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【書籍化決定】消去法で選ばれた花嫁ですが、旦那様がとても甘いです。  作者: 七海心春
アクスバン侯爵家

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信頼の失墜ー②〈sideエリオット〉

 


 バーモンの名簿作りは、アクスバン家から人を遣ることで着地した。彼は申し訳なさそうにしていたが、生まれは農家の三男だ。成人したタイミングで家から放り出された身であり、学がないのも頷ける。だからこそ、金貨二枚の仕事は大変美味しい。


 通常なら、読み書きができない時点で入隊資格はない。

 読み書きができなくてもできる仕事というのは限られているが、農家の三男なら冒険者になるか、商業ギルドで配達人をするぐらいだろう。もしくは、飲食店の給仕や調理、用心棒などだろうか。


(とはいえ、今更解雇するわけにはいかないな。どこかで覚えさせるしかないな……)


 王都には貴族学院があり、ジゼルもエリオットもそこを卒業した。貴族の子息女たちはたいてい貴族学院に入学するが、騎士を目指すなら騎士学校に入学するパターンもある。


 また、最低限読み書きマナーを覚えられる学校も各領地には設けられている。ただし、入学が強制されていないことや、領都にあることから、領都から外れた場所に住んでいる子どもはなかなか通ってこれないという話は聞いていた。


 (今後、別の場所にも作るか、なにかしら対策が必要だな……)


 領民のことを思えば、読み書き計算は必ずできたほうがいい。

 アクスバン領で一生を過ごすのも、王都に行くのも、はたまた外に出るのもエリオット個人は自由にすればいいと思っている。ただし、エリオットの考え方は珍しく、貴族の多くは平民に学など不要だと考える人が多い。


 (この件は一旦後回しだな)


 詰め所から孤児院にむかう道中でエリオットはトマスと情報の共有を行った。

 オッズには、見張りをつけ、部下経由でジゼルの状況を確認する。トマスと共に露店と取引のある商会から食料を購入し、孤児院の扉を叩いた。


「……今年の冬はなんとかなりましたが、来年はどうなるだろうかと心配しておりました」


 当主自らの訪問に、院長は呆然とした様子を見せた。エリオットは領地の異変を感じていること、また、ロイとコニー姉妹を宿で預かっていることを話す。するとようやく院長の目にも希望が見えて、彼女は深々と息をつくと疲れたような顔で状況を説明した。


「すまなかった。今後は、直接商会から食料を運ばせる。状況が解決次第、元々の予算分きっちり補填するが、急ぎで必要なことは教えてほしい」

「そ、そんなそこまでは」

「わたしはあなたたちの期待を裏切ってしまった。たとえ兄に任せていたとしても、代替わりの挨拶に来て以降、一度もこの目で見ることをしていない。足を運ばなかったわたしの責任でもある」

「ご当主様……」


 彼らはアクスバン領の民だ。そしてこの国の民でもある。王から預かっているこの領地を餓えさせたりしてはいけない。それは代々最高峰の魔法師を排出しているアクスバンにとって、不名誉なことだ。


 それにエリオットのプライドが許さなかった。

 

 (ーーわたしの代で領地経営を悪化させるなど、言語道断だ)


 父ができて、なぜ自分ができない。そう言われるのも、そういう目で見られるのも嫌だった。

 結局魔法しかできないのか、そう言われているようで癇に障る。


 侯爵家に生まれて今まで、いったいなにをしていたのだ! と神の元に渡った父に怒鳴りつけられそうだ。それに、最愛の妻ジゼルに白い目で見られたくない。



***



「古い劇場の管理者権限が欲しい?!」

「あぁ。ジゼルが劇団をやりたいらしい」


 エリオットは、ジゼルたちが炊き出しを行った翌日、魔法省に用があり王城に出社していた。本来なら今日が最後の休みになるが、領地でのトラブルが解決できそうにないので、職場に顔を出していたのだ。


 そして、その足で従兄弟のアーノルド王太子殿下に会いにいく。彼は珍しくエリオットから訪ねて来たことに驚いたものの快く受け入れてくれた。要件はジゼルに相談された劇場のことだ。アーノルドはエリオットの話を聞いて目を丸くしたあと、堪えきれずに噴き出した。


