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【書籍化決定】消去法で選ばれた花嫁ですが、旦那様がとても甘いです。  作者: 七海心春
消去法の花嫁

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結婚式前夜



 ジゼルは神妙な面持ちで、窓から外を眺めていた。本日の午後、家族と数日ぶりに顔を合わせたので、ひとりになった今、いよいよかと緊張感が高まっている。明日はきっと白い目や好奇な目で見られるんだろうなぁ、とある程度は覚悟しているつもりだが、考えれば考えるほど気が重い。


 (誓いのキスがあるって言うし……)


 手すりを持つ手に顔を埋めて、悶絶する。


 つい先ほど挙式の流れを聞いて聞き間違いかと驚いた。だが、何回繰り返しても”誓いのキス”と言う単語は消えない。そう、つまりあるのだ。キスする場面が。


(まさかのキス……)


 これぞ正真正銘のファースト・キス。前世を含めても初めてのキス。しかも相手があのエリオット・アクスバンだ。タキシードを着て銀髪を靡かせて淡紫色の双眸を細めてーー


 ーージゼル、と低くしっとりした美声で呼ばれて。


 「ひゃあああああーーーっ」


 昔から思っていたけど、両親の前でキスなんて恥ずかしくないのだろうか。友人たちに聞いてみたけれど「結婚式ぐらいはねぇ」「パフォーマンスだし」と言われたことを覚えている。


 (無理無理無理〜〜)


 ジゼルは足を踏み鳴らした。踏み鳴らす程度では物足りなくて何度も屈伸してしまう。

 恥ずかしくて顔が熱い。想像しただけで心臓が爆発しそうだ。


 夜風で熱った顔を冷ましつつ項垂れる。エリオットとキスが嫌というわけでない。あれは単なる皮膚接触と同じだ。そう、犬や猫に舐められるのと同じ。


 だけど「いついつにやります」と言われるとそれを変に意識してしまう。幸い明日は教会の祭壇の前で顔を合わせるまでエリオットと合わないはずだ。


 (明日のためにも早く寝ないと……)


 いつもと同じ時間に起きて、散歩をする時間はないのですぐに支度だ。この一週間で散々磨かれたので、どこをそう磨く必要があるのかと思うが、最後の仕上げだと侍女たちは張り切っていた。


 ーー寝不足はお肌の敵ですから、早くご就寝ください。


 そう言われたが、緊張して眠りにつけない。


 ジゼルはもう一度ベッドに潜り込んだが、つま先が冷えていることに気がついた。


 (……なにか温かいものでも飲もうかな)


 本当なら呼び鈴を鳴らして侍女を呼ぶべきだが、気分転換に自分で厨房に向かった。料理長には「いつでもお使いください」と言われているので気兼ねなく向かう。


 「牛乳と砂糖と」


 冷蔵室から冷えた牛乳を取り出し、鍋に入れて火にかけた。弱火でコトコト煮詰めながら膜が張らないように木ベラで混ぜる。ほんのりとした甘さを求めて少し砂糖も入れた。子爵領では砂糖だなんて高価すぎて手も足も出なかったが、侯爵家では常備されており「ご自由にどうぞ」状態だ。


 (経済力の差よ……。気軽に使えるのはやっぱり嬉しいわ)


 ジゼルはミルクの海を眺めながら、ゆっくりと木ベラを動かした。そろそろいいだろうというところで火を切って、マグカップを取ろうと戸棚を開ける。


 「ーーわたしが取ろう」


 後ろにふわっと感じた温かさと落ち着いた声が背伸びをしたジゼルを嗜めた。


 「これでいいか?」

 「あ、はい」


 エリオットはマグカップをふたつ取り出した。どうしてふたつ、と思ったがジゼルは鍋を見てようやく気づく。


 (ーーあれ、なんか量が多い)


 ひとり分を作ったつもりだったが、今日数日ぶりに弟妹たちと顔を合わせたせいか彼らの分も作ってしまったようだ。


 だが、このマグカップは少し大きめで深い。ちょうど綺麗に二杯分に収まった。

 

 「クリーン」


 彼は指先を軽く動かしただけで鍋と木ベラを綺麗に洗浄してしまった。おまけに元の場所に片付けてしまう。


 「あ、ありがとうございます」

 「眠れなかったのか?」

 「……はい」

 

