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【書籍化決定】消去法で選ばれた花嫁ですが、旦那様がとても甘いです。  作者: 七海心春
アクスバン侯爵家

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ファッジ領の観光

 

 

 イザベラたちと別れたジゼルは、領地に戻る前にファッジ領を観光することにした。

 目的はデーツの購入。イザベラが色々と特産品を説明してくれたので、他にも新鮮な果物や羊毛があれば買うつもりでいる。


「ジゼル」


 ほら、と腕を差し出されてエスコートしてくれると気がついた。

 結婚式以来パーティーには参加していないので、こうして腕を組むのは随分と久しぶりな気がする。

 もっと甘くていやらしいことをしているのに、と恥ずかしく思いつつ彼の腕に手を添えた。


 そんなジゼルを見てエリオットは満足そうに頷く。

 マーカスとナンシーが呆れた目で後ろから見ていることにジゼルは気づかなかった。


「お腹が空きました」

「そうだな。なにか食べるか」


 ふわっと漂う香ばしい匂いが食欲を刺激する。匂いの元は羊の肉を使った串焼きだった。

 香辛料を使っているらしく、刺激的な匂いがする。ジゼルがくんくんしているとエリオットはジゼルの手を引いたまま、その店に向かった。


「店主、その串二本もらおうか」

「あいよ。半銀貨一枚ね」


 半銀貨一枚は日本円で千円の感覚だ。ラム肉の串は一本銅貨五枚のようだ。財布から半銀貨を出そうとするナンシーを見てジゼルは夫の服をクイッと引く。


「エリオット様。ナンシーとマーカスにもよろしいですか?」

「そうだな。お前たちも食うか? 他のものがよければそちらにしよう」

「この肉がうまそうなのでわたしはこちらを」

「わたしもいただきます」

「というわけで、二本追加してくれ」


 ナンシーはお財布の中から半銀貨を二枚払ってくれた。焼きたてほかほか、脂の乗ったジューシーな串焼きが目の前に差し出される。


「はいよ! 串四本ね! こっはおまけ」


 そう言って店主はもう一本串焼きを追加してくれる。きっと貴族オーラを漂わせているので、気を遣ってくれたのだろう。ジゼルは丁寧に礼を言った。エリオットはすでに肉に齧り付いている。


「ふむ。うまいな」


 肉は厚みがあるものの柔らかくてジューシーだ。しっかりと香辛料が聞いているので、とても美味しい。

あまり表情を変えないエリオットは淡紫はその旨みを堪能するかのように目を細めた。エリオットの許しをもらい、二本目の肉に突入。口があったらしく無言で咀嚼している。


「このお肉、臭みもありませんね」


 口元を手で隠しながらナンシーはわずかに目を瞠った。その驚いた顔を見た店主が嬉しそうに相好を崩す。


「うちのラムはちゃんと下処理をしているからね。気づいてくれて嬉しいよ」


 ちなみにラムは若羊、マトンは成羊のことらしい。具体的にいうと、ラムは生後十二ヶ月未満の子羊だそうだ。ジゼルは先ほど触れ合った子羊たちを思い出して自然と眉が下がってしまった。


「あの羊ちゃんたちが……」

「ナンシー」

「はっ。失礼しました」


 ジゼルとナンシーが命の尊さに憂いつつ一本食べ終わるうちに、マーカスは三本、エリオットも一本追加で食べていた。熱くて脂が滴るので非常に食べ辛いが、マーカスは肉を噛み切ろうとせず、一口で食べてしまうので食べるのが早い。


 串を食べた後は、バナナを焼いて蜜をかけたもの、乾燥デーツ、マンゴージュースも飲んだ。

 暑い日に冷室で冷やしていた搾りたてのマンゴーはとても濃厚。だが、濃厚すぎて喉が渇く。店を離れたところでエリオットにそっと氷を作ってもらい、より美味しくいただいた。


