第77話『剣矛』
川沿いを北に進むと、分水路を横切るように掛けられた鉄道橋が見えてくる。越後線だ。
雅と志愛は、周囲を警戒しながら、その辺りを走っていた。
二人の手には、それぞれのアーツ。いつレイパーが出現しても戦えるようにしている。
雅が握っているのは、剣銃両用アーツ『百花繚乱』。
志愛の手には棍型アーツ『跳烙印・躍櫛』。
不意に、志愛の眉がピクリと動き――足を止める。
「志愛ちゃん?」
「気を付けロ。嫌な感じがすル」
言いながら、ゆっくりと跳烙印・躍櫛の先を水辺に向けながら、ジリジリと歩を進めていく。
志愛が感じ取った空気に、遅まきながら雅も気がつく。ほんの僅かではあるが、何かが息を潜めている――そんな不穏な気配がした。
だが、気配はあるが、それがどこから発せられているものかまでは二人にも分からない。少し前まで反対岸にいたとのことだから、志愛はきっと水中にでもいるのだろうと考えていた。
対し、雅が百花繚乱を中段に構え、志愛から少し離れたところまでゆっくりと下がる。志愛が水辺に意識を割いているのは分かったので、他の場所から奇襲してきたら自分が対応出来るようにするためだ。
何時何が起こっても、慌てず騒がず乱れることなく冷静に対処する――それを念頭に置いて、二人は全神経を敵の居場所を突き止めることに集中させる。
チャポン……と志愛の足が水面に触れた。
だが、まだ何も起こらない。
雅と志愛の緊張もどんどん高まり……それがピークに達した、その時だ。
「――ッ!」
「志愛ちゃん!」
突如、志愛の足元の地面が盛り上がり、爆ぜる。地面から、大きな口を開けた人型種チョウチンアンコウ型レイパーが出現した。
地面が異常な動きをした瞬間に危険を察知した志愛が、咄嗟にその場を飛び退いたため怪我は無いが……その顔には隠しきれ無い驚愕の感情が現れていた。
気配はあったが、どこからそれを感じるか分からなかったのは、ずっと地面に潜っていたからだ。
奇襲が失敗し、悔しそうに唸るレイパー。その手には二枚の鏡。律儀にもずっと持っていたらしい。
レーゼと優が付けたはずの傷は、もう無くなっていた。レーゼの言った通り、怪我が治るまで大人しくしていたのだろう。
志愛と雅がアーツを構え、二人同時に果敢にレイパーに突っ込んでいく。
志愛がレイパーの足を払うようにアーツを叩きつけ、さかさず雅がレイパーの胸部目掛けて上から斬りつける。
志愛の打撃にはびくともせず、雅の斬撃は体を反らして躱すレイパー。
それでも続けざまに、雅と志愛は第二撃、三撃を繰り出すが、その全てをレイパーは避けていく。
それでも雅の攻撃を躱した隙を狙い、志愛が跳烙印・躍櫛を握る手に力を入れると、アーツの先端に付いた紫水晶が光を放つ。
そのまま、勢いよくレイパーの腹部目掛けて強烈な突きを入れる――が。
「グゥ……ッ?」
レイパーは僅かに体をくの字に曲げるだけで、その攻撃を堪えてしまう。そのまま志愛に蹴りを放つが、後方に飛び退くことでそれを躱す志愛。
今攻撃を入れたレイパーの腹部を見て、志愛の舌打ちが入る。
棍が直撃した部分には、紫色の線で、虎を模した模様が刻まれているのだが……その刻印が薄い。ダメージに比例して刻印は濃くなるため、薄いということは威力が弱かったということだ。
案の定、レイパーが少し唸るだけで、その刻印は消えてしまう。
「踏み込みが浅かったカ……」
レイパーは持っていた鏡を近くの茂みに放り投げると、少し腰を落とす。
「っ! 志愛ちゃん!」
雅の警告。刹那、レイパーの頭の先から伸びた触角が揺れる。
志愛と雅が顔を背けるのと、触覚の先端に付いた球体が強く発光するのは同時。
光に目をやられることこそ無かったものの、敵から目を逸らすのは致命的な隙に繋がる。
レイパーは大きな口を開け、志愛へと突進していく。志愛が自分から目を逸らしている内に、胴体を噛み千切ろうという魂胆だ。
目は逸らしていても、レイパーが向かってくる気配は感じていた志愛。顔を背けたままでも跳烙印・躍櫛を振り回し、レイパーを牽制する。
が、レイパーの大顎が志愛のアーツを捉え、そのまま噛み砕いた。
「何ッ?」
大きな音を立てて砕け散る跳烙印・躍櫛。驚愕の声を上げる志愛を、レイパーが蹴り飛ばす。
そしてそのまま、百花繚乱を振り上げ近づいてきていた雅の腹部にも蹴りを入れて吹っ飛ばした後、背中から倒れた彼女へと飛び掛る。
「ぐっ……!」
ギリギリのところで横に転がり、レイパーに圧し掛かられるのだけは回避した雅。起き上がると同時に百花繚乱で斬りかかるが、レイパーはまたしても体を反らして斬撃を躱してしまう。
しかし、その瞬間――雅の姿が消えた。
どこにいったのかとレイパーが思った次の瞬間、背中に強烈な痛みを感じてくぐもった声を上げる。
