夢か仲間か
少年ジャンプみたいなタイトルになりました。
三人は馬車のある広場に向かって歩き出した。庶民的な飲食店が並ぶこの辺りで、貴族の馬車を使うのは、変に目立ってしまう。行きは馬車で近くまで送ってもらったが、帰りは街馬車を拾う予定だ。王都は遅い時間でもこのあたりは馬車が動いている。
「〜〜っ!!」
「!!」
「なにかしら、喧嘩?」
「こんなところだと、よくあることですよ」
「そうです。ジゼル様行きますよ」
「待って」
ジゼルは足を止め、通り過ぎた飲食店に戻る。
店の中まで見えないが、声は外まで聞こえていた。
男女の争う声からして、痴話喧嘩かと思ったが「劇団」とか「解散」というキーワードが聞こえてくる。
しばらく店の前で様子を伺っていると、金色の髪を靡かせて、一人の女性が出てきた。その表情は怒り。そして、彼女の後を追いかけるように一人の男性が出てきた。
「もうしつこい! わたしは抜けるって言ったでしょ! あんたたちと組んでいても一生夢は叶わないのよ!」
「だからって、一方的なのはおかしいだろ?! ここまできて簡単に〝解散〟だなんて言うな!」
「簡単だと思っていないから、ちゃんと話し合いにきたんでしょうが!」
「結局逃げてるだろ! 俺らを納得させられないから」
「納得させられないんじゃなくて納得できないんでしょ!? 自分の実力不足を」
「てんめぇ〜!」
女性は息巻くとフンとそっぽを向いて立ち去ってしまった。
男性は歯軋りが聞こえそうなほど憤怒の顔をしていたが、ややして深々と溜息をつきその場にしゃがみ込む。
「だ、大丈夫ですか?」
「あ、あぁ、すまん……って、え?! えぇ!?」
明らかに庶民ではない人に声をかけられたせいか、その男性は目をまん丸にしていた。
近くで顔を見てジゼルも驚いたが、彼は顔立ちが整っている。
「しぃー。静かにしてください。お話しはなんとなく理解しました」
「あ、あぁ……。外まで聞こえていたか。すいません、汚いものを聞かせてしまって」
彼はよっと立ち上がると、恥ずかしげに頬をかいた。
「いえ。ちょうどよかったです。実は劇団員を探していまして、よければお話しの機会をいただけないでしょうか」
「え? えぇ?!俺たちっすか?」
「はい」
「俺たちのこと知ってるんですか?」
「いいえ。見たこともありません」
「ですよね。王都では一度しか公演していないですし……しかもそこの広場の簡易ステージだったし」
素直に答えるとガックリと彼は項垂れた。
「あ、俺、デニスと言います。えーっと」
「ジゼル・アクスバンです」
「あくす?! ほがっ」
マーカスに睨まれて、デニスは慌てて口を閉じた。両手で口を覆い、恐る恐る周囲を見回す。さいわい、話を聞いている人はおらず、彼はホッと胸を撫で下ろした。
「今日はもう夜も遅いですし、後日あらためて時間を調整したいと思うのですが、いかがでしょうか?」
「それははい、もちろん」
「明日のご都合は?」
「はい! いつでもいいです」
「では、朝の鐘が3回鳴る頃、屋敷にきてください。服装等は気にしないので、そのままどうぞ」
「え? あ、はい!」
「では」
ジゼルはそう言うと、くるりと背中を向ける。マーカスは周囲を警戒しつつ、未だぽかんと道につったているデニスに苦笑した。
***
「あ、改めまして、デニスです。夢の帷劇団で団長をしています」
「同じく、劇団員のマキナです」
翌朝、時間より早く屋敷を尋ねてきたのは、デニスと同じ劇団のマキナという女性だった。マキナは昨夜デニスの話を聞いて、心配でついてきたらしい。
「どうぞ、楽にしてください。わたしはジゼルです。当主の妻であり、アクスバン商会を運営しています。最近は王都に〝フリージア〟という店を構えました」
「〝フリージア〟ってあの?!」
「ご存知ですか?」
「え、ええ。劇団員の中にも購入した者がいます」
「それはありがたいです。ありがとうございます」
「い、いえ。こちらこそです…!」
マキナの驚きの反応にジゼルはにこにこしながら、紅茶を啜る。