 ジゼルは素直に白状した。エリオットは「そうか」と言ってジゼルの頭をそっと撫でる。


 「心配しなくても、挙式は互いの親族のみだ。と言っても母と兄は来ないので従兄弟になるが」


 彼の従兄弟、王太子殿下と王太子妃殿下が揃って列席される。また、彼の伯母も列席するらしい。

 あとはジゼルの家族と、生母の実家ーージゼルの祖父母だ。父とヘレナが再婚後縁遠くなってしまったが、幼い頃に何度か会った記憶はある。


 「パーティーは口さがないものもいるかも知れぬが、心配しなくていい」


 エリオットはたぶん勘違いしている。ジゼルがそんなことで不安で緊張して眠れぬと思っていたのだろう。たしかに怖さはあるが、本当のことを知られるのも恥ずかしい。


「わたしの部屋に行こう」

「え?」

「ここで立ったまま飲むのか?」


 ホットケーキの時はここで立ったまま食べた。夜中にこっそりつまみ食いにきたネズミになった気分だと例えたエリオットに笑ってしまったことを覚えている。


「ネズミにならないんですか?」

「今日はやめておこう。それにこういうのはゆっくり味わうものだろう?」

 

 たしかに急いで飲むものじゃない。できればソファーにでも座ってひと口ずつ丁寧に味わいたいものだ。


 ジゼルが頷いたのを見て、エリオットは踵を返す。マグカップは宙に浮いており面白い運び方をするなと感心した。


「溢れないのですか?」

「溢すのは二流の証拠だ」

「なるほど」


 魔法師として一流のエリオットにしてみればその質問自体失礼だったのかもしれない。


「すごいですね」

「……そうか」


 エリオットの耳がほんのり赤くなったのを見て、ジゼルは頬を緩めた。褒められ慣れているはずなのに、照れ臭いらしい。この一週間で彼のいろんな顔を見せてもらった。


 正直ビジネス感の強い縁談で、あれよあれよとこの一週間流されるままに過ごしてきたがエリオットは彼なりにジゼルに歩み寄ろうとしてくれた。


 ジゼルが朝の散歩や庭いじり中、エリオットは鍛錬していた。魔法師なのに剣を使うのかと朧いたが、剣を嗜むのは貴族男子の常識。また、嗜むだけでなく彼は剣の才能もあるらしく王太子から「専属護衛にならないか」と声をかけられたこともあるという。意外と武闘派の彼と朝食を一緒に摂り玄関まで見送るーーまでが朝のルーティーン。基本的に昼と夜はエリオットが職場で食事をするのでジゼルはひとり飯だが、この家に来た当初と中日、そして今日は昼も夜も食事をした。


 (ーーすごく気を遣ってくれている、よね)


 婚約者に逃げられ、どうせ結婚しないといけないのであればとそのまま強行するぐらい合理的で効率を重視する人だ。そして今度こそ逃すまいという気迫のようなものも感じる。


 (きっとそうでないと、”好きにしていい”なんて言わないと思うし)


 王族と親戚になるのだから、どれだけ詰め込まれても足りないだろう。彼らは生まれた瞬間からずっとそれを求められている。そこに少しでも追いつこうとするなら、毎日勉強しているとはいえまだまだ足りない。


 広い肩、長い銀色の髪を見つめながらエリオットの後をついていくと、彼は寝室の扉を開けてジゼルを促した。


「好きにかけてくれ。あぁ、毛布も持ってこよう」

「あ、いえ。お構いなく」


 ふかふかのソファーに腰を下ろす。熱々のホットミルクが注がれたマグカップが音もなくテーブルに着地した。エリオットの手にはふわふわの毛布。それがジゼルに膝にかけられる。


 (ーーどうして、婚約者さんは逃げたのかな)


