゼルは涼しげな顔で紅茶を飲む夫を見て苦く笑う。


「えぇ。楽にしてください。この通り、エリオット様はあまり細かいことを気にする方ではありませんので」


 もし気にするような人なら、わざわざ同席などしないだろう。

 ジゼルがデニスたちと会うと言えば「顔を出した方がいいか?」と気遣いを見せてくれたので、お願いした流れだ。


「は、はい! ありがとうございます」

「今日は、先日の件のお返事ですね。ーー答えはでましたか?」


 ジゼルはデニスとマキナを見てゆったりと微笑む。二人は姿勢を正して深々と頭を下げた。


「はい。可能であれば、劇団員全員でお世話になりたいと」


 現在劇団員は二十四名だという。


「エリオット様、よろしいでしょうか?」

「ジゼルがやりたいなら、わたしは構わない。ーーただ、彼らの実力も知らないのだろう?」


 エリオットの言葉に、二人はびくりと肩を揺らす。


 彼らの劇団は、たしかに王都では埋もれてしまう実力だった。

 そもそも、王都の劇団は選りすぐりの俳優を寄せ集め所属させている。野球で例えるとオールスターズチームだ。人気・実力を兼ね揃えた俳優ばかりで、コネも伝手もない平民が所属するのは非常に難しい。エラのように、パトロンを探す人も多くいるが、見つかる確立はとても低く、大抵は身体を売って愛人として収まるパターンが多いようだ。


 芸術を愛し旅をする彼らとはなにもかも違っている。


「ええ。情報だけは集めております。もし彼らの演技力に問題があるとしたら、プロの指導員をつければよいかと」


 ただ、評判を集めたところ、悪くはなかった。

 たしかに主役の女性を賞賛する声は多かったが、どの劇団員も演技力があるようだ。演出や構成もそれなりにできるらしく、音楽がよかったという感想もある。


 ちなみにこれは、アクスバン家の諜報員にお願いして収集してもらった情報だ。

 貴族の屋敷や王城で情報収集をする彼らにとって、平民の劇団員の口コミを集めてほしいと言われた時、あまりにも平和な依頼にとても困惑していたらしい。


「ーーえ?」

「それは……」


 デニスとマキナは顔を見合わせて驚いている。ジゼルは二人に補足した。


「基本的に演技に口出しするつもりはありません。そこまで玄人ではありませんし。ただ、利益が出ないとビジネスは成り立ちません」

「いえ、それは存じております。ですが」

「……わたしたちは、独学でやってきました。プロの方に見てもらうことで、アクスバンの名前を落とすことになりませんか」


 要は、拙い技術の劇団員がいることが指導者にバレて、周囲に迷惑がかからないかと心配しているらしい。


「アクスバンが芸術の都だと言えるぐらい二人には頑張ってほしいものだが」

「「……っ!」」

「できぬか?」


 エリオットは皮肉げに笑う。

 彼なりの激励に、デニスとマキナは目を丸くした後、もう一度深く頭を下げた。


「ーーいえ! やります! やらせてくださいっ」

「一生をかけて、証明します」


 二人にもその意図が伝わったらしい。エリオットは口元を緩めた。


「できればわたしが生きている間にお願いしたいものだな」


 エリオットは彼らの答えに満足したのか、鷹揚に頷いた。その声はどこか嬉しげだ。

 ジゼルが見つけてきた劇団員に希望を持ってくれたらしい。ほくほくしていると、夫は彼らと話しながら、カップの近くにある小瓶の蓋を開けた。中身をスプーンで掬って紅茶に落とす。

 途端バナナの匂いが漂って、ジゼルは思わず残念な目を向けてしまった。



 ***



「……エリオット様、ご相談があるのですが」


 その夜、ジゼルは寝室を訪れるなり、躊躇いがちに尋ねた。エリオットはベッドの上で本を読んでおり、その本をパンと閉じる。思い詰めた顔をする妻を安心させるように夫は表情を和らげた。