内心では非常に緊張しているが、緊張していないように見せるのは貴族ならできないといけないことらしい。ナンシーに「ちょうどいい機会ですから、彼らを練習台にしてみては?」と言われ、今は笑顔を貼り付けて、侯爵夫人を演じている。
(……もう早く猫を脱いでしまいたい)
「本題に入る前にひとつお伝えしておきます」
デニスとマキナが緊張した面持ちで背筋をただす。ジゼルはふっと表情を緩めて二人としっかり目を合わせた。
「契約はお互いの希望や条件を擦り合わせて行います。こちらから一方的にあなたたちに何かを求めることはありませんので、ご安心ください。条件が合わなかった場合は遠慮なく断ってくださって構いません。断ったからと言ってアクスバンからあなたたちに危害を加えることはないとお約束します」
それを聞いたデニスとマキナは表情を緩めた。デニスにしてみれば厄介な相手に声をかけられたと思っていたかもしれない。
「では、わたしが今回どうしてあなたたちに声をかけたのか、お伝えします」
ジゼルはアクスバン領にある古びた劇場を復活させたいこと、また、アクスバン領にいる子どもたちに舞台を見せたいことを伝えた。
「劇場は改修等が必要ですし、管理者の権限が今どこにあるのか分かっていないので、夫が確認しています。すぐに劇ができるわけではないですが、しばらくはそこを拠点に領民のために活動してもらいたいと考えています」
「劇の内容に希望はありますか? というのも、ご存じの通り、一人抜けたばかりで」
「しかもうちの主役が」
「希望は特にありません。ですが、シナリオは私が書こうと思います」
「え?!」
「もちろん、皆さんの演じ慣れたものでもいいのですが、公演期間は短く、またいくつも同時公演をしたいと考えていますので」
「……同時、公演?」
「はい。なので、できれば皆さん一人一人が主役になれる物語を作りたいと」
マキナがハッとして口元を隠す。デニスは目を丸くしてじわじわと涙を浮かべた。
「す、すいません。まさか、そんなことを考えてくださる方がいるなんて思わず」
デニスが目を瞬かせて無理に笑みを浮かべる。マキナはスンと小さく鼻を啜った。
「わたしは、芸事に詳しいわけではありませんが、皆さんそれぞれに合う役はあると思います。もちろん、辞められた方は演技が上手だったのでしょう。しかし、演技とはただの技術力だけではないと思います」
「はい、おっしゃる通りです」
「わたしの目的は、領地の活性化と雇用を生むことです。そしてできれば、子どもたちに夢を見させてあげたい。こんな世界もあるのよ、と。子どもだけでなく大人だって夢を見てもいいはずです」
ジゼルが諭すように言えば、デニスは涙を堪えながら説明した。
「……この劇団はマキナとアビー、抜けた彼女も含めた数名で立ち上げました。初めは一人一人が主役になれるプログラムを作っていたのですが、アビーの演技が好評で、次第に客の入りに差がではじめて。俺たちも金は必要なので、いつしかアビーを主役にした作品ばかりになり」
「中にはそれが理由で抜けた子もいました。でも、演技で食べていきたいなら、そういう現実も受け入れないといけないと思って」
マキナがグッと喉を詰まらせる。
「わたしから依頼する以上、あなたたちの生活は保証いたします。金銭面に関する条件は夫とも相談したいので、すぐにお伝えできないのですが」
「あ、はい。それは」
「こちらも一旦劇団員に今いただいたお話しを伝えます。たぶん皆喜んでくれると思いますが」
「皆さんはアクスバン領で公演することに不安はありませんか?」
「やらせてもらえるのならどこでもいいです!」
「もちろん、いつか王都の劇場でやってみたい気持ちはありますが、今の自分たちにその実力がないのは分かっています」
「……そうですか。わかりました。では、前向きに検討していただけるということでよろしいですか?」
「「はい」」
晴れやかな笑顔を浮かべた彼らを見てジゼルはホッとする。
部屋の片隅に待機していたマーカスとナンシーもお互い顔を見合わせて微笑んだ。




