いいこと考えました!
炊き出しを終えたジゼルは、その日列に並んだ子どもたちを集めて、孤児院に向かった。
サーナと名乗った院長は、ジゼルの突然の訪問に恐縮しながらも快く出迎えてくれた。子どもたちは、久しぶりの再会に喜んだり、中には気まずそうにしていた子たちもいたが、概ね大丈夫のようだ。
孤児院の子らは、昨日たらふく食べ、今朝もエリオットが手配した食料をサーナと共に調理をして食べたのだそう。食料の残りを心配すると、サーナに「まだ残っています」と笑顔で頷かれた。
ジゼルがエリオットの関係者だと知り、無邪気な笑顔で「ごはん、ありがとう」とお礼をいう彼らに、心が痛くなった。孤児院には現在、16歳までの子どもが30名程度いるという。以前は50名近くいたので、半分近くの子どもが生きるために孤児院を出て行ったそうだ。その多くが、12歳以上の子どもたち。彼らは自分たちがいると食料が回らないだろうと考え、こっそりと出て行ったらしい。
「状況の確認が遅くなり、改めてお詫びいたします」
ジゼルはアクスバン侯爵家代表として改めて頭を下げた。護衛のマーカスとナンシーも共に頭を下げてくれる。サーナはそんなジゼルを見て慌てた。
「い、いえ。そ、そんな、頭を上てください」
「わたしたちがもっと早く領地の見回りにきていたら、と思うと申し訳なくて」
ジゼルはまだ嫁いで数ヶ月だが、それでも先に領地を訪れるべきだったと反省した。そうすれば、もっと早くこの子たちがお腹いっぱいに食べることができたはずだ。ロイとコニーのような子どもたちが出てこなかったかもしれない。
「これも神の思し召しです。わたしたちは当たり前の毎日が幸せであることに気づかなかった。失って、戸惑って、どうしようと慌てて、ーー改めて領主様の優しさに気づくことができたのです」
ーーいえ、これは当然のことです。優しさは関係ありません。
そう、喉まで出かかった言葉をジゼルは飲み込んだ。なぜなら、どこの領地でも同じ待遇を受けられるとは限らない。
アクスバン領にいくつか孤児院があるらしいが、領都の孤児院が一番人が多く、また予算も多く割かれていた。他の地域の孤児院がどうなっているのか心配だが、それもエリオットを含めトマスたちが手分けして確認してくれるだろう。
「他に必要なものはありませんか? たとえば、布団だったり、毛布だったり」
「そうですね……。人が増えるとまた、食料が嵩むので、食べ物とできれば衣服もあればありがたいです。下の子たちはお下がりをもらえますが、上の子たちの中で、体格が合わなくて袖や裾が短くなる子たちがいますので」
16歳になると、成人とみなされ、働けるようになる。
しかし、田舎にいけば行くほど、働きに出る年齢は幼く、孤児院にいる子どもたちの中にも、朝だけ、夕方だけ、のように仕事を持っている人がいるようだ。
「ただ、どうしても働き先は偏ってしまうのです」
職人見習いか冒険者、もしくは八百屋や肉屋の下働きだ。手先が器用な子達は針仕事もあるが、それほど多くの収入を得られない。それでも女の子たちは自分のできる仕事を求めて領外に出る子もいるのだそう。
(……子どもたちの教育の場、か……)
日本ではすべての国民に教育を受ける権利があった。識字率は100%に近い。
おかげで、意思疎通に困ったことはないし、ある程度同じレベルで意見のやり取りができる。それは今になって思うと、国の賜物だ。
(この世界で同じことをするのは難しいだろうな……)
まず、行うべきは自領の子どもたちだ。できれば、ホースター子爵領でも同じことができればいいと考える。
ただし、仕事がない。
一次産業は多く、平民に生まれた子どもたちの中には、食い扶持を減らすために売られる子どももいる。
(二次産業が発達していないのよね。三次産業はもっと少ないけど……)
鉱山のある領地ならまだしも、アクスバンはターミナル駅だ。
土地は広く長閑だが、目立つ商業施設がない。領都はそこそこ人が入っているし、宿泊施設等もあるが、観光名所といったものがなかった。
(なにか、こう、足を止めてもらうものがあればまた違うのだけど……)
ジゼルが歩きながら考えていると、趣のある建物が見えた。周囲の建物より一際大きく古い。とても浮いていた。
「……これは何かしら?」
「こちらは、劇場ですね」
「……劇場?」
「ええ。以前は定期的に劇団が来て、公演されていたと聞きます」
ただし、劇団といえども教会関係者が布教を広めるために各地に作っただけらしい。一昔前に、権力志向の教皇がおり、彼の命令で劇団を呼んでいたとか。
(……これ、なにかに使えないかしら)
ジゼルには前世の記憶がある。この世界にはない物語はたくさん知っているし、この世界で受けそうな作品を作ることもできるだろう。
なんなら、劇団員を作ってしえばいい。
(え、楽しそうね……!)
軌道に乗るまで時間はかかるかもしれないが、衣装作成のノウハウはラベル商会に相談できるし、舞台衣装係として、仕事のない人たちに雇用が生まれる。
劇場の運営だって、管理者及び運営担当が必要だ。
(他にも、清掃、チケット販売、護衛、飲食店の運営、グッズ作り……雇用は十分あるわ)
それに、もしかすると領民の中から舞台俳優を目指す子たちが出てくるかもしれない。
(その子が主演俳優にでもなれば、この劇場に箔がつくわ……)
多くの俳優たちはパトロンを自ら捕まえないといけないが、そこはアクスバン商会が後ろ盾になればいいだろう。
それこそ、前世の芸能事務所のような役割である。フリージアの売り上げさえ拡大できれば、面倒の見れる子どもたちの数は増える。
(……いいかもしれない)
ジゼルの思いつきだが、雇用を増やせて、かつ、この領地に人を呼べるビジネスを思いついた。
初めからうまくいくとは限らないけれど、やってみる価値はあるだろう。
「今は誰が管理しているのか分からないのよね?」
「……そうですね。当主様に一度お尋ねするのがよいかと」
ジゼルはその日、帰ってきたエリオットを捕まえて、劇団のことを尋ねた。
エリオットが把握する限り、持ち主はすでに逝去しており、教会も持て余しているようだ。
「当時は、毎月決まった使用料を各領地に支払っていたが、現在は支払われていない。領地側は建物がある限り、税を払えというが、教会側はもう手放したと言っている状態だ」
かつて信徒を募るために建設した劇場は、現在では厄介な存在のようだ。
領主の中には、税収でこの建物を撤去する人もいたようだが、それこそ彼らの責任問題だろう。この建物があることで、当時の教皇の悪事を知らしめることができるからと、撤去しない領主もいる。
「では、あの建物をアクスバン商会で運営してもよいでしょうか? なにかあった時のために、必要書類がほしいのですが」
「であれば、アーノルド兄上に尋ねてみよう。いきなり教会に聞くよりいいだろう」
「お願いします」
「それで、なにをするつもりなんだ?」
「え?」
「商会で運営するって、あの建物を店にするわけではないだろう?」
エリオットが訝しげに尋ねる。ジゼルは軽く手を合わせると先ほどまで考えていたこと口にした。
「劇場を復活させます。王都で燻っている俳優さんたちを商会で雇って劇団を作るんです。シナリオはわたしが書きます。……ふふふ。一度やってみたかったです、舞台監督!」
ジゼルの笑顔とは裏腹にエリオットは不安そうな顔を見せた。
一度やってみたいですね。異世界でシン◯レラや白◯姫!笑