「三年待ちですか」

「そうなんですよ〜。いやあ、ありがたいことにですね」


 羊毛を少し購入し、隣の革製品を扱う店に立ち寄った。

 羊毛は秋冬の新種品を考えるためだ。もこもこのあたたかいパジャマやカーディガンなどもいい。

 なにを作ろうかうきうきしていると、上質でかわいらしい革小物が目に留まった。

 この店はオーダーメイドの靴屋さんで、靴は作れないからとせめて革小物を売っていると苦笑した。

 ころんとしたサイズのお財布や、ズボンのベルトだけでなく、剣を腰に吊るすための、剣帯も売っている。


「他にも靴を作っている店があるんで、よかったらご紹介しますよ」

「いや、今回は見送ろう。すまなかったな、店主」

「とんでもございません」


 厳ついお顔だが気さくな店主に見送られて、一同は街の観光を続ける。

 そろそろ馬車に戻るかという頃、ジゼルは羊の乳を見つけた。試飲させてもらえるとのことでありがたくいただく。


「ーんんん、すごく濃厚ですね。クリーミーで美味しいです」

「そ、そうですかい。口に合ってよかったよ、です」


 この店の女将がコホンと咳払いをする。エリオットの存在が気になるらしく、彼女はチラチラと彼を見ていた。

 それは秋波を送るものではなく、不敬に当たらないかと気にしているらしい。

 ジゼルは白くなってしまった鼻と上唇の間をハンカチで拭いながらエリオットにキラキラとした目を向けた。


「エリオット様、このミルク持って帰りたいです」

「女将、あるだけ貰おう」

「そ、それは買いすぎです! 他のお客さんのことも考えてください……!」


 すでに果物屋さんでフルーツをたくさん購入した。バナナだけでなく、マンゴー、キウイ、パイナップルだ。乾燥デーツも毎日屋敷の皆で食べても一ヶ月は余裕で持ちそうなぐらいある。


 それに馬車に乗せられる量も決まってくる。一リットルぐらいであれば余裕だが、店にあるものすべては無理だ。


「大丈夫だ。女将、構わないか?」

「うちはかまわないが、……いいのかい?」

「賞味期限は大丈夫でしょうか?」

「しょうみ、きげん?」

「あ、暑さで痛んでしまわないか心配で」


 この世界には賞味期限というものはないが、ジゼルの知識にはずっとある。

 慌てて言い換えるとエリオットがジゼルを安心させるように微笑んだ。


「屋敷には冷室があるし、孤児院にも寄ろう」

「それはいい考えです!」


 ジゼルの合意が取れたので、エリオットはその店の羊のミルクを本当にあるだけ購入してしまった。女将は大喜びで、おまけにチーズやバター、ヨーグルトなどをつけてくれた。


(ヨーグルト、この世界にもあるのね……!)


 尚、購入したものは孤児院に寄付するもの以外、エリオットが王都の屋敷に移した。

 今頃屋敷はてんやわんやだろう。ジゼルは心の中でトマスとアリアに「ごめんなさい」と謝罪する。


「エリオット様、あ、ありがとう、ございました……」


 店を後にして来た道を戻っていると、指先が骨っぽく長い指にそっと掴まれる。

 するりと指の間を滑った指先がキュッとジゼルの手を握りしめた。夜寝る時はよくこうして手を握られるが、街を歩く時に手を繋ぐのは初めてだ。


 ジゼルはボボボボっと顔を赤くしながら、ニヤニヤしている夫を見上げた。


「なにをだ?」

「ミルクです。たくさん買ってしまって……」


(ひぃ〜〜)


 エリオットが揶揄うように手をぎゅむぎゅむ握ってくる。痛くはない、くすぐったさもない。

 ただ、甘い気がするだけ。


「かまわない。ーーそれに、たまにはこういう買い物もいいな」


 エリオットは賑やかに行き交う人々を見つめて、その目をジゼルで止める。その瞳はたしかに街歩きを楽しんでいた。きっと彼の人生でこうしてゆっくり街を歩くことなどなかったのだろう。

 

 「では落ち着いたらまた、連れて来てください」

 「そうだな。今度は違う街にも行こう」


 長く伸びた影は仲睦まじく寄り添いあい、繋いだ手がゆらゆらゆれる。

 ジゼルは夫の誘いに頷いて、嬉しそうに微笑んだ。





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