甘味王子とお茶会のお誘い
「うーん、平和だわ」
結婚式から一週間。ジゼルはエリオットと共に四阿でお茶を飲んでいた。本日エリオットは午後から休み。昼過ぎに帰宅して、ジゼルの作ったパンケーキに舌鼓を打っていた。
「美味しいですか?」
「うむ」
エリオットに「また、ホットケーキが食べたい」と言われたので、今日はパンケーキを作った。出来上がり、前回とは違う厚みのある生地に驚いていた彼は、ナイフを入れてまた驚き、口の中に入れて目を瞠っていた。普段あまり大きなリアクションを見せない彼にしては、表情がくるくる変わってかわいい。
(バターと蜂蜜たっぷりのホットケーキも美味しいけれど、せっかく新鮮な苺が採れたんだもの。甘酸っぱい苺たっぷりのパンケーキは最高ね)
よほど気に入ったのか、彼は目を閉じてゆっくりと味わって食べていた。ちなみにジゼルはすでにペロリと完食済みだ。エリオットはただいま四枚目に突入。食べ過ぎじゃないだろうかと不安になるが、美味しそうに食べている顔を見ていると「もっとお食べ〜」という気分になる。
(ふふふ。口の端に粉砂糖が付いているわ)
普段のエリオットらしからぬチャーミングな姿に思わず頬が緩んでしまう。そんなジゼルに気づいたらしく、彼が不思議そうに眉をあげた。
「どうかしたか?」
「いいえ〜」
「なにかあっただろう」
「なーにもありませーん」
せっかく可愛い姿なので、ジゼルは敢えて指摘しないことにした。くすくす笑いながら紅茶を飲んでいると、入口の方から賑やかな声が聞こえる。エリオットも気づいたらしく、目を細めじっとその方向を見つめていた。
「ーーやぁ。ちょうどお茶の時間だったか。邪魔して悪いね」
金髪碧眼の美丈夫が、爽やかな笑みを浮かべてまったく悪びれなくそう言った。エリオットはそっけなく、紅茶を啜る。
「だったらどうぞお帰りください」
「冷たいなぁ」
「いったいなんの用だ」
「きみには用はない。ジゼル嬢、いや、ジゼル夫人にね」
彼はジゼルを見てパチンとウインクする。ジゼルは挨拶をしようと口を開けたり閉じたりしつつも夫がこんな態度なのでどうすればいいのかわからなかった。
「え、えーっと。王太子殿下、ようこそいらっ」
「ジゼル。気にしなくていい」
「いえ、でも!」
「気にするでない。お互い知った顔だ。それに親戚ではないか」
王族と親戚と言われても正直まったく実感はない。思わず頬を引き攣らせば、アーノルドはエリオットの食べかけのパンケーキを見て興味を持った。
「エリー、美味しそうなものを食べているな。わたしにも準備してくれ」
「ジゼル、わかっただろう? こういうお人だ。太々しくて図々しい。アーノルド兄上はもう少し遠慮というものをだな」
「わ、わたしが作ったものですが、よろしければ早急にお作りいたします!」
ジゼルがエリオットの言葉に半ば被せ気味でそう言うと、アーノルドが愉快げに口元を緩めた。
「ほう、では馳走になろう。慌てなくていい。ゆっくりとエリオットと語らうのでな」
「語らうほどのことはありませんが?」
「そう邪険にするな、寂しいだろう?」
ジゼルは自然といちゃつき(?)始めた二人を見て、駆け足で厨房に向かった。淑女らしからぬ健脚に、息を切らして飛び込んできた若き侯爵夫人を見て、料理人たちが何事かと目を丸くする。
「お、王太子殿下にパンケーキを所望されました」
「「ええ?!」」
ちなみにジゼルが焼いて余ったパンケーキは彼らが分けて食べてしまっている。エリオット同様口元に粉砂糖をつけた彼らは気まずそうに顔を合わせた。
「お手伝い、お願いします〜!!」
「「イエッサー!!」」
ジゼルひとりでのんびりと作っている余裕はない。フルーツを切る人、生クリームを作る人、生地を作る人にそれぞれ分かれて、ジゼルの指導の元、オリジナルに負けず劣らずのふわふわのパンケーキが出来上がった。
