埋もれていた原石ーーsideエリオット
「ブランド?」
「ええ。ジゼル様がお作りになっていたお洋服やその他もろもろをジゼル様のブランドとして立ち上げるのです。可能でしたら、わたくしケティが責任を持って準備いたします」
「こら、ケティ」
「ですが、これは商機ですわ! ジゼル様の才能をこんなところに埋めておくのはよろしくありません」
ケティは鼻息荒くエリオットに抗議する。肝心のジゼルは少し興味を持っているようだった。
「ジゼルはどうしたい?」
「わ、わたしですか?」
「あぁ。きみの普段着ている服が出回るのだろう?」
平民が着ているような服のどこに商機があるのかわからないが、ケティが言いナタリアもパフォーマンス以上に止めようとしていないのであればきっと彼女たちのいうとおりなのだろう。
「あ、はい。えーっと、面白そうではあるかな? とは思います。けど、ブランドの立ち上げなんて」
「ノウハウはラベル商会にございますし、そこはどうぞお任せください」
「……では、やってみます。その、さっき描いたようなアイディアを出せばいいんですよね?」
「そうですわ! あとは広告塔になってくだされば」
「それは他の人でお願いします」
バッサリと切り捨てたジゼルにケティは「そんなぁ」と目を潤ませる。
「ちなみにそれは、ラベル商会としてジゼルのブランドを立ち上げるのか?」
「もし、侯爵様の方で商会をお持ちでしたら百歩譲って共同開発という形にいたします」
「なるほど」
「侯爵様、ひとつよろしいでしょうか」
そこにナタリエが口を挟む。エリオットは頷いて続きを促した。
「信頼できる針子等を侯爵様の方でご準備できるようでしたら、共同開発という意味でケティを出向させます。もちろん出向という意味で人件費をいただくことになりますが、機密情報等は流出させません」
「それほどか?」
「ええ。ジゼル様のお考えになった衣類が広がれば、洋服の概念が変わっていくでしょう。コルセット文化が終わります」
「ええ、ええ。素晴らしいですわ」
ナタリエとケティにベタ褒めされてジゼルは恥ずかしそうに俯いた。
「ジゼル、どうだ? やってみるか?」
「はい! あ、売り上げはアクスバン領のために使ってください」
「なぜそうなる? いや、いい。この話はまた今度だ」
ジゼルは「どうして?」と首を傾げていたが、ここで話すことではないだろうと思い話を終わらせた。この件は、要検討で後日ナタリエ夫人に返事をするというところで着地だ。
「……ふむ、これのどこがすごいのかわからんな」
ラベル商会を見送り、ジゼルが部屋に下がったあと、エリオットはアリアとトマスと共にジゼルが描いた落書きを見て眉を寄せた。女性の下着なので男性に見せるのはとアリアは当初躊躇いを見せたが、もし商会を立てるとして、商品自体何か知らないとそもそも立てられないだろう。
経済的に余裕はあるが、かといって事業計画書も商品設計も知らないままGOを出すバカはいない。
「まず、こういう設計にすることで、あるべき場所にお肉が集まります。つまり胸になるんです」
アリアは小さく咳払いをして説明を始めた。コルセットのような締め付けがなくても胸が盛れる素晴らしさをコンコンと説かれて、エリオットは「そうか」としか言えなかった。
「しかもですよ? 型紙を作れば、同じものを量産できます。ジゼル様曰く、四種類ぐらい作れば、大体どこかに当てはまるし、お金持ちは自分の型紙を作っておけばオリジナルがいつでも作れるとおっしゃっていました」
「それは」
「ええ。平民たちも同じ機能のものを買えるようになります。かつ身体のラインを綺麗に見せることができるので、女性には嬉しいことでしょう。また、コルセットはウエストを細く見せますが、強制的に締め付けることで臓器の機能性の低下や血行不良により病気になりやすくなる身体を作ってしまうとのことです」
「……彼女はどこでそんな知識を?」
「家にあった本を読んだそうですよ。貴族のご令嬢で手先が冷たい人が多いのは無駄に締め付けているせいだと言われました」
エリオットとトマスは二人揃って唖然とした。高等学院に通ってもいないジゼルがこれほどの知識を持っているとは知らなかった。しかも、本を読んだだけとは。
「それにエビデンスはあるのか?」
「それはコルセットをつけなくなった令嬢で体調経過を観察すればよろしいかと」
「そ、そうだな」
アリアの言うことは最もである。
「まだ他にも隠していそうだな」
「ええ。それを堂々とおっしゃるので、少しばかり危険かと」
「たしかに」