「ははははっ。今度は劇団か。面白いな、お前の妻は」

「できれば大人しくしていて欲しいのだが……」


 エリオットは苦虫を噛み潰したような顔をする。

 ジゼルの行動を制限したくないが、まだ服飾店〝フリージア〟が走り始めたばかりなのに、落ち着け、と声を大にしたい。


 それに、失礼なことではあるが、彼女は舞台を見たことがあるのだろうかと疑問もある。


 かわいい妻のお願いなので、エリオットは頷くしかないが、領地のことが落ち着くまでできれば大人しくしてくれないだろうか。


 兄はエリオットを蹴落として、領主の座及び正当な次期アクスバン侯爵になりたいのだと想定している。エリオットは魔法なら誰にも負けないし、剣も使えるので自分の身は自分で守れるが、そんなエリオットの唯一の弱点がジゼルだ。彼女には腕の立つ護衛をつけてきたものの、できれば自分が四六時中行動を見張っていたい。



「劇場の取り扱いに関しては、各領地の教会に任せているはずだ」

「わかった。では、こちらから教会を尋ねよう」

「わたしからも改めて各領主に通達をしておく。廃屋になってしまえば、溜まり場になり兼ない」


 エリオットはアーノルドの言葉に小さく頷いた。そして、真剣な顔をしていた従兄弟が「で?」と続きを促してくる。


「どんな劇をするんだ? わたしも招待してくれるんだろうな?」

「招待って。アクスバン領まで馬車で何日かかると思っているんですか」


 片道2日だ。往復で4日。滞在日も含めれば、一週間はみないといけない。


「お前の転移ですぐだろう」

「移動時間は旅の醍醐味ですよ。目的地までにたくさんお金を落とすのが、貴族の役割です。と、ジゼルが言っておりました」

「だから馬車で行ったのか」

「ええ」


 新婚旅行は当初、別の場所を検討していた。

 王都より北東に位置する、沿岸部だ。夏でも湿気が少なく、涼しいので避暑地として人気があった。また、王太子妃殿下の実家のゲストナー侯爵領があり、当主自ら力を入れている宿泊施設もある。すでに今年度の予約が受け付けられず、来年度の予約まで始まっているとのこと。


 しかし、アーノルドはエリオットたちが、その施設に宿泊できるようゲストナー侯爵へ口利きすると言ってくれた。理由はジゼルが〝フリージア〟の新作を融通した礼だ。



 フリージアは、基本的に女性を対象にした服飾店だが、男性用のパジャマや下着にも手を出し始めている。デザインテイストは、エレガント、スウィート、カジュアル、クールの四つだが、恋人やパートナーと共に〝お揃い〟を打ち出した商品、ラブコレクションがあった。王太子殿下夫妻には、そのラブコレクションから新作のパジャマと夫(恋人)をメロメロにする艶やかなランジェリーをプレゼントした。


 それがよほどお気に召したらしい。ジゼル曰く、そのランジェリーは王太子殿下夫妻のための一点物。ケティがノリノリで作ってしまったらしく、その出来栄えの艶やかさに、ラベル商会でも取り扱えないかと相談があったようだ。


 残念ながらエリオットは見せてもらっていないので、どういいのか判断がつかないが、アーノルドは真昼間の執務室で真面目な顔で「予備に数枚はほしい」と言っていた。ナイトドレスとどう違うのか気になるところだが、それを確かめる術はない。



「ジゼル夫人の言うことはわかるが、わたしには現実的ではないな」

「……だからと言って、わたしを頼らないでください」

「水臭いこと言うな。持ちつ持たれつだろう?」

「そう言って、連れ回されては困るから言っております」


 便利な移動手段にされては困る。エリオットは深々と溜息を吐く。


「ですが、自領のことですから……まぁ、そこは相談で」

「また、アクスバンばかりと言われるぞ?」

「王太子殿下のご命令ですから」


 アーノルドが愉しそうに喉の奥を鳴らす。エリオットは視線だけで面白ろがる従兄弟を諫めた。



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