第81話『鱗粉』
時は、少し前に遡る。
雅が真衣華と出会った頃だ。
「雅ちゃん、どうしてここに?」
「話すと長くなるんですけど……」
無人の改札口を通った後、のどかな農道を歩いて東に向かいながら、雅は先日科捜研で起きた、レイパーによる鏡の強奪事件のことを説明する。
既に鞄から探知機を取り出し、スイッチをオンにしているが、未だ反応は無い。
「ふーん、弥彦山で見つけた鏡と、異世界から持ち帰った鏡が盗まれた、と……。盗んだレイパーは、私と志愛ちゃんが前に戦った、あのキリギリスみたいな顔をしたレイパーなんだよね?」
「ええ。それで、そのレイパーを探しに、ここまで。真衣華ちゃんは、どうしてここに?」
「実は、私も似たような理由。希羅々に頼まれてさー」
聞けば、キリギリスみたいな顔をしたレイパーが朳差岳の辺りに逃げたことは、真衣華も知っていたとのこと。
何故事件とは関係の無い真衣華がそんなことを知っているのかというと、
「あぁそっか。希羅々ちゃんのお父さん、『StylishArts』の社長さんでしたもんね」
「そうそう。光輝社長が希羅々に話をしたんだって」
光輝、というのは希羅々の父親だ。雅もニュース等で何度か顔を見たことがある。もう五十歳なのだが、見た目は三十代と言われても違和感が無い程若々しく、エネルギーに溢れた男性だ。
久世が光輝に科捜研での事件を報告し、光輝が希羅々に事件の話をしたのである。
キリギリスのような顔をしたレイパーは、希羅々の友達である真衣華を襲った敵なので、念のため話をしておいた方が良いだろうと思ったのだろう。
「それを聞いて、希羅々が張り切っちゃってさ。あのレイパーと一緒に襲ってきた、烏みたいな顔をしたレイパーがいたんだけど、希羅々は逃がしちゃったし。悔しかったんだろうなぁ。キリギリスみたいな顔のレイパーを見つけ出せば、あの烏みたいな顔のレイパーも見つけられるんじゃないかって思ったみたいだよ」
今度こそ倒してみせますわ! と、真衣華が希羅々の真似をする。意外と似ており、思わず雅はクスリとした。
「それで、昨日二人で色々情報収集して、可能性のありそうなところにやって来たってわけ。私は阿賀野方面を、希羅々は新発田方面を、それぞれ手分けして探そうってことになってる」
「じゃあ、レーゼさんや愛理ちゃんと合流しそうですね。二人も新発田方面に向かってますし。……でも、私が言えることじゃないですけど、一人でレイパーを探すって凄く危ないですよ?」
「見つけたら、互いに連絡をとることになってるんだ。一人じゃ突っ込まないよ。それに、どうせすぐには見つからないでしょ? だから、今日は逃げたレイパーの手掛かりを見つけることが目標。でもまあ――」
真衣華の目が、雅の持つ探知機に向けられる。
「そういうのがあるなら、割とすぐに手掛かりが見つけられそうだね。ちょっと安心」
昨日希羅々と真衣華がレイパーの手掛かりを探したのだが、情報が少なく、これは長丁場になりそうだと覚悟していた真衣華が、ホッとしたように息を吐く。
「雅ちゃんは、今日はどの辺りを探そうと思っているの?」
「宝珠山の辺りですね」
「あ、じゃあ私と同じじゃん。折角だし、一緒に行動しない?」
「いいですねぇ。一人より二人の方が安全ですしね。お喋りしながら、一緒に探しましょうか」
「あ、じゃあ早速聞きたいんだけど、雅ちゃんが今つけている香水、どこのメーカーの物? 凄く良い匂いだね」
「ふふ、内緒です。……まぁとはいっても、私もさがみんから貰った物なので、メーカーはよく覚えていないだけなんですが」
優になんやかんやと言いながらも、やはり誰かと一緒でないと心細かった雅。
真衣華と出会えて、ホッとしていたのだ。
「そう言えば、真衣華ちゃんのことは余りよく知らないんですよねぇ。さがみんからアーツ弄りが趣味だって聞いてますけど、その程度」
「まあね。可能な範囲で分解したり、組み立てなおしたり……そういうのは大好き。簡単なメンテナンスなら、自分で出来るよ。今度、雅ちゃんのアーツも見てあげようか?」
