第74話『行合』
一方、レイパーを追って街中の方面を捜索していた雅の方はというと。
『ごめんね、みーちゃん……。大事な鏡、取り返せなくて……』
優から、レイパーを逃がしたという報告を受け、電話越しに雅は首を振る。
「さがみんが悪いわけじゃ……。まぁ、誰も大きな怪我をしなかったわけですし、どうするかはこれから考えれば良いんです。それより、周りがサイレンの音で騒がしいですね」
『あ、うん。警察の大和撫子がさっき到着して、逃げたレイパーの捜索中。私達は一旦戻ろうと思うんだけど……みーちゃんは今どこに?』
「菅原神社がある辺りです。国道沿いの」
『おっけー。じゃ、気をつけて』
「はい。さがみん達は特に……。それじゃ、向こうで」
そう言って雅は通話を終了し、今まで来ていた道を引き返そうとして――遠くに、見知った顔を発見する。
ジャージ姿の女子。ツーサイドアップでツリ目の彼女は……権志愛だ。
志愛も雅のことに気がついたらしく、目を丸くしていた。
「おーい! 志愛ちゃーん! えーっと……アンニョハシムニカ!」
雅が大きく手を振れば、志愛も苦笑して小さく振り返す。『アンニョハシムニカ』というのは韓国語での挨拶である。要は『こんにちは』という意味だ。
「こんにちハ、雅。親しい間柄なら、アンニョンだけでいいんだゾ」
「ふふっ、覚えておきます! ところで奇遇ですね! ランニング中ですか?」
「あア。それにしても驚いタ。雅はどうしてここニ? 今日は優と一緒に警察に行くと聞いていたガ……」
「ああ、それがですね……途中でレイパーが乱入してきて……」
雅が事情を説明すると、志愛は眉を顰める。
「志愛ちゃんも気をつけて下さいね? そいつ、川に逃げ込んだって話なんですけど、何かの拍子にこっちまで来るかもしれませんし……」
「あア。警戒しておク。情報をありがとウ。ア、そうダ。ありがとうと言えバ……この間は誕生会、お招き頂きありがとウ。まさか斑美さんと話せるなんテ、思ってもみなかっタ。貴重な体験が出来タ」
「いえいえ! 志愛ちゃんも楽しめたようで良かったです! あ、立ち話も難ですし、ちょっと座ってお話でもします? 座れそうなところもありますし」
言いながら雅が神社の方に目を向けるが、志愛は首を傾げた。
「いいのカ? これかラ、警察の方に戻ったりするんジャ……」
「ちょっとお話する位なら全然大丈夫! ささっ、こっちこっち!」
「オ、おワッ……」
雅が自然な動作で志愛の腰に手を回し、そのまま流れるように神社まで志愛をリードしていく。志愛が拒否する間など与えはしない。
気がつけば、志愛は完全に雅のペースに乗せられてしまうのであった。
***
「いやー、志愛ちゃんとちゃんとお話する機会ってあんまり無かったから、いいタイミングないかなーって思ってたんですよ。レイパーに襲われた時は、今日は厄日だって思ったんですけど、志愛ちゃんと会えたなら差し引きゼロ……ううん、寧ろプラスですね!」
「随分とポジティブだナ。いいことダ」
境内にあるブランコに腰を掛ける雅と志愛。鈍い金属音を鳴らしながら、僅かな揺れに身を任せる。
「でもありがとうございます。さっき『親しい間柄』って言ってくれて。どうやって距離を詰めようかなって色々考えてたから、とっても嬉しかったんですよ?」
「優の友達なラ、拒む理由は無イ。それニ、優が色々と雅のことを話してくれていたかラ、個人的にも興味があっタ」
「へぇ。さがみんからは、どんな話を?」
「そうだナ……手の施しようが無いくらい重度の女好きダ、と聞いていル」
「えー、普通ですよぉー」
否定するが、その口調は棒読み。視線も微妙に明後日の方向に向いている。どうやら自覚はあるらしいと分かり、志愛も苦笑いだ。
風の噂では、色んな女性とうらやまけしからんな関係を築いているという話も耳にしたことがある志愛。流石に盛っているだろうと思っていたが、この分ではほぼほぼ事実なのでは、とつい邪推してしまう
「誕生会ニ、あんなにたくさんの女性が来ることなんて普通は無イ」
「まぁ、ちょっと普通とはかけ離れている部分もあるかもしれませんねぇ……。女性が好きなのは否定しませんよ? 寧ろ嫌いな人なんていますか? いや、いない! 反語!」
「いなくもないと思うガ……まア、でモ」
そこで言葉を切ると、志愛がにっこりと雅に笑いかける。
「誕生会に来ていた人達ハ、皆雅のことを本当に慕っている様子だっタ。それだけデ、雅の人となりは充分伝わっタ。良い奴なんだナ、雅ハ」
「えへへぇー、何だか照れますねぇー。あ、そういえば……斑美ちゃんのファンってことは、志愛ちゃんってアニメ好きなんですよね? 斑美ちゃんに感想を熱弁してましたし……」