結婚式の後、屋敷で自由気ままに過ごせばいいと考えていたが、もしブランドを立ち上げたり商会を立ち上げたりとなると、彼女の安全が心配だ。ホットケーキという不思議な甘味のことをトマスに聞いても彼は首を傾げていたので、平民に伝わる菓子かなにかだと思っていたが、それもまた彼女に確認する必要がある。
***
「遠いところよく来られた」
「いえ。馬車や宿の手配をありがとうございました。おかげで道中快適でございました」
結婚式の前日、ホースター子爵一家が揃って王都に到着した。玄関で出迎えたジゼルは家族の変わりない様子に安堵し、ホースター子爵もまた、娘の顔色のよさに胸を撫で下ろした。
「ジゼ姉ちゃん〜!」
「グイド!」
「会いたかったよ〜」
「わたしもっ! ジゼ姉がいなくなって、全然つまらないわ」
弟妹たちにぎゅっと抱きつかれたジゼルは嬉しそうに頬を緩めていた。調査によると表向き家族仲は良好らしい。
「エレナはこれから王都の学院に通うでしょう? もっと気軽に会えるようになるわ」
「でも寮暮らしよ?」
「休みの日は出てこられるでしょう? 姉様もお友達がたくさんできて楽しく過ごしたのよ」
「その話、何度も聞いた〜!」
「ねえさま、ぼくもおうといきたい! いっしょに行こう?」
「皆様、お待たせいたしました。お部屋の準備ができましたので、ご案内いたします。旅の疲れを癒していただいて、午後六時から食堂で夕食をその後、家族団欒のお時間を設けておりますので、まずはゆっくりとお寛ぎください」
トマスの言葉に、ヘレナがグイドを嗜めエレナが目を輝かせた。本日泊まる部屋が気になるらしい。
「また後でね、お父様」
「あぁ後で」
子爵は案内をするトマスに恐縮しつつも、最後まで心配そうにジゼルを見つめていた。
その後、スケジュール通りに食事をした。弟妹たちは「静かに食事をする」というマナーは身についていないらしくわいわいと賑やかだった。いつもなら目を吊り上げるアリアも今日ばかりは大目に見てくれるらしい。ジゼルは会えなかった時間を埋めるように喋る弟妹たちの話に耳を傾けながら、しっかりとこの数日で身についたマナーを披露してくれた。
これで、いつどこで急に食事に呼ばれても取り繕うことはできるはずだ。
「こうしゃくさま、みるめあると思います」
ジゼルがアリアを連れて、エレナと義母と応接室でお茶をしている間、男性陣は食堂で酒を飲んでいた。本来ならスモーキングルームに行ったりするのだが、今夜は小さなナイトがいるので食堂のままだ。
「こら、グイド」
「だって、ジゼ姉さまは優しいし美人だし賢いしご飯作るの上手だし働き者だしおっぱいも大きい」
「グイド〜!!」
指折り数えながらジゼルを褒めたおす義弟にエリオットは頷きつつ、最後の最後でどういう顔をすればいいかわからなくなってしまった。目を点にしたエリオットを見て、グイドがほくそ笑む。
「こうしゃくさまは知らないのですか?」
「……あぁ」
「そっかー。もし、ジゼ姉が僕が成人するまで結婚しなかったら僕が貰おうと思っていたのになぁ」
「侯爵様、すみません。グイドは口を慎みなさい」
「やだよ。だって、僕のジゼ姉ちゃんを奪った悪い奴なんだから。ーーでも感謝もしています。だって、あんな狭い場所にいていい人じゃない。ジゼ姉ちゃんはすごい人だから」
「……そうか」
グイドは耳を赤くしてツンと横を向く。子爵の顔は青くなっており「すみません、すみません」と謝り倒していた。
「わたしには兄がいるが仲が悪くて、家族というものもわからない。グイドの言葉でジゼルがとても温かい家族で育ったことがわかるし、それが嬉しいと思う反面とても羨ましいとも思う」
少なくとも、ジゼルにはこうして慕ってくれる弟妹たちがいる。義母との関係はわからないが、彼らの信頼は本物だろう。
「こうしゃくさまも家族ですよね?」
キョトリとしたグイドにエリオットは目を丸くする。
「だって、エレナが言ってました。”お義兄様はお姉様に一目惚れして、お姫様のように攫っていったの”って。学院に行ったら自慢するって言ってましたよ」
随分とロマンチックな解釈だ、と思いつつもあながち間違っていないので訂正できない。
麦わら帽子を被り、首にタオルを巻いて、頬に土をつけたお転婆な彼女に一目惚れしたというのは誰も信じてくれなさそうだが。
「グイドはホットケーキを知っているかい?」
「知ってます! 甘くて美味しいです。こうしゃく様も食べましたか?」
目をキラキラさせたグイドに頷いて見せる。その後、グイドから自慢話のようにジゼルの作る料理がいかに美味しいのかを延々聞く羽目になった。




