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ヤバい奴が異世界からやってきました  作者: Puney Loran Seapon
第9章 新潟市中央区~西区
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第75話『正座』

「何か弁明は?」

「ありません!」

「ミヤビ……こっちが大変だったって時に……」

「大変申し訳ございませんでした!」


 警察本部……の外にて。


 アスファルトの上で正座させられた雅を、背筋が凍るような目で見下ろす優とレーゼ。冷や汗をダラダラ垂らし、顔を引き攣らせる雅は、まるで蛇に睨まれた蛙のようである。


 よく考えてみれば、建物内部にレイパーが侵入したのだから、現場検証等で中には入れるはずも無い。全裸土下座を目論む雅だったが、人目の少ない室内ならともかく、外でする勇気は流石に無かった。


 せめて土下座を……と思った雅だが、実行に移す前に優から「そこに正座」と命じられれば応じないわけにもいかない。雅の企みが完全に崩壊した瞬間である。


 志愛が面白そうな、しかし困ったような曖昧な表情で雅達のやりとりを見つめており、偶々その光景を目撃した第三者は「一体何事か」と目を丸くする始末。大変に恥ずかしい事態だ。


 無論、今の雅に人の目を気にする余裕などあるわけも無いのだが。


「帰ったらバックブリーカーの刑ね」

「ワァーオ! 刺激的ぃ!」

「みーちゃん?」

「はい……すみませんでした」

「……サガミハラさん、バックブリーカーって何かしら?」

「プロレス技の一種で……って、口で説明するより、見た方が早いですね。帰ったらみーちゃん相手に実戦してみせます」

「楽しみにしているわ」

「あの……せめてもっと互いの体が密着するような技をかけて――いえ、何でもありあません」


 言っている最中に優とレーゼにギロリと刺し殺すような視線を向けられ、雅は身を竦ませる。


 このまま二人にこんな視線を向けられたままでは堪らない……そう思った雅は、空気を変えんと大きく咳払いをしてから口を開いた。


「あの……そういえば優香さんは? 久世さんの姿もありませんが……」

「ふん、全く……お母さん達なら、今は検査中。多分問題は無いと思うんだけど……」


 人型種チョウチンアンコウ科レイパーの発光を間近で受けた優香達。徐々に視力は戻ってきているものの、まだ目がチカチカするらしい。


「私やレーゼさんもさっき検査を受けてきたから、みーちゃんも念のため診てもらった方がいいよ」

「そうですね。私も一瞬目をやられましたし……。検査ってどこで?」

「あっち。一緒に行こうか。レーゼさん、ちょっと行ってくるね」


 一頻(ひとしき)り叱りつけたから、優の機嫌も大分収まった様子。雅とこの手のやりとりは昔からよくあり、優は、ある程度叱りつけた後は許すことにしていた。帰ったらバックブリーカーはするが。


 一緒に歩き出す雅と優。残ったのはレーゼと志愛だけだ。レーゼはまだ雅を叱り足りないと言った様子で、若干不満そうである。


「なんだか悪いわね、面倒なことに巻き込んでしまって……」

「いエ、見ている分にはとても面白いので大丈夫でス。見ている分にハ。大事なことなので二回言いましタ」

「そ、そう……」


 ふと、遠くで歩く雅と優の姿が目に入る。ジーっと眺めていると、雅がまた優にどつかれた。きっと、またアレなことでも言ったのだろう。


 レーゼがゆっくり、首を傾げて、口を開く。


「ミヤビ、何だか向こうにいる時と雰囲気が違うことが偶にあるのよね……」

「向こウ……? 先日仰っていタ、異世界のことですカ?」

「ええ。私の気のせいかしら……?」


 言いながら、レーゼは心の中で自分の言葉を否定していた。彼女も上手く説明できないが、自分の知っている雅と何かが違う、そんな気がしていたのだ。


 少なくとも、異世界にいた時の雅はもっと落ち着きがあった。羽目を外す行動は偶にあったが、今よりも大人びていたとレーゼは感じる。今の彼女が別段気に食わないというわけではないのだが……。