「はっはっハ、これはお恥ずかしいところを見られてしまっタ。でモ、日本のアニメや漫画はやっぱりいイ」
「実は私も少しですけど見る口なんですよ。もっぱら、女の子同士がキャッキャウフフしている作品ばかりですけど。最近だと、『千条先莉は戦士です』とかが面白かったですねぇ」
「ほウ?」
志愛の目が、キラリと光る。『千条先莉は戦士です』は志愛も見ていた作品で、『最勇き』程では無いがグッズを買い漁るくらいには大好きだ。ある日突然、普通の女子高生が平和を守るための戦士になって敵と戦うというストーリーだが、仲間の女の子との濃密な百合描写や、後半の怒涛の鬱展開等が話題を呼び、サイドストーリーが作られたりゲーム化もされるほどの人気を得た作品である。
「推しハ?」
「メインキャラ全員」
「清々しいナッ? まぁ分かル。皆魅力的ダ」
「あー……でも、実は二期は見逃しちゃったんですよねぇ。楽しみにしていたんだけどなぁ」
「ナ、なんてもったいなイ……。あぁそうカ。丁度その頃ハ……」
雅が無言で、悔しそうに頷く。そう、丁度その頃、雅は異世界にいたのだ。
「二期は神展開の連続だったゾ。まだ見ていないのなラ、今度私の家で一緒に見るカ? 全話録画してあるかラ」
「いいんですかっ? 誘って頂けるのなら、是非お願いします! あ、何時頃がご都合よろしいですか?」
「そうだナ……今週は予定があるガ、来週ならば空いていル。土曜日なんかはどうダ?」
「おっけーですよ! それじゃスケジュール表に――おや? さがみんからメッセージが……っ?」
気がつかない内に優から連絡が来ていたことに気がついた雅。内容を確認して、顔がサーッと青くなる。
それを見て、志愛の顔が不安に揺れた。
「どうしタ? もしかして優に何カ……」
「ヤバいです。さがみんめっちゃ怒ってる……」
「ハ?」
戻って来ない雅を心配した優。もしや雅の身に何かあったのではと、ULフォンで雅の居場所を確認したところ、まだ神社にいることと……何故か志愛が一緒にいることに気がついた。
一瞬にして、雅が戻って来ない理由を悟った優。メッセージは『とっとと戻って来い、このバカ』と簡素なものだったが、彼女の怒りはそれだけでも充分に雅に伝わった。
「ダ、だからいっただろウ! 警察の方に戻らないといけないんじゃっテ……!」
「だ、大丈夫です! あ、いやしまった! さがみんが怒っているってことは、間違いなくレーゼさんも激怒してますぅ! 全然大丈夫じゃなかった!」
さらなる絶望の追い討ちに、雅が頭を抱えてアワアワし始める。優一人だけならともかく、レーゼも一緒だとなれば流石の雅も絶体絶命の大ピンチだ。
「ド、どうするんダ……? 土下座カ? 土下座しかないんじゃないカ?」
「経験上、こういう文面を送ってくる時のさがみんの激怒レベルは十段階中八くらいです……! 土下座程度じゃ生ぬるい……。全裸……! これは最早全裸土下座でもしないと許してもらえません……。あー、でもレーゼさんもいるんだよなぁ……! 二、三発ボコられる覚悟はしないと……」
「オ、おゥ? 全裸になったらなったデ、却って優の怒りを買いそうだと思うガ……」
困惑する志愛に、雅は吹っ切れたのか何故かサムズアップをしてみせる。顔は青いが。
「そこは大丈夫! 全裸土下座まですれば、流石のさがみんも許してくれます! ボコられる覚悟だけしておけば問題ナッシング! 後日、スイーツでアフターフォローまでしておけば万全! はっはっは、これでも十数年は親友やってますからね! 攻略法は分かりますよ! ちょろい!」
「この台詞は録音させてもらっタ。後で優に聞かせてやろウ」
「ちょぉぉぉおっ? 志愛ちゃん待ってそれはヤバいです殺されちゃいますぅ!」
問題発言の自覚はあったらしく、必死の形相で懇願する雅。
当事者で無い志愛からすれば……控えめに言って、失礼ながら結構笑えてしまう状況である。実際、彼女の口角は僅かに上がっており、ちょっと楽しんでいる様子なのが伺えた。
「まあ実際問題、平謝りするしかないだろウ。私も一緒について行くかラ、安心して土下座すると良イ。骨は拾ウ」
「レーゼさんも一緒なので、場合によっては骨すら残らないかもなんですけどぉっ?」
「ム、無念」
「木っ端微塵にされちゃいますぅ! うわーん!」
泣きながら、警察署まで走り出す雅。そのすぐ後ろを、志愛がついて行くのだった。
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