騒動の黒幕は
「アクスバン侯爵様におかれましては、ご機嫌麗しゅう」
「元気そうだな」
「はい。その節はご迷惑をおかけして申し訳ございませんでした」
イザベラ・スマジェク伯爵令嬢は深々と頭を下げて謝罪した。ただし、ジゼルを一向に見向きもしない。
「で、どうしてノコノコ顔を出す気になった? ギリング王国に隠れていたのだろう?」
「……ご存知でしたか」
ギリング王国とはこの国の南にある隣国を挟んだ向こう側にある。海にある島国ということしかジゼルは知らない。
「まさか、結婚式をされるとは思わず」
「ほう?」
「ずっと思っていたのです。ーーわたしはアクスバン侯爵様と結婚していいのかどうか」
イザベラはふぅ、と嘆息するとジゼルをチラッと横目に見て小さく笑った。
「わたしは魔力があるから前侯爵様に選ばれただけです。とても義務的な貴族の結婚でした。貴族の結婚とはそういうものだとわかってはいても、いつも不安だった」
「不安?」
「ええ。魔力量は年齢と共に落ち着きます。つまり、この先どんどんわたしの魔力は減るのです。それに若い時に子どもを産めば用無しだと言われているようにも聞こえて。ーー申し訳ございません。あなた様を試してしまいました」
エリオットは婚約していた六年の間、定期的に便りを送り誕生日にはプレゼントを贈っていた。夜会に出ると聞けばドレスも新調したらしい。だが、それはトマスを通じて手配したもので、イザベラの好みに何ひとつ掠めていなかった。ドレスは贈るだけ贈って仕事の都合もあり、夜会には出ないことが通常だったとか。
「デビュタントで隣に歩いてくださったときは夢のようだと思いました。だけど、エリオット様と視線は一度も合いませんでしたよね」
「……そう、だったか?」
「あの時、あなたは王太子殿下に依頼された仕事のことばかりで上の空でしたもの」
話を聞いていると、なんだかイザベラが不憫になってくる。彼女がしたことはよくないが、逃げたくなる気持ちもなんとなく理解できた。
「さすがに、結婚式の前になにかあれば気にしてもらえると思ったのですが、まさか代わりを立てるなんて。しかも、子爵家の」
イザベラがわなわなと手を握りしめる。そしてキッとジゼルを睨みつけた。
「あなたもあなたよ! なにわたくしの夫に手を出してるの!」
「え?」
「逃げたのはそなただろう?」
「追いかけなさいよ! 探してよ! 結局あなたにとってわたくしはそこまでするほどの価値がないってことでしょう? こんな女を代替にするぐらい、子どもが産めれば誰でもいんじゃないの!」
(こんな女って……)
イザベラはしくしくと泣き始めた。
つまり、まとめるとエリオットの気持ちを試した結果見向きもされなくて大慌てで乗り込んできたというところらしい。随分と自分勝手だな、と思いつつエリオットを横目で見る。彼は彼で、イザベラの気持ちを知って呆気に取られていた。まさかそんな理由で? と思っているのだろうか。
「スマジェク伯爵令嬢。わたしの非は詫びる。あなたには伝わっていなかったが、その…自分なりに大切にしていたつもりだった」
イザベラは「あれで?」と眉根を寄せる。ジゼルはもう子どもを見守る母親の気分だった。
「だったら、どうして結婚式を延期してくれなかったのですか」
ーーまた1から準備をするのが面倒くさいだろう
ジゼルはその言葉を堂々と自分の前で言い退けた彼を思い出す。さすがにイザベラの前では言葉を探しているようだったが。
「お父上から一週間前にあなたの失踪を聞いた」
「え?」
「さすがに体面が悪い。わたしに何も言わずに逃げるということはあなたも嫌なのだと思った。だから、他の女性を探した」
エリオットは驚いているイザベラを見て視線を下げる。
「お父上はあなたを探したと言っていたが、もしかしたら、あなたが自分で戻ってくるまで見逃していたのかもしれないな。だけど、一週間前になっても戻ってこず、慌てた、といったところだろうか」
「……お父様」
「お父上と話は?」
「……まだ」
「ちなみにこの話は誰から聞いた?」
「前アクスバン侯爵夫人ですわ」
イザベラは領地に住まう、前アクスバン侯爵夫人に手紙を出して結婚式が延期されていないと知り大慌てで戻ってきたのだという。
「母はあなたの失踪を知って、見逃していたのか?」
