プロローグ
よろしくお願いします
「ーー話はわかった。もういい。帰ってくれ」
エリオットは話を聞き終えて、深々と溜息を吐き出した。別の言葉を期待していたのだろう、スマジェク伯爵の顔が青ざめる。
「いえ。代わりの娘を」
「要らぬ」
「ですが」
「そもそもこの話は父とあなたの話だったはず。だが、父は半年前に死んだ。そしてイザベラ嬢も護衛の騎士と行方不明ときた。ーーならば、その話は白紙だ」
「そんな……!」
彼の娘、イザベラとエリオットは婚約していた。イザベラが学院を卒業した一ヶ月後に挙式予定だったが、彼女は学院を卒業した夜、行方不明になり、まだ見つからないという。
「一週間前に正直に話してくれたことには礼を言おう。だが、代わりは不要。ーートマス」
「は。お帰りはこちらでございます」
ショックを隠しきれない視線が懇願する。エリオットは表情ひとつ変えず書類に目を落とすと、右手でしっしっと払った。
「あと、5日! いえ! 3日以内に家に戻しますから! お願いします! 閣下! 閣下〜!」
トマスに引きずられながらスマジェク伯爵が強制的に部屋から追い出される。エリオットは耳障りな声に顔を顰めて、もう一度深く息を吐き出した。
エリオットはアクスバン侯爵家の当主であり、この国最高の魔法師だ。魔法省の大臣も務めているため、毎日が忙しい。そんな中に起きたイレギュラー業務。イレギュラーには慣れているが、こんなイレギュラーは想定外だ。たとえ結婚式が中止となれどもそれはただ問題を先送りにしただけである。いずれにせよ、エリオットは立場上ハリボテでも妻を娶らねばなるない。噂を聞きつけた家はあの手この手でエリオットに娘を嫁がせようと動き出すはずだ。たぶん、一ヶ月もすれば面倒なことになる。
「ーー旦那様、トマスです。スマジェク伯爵がおかえりになりました」
「ご苦労。トマス、花嫁さがしだ。家格は伯爵家以下、年齢は上下5歳、魔力の有無は問わない未婚の女性をリストアップしてくれ」
代々魔法師を輩出しているアクスバン侯爵家に嫁ぐ女性の条件は「魔力量の多さ」と「魔法の素質」だ。イザベルは女性にしては魔力量が多く、魔法の素質もあり、前アクスバン侯爵からスマジェク伯爵家に縁談を持ちかけたのがきっかけだった。
だが、今国内で魔力を持つ人間が少なくなっていることに加えて、これ以上若い女性を探している余裕はない。と言うのも、エリオットは夜会が苦手だ。人の集まる場所が苦手なので、これからデビュタントやら、パーティー三昧に付き合わされるであろう適齢期の女性は避けたい。できれば落ち着いていて、仕事の邪魔にならない大人しい女性がよかった。
「……よろしいのですか?」
「かまわない。どうせずっと同じように血を繋ぐことは不可能だ」
高位貴族にはまだ魔力量の多い女性がいる。だが、下手に妻の家がしゃしゃり出てこられるのも面倒だ。エリオットの母親は現国王の妹にあたり、王太后は祖母にあたる。取り入ろうとする馬鹿な家と縁を紡ぐつもりはないが、わかりやすい力関係で捩じ伏せておく必要があった。
「それに、いつか結婚をしないといけない。なら、わたしが決めても構わないだろう」
トマスは表情を引き締めると「承知いたしました」と軽く会釈する。
「念の為イザベラ嬢の行方も探させろ。生死が知りたい」
「承知しました」
こんな形になってしまったとはいえ、6年も婚約をしていた。何度か顔を会わせたこともある。
(ーー大人しそうで、父親の言いなりの娘に見えたがな。人はやはりよくわからん)
イザベラとの思い出はあまりないが、情がないわけでもない。婚約者として毎年プレゼントは手配をしていたし、エリオットなりに気にかけていたつもりだった。とはいえ、結婚相手は正直誰でもいい。誰であってもエリオットがやることは変わらず、妻に求めることも変わらない。
「こちらがリストです」
「伯爵家:4、子爵家:2、男爵家:6か」
それから一時間もしないうちにトマスが執務室に戻ってきた。彼からリストを受け取って、意外と多いことに驚く。
「出戻りも含んでいます」
「あぁ。なら、出戻りを外すと?」
「伯爵家:2、子爵家:2、男爵家:1です」
「俺より年下、もしくは同じ年は?」
「伯爵家:1、子爵家:1です」
候補に残ったのは、ケアリー・メーガン伯爵令嬢かジゼル・ホースター子爵令嬢だ。
「……メーガン伯爵か。ホースター子爵はどんな人だったか?」
「あまり中央に興味がなく、夜会等にも姿を見せませんね。ただ、領民からの評価は高くご領主はとても堅実な方のようです」
メーガン伯爵は権力が好きな食えないおっさんだ。娘も何度か見かけたことはあるがエリオットの最も苦手なタイプだった。
「ジゼル・ホースターの情報は?」
「少ないですが、こちらに」
エリオットは差し出された調査書を読んだ。
彼女はデビュタント以降、夜会やお茶会で姿を見せないため情報が少なかった。
加えて、通常貴族令嬢なら、高等学院まで卒業するのが常識だが、中等部を卒業後進学はしていない。男爵家や子爵家、経済力のない家なら時々高等部に進学しないケースはあるが、自ら「貧乏です」と言っているようなものなので、見栄が大事な貴族ならなんとしてでも子どもを学院に入れるはず。
(ーー金で解決できるなら、早い)
勤勉で真面目。授業態度も良好。中等部卒業時は総合3位という成績で進学しないことを一部教員から惜しまれた様子だった。素朴で人当たりの良い普通の令嬢で、彼女の周りも同じ子爵家や男爵家といった下位貴族の友人が多かったらしい。
マナー等は気になるところだが、勤勉で真面目なら今からでも学べばなんとか形にはなるだろう。
「ホースター子爵家に急ぎ手紙を。追って、私が向かう」
結婚式まであと一週間。今が正念場だ、とエリオットは己に言い聞かせた。