「聞こうか。ーーおいで」


 口調は柔らかく、それでいて否と言わせない圧力。だが、それに全力で寄りかかりたくなってしまうほどの圧倒的包容力がある。


 ジゼルは両手を広げて待ち構えるエリオットの下に小走りで向かった。そして、背中を向けてすっぽりとその腕に収まる。彼の長く逞しい腕がぎゅっと絡みついて、ジゼルを背中から包み込んだ。


「それでなんだ? 相談というのは」


 耳元で促す声がとても甘い。落ち着いて、しっとりして、ジゼルを丸ごと抱きしめてくれる逞しさがある。だからジゼルも、こうして相談してしまう。


「……えっと、三つぐらいあるんですけど」

「あぁ」

「ひとつは、劇団がアクスバン領に到着したら、孤児院や広場でなにか催しができないかということです。娯楽が少ないので、少しでも皆さんに楽しんでいただきたいです」

「わかった。いいだろう」

「二つ目は、彼らの住居を作りたいです。その場合はエリオット様に頼っていいのか、商業ギルドに頼っていいのか教えてください。建築費は商会で出します」

「それなら、ギルドを頼った方がいいな」

「わかりました。では、明日商業ギルドに行くので送ってください」

「いいだろう。マーカスとナンシーも、だな」


 ジゼルは頷いて淡紫色の瞳を見つめあげる。


「三つ目ですが、……スラムの人たちのことです。あの場所はやはり早く取り壊した方がいいかと思います」


 今朝、マーカスとナンシーと共に、ロイたちが以前住んでいた場所を再び訪れた。

 早朝のまだ日差しが柔らかい時間帯ではあったが、匂いは酷く衛生状態が悪い。


「だろうな。置いておいてもいいことはない」

「はい。ですが、彼らをどうしようかと考えています」


 まずは、風呂に入って清潔な状態にしたい。そして医師に健康状態の確認だ。


「できれば、一時的に助ける意味で、彼らの家と仕事を与えるのはどうでしょうか。もちろん、働く意思があり健康であれば、という前提ですが」

「仕事の斡旋か」

「ええ」


 どちらにせよ劇場の掃除や警備員は必要になってくる。できれば劇団員の住居の清掃係や料理を任せられる人もほしい。現在スラムにどれだけ人がいるのか分からないが、彼らが社会に戻れるチャンスがあってもいいのではないだろうか。


「もちろん、スラムの人たちを贔屓しようというわけではありません。きちんと求人を出して人を探すつもりです。ですが、誰にだってつまづくことはありますし、やり直すチャンスはあってもいいと思うんです」


 軽く聞き込みをしたところ、現時点でスラムを牛耳っている人はおらず、彼らは隠れるようにひっそりと日々を過ごしているらしい。


 どうしてここにいるのか、以前はなにをしていたのかと数名に聞いたところ、ある男性は「親方と喧嘩をして所属していたギルドからも追い出されてしまった」と自重気味に教えてくれた。また、怪我や体調不良で、働けずに……という人もいた。


 中には冒険者をしていたが、年齢のため引退したものの、行き場がないと項垂れる人もいた。


「なるほど。救済措置というやつか」

「……はい」

「どのみちあのまま放置はできないし、彼らを放り出すこともできない。やり方は考える必要はあるが、そういう措置を作ってもいいかもしれないな」


 貴族の多くはあまり奥方に仕事に口出しされたくないと聞く。だが、エリオットはちゃんとジゼルの言葉に耳を傾けてくれる。頭から否定せずにちゃんと受け入れてくれることが嬉しくも不思議だった。

 振り返り、天井を見上げている夫を見つめていると、彼がジゼルの視線に気づいたらしい。

 淡紫色の瞳が柔らかく緩んだ。


「どうした?」

「……いいえ。ただ、エリオット様は優しすぎるなぁと」


 ジゼルが誤魔化しつつも疑問を零せば、夫はクスッと小さく笑った。


「夫が妻に優しくしてなにが悪い? むしろ特権ではないか?」

「……エリオット様」


 エリオットの指先がジゼルの細い顎を持ち上げる。熱っぽい眼差しをジゼルは見つめ返した。

 口元に吐息を感じ自然と瞼を閉じる。壊れ物に触れるように、そっと落ちた。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