「異世界で雅がどんな様子だったのかは知りませんガ……多分気のせいでは無いと私も思いまス」

「へぇ。どうしてそう思うの?」


 志愛と雅が出会ったのは、つい最近のことだ。異世界に来る前の雅も、異世界での雅のことも、彼女は知らない。


 不思議に思うレーゼに、志愛が僅かに笑みを浮かべて――日本海の方を見る。


 ここからでは見えないが、視線の先にあるのは、彼女の母国、韓国だ。


「異世界ではありませんガ、私モ、別の国からこっちに引っ越して来ましタ。だから分かりまス。祖国を離レ、住む世界が変わリ、付き合う人が変わリ……色んなことが変化するかラ、それについていくので精一杯」

「……あの子も表に出さないようにしていただけで、そうだったのかしら?」

「私も最初ハ、色々困惑しタ。食べ物や生活スタイル、国民性が全然違ウ。四年経った今でもそウ。だかラ、偶に故郷に帰るト、凄く安心しテ――自然体の自分ガ、表に出てくル。きっと雅も同じでス」

「……そっか、じゃああれが……本当のミヤビなのね」


 呟いたレーゼの言葉に、志愛は頷く。


「失礼ながラ、今のレーゼさんモ、雅や私と同じでハ?」

「私も?」

「上手くは言えませんガ……今のレーゼさんモ、何だか肩肘が張っているように見えまス」

「…………」

「思い当たる節、あるみたいですネ」

「……分からない。でも、いきなりこっちに転移させられて、生きていくために覚えなきゃいけないことも色々あったわ。だからそうなのかも」


 さらに、こっちでは自分の知らない雅の人間関係等も知り、何だか雅が遠く離れた存在になってしまった気もしていた。決してそれは口には出さないのだが。


「クォンさん、もし良ければ……偶に、相談に乗ってもらってもいいかしら?」

「構いませン。違う場所から来た者同士、私で良けれバ、是非」


 志愛は優しい笑みを浮かべていた。


「ア、それト……私のことハ、名前で呼んでくださイ。志愛って呼んでくれた方ガ、私も嬉しイ」

「……そう。じゃあ、そうさせて頂くわ、シアさん」

「……慣れてきたラ、どうぞ呼び捨てにして頂いて構いませン。私の方が年下ですかラ」

「時間、掛かるわ。人との距離を詰めるの、ちょっと苦手だから……ごめんなさい。でも、頑張るわね。――あら?」


 そんな話をしていたら、雅がやって来るのが見えた。


 そこで、ふと気がつく。自分は、雅のことは最初から呼び捨てにしていたことに。


 もっと言えば、元の世界で出会った人も、割と呼び捨てにしていた。


「……もしかして私、必要以上に壁を作り過ぎているのかしら?」


 その呟きは余りにも小さく、誰の耳にも届かない。


「戻りましたー。目、特に問題無かったです」

「そう、それは良かった。ところで、サガミハラさんは? 一緒だったでしょう?」

「さがみんですか? 今向こうで電話中です。相手は真衣華ちゃんっぽかったですね」

「……何かあったのかしら?」


 レーゼの疑問に、雅も困惑した表情を浮かべて首を傾げる。あまり人に聞かれたく無い話をする様子だったので、それを察して雅だけ先に戻ってきたのだ。


「……優がいないのなラ、丁度良イ。雅。どうしてモ、一つ言っておきたいことがあル」


 ならば、といった様子で志愛は突然、挑発的な笑みを雅に向けた。


「何ですか?」

「優の『一番の親友』ハ、()()君ダ」

「……ほぅ?」


 今は、という言葉を強めたことで、雅は彼女の言いたいことを察する。


「いずレ、その座は私が奪ウ。優ハ、私にとっても『大事な親友』だからナ」

「親友なんて何人いても良いと思うんですが……。一番じゃなきゃ、駄目ですか?」

「あたりまえダ。その気持ちは雅も分かるだろウ?」

「まぁ、そうですよねぇ。よく分かりますし、私もさがみんの『一番』を譲るつもりは全然無いんですが……」


 そこで言葉を切って、「うーむ」と目を閉じ考え込む雅。


 しかしやがて、手をポンっと鳴らして、やけに真剣な目で志愛の目を見て口を開く。


「志愛ちゃん志愛ちゃん」

「ン? どうした雅? 何か言いたそうだナ。聞いてやろウ」

「私、寝取られも全然イケる口なので、大丈夫です」

「えェ……」

「奪えるものなら、どうぞ奪ってみるがいいです!」


 何故かドヤ顔の雅に、志愛はあんぐりと口を開ける。そんな雅の頭を、レーゼが呆れた顔で引っぱたくのであった。

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