いつの間にか、雅がレイパーの背後に立っていた。
先程の攻撃が躱された瞬間、雅は愛理のスキル『空切之舞』を発動していたのだ。
愛理のスキル『空切之舞』は、当てるつもりで放った攻撃が躱された時、敵の死角に瞬間移動するスキルだ。
雅の『共感』で『空切之舞』を使うと、若干効果が変わる。当てるつもりの攻撃を躱された時、三十秒間だけ自分の瞬発力を大幅に上げる効果になるのだ。
テナガザル種レイパーと戦った時はちゃんと効果が分からなかったため使わなかったスキルだが、あれからちゃんと検証を行っていた雅。
スキルによる瞬発力のバフが残っている内に、雅はレイパーの視界から消えては斬撃を繰り返す。
レイパーの体には、無数に傷が出来る。
ぴったり三十秒になった瞬間、雅の下から上に振り上げるように放った斬撃を受け、レイパーの体が大きく吹っ飛ばされる。
レイパーは上手く受身を取り、低く唸りながら立ち上がると、分水路の方へと一瞬だけ目を向ける。
「まずい! 志愛ちゃん!」
「グッ! まタッ?」
レイパーが腰を落とすと同時に、頭の触覚が揺れる。また発光させ、二人の目を眩ますつもりだろう。
だが、同じ手は何度も食らわない。
発光するのと同時に、雅は百花繚乱の柄を素早く曲げるとライフルモードへと変える。
レイパーの頭の触覚の先に付いた球体が発光するタイミングに合わせ、雅は球体を狙って桃色のエネルギー弾を放った。
「くっ……!」
眩い光は、攻撃することに専念していた雅の視力を奪うが……発光は一瞬で止む。
苦しむようなレイパーの声。
顔を背けて光を見ないようにしていた志愛は、レイパーに視線を戻すと、そこで気が付く。
触覚の先に付いた球体が、まるで破裂したかのような傷跡を残して無くなっていたことに。
雅の放ったエネルギー弾が見事球体に命中し、破壊に成功したのだ。
実は攻撃した瞬間に、雅は優のスキル『死角強打』も発動していた。発光で視界が封じられるのは、何も雅達だけでは無い。レイパーも自身の発生させた光にやられないよう、発光している時は目を閉じていたのだ。
当然、雅の放った攻撃など、目に入るはずも無い。『死角強打』のスキルにより、敵が視認していない攻撃の威力が上がり、発光の本を絶つことが出来たという訳である。
痛みに呻きながらも、レイパーの足は分水路へと向かっていた。流石に形勢不利と判断し、逃げるつもりだ。
しかし、そうは問屋が卸さない。
レイパーが川へと足を踏み入れた瞬間、水中から雅が姿を現し、持っていた百花繚乱でレイパーを斬りつけ吹っ飛ばし、岸まで戻してしまう。
この雅はライナのスキル『影絵』で創り出した分身雅だ。レイパーが姿を見せた瞬間、最悪敵が川に逃げ込もうとした場合に備え、水中へと忍ばせていたのだ。
「志愛ちゃん! これ!」
「ッ! 分かっタッ!」
分身雅が、志愛に向かって百花繚乱を放り投げ、ヨロヨロと立ち上がったレイパーを後ろから羽交い絞めにかかる。
志愛が近くに落ちていた細長い石を掴むと、右手の薬指に嵌った指輪が発光し、石が棍型アーツ、跳烙印・躍櫛へと姿を変えた。
同時に、放り投げられた分身雅の百花繚乱が、刃の真ん中から半分に割れ、それぞれが志愛の持つ跳烙印・躍櫛の両端へとがっちり嵌りこむ。百花繚乱の合体能力だ。
その姿は、まるで両端に刃のついた矛。
「志愛ちゃんっ! 本体の私をっ! 踏み台にっ!」
もがくレイパーを、必死に抑える分身雅。長くは持ちそうに無い。
光に目をやられ、蹲っている雅に目を向けた志愛。当の本人は「こっちです!」と叫んでいる。
「ス、すまなイ!」
志愛は走り出し、雅の背中へと足を乗せる。
力一杯に踏み込んだ志愛だが、その背中が異常に硬い。雅がレーゼのスキル『衣服強化』を発動し、体を鎧並の強度に変えていたからだった。
「はぁぁぁぁぁアッ!」
思いっきり足に力を入れて跳躍した刹那、志愛も自身のスキル『脚腕変換』を発動する。
硬化した雅を踏み台にしたお陰で、志愛の腕力が急激に上がり、合体したアーツの刃が、レイパーの放っていた光に負けないくらい、紫色に光り輝く。
志愛の強烈な一撃が、分身雅に羽交い絞めされているレイパーの腹部を貫く。攻撃が当たる瞬間、分身雅は消えたお陰で、彼女の体を貫くことは無かった。
小さく呻いたレイパー。突き刺さったアーツに手を掛けようとするが、志愛がグイッとさらに奥へと押し込んだことで、動きが硬直する。
そしてそのまま、志愛がアーツを振り回し、遠心力を利用してレイパーを遠くまで放り投げた。
断末魔のような悲鳴を上げ、そして――
空中で、人型種チョウチンアンコウ科レイパーは爆発四散するのであった。
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