第76話『二手』
午後七時十二分。夏の日の長い時期とはいえ、流石に空は少し暗くなってきた頃。
新潟県警察本部から西に一キロほど離れたところ。新潟亀田内野線を通って関屋分水路を渡った先の川岸に、雅、レーゼ、優、志愛の四人はいた。
逃げた人型種チョウチンアンコウ科レイパーを探しているのである。警察所属の大和撫子もレイパーを捜索中ではあるが、レイパーには大切な鏡を盗まれており、その奪還を人任せにするつもりはレーゼには無い。
優香や久世と話が出来る状況でも無くなったので、こうして自分達も、レイパーの行きそうな場所へと足を運んだというわけだ。
最初はレーゼと雅だけで……と考えていたのだが、優と志愛も付き合ってくれている。
「それにしても……」
レイパーを捜索している最中、ふと気が付いたように雅がボソリと漏らす。
「あいつ、大和撫子がたくさんいる場所に威勢よく侵入してきた割には、あれから全然姿を見せませんねぇ……」
「威勢よくって言っても……鏡を盗んだだけで終わったでしょ? 追ってきた私達とは交戦したけど、鏡を盗んだ直後は逃走したし。勇敢なんだか臆病なんだか……」
「……何だか珍しいナ。女性を襲うことよりモ、鏡を盗むことを優先したとハ」
何を差し置いても、まず女性を殺しにいくというのが、志愛のレイパーに対するイメージだ。一般的にも志愛の持つイメージ通りだろう。
「異世界で戦った魔王みたいなレイパーも、私達を殺すことよりも、あの鏡の方が気になっている様子でした。一体何があるんですかね、あの鏡に」
「何があるのかは、鏡を調べてもらわないことには何も分からないわね。ただ、レイパーが姿を見せない理由には心当たりがあるわ」
そう言うと、レーゼは自分の胸を指差す。
「ちょうどここから反対の腰にかけて、大きな斬り傷を付けてやったのよ。そこにサガミハラさんの攻撃が入って傷が深くなったから、きっと治るまで大人しくしているんじゃないかしら?」
「ン? それじゃア、いくら探しても見つからないのでハ? 傷を治すためニ、例えば水中なんかで身を潜めていられてハ、見つけようがないゾ」
「どうだろう? 最初にレーゼさんがレイパーを斬った時、すぐに再生したし……。あの傷は治すのに時間はかかるかもだけど、案外もう治っていて、陸地に上がっているかもね」
優が首を傾けながら、関屋分水路をジッと見つめる。
「チョウチンアンコウならラ、傷が治れバ、そのまま泳いで逃げそうだガ……」
「そうなると困りますねぇ……」
「でも実際、もう一度現れたら、どうやって倒せばいいのかな?」
優とレーゼの脳裏に浮かぶのは、レイパーの頭の先から伸びた触角に付いた球体より発せられる光。逃走に使えるのは勿論、攻撃をクリーンヒットさせる隙を作るのにも使えるため、非常に厄介だ。
加えて、あの強靭な顎。レーゼがスキルを使って防いでも痛みを感じる程で、攻撃を受ける隙を作らされてしまったら最後、待っているのは死。
「どうにかして、あの球体を壊すなり斬り落とすなり、何とかするしかないでしょ。斬りつけた感じ、再生力は強いけど、皮膚は柔らかかったわ。強烈な一撃があればいけるはずよ」
「じゃア、今度戦う時ハ、その球体を狙う作戦デ。後はレイパーを見つけるだけだガ……どこにいるのやラ」
「陸地に上がってきていることを祈るしかないですね……」
「ミヤビ、あなたのスキルに、危険を察知するスキルがあったわね? それ使えない?」
レーゼにそう聞かれるが、雅は困ったような顔で首を横に振る。
「ごめんなさい。実はもう、今日は使っちゃって……」
「……は? どこで?」
「朝起きた後ですね。タンスの角に小指をぶつける未来が見えまして……」
「何でそんなことにスキルを使ってるのよ……」
「自動で発動しちゃうスキルなんだから仕方無いじゃないですかぁ」
雅が可愛く頬を膨らます。レーゼが若干イラっとした顔で、膨らんだ頬を指で強く押しこんだ。
いくつかあるスキルの中で、ノルンの『未来視』のスキルのみ、雅は自分の意思で発動させることが出来ない。今日のように、どうでもいいことに勝手に発動してしまう時もある。
「これのお陰で助かった時もあるんですけど、こういうことがあるので、あまり当てに出来ないんですよねぇ……。ベストタイミングで発動すればラッキー、くらいに思っておかないと」
「……まぁ、そういうスキルなら仕方無いわよね。でも困ったわ。ミヤビのそのスキルが使えれば、捜索も楽になると思ったんだけど。そう言えば、シアさんのスキルはどういう効果なの? 私、まだ聞いたこと無かったんだけど」
「『脚腕変換』。足の裏で何かを強く蹴った反動に比例しテ、腕力を上げるスキルでス。戦闘には向いていますけド、捜索には役に立ちませんネ……」
うーむ、と唸る四人。段々辺りも暗くなってきて、戦うのはともかく、隠れたレイパーを探し出すのは中々難易度が高い。
いよいよ手詰まりになってきた頃、優のULフォンに着信が入る。
優香からだ。
何事か、と思って優が通話を始めると――優の目が、大きく見開かれる。
「分かった! 情報ありがとう、お母さん! 見つけ出して、やれるだけやってみる!」
『いや優っ、私は今すぐ逃げなさいって――』
優香が何か言っているのを無視して、優が通話を切る。
「レイパーが見つかったって! さっき反対側の岸で、警察の大和撫子を六人殺害して、また逃亡したそうよ! こっち側に来ているみたい! 他の大和撫子も今こっちに向かっているわ!」
今もまだULフォンが着信を告げるアイコンを出しているが、優は無視だ。
どうやって敵を見つけるか……今出ていた問題に解決の兆しが見え、彼女の口調は少し興奮気味である。
「何ですってっ?」
「二手に分かれよウ! 私と雅が日本海側に行くかラ、レーゼさんと優は反対側を頼みまス!」
こっち側に来たとはいえ、未だ正確な位置は不明。それ故の志愛の判断だ。
人数が少なければ、それだけレイパーも襲ってきやすいだろうと考えた部分もある。
ただ少人数になれば、それだけレイパーに殺されるリスクもあるだろう。そこら辺を理解しているレーゼはその提案に若干渋い顔をしたが、議論をしている時間は無い。すぐに頷き、優と一緒に走り出す。
あっという間に遠くに行った二人の背中を見ながら、雅が口を開いた。
「志愛ちゃん、二人をあっちに向かわせたのって……」
「敵はチョウチンアンコウダ。だったら、海側に行く可能性が高いと思っタ。二人は今日は戦ったばかりだかラ……」
「気を遣ったんですね。ありがとうございます。じゃあ……私達だけで、何とかしましょうか!」
「あア! 大人しく逃げていれば良いものヲ、偶々女の人を見つけて陸地に上がってきたんだろウ。後悔させてやル!」
雅がサムズアップをすると、志愛も不敵な笑みを浮かべてサムズアップを返すのだった。
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