「いくら半年とはいえ、前侯爵様の喪が明けたばかりだったので」
そもそも、この逃避行はアクスバン前侯爵夫人が唆したものだったようだ。
「……あの人は」
エリオットが深々と溜息をつく。頭を抱え項垂れていた。
「スマジェク伯爵令嬢。母の代わりにお詫びする。この先は行く宛はあるか?」
イザベラは逃げた護衛騎士とまとまるようだ。彼は男爵家出身の次男で爵位はないが、長年イザベラを支えてきたこともあり、スマジェク伯爵も信頼しているらしい。だからこそ、彼は伯爵に顔向できないと項垂れているらしいが、そこはイザベラがなんとかすると意気込んでいた。
「で、結局何をしにきたんだ?」
「……わかりません」
嵐のようにやってきたイザベラは嵐のように帰っていった。ほとんど婚約中のエリオットに対する愚痴だったが、彼は甘んじて受け入れたようだ。半ば放心していたのはきっと、客観的に見た自分がいかに朴念仁であったかと気づいたせいだろう。
「……それより、ジゼル」
「はい?」
「これはどういうことだ?」
エリオットの手がジゼルの腰を支える。さりげなく手を動かされて、くすぐったくて身を捩った。
「ど、どういうことって」
「柔らかいぞ。コルセットはどうした?」
「あ、バレました?」
ジゼルは昨日商会から新作のブラが届き、ドレスの時でも苦しくないインナーが出来上がったと胸を張った。もちろん夜会で大事な時やここぞという時にコルセットをつけたければつければいい。
「……これは、いいな」
「ですよね。って、ちょっと触りすぎです」
「硬くないし冷たくもない。むしろ……危険だ」
「どうしてですか!」
ジゼルが思わず突っ込む。だが、エリオットの手はジゼルのウエストから離れない。
「え、エリオット様、触りすぎです!」
「色々堪えたのだ、許せ」
エリオットは「はぁー」と溜息を吐き出してジゼルの肩に顔を埋める。ジゼルは甘えてきた夫の頭にそっと手を伸ばし、よしよしと撫でた。
「ホースター子爵のことを言えないな、俺は」
まさか、実の母親が裏で糸を引いていたなんて思わなかったのだろう。そして、そこまでして彼女はエリオットの結婚式を延期させたかったようだ。そのことに気づかず、彼女たちとの関係構築を怠ってきた。そのツケが今回ってきている。
「……わたしはお義母様に気に入られる自信がありません」
「気に入られる必要はない。今の女主人はジゼルだ」
「けど」
元王女と元子爵令嬢。雲泥の差だ。
「不安なら、今から実績を積み上げればいい」
「実績?」
「あぁ。素晴らしい商品を作ったのだろう? だったら名前が広がるのも時間の問題だ」
エリオットはそう言って、ウエストを撫でる。
「んもう! さっきから触りすぎで」
ふ、と唇が塞がれる。ジゼルは蜂蜜色の目をまん丸にした。淡紫色の双眸は愉しげに細くなる。
「……もう、そろそろいいだろう? ジゼル」
「え?」
「その色を纏ってくれているということは、少しは浮かれていいと思っているが、違うか?」
「え? え?」
この色はナンシーが選んでくれたものだ。
「この家の女主人はジゼルだろう? 少なくとも俺の隣はきみだけだ」
「……っ」
「ジゼルはどうなんだ?」
「どうって」
ずいっと近づいてきた美顔にジゼルは肩を竦める。彼がなんの言葉を待っているのか一目瞭然で、ジゼルもまた、その気持ちに近い感情を抱いていた。
「……お、お慕い、しております」
消え入りそうなか細い声。緊張して震えて声が掠れてしまう。
「……なんだと?」
「お、お慕いしております!」
「本当か!?」
「きゃっ」
ジゼルの足元がふわりと浮く。エリオットはジゼルを抱き上げると大股で廊下を歩き出した。
「ちょっと、エリオット様?!」
廊下をずんずん進んだエリオットはハッとして転移魔法を使った。ぐにゃりと視界が歪む。ふわんと内臓が浮遊する感覚にジゼルは目を閉じた。そしてそっと目を開ければ景色が変わっている。
「え? ここ? え? 寝室?? え?」
あたふたしているジゼルを眺めながら、エリオットはシャツのボタンをひとつ外す。
「ジゼル、今日が初夜だ」
「しょ、や」
ジゼルは壊れた人形のように言葉を繰り返す。そして顔を真っ赤にしてその場に倒れた。
色々と想像して、力尽きました