「ーーこれは!」
ジゼルはデコレーションをプロに任せて、慌てて四阿に戻る。そっと遠目で様子を伺うと彼らの雰囲気は和やかで、お互い笑みを浮かべながら話をしているようだった。
(よかった。エリオット様は照れ隠しだったのね)
いわゆるツンデレだろうか。本当は従兄弟が来てくれて嬉しいのに素直に「嬉しい」と言えないだけなのかもしれない。
(金髪碧眼の王子と銀髪紫眼の魔法師のペアリングなんて、ある種ご馳走様ってやつだわ)
残念ながら、ジゼルにそんな趣味はないが麗しい人たちは男女問わずに目の保養である。
ジゼルは心の中で「なんまいだー、ありがとー」と唱えながら彼らの元に向かう。
「お待たせしました。まもなくお持ちいたします」
「うむ、楽しみだ」
ジゼルの言葉通り、ややしてワゴンが到着した。とりあえずふわふわパンケーキを三枚皿に乗せて、粉砂糖をたっぷり塗し、カットフルーツと生クリームで美しくデコレーションしている。
「おお! 美しいな」
「エリオット様、おかわりもありますがどうされますか?」
「いただこう」
(え、まだ食べるの?)
「ジゼル様は?」
「わたくしはもう十分です」
アーノルドは控えていた護衛騎士に「毒味を」と言われていたが「要らん!」と断ってしまった。
信じてもらえることは嬉しいが大丈夫だろうかと正直心配してしまう。
「心配するな。この家には昔から何度も通っているし、一度もおかしな目に遭っていない。むしろ王城の方が危ないぐらいだ」
「そ、そうなんですか」
「わたしを廃するメリットがこの家にないからな。ーーおぉ!! ふわふわだ!!なんだこれは口の中でしゅわっと消えていくぞ」
「もう少しゆっくり食べてください。行儀が悪いです。あとジゼルが引いているのであまりにも軽々しく言わないでください」
「そこは慣れてくれ」
「あ、はい」
アーノルドからそう言われると「はい」と頷くしかない。彼は欠食児童のようにパンケーキにがっつきお代わりをして、紅茶を二杯飲んでようやくひと息ついた。
「素晴らしいな。うまい! どうやってこんなふうに膨らむんだ?」
「それは」
「秘密です。それよりどうして前触れもなくいらっしゃったのですか?」
「それはかわいい従兄弟の顔を見に」
「今朝も職場でお会いしましたが?」
「かわいい従兄弟の妻を見に」
「ではどうぞお引き取りください」
「心が狭いぞ! いったい誰のおかげでホースター一家が無事帰領できたと思っている」
「え?」
家族はパーティーの途中で帰領した。長く居座れば居座るほど、政治的問題や個人の欲望のためにいいように擦り寄られてしまうだろうという判断だ。特に、ジゼルの義妹エレナは来年学院に入学する。エレナと結婚すれば、アクスバン侯爵家引いては王族ともお近づきになれるのだ。もちろんグイドも同様らしい。
「なんとか縁を繋げたい輩が多すぎる。ホースター子爵はいいお人だが、貴族には向いていないタイプだ。まぁ、昔からホースター子爵家の領主につく方はそういうお人が多いが」
現在はアクスバン侯爵家手動の下、警備をしているらしい。中にはジゼルの情報を引き出そうと領民に近づいたりする人もいるらしく、怪しい人がいたらすぐに領主まで報告するように周知されていた。
「お骨を折っていただきありがとうございました」
「いやいや。大したことではない。かわいい従兄弟の大切な奥方のご家族だしな」
「アーノルド兄上?」
「そうそう。今日はこれを渡しに来たのだ」
アーノルドは口元に粉砂糖をたくさんつけたまま、一通の封筒を護衛騎士から受け取った。
その封筒をジゼルに差し出す。
「ーー王太后、わたしたちの祖母から、お茶会の招待状だ」
ジゼルは震える手でその手紙をそっと開く。エリオットが淡紫色の双眸を細め、アーノルド睨みつけた。
誤字脱字等修正しました。多くてすみません(見落としあるかも・・・)




