旦那様は意外と好戦的
すみません、少し遅れました。
パーティーは王城の広間で行われるらしく、馬車で王城に向かうとエリオットはトマスにジゼルはアリアに連れられて、お色直しを行う。アップスタイルにしていた髪を解き、某ピクサーアニメの塔の上に住むお姫様スタイルにしてもらった。実は密かに憧れており、髪の毛には生花で飾り付けを行う。この国では花より宝石の方が好まれるので、アリアには驚かれたが。
「……まぁ、とても可憐なお姫様ですわ」
「ええ。初めにジゼル様からお話を聞いた時はどうかと思いましたけど」
エリオットの色を表す淡紫色のドレスは元はイザベラ嬢の好みでフリルや宝石がたくさん散らされていたものだった。ドレープも長く非常に歩きにくいデザインだ。だが、それらを全て取り払い、できるだけシンプルに近づけた。
その結果、まるで春の野に咲く花畑がドレスに映り込んだようなドレスが出来上がった。豪奢で華やかさはないが、人の目を惹く可憐さがある。胸元は繊細なレースで覆われ、小さな花々がひとつひとつ丁寧に縫い込まれていた。ウエストにも白い花の飾りが縫い付けられて、そこから広がるスカートは波のようにふわりと床へと落ちていく。
ココアブラウンの髪に映える、白と紫色をベースにした髪飾りもとても美しくアリアを始め侍女たちはジゼルを「春の女神のようだ」と褒め称えた。
「め、女神って。言い過ぎよ」
「いいえ。これほど花を纏って美しく嫌味にならず可愛らしいのはジゼル様だからですわ」
「えぇ、えぇ。きっと旦那様もお喜びになるでしょう」
貴族は経済力をアピールするためにも、女性のドレスにはたくさん宝石を散らすと聞く。元のデザインを見た時はジゼルの貧乏性と前世の感覚で「趣味悪い……」と思ったが。
「ーージゼル、用意はいいか?」
「まぁ! わざわざエリオット様がお迎えに?」
「待ちきれないだなんて」
「ジゼル様は愛されていらっしゃるんですね」
きゃあきゃあはしゃぐ侍女たちに苦笑しつつ、ジゼルは「どうぞ」と許可を出す。すかさずアリアが扉を開けると魔法師のローブを羽織り、正装したエリオットが部屋に一歩足を踏み入れて固まった。
「……ど、どうでしょうか」
「あ、ぁあ。すまない。見惚れてしまった」
エリオットはハッとしてそっと目を逸らす。その目元が若干赤くなっていることに気づいてジゼルまで恥ずかしくなった。ニマニマとしながら侍女たちがそそくさと部屋から出ていく。ご丁寧に「化粧直しが必要なことはしないように」とエリオットに釘を刺して。
「見窄らしくないですか」
「あ、あぁ」
「……よかった」
侯爵家の面子は守られただろうか。ジゼルはホッと胸を撫で下ろして安堵の笑みを浮かべる。
「……パーティーなどしなければよかったな」
「え、えぇ?!」
「きみの可憐さが、他の男たちに知られてしまう」
いったいエリオットが何を言っているのか理解できなかった。こんなセリフ前世の漫画やドラマの中のセリフだけだと思っていたから。
ぶわっと顔が熱くなる。エリオットの顔を見つめることができずに思わず俯いた。
「今日は、わたしの傍から離れないように」
「は、はい!」
「念の為、これを渡しておく」
エリオットは小指に嵌めていた指輪をジゼルに渡した。ジゼルは手のひらに転がったシンプルなシルバーリングを見つめる。
「その指輪は魔力を補給してくれる。魔力量の少ないジゼルでも使えるはずだ。最悪なにかあれば、転移して屋敷に帰れ。いいな?」
「は、はい……!」
ジゼルは指輪の大きさを考えて左手の薬指に指輪を通した。少し大きいがすっぽ抜けるほどではない。
「今日は一日借りますね」