 こんなにも優しく気遣ってくれる人の何が不満なんだろう。ジゼルは不思議に思いつつも「そのおかげで今自分がここに居られる」ことに感謝していた。


「……昼間はすまなかったな。色々と混乱させて」

「いえ。家のことはその家にしかわからないことがありますから」


 昼間、実家の両親たちが侯爵家に到着した際、彼らはエリオットの家族に挨拶したいと申し出た。

 だが、彼らは結婚式に不参加。エリオットがざっくりと事情を(遠回しにあまり仲が良くない)と伝えると、父は顔面蒼白になって謝罪していた。


「母はたぶん、結婚式を延期しなかったこと、新たな婚約者を母に相談しなかったことに怒っているんだ」


 前侯爵が亡くなって半年。祝い事で元々日時が決まっていたことだ。それにその日時を決めたのも亡くなった前侯爵。エリオットは今更延期するのも、と考えて一応半年は過ぎているので結婚式は延期しなかったという。


「子どもみたいな人なんだ。あとは常に自分が正しいと思っている」


 エリオットは言いながら、ホットミルクの甘さに目を細め、薄紅色の唇が柔らかく微笑んだ。


「基本的に後継は長男だが、父はわたしが生まれて髪と目の色を見た瞬間、後継をわたしに決めた。そのことも母の癪に触ったようだ」


 それ以来、エリオットの母はずっと彼の父に怒っていたそうだ。夫婦間の仲は冷め、なにかにつけてエリオットを優遇する夫に怒り、彼女はいつも長男の味方になっていたらしい。


「まぁ、そんなこんなで母はずっと父に怒っていた。そしてそのまま死別して、次の怒りの対象はわたしだ」

「……そうですか」

「ジゼルが気に止むことはない。幼稚なだけで悪い人ではないんだ」


 エリオットはすべてを話さないが、きっと母親の態度に疑問を持っていたはずだ。幼いころは傷ついたり、寂しく思ったりして自分を責めたこともあっただろう。


 「だから明日は、というとおかしな話だが、気楽にしてほしい」

「……はい」


 淡紫の瞳に強い決意が宿る。ジゼルはその目から逃げるように俯いた。


(……そうじゃない、と言えない)


 キスが初めてで緊張しています、なんて言える雰囲気でもない。ーーが。


 「あ、あの。もう一度流れをおさらいしても?」

 「あぁ」


 意を決して言うとエリオットはさらりと頷いた。準備から始まり扉が開き祭壇に向かうまでの流れ、そして祭壇の前で行うことの流れを確認する。


 「で、そのあとが」

 「誓いのキスだな」

 「……ですね」

 

 ジゼルはマグカップを両手で持ちながら小さく呻く。


「なんだ、キスが嫌か?」

「い、嫌というわけじゃ……」


 ごにょごにょと言いつつ、俯いたまま目だけでエリオットの様子を窺った。彼はジゼルの様子を具に観察し「なるほど」と口角を上げる。


「初めてか?」

「あ、当たり前です!」

「それはいいことを聞いた」


 この国では結婚時貴族は乙女であることが望ましいとされる。しかし、実態は結婚前に本当に好きな人と済ませてしまう女性も多いと聞いた。当然キスのひとつやふたつどうってことないだろう。


 だが、神の前で誓う、全然いやらしさのないキスだけで狼狽えているジゼルを見て、エリオットは愉快げに目を細めた。


 「……お、お手柔らかにお願いします」

 「そう言われてもな。だったら、頬にでもするか?」


 意外とあっさりと妥協案を提示されて、ジゼルはガバッと顔を上げる。


 「唇でないといけないとは言われていないしな」

 「そ、そうですね! そうです! うん、そう!!」


 そういえば、前世でも頬にしている人がいたはず。


 「なら、これも練習するか?」

 「へ?」


 対面に座っていたエリオットがジゼルの隣に移動してくる。腰を抱かれて耳元で「ジゼル」と囁かれて、身体がカチコチになった。肩を竦めて思わず身体を丸める。ぎゅっと目を瞑っていつくるかとヒヤヒヤしていれば、なかなか触れてこない。


 恐る恐る片方の目を開ける。すると間近で顔を覗きこむ悪戯っ子の顔があった。


 「ーーふ、はははははっ」

 「〜〜〜エリオット様!!!」

 

 目を吊り上げて顔を真っ赤にしたジゼルにエリオット顔をくしゃくしゃにして笑う。

 不覚にもその笑顔にキュンとして、怒るに怒れなくなってしまった。


 (……なんなの、これ)


 心臓がバクバクしている。さっきとは違う胸の高鳴りにジゼルは大いに戸惑った。

 


 

明日からは正午に更新いたします!

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