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ヤバい奴が異世界からやってきました  作者: Puney Loran Seapon
第9章 新潟市中央区~西区
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第71話『生祝』

 六月三十日土曜日、午前十一時二十六分。


 束音宅にて。


 今彼女の家にいるのは、雅、レーゼ、優、愛理……そして多くの女性。その内のほとんどは、ULフォンの通話機能によって呼び出された立体映像である。


 今日は雅の誕生日会。雅の家のリビングには、手作りながらも豪華な飾り付けがされており、テーブルには軽食や大きな誕生日ケーキが置かれている。


 誕生会には老若問わず多くの女性が参加しており、全員雅の友人である。


 なお本日の主役の雅は、ベージュのシックなドレスに身を包んでいる……が、「束音雅! 束音雅です! 大人の階段をまた一歩登りましたよー!」と元気良く叫んでいては上品さの欠片も無い。


 お祝いに来てくれた人達一人一人にお礼を言って回りつつ、会話に花を咲かせているのを、優達三人は遠目に眺めていた。


「聞いてはいたけど、なんか凄いわね。あの子の誕生日に、こんなに人が集まるなんて……」

「SNSでも、結構な数のお祝いのコメントが寄せられているぞ。束音の奴、その一つ一つに丁寧に返信をしているな……」

「……は? だってミヤビは今、他の人と会話中じゃ――」

「ULフォンって、頭の中で文章を思い浮かべるだけで、文章が打てる機能もあるのよ。意外と使い辛くて誰も使わないんだけど……みーちゃんは割と使いこなしている。みーちゃん、皆と会話しながら、その機能でSNSの返信も同時にしているのね」

「はぁ……」


 一体、今の雅の頭の中はどうなっているのか気になる三人。きっと、大量の情報を一度に処理しているのだろうが、逆立ちしても真似出来そうに無いと悟る。


 ぶっちゃけ、雅も女性と会話する時でもなければ、こんなことは出来ない。本人も、何かしらのスイッチが入らないと出来ないことなのだ。レイパーとの戦闘中でさえこなせないのが惜しい。


「そう言えば、束音のスキルは、他の人のスキルも使えるという効果だったな。これだけ友人がいるのなら、かなりの数のスキルが使えるようになっていそうだが……」

「今日来ている人の中にも何人かは、スキルが与えられているみたいだしね」


 そんなことを言う愛理と優だが、レーゼは残念そうに首を横に振る。


「理由は不明だけど……何でもかんでも使えるようになるわけじゃないみたい。きっと、習得するには条件があるんじゃないかってミヤビは言っていたわ」

「なんだ、それは残念だな……」


 愛理が唸った、その時だ。


「優、優、優ゥゥゥウッ! ヤバイヤバイヤバイ!」


 ドタドタと足音を鳴らしながら、ツリ目とツーサイドアップが特徴的な女の子が、血相を変えて駆け寄ってくる。


 (クォン)志愛(シア)だ。雅の誕生会が開催されると聞いて、彼女に少しなりとも興味があったため、参加させてもらったのである。


「コラ志愛、家の中でそんなに走らないの! 皆びっくりしてるでしょ」

「それどころじゃ無イ! なんでここに神埼斑美(むらみ)さんがいるんダッ? 聞いて無いゾッ?」


 アワアワした様子で、遠くに立つ人物を指差して目を白黒とさせる志愛。周りの人も苦笑いである。指を差された本人は、そっぽを向いているが、口元が僅かに上がりかかっており、どうやら照れているらしいことが伺えた。


「え、誰それ?」


 当然、その人物を知らないレーゼは首を傾げる。一方、隣の優は「あー、そういや言って無かった」とボソリと呟く。


「声優ダッ! あの人気アニメ『(さい)(ゆう)き』の主人公、ラツィーナ役ノッ!」

「ご、ごめん、知らないわ」

「あ、す、すみませン……。つい興奮してしまいましタ……。コホン」


 たじろぐレーゼに、ようやく志愛も落ち着いたらしい。


 件の人物、神埼斑美というのは、志愛が今言った通り、声優である。雅や志愛と同い年。最近注目されている若手で、たまにニュースでも取り上げられていることから、アニメに興味の無い人でも名前位は聞いたことがある程の知名度を誇る。


 なお、志愛が今言った『(さい)(ゆう)き』というのは略称だ。正式名称は『最弱魔王に転生した私、勇者にボロカスに負けたので隠居します~辺境で送るスローライフ……のはずが、魔王幹部やボス連中、果ては勇者までやってきた。生きる事に疲れたって? しょうがないなぁ、慰めてやろうじゃないか~』である。『最勇き』の『き』は生きるの『き』らしい。語呂が良いからこうなったそうな。原作は漫画で、志愛はこの作品の大ファンで、特に主人公の『ラツィーナ』が推しだ。