「あぁ。今度きちんとジゼルのものを用意しよう。仮に失くしてもすぐに作れるから気にしなくていい」
ジゼルは左手の薬指に通った指輪を見つめたまま「はい」と頷く。
「では、行こうか。手を」
ジゼルが手を差し出すとキュッと握り締められる。
「ーージゼル。わたしだけを見ておけ。知らない奴の言葉など耳にしなくていい」
きっと元婚約者絡みのことだろう。ジゼルはもう一度「はい」と返事をして表情を引き締めた。
パーティー会場はすでに賑わっており、主役の到着を待ち侘びているようだった。
ジゼルは胃が痛くなりそうに思いつつ、表面上は頑張って覚えた貴族スマイルを炸裂させる。
扉が開き、豪華絢爛の王城の広間をジゼルはエリオットにエスコートされて歩いた。
四年前、デビュタントで緊張した記憶を思い出しつつ、父や家族たちが広間の片隅で小さくなっている姿を見つけた。隣には何故か王太子殿下夫妻がいて、思わず目を瞬く。
「ーーどうかしたか?」
不意にエリオットの頭がジゼルに傾いた。周囲から「きゃあ!」と悲鳴が聞こえてジゼルは苦く笑う。
「いいえ。父が王太子殿下とご一緒させていただいているようで」
「あのお方は悪い人ではないのだが」
エリオット曰く、ホースター子爵が滅多に王都に来ないので、この機会に色々と話をしているのだろうということだった。主に領地経営に関わる部分なので、れっきとした取り調べである。
「ただ、王太子殿下がいないと今頃蜂の巣状態だろうな」
「……そうですね」
ジゼルは嫉妬や羨望の混ざった視線をひしひしと感じながら、広間の奥に向かう。
そこには、国王陛下ならび王妃殿下がいた。エリオットは国王陛下の甥にあたる。どこか似た雰囲気を持った壮年の男性がジゼルを見て目を細めた。
「国王陛下ならび王妃殿下にご挨拶申し上げます。この度わたくし、エリオット・アクスバンはジゼル・ホースター子爵令嬢を妻といたしました。先ほど教会で誓いを立てましたこと、ご報告申し上げます」
「うむ。おめでとう」
「おめでとう」
国王陛下は目元のシワを深くして微笑み、王妃殿下は感情をあまり見せない笑みで形だけ祝福の言葉を述べた。ジゼルは隣でただ笑みを浮かべたまま礼をしただけで、あとはすべてエリオット任せだ。
国王と王妃への挨拶を終えると、今度は広間の真ん中に移動する。このあとジゼルはダンスを踊らないといけない。表舞台で踊るのはデビュタント以来で緊張している。
「あの、足を踏んだらすみません」
「気にしなくていい」
エリオットはクスッと笑うとホールドの姿勢を取る。彼のリードは踊りやすく、心配していたようなことは起きなかった。その後、主賓席に腰を下ろし変わるがわるくる挨拶に笑顔で対応する。
「ーーこの度はおめでとうございます、アクスバン侯爵」
でっぷりとした腹を蓄えた慇懃無礼な態度取る壮年の男性が形だけの祝いの言葉を述べた。
彼の後ろには、妙齢の女性が控えており彼女はジゼルを横目で見て鼻で笑う。
(あ、なんかキタ! ザ・定番の事件かしら)
エリオットの口調からもっと妨害されたりいびられたりするのだろうかと想像していたが、ここまで意外と順調な進捗具合だったので少々油断していた。ダンスの時もエリオットがすべての視線を持っていってしまったのでジゼルには大きな被害はなかったのだ。
「ベルモア公爵。忙しい中きてくださったのか」
「当然だ。我々の仲だろう?」
狐と狸の化かし合いなのか、言葉ほど信頼関係ができている気がしない。
(やっぱり貴族って怖いわ)
ジゼルはいないのも同然で男二人話が進む。後ろがつっかえているようで、ジゼルはエリオットに目配せした。