「ふふ、ありがとうございます。時間がある時にで、お願いしますね」
「やった! 雅ちゃんのアーツって、実は一回、チラっとしか見たことが無くて、ずっと気になっていたんだよね。あ、チラッとしか見たことが無いと言えば、レーゼさんのアーツも、一度じっくり見てみたいと思っていてさー。あの、綺麗な空色の剣型アーツ。しっかりと手入れされていて、凄く好感が持てるよね!」
少し興奮気味に話しはじめる真衣華に、呆気にとられる雅。どうやら、好きなことになると話が止まらないタイプのようだ。
「まぁレーゼさん、毎日ちゃんと研いだりしていますからね。いつレイパーが現れても良いようにって」
「やっぱりねー! 前に希羅々と模擬戦したじゃん? アーツ同士がぶつかった時の音、すっごく綺麗に響いていたから。ちゃんと手入れしたアーツじゃないと、ああはならないんだ」
その後も、アーツの話が止まらない真衣華。
レーゼのアーツの話が終われば、愛理や志愛のアーツについて語り始める。
それを、雅は笑顔で聞いていたが、真衣華の熱弁が続くにつれ、少し気になることが出来る。
真衣華のアーツの話が、いつになっても始まらないのだ。ここまでアーツが好きなら、自分のアーツについて色々語りそうなものだが、真衣華は他の人のアーツの話ばかり。
どこかで、彼女自身のアーツについて聞いてみようと思っているのだが、満面の笑みでオタク特有の早口になっている真衣華に口を挟むタイミングを見つけられずにいた。
最も、ここまで気分良く話をしている娘を遮ってまで、自分の疑問を解消する気は雅には無いのだが。
「あ、そうだ……。雅ちゃんに聞きたいんだけど、優ちゃんって『霞』、ちゃんとメンテナンスに出した?」
「さがみんのアーツですか? いえ、ちょっと分からないですね……。何かあったんですか?」
「あれ? 何も聞いて無い?」
首を傾げる真衣華に、頭に『?』マークを浮かべる雅。
実は優は、雅達には自分のアーツが少し不調であることを話していなかった。余計な心配を掛けたくなかったからだ。
親友であるはずの雅が、優のアーツが調子を悪くしていることを知らない、ということに、真衣華は何か察したのだろう。
「まあ、後で本人に確認すればいいや。それよりさ、希羅々のアーツなんだけど――」
再び話しはじめた、その時だ。
雅の持っていた探知機が、強く振動する。
鱗粉を感知したのだ。
雅と真衣華は顔を見合わせる。
二人が今いるのは、神山駅から徒歩七分程度の場所。
周りにあるのは田んぼや農家だ。
よもやこんな場所で鱗粉が見つかるとは思ってもいなかった。
「逃げたレイパーって、山の方に向かったんだよね?」
「え、ええ。でもこの場所、山からはまだ遠いですよねぇ……」
二人が向かおうとしていた先は、神山駅から徒歩四十分以上かかるところだ。
山に逃げたレイパーが、ここまでやってくるとはとても考え辛い。
「鱗粉、風で飛ばされたんですかね?」
「や、でもさ――」
真衣華が雅の手から探知機を取り、十メートルくらい進み、首を傾げる。
「探知機、まだ反応しているってことは……ここら辺に鱗粉がいっぱい落ちているってことじゃない?」
「……もしかして、壊れた? いやいや、今日初めて使った機械でそんなことは……」
二人は探知機に目を落とし、ああでも無い、こうでも無いと悩み始める。
探知機の反応と、現象の不自然さにばかり頭がいっていたからだろう。
「――っ!」
背後に忍び寄る『何か』。
かなり接近してくるまで、その気配に気がつかなかった。
ようやく殺気を感じ、二人が振り向いた瞬間――腹部に一発ずつ、強烈な蹴りが入る。
大きく吹っ飛ばされる雅と真衣華。背中を地面に強く打ちつけ、痛みに呻く。
そんな中、薄く開いた目に映ったのは――こおろぎのような翅を持っているのに、顔は歪な形をしたキリギリスのようなフォルムの、全身焦げ茶色の化け物。
「お前……は……!」
雅達から鏡を奪い、逃走したはずの、あのレイパーだった。
評価や感想、ブックマークよろしくお願い致します!