 原作が好き過ぎるが故に、アニメ化されると聞いた時には狂喜乱舞し、しかし推しのキャラクターに新人の声優の斑美が充てられると聞いた時には発狂して、偶々近くにいた母親に説教されてしまった。


 その後数日は、SNS上と日常生活で、怒りと悲しみの感情をぶちまける程荒れ狂っていた志愛。やっと落ち着いてきたと思ったら、今度は謎の上から目線で「果たして新人にラツィーナを演じきることが出来るかナ?」等と不敵な笑みを浮かべて呟く始末。


 が、しかし。いざ第一話が放送されると、「あレ? 意外と自然ダ……。いヤ、寧ろハマり役でハ……?」と評価を一変させる。


 他のファンからも斑美の演技は評価が高く、原作自体もレベルの高い作品であるが故に当然アニメは大成功。社会現象になるほどにヒットし、斑美の知名度も爆発的に広まった。


 最初は色々思うところのあった志愛だが、大好きな作品の大好きなキャラクターを完璧に演じてくれたことで、今ではすっかり彼女のファンになったというわけである。


「人が悪いゾ優! 先に言っておいてもらえれバ、心の準備も出来たのニ! イ、いヤ、それ以前ニ! 何故雅の誕生会に斑美さんが参加ヲッ?」


 そんな斑美と、まさか雅の誕生会で会えるなんて夢にも思っていなかった志愛。本人を見て、一瞬心臓が止まりかけたのも無理からぬことである。


 志愛の質問に対し、優は端的に、


「そりゃ、彼女がみーちゃんの友達だから」


 と、何てこと無さそうに言うと、志愛の目がこれ以上無い程に見開かれる。


「友達ッ?」

「この場で知らないの、志愛とレーゼさんだけね。あ、一応他言は無用で。広まると騒ぎになるし。来年以降、みーちゃんじゃなくて彼女目当てに参加するファンが増えると面倒だしね」

「ソ、そうだナ……。しかし雅、とんでも無い人と友達なんだナ……。なんて羨ましイ」


 ちらりと、斑美の方に視線を戻す志愛。斑美は今、雅と何やら楽しそうに話をしていた。


「ところで優。雅はどこで斑美さんと知りあったんダ?」

「小学校の時の同級生だったのよ。途中で転校しちゃったんだけど、みーちゃんとはずっと連絡をとり続けていたみたい」

「ほエー……」


 あまりの話に、気の抜けたような返答しか出来なかった志愛。


 隣にいるレーゼは、二人の話している内容は全部は理解出来なくとも、どうやら雅が凄い人と友達なのだということは分かったらしく、改めて雅の交友関係の広さに驚くのだった。



 そして午後四時五十三分。雅の誕生会が終わり、後片付けも終わった頃。



「雅ちゃーん!」

「あ、優香さん!」


 優の母親、優香がやってきた。


「五日遅れだけど、お誕生日おめでとー! ちょっとだけ話、いいかしら?」

「ありがとうございます! 今ちょうど片付いたところなので、構いませんよ。ささっ、上がって上がって!」

「お母さん……もうちょっと早く来てくれれば良かったのに」

「だって早く来過ぎると、優に顎でこき使われちゃうでしょ?」

「片付けたばっかりなんだから、散らかさないようにねー!」

「はいはい」


 なんてやりとりをしながら、リビングに通される優香。


 この場にいるのは、雅と優、レーゼに愛理だ。


「突然ごめんね! ちょっと雅ちゃんとレーゼちゃんに話があって……。あ、良かったら二人も話を聞いて頂戴」

「私達もですか? ……成程、鏡の件ですね?」

「何か、分かったんですか?」


 喰い気味にレーゼが尋ねると、優香は「ちょっとだけね」と頷く。


「色々分析してみた結果、あれはアーツの一種だということが分かったわ」

「アーツ? あれが?」


 おおよそ武器にはなりそうも無い形状にも関わらず、アーツだと言われてもピンとこない四人。


 それでも優香達科捜研が「アーツだ」と判断したのには、ちゃんと理由がある。


 こちらの世界のアーツ――そして恐らくは、異世界のアーツも――には、中心部に『コア』と呼ばれるエネルギー体が存在する。このコアが、女性がアーツを持った際に変化を起こし、周りを覆う金属等の物質に『レイパーを傷つける力』を付与するのだ。


 そのコアが、あの鏡にも存在していた。武器らしくなくとも、コアがあるのならばアーツだと判断せざるを得なかったと言う。


 しかし、そこまで説明すると、優香の表情が曇る。


「分かったのは、それだけなのよ。これ以上の解析は、科捜研でも無理。それで、ちょっと相談なんだけど……民間企業の力を借りてみてもいいかしら? 場合によっては、異世界の話もしないといけないかもしれないけど……」