「しかし、水臭いな。どうして我が家を頼らなんだ」
「なんのことでしょう?」
「なんのって。閣下とうちのマージェリーは以前婚約をした仲ではないか。この通りマージェリーは魔力もあるし、なんたって我が」
「随分歳をとったようだな、公爵よ。わたしの記憶では”マージェリーは次期王妃になるのだ”と言ってアクスバンには嫁がせないと言ったのはどこの誰だったか」
「……そ、そうだったかな」
ベルモア公爵が若干焦った様子を見せる。
「だが、王太子殿下にうちのマージェリーは勿体無いと思ってな。それなら卿の方が」
「貴様は今、なんのためにここにいる?」
エリオットは地を這うような声でそう尋ねた。表面上はまだ笑みを浮かべているが、冷え冷えとした視線を向けられて、彼はたじろいだ。
「口先だけの祝いの言葉などいらん。妻を侮辱する奴もお取り引き願おう」
「あ!」
エリオットが指先でスイっと空を描く。するとベルモア公爵の巨体が宙に浮く。襟ぐりを持ち上げられた彼は苦しそうに呻いた。
「ベルモア公爵家を敵に回すつもりか」
「もとより味方だと思っていない。去れ」
エリオットが指を弾くと彼はもうすごい速さで出口に向かって飛んでいった。それも後ろ向きで。
ジゼルも含め周囲が唖然とする中、次に彼は顔色を悪くしたマージェリーに冷ややかな視線を向ける。
「お父上に伝えよ。阿呆なことを考えるな、と。その地位が欲しければ大人しくしているがいい」
「……は、はい」
彼女は一礼するとそそくさと立ち去った。ようやく列が動き出して、ジゼルはホッとする。
ベルモア公爵の一連の流れを見ていた人たちは、ただ祝いの言葉を述べるだけですぐにその場を後にした。おかげで早い早い。ジゼルは数年ぶりに学院時代の友人とも会えて嬉しかった。ジゼルが王都にいると知って「また会いましょう」と約束した。
「……はぁ、やっと終わりました?」
「いや、最後の方だ」
列がようやく終わったと思ったが、エリオットが首を横に振る。すると堂々と人の波を掻き分けて向かってくる金髪碧眼の美丈夫と目が合った。彼はジゼルを見ると和かに微笑む。
「エリオット、ジゼル嬢。結婚おめでとう。先ほどはいいものを見せてもらった」
「いいもの?」
「熱烈なキスシーン。明日の新聞はきっと一面だろうな」
わはは、と笑う顔はまるで弟を揶揄う兄のようだ。エリオットはむっすりとしているが言い返さなかった。
「それより、どうして一番最後に来るんですか、アーノルド兄上」
「最後の方がゆっくり話せるだろう?」
「話すことなどありません」
「誰がお前と話すか。わたしはジゼル嬢に用がある」
エリオットの子どもじみた様子に微笑ましく思っていると、 目が合った王太子殿下にウインクされる。
「……ジゼルに何を話すつもりですか」
「そりゃあ、お前の幼い時の話だ。ジゼル嬢、わたしはこいつの恥ずかしい話をたくさん知っている。いつか喧嘩した時のためにいくつか握っておいて損はない」
ドヤ顔で胸を張る王太子にエリオットは溜息を吐き出す。そして席を立つとジゼルにも席を立つように仄めかした。
「……わかった。ジゼル、屋敷に戻ろう」
王太子夫妻は微笑みを浮かべたまま一礼して、その場を去っていく。
「え? え? いいんですか?」
「あぁ。きみの家族もすでに屋敷に戻ったようだ」
「え?」
「あとは勝手にするだろう。あのブタを見せ物にしたつもりだが……ちょうどいい機会だ。アクスバンに喧嘩を売ったらどうなるか知らせてやろう」
冷えた微笑みを浮かべてエリオットが笑う。
あ、この人を敵にしてはいけない……。
そう思ったジゼルだった。




