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【書籍化決定】消去法で選ばれた花嫁ですが、旦那様がとても甘いです。  作者: 七海心春
消去法の花嫁

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20/41

一難去って



 「この度はご迷惑をおかけして申し訳ございませんでした」


 グイドが滞在して五日。父が小さくなりながら、応接室で頭を下げた。


 「もういい。頭を上げてくれ。話しができないだろう?」


 格上の当主からそう言われると父は頷くしかなく、言われて頭を上げた。その表情は疲労困憊といった様子だ。


 「グイドから事情は聞いた。彼をそう怒らないでやってほしい」

 「いえ、そういうわけには」

 「これはきちんと夫人と義父母の手綱を握れなかった其方が招いたことでもある」

 「……っ」


 父はハッと息を飲み、バツが悪そうに目を伏せた。心当たりがあるらしい。


 「好き勝手にされているようだな」

 「……申し開きようもございません」

 「夫人を切り捨てる覚悟はあるか?」


 そう言われて、父はガバッと顔をあげた。


 「そ、それは……!! グイドが後を継ぐまでは、どうか」

 「領地が火の車になってもか? それを整えるグイドはどうすればいい?」

 「……っ」


 この国の税は現金か小麦で納めることが決まっている。だが、ホースター子爵領では小麦以外の作物で代替することも可能だった。その場合小麦と同等量の作物を納品し、領主が懇意にしている商会で換金している。父は再婚後、換金先の商会を義母の実家の商会一本に決めて随分と中抜きされていた。おまけに足りないお金を義実家に借りている。金利を低くと言われているが随分と高かった。そのせいで、どんどん義実家に借金を重ねていた。


 「でも妻はこのことを知りません」

 「果たしてそうだろうか。仮に知らないとしてもそうなっているという事実がある。それに帳簿を管理していればおかしいと思うだろう、普通」


 義母は密かに両親から仕送りをうけ、子どもと自分のためにドレスやジュエリーを密かに誂えていた。それらは、子爵領から換金があった翌月が多いと事実が取れている。

 

 父はそんな義実家をひとりでなんとかしようとしたらしいが、元から貴族気質もなく商人でもない彼には難しいことだった。義実家に舐められっぱなしだ。ただ、領民たちに知られるのは困るためなんでもないフリをしていたらしい。


 「義実家の商会はまもなく潰される。味を占めたらしいな、子爵領だけではなさそうだ」

 「……そんな」

 「子爵からは正式に抗議し訴えることになる。書類等はこちらで準備するがあなたは義実家と対立、夫人を切り捨てる覚悟を持って欲しい」


 父はガクッと項垂れた。父の立場を守るためにはそうするしかない。今後はアクスバンの信頼している商会を向かわせることになり、換金はその商会で行うことになった。そもそも領民たちが自分たちで換金できるようになればいい話だが、父は否定する。


 「そうすると、税金がとても大きく感じてしまうだろう。彼らには負担を強いたくない」


 ほとんどの人は学がなく文字も読めない。領地で物々交換で済ませてしまうので現金保有率も低い。


 「それなら、定期的に商会を向かわせることにしよう。そしたら現金を持つ意味が出てくる。時間はかかるが自然と現金で納める人が増えるだろう」

 「でしたら、大人でも学べる場所も作ればいいのでは?」


 アクスバンが信頼している商会だけが領地に行くわけではない。もしかすると義実家のような商会もあるだろう。


 「騙されない力を培う必要があるかと」

 「違いない」

 「それはエリオット様がお力添えしてくれるので?」

 「無論。今、子爵領に変な噂が立つと困る。ジゼルが商会を立てる準備をしているからな」


 父は初めて聞いたというように目を丸くした。そしてくしゃりと相合を崩す。


 「……そうか。このままではグイドだけでなく、ジゼルの足枷になるところだったのか」

 「できればもっと早く相談して欲しかったが。まあ、仕方ない。我々はまだ出会って一ヶ月程度だ」

 「まだ一ヶ月ですか。もっと長く感じます」

 「奇遇だな、ジゼル。わたしもそう思っている。あなたがいない家はもう、考えられないからな」


 平気で砂糖を吐く夫にジゼルはタジタジになる。父はどこを見ればいいかわからないらしく、居心地悪そうにしていた。ジゼルの父としてなにか言いたいのかもしれないが、この状況でなにも言えるはずがない。


 「料理人は送ろう。子爵領付近の村出身の者がいる。ジゼルのレシピを覚えさせたから、しばらくはなんとかなるだろう。あと、領地を立て直す専門家も派遣する」


 ただし条件として、今後一切義母を領地経営に関わらせないことが約束だった。義実家の影響力が削がれるので彼女に何かできるとは思えないが、信用できない人間は関わらせないのが一番だ。


 父との話し合いを終えて、庭にいく。グイドは剣の先生から最後のレッスンを受けていたようだ。

 彼はジゼルたちの姿を見てパッと笑みを浮かべる。


 「お話しは終わりましたか?」

 「あぁ。グイド帰ろうか」


 そうだった、としょんぼりする義弟にジゼルは笑顔を浮かべる。彼はエリオットの顔色を窺いながらおずおずと尋ねた。


 「エリオット様、また来てもいいですか」

 「今度はちゃんと子爵に断ってきなさい」

 「はい」


 グイドはこの短い期間に馬に乗れるようになったらしい。お金を貯めて馬を買うんだと張り切っているのを見てつい財布の紐が緩みそうになった。ただ、生き物は購入後の方が大変だ。お金も時間もかかる。


 それなら領民たちが放し飼いしている鳥や羊でいいのでは? と思うジゼルだった。



 ***


 「エリオット様、色々とありがとうございました」

 

 父とグイドが帰った後、ジゼルは改めてエリオットにお礼を伝えた。義実家の悪事が晒されたことも彼のおかげだ。父ひとりではどうにもできず、領地はもっと火の車になっていたはず。


 「言っただろう? ジゼルのためだ。それにトランス商会は元々あまりいい噂を聞かなかったから気になっていたんだ」


 トランス商会は義実家の商会だ。ジゼルは前妻の子なので彼らとほとんど顔を合わせたことはない。彼らはジゼルには冷たく、態度や表情にその嫌悪を出していた。ただし、ジゼルの母の実家が目を光らせていたようで、直接的な危害を与えられたことはない。


 「本来なら、ジゼルと婚姻前に調べておくつもりだったが後回しになってしまった。こちらこそ済まなかったな」


 そんなことエリオットのせいではない。だからジゼルは首を横に振った。


 「ジゼル、わたしは職場に行く。ーートマス、いくつか手配を頼む」


 エリオットは今朝グイドの迎えもあり、職場に行かなかった。だが、今から仕事。

 グイドも帰ってしまい、エリオットもいない。今日は打ち合わせもないので、なんだか急にぽっかりと胸が空いたような気がした。


 「また夜に。早く帰ってくる」

 「……いってらっしゃいませ」


 ジゼルは寂しさを感じながらもいつも通り笑顔で見送る。急激に手持ち無沙汰になり、ジゼルは新しい商品を考えることに決めた。


 

 




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