「民間企業?」

「アーツの製造販売の超大手。あなた達も良く知っている企業よ」

「……まさか」


 優の頭に、ある人物の顔が思い浮かび、顔を強張らせる。


「ええ。『StylishArts』よ。そこなら、アーツを調べるための設備も資料も、科捜研以上に揃っている。きっと、何か分かるはずよ」



 ***



 その日の夜。午後八時十六分。


 束音宅のリビングにて。


 夕食と入浴を済ませた雅とレーゼが、向かいあってテーブルに座り、お茶を飲みながら談笑していた。


「それにしても、あの鏡……予想外のものだったわね。まさかアーツだなんて……」

「アーツってことは、私達があの鏡でレイパーを殴りつけたりすれば、ダメージを与えられるってことですよね? まぁ、そんな使い方をすれば壊れてしまうでしょうけど……でも、何だか変な感じです」

「攻撃するための物と言うより、味方のサポートとかするタイプのアーツかもしれないわね。まぁ、『StylishArts』ってところで調べてもらえるみたいだし、そこら辺はおいおい分かっていくでしょ」

「ですねー。あ、そうだ。レーゼさん、ちょっと失礼」


 そう言うと、突然立ち上がってリビングを出る雅。


 どうしたのだろうとレーゼが思っていると、雅はすぐに戻ってきた。


 手には、なにやら小さな箱が握られている。白い包み紙にきちんとくるまれており、まるでプレゼントのようであった。


「これ、レーゼさんに渡そうと思って。プレゼントです」

「……え?」


 まさか自分へのプレゼントだとは思っていなかったレーゼ。当然、困惑してしまう。


「う、受け取れないわよ。だって私、あなたの誕生日だって何も渡してないのだし……」

「いいからいいから。ほら、レーゼさんだって、私にこれ、くれたじゃないですか」


 雅は、自分の髪に着いた、白いムスカリ型のヘアピンを指差して言う。


「……そうだったわね。それ、ずっと着けてくれたんだ。ありがとう」

「ははは、戦いの時もずっと着けていたので、ちょっと細かい傷とかも付いちゃったんですけど……でもこれ、とっても気に入ってるんですよ。これは、そのお礼みたいなものだと思って下さい」

「……そう言うことなら、ありがたく受け取るわ。開けて良い?」

「どうぞどうぞ」


 包装紙を丁寧に開けると、黒いケースが出てくる。蓋を開けると、中には――


「これ、ブレスレット? いえ……腕輪かしら?」

「アームバンドです。袖の長さを調節するためのものなんですけど、レーゼさんにぴったりかなって思って」


 入っていたのは、アイリスの絵柄が刻まれた、青いアームバンド。


「ほら、レーゼさん、スキルの関係でいつも長袖着ないとじゃないですか。でも、日本の夏って暑いから……。レイパーと戦うまでは、腕まくりしておいた方がいいと思うんです。アームバンドに金具が付いているでしょう? それに力を加えると、バンドが緩んで袖が元に戻るようになっているんです」

「へぇ……便利ね。早速、使わせてもらうわ」

「まぁ、気休めにしかならないかもしれませんが……」


 未だ、暑さに体が慣れないレーゼ。にも関わらず、今日までずっと、長袖や七分丈の服を着ざるを得なかった。周りの目も気になるわ暑いわでほとほと困っていたので、これはありがたい贈り物である。


 パジャマの袖を上げ、アームバンドを付けるレーゼ。スカイブルーの髪に、アームバンドの青色がよくマッチしている。


「よく似合ってます!」

「そう? ありがとう、ミヤビ」


 少し興奮したようなレーゼの声を聞いて、雅は、我ながら良い物が選べたと満足の表情を浮かべるのであった。



 そして、その三時間後。夜の十一時を過ぎたあたり。丁度、レーゼが眠りはじめた頃だ。


 雅は、こっそりと家を抜け出していた。


 夏とは言え、この時間は若干肌寒い。ブランケットを羽織ながら向かう先は――親友の家。だが、途中で、目当ての人物が歩いているのが見え、雅は軽く片手を上げる。


 黒髪サイドテールに、ブラウンのトレーナー姿。手には小さな紙袋が握られている。優だ。


 彼女もまた、雅の家へと向かっていた。


 こんな夜中に女子高生がほっつき歩いているなんて、周りが見たら折檻物だ。当然、二人ともこっそりと家を抜け出していた。


 だが二人の顔は、随分と楽しそうだ。ちょっと不良みたいな行動だが、これが中々に背徳心がくすぐられるのである。


 こんな事をしょっちゅうやっている訳では無いが、初めてでも無い。四年前から始まった、特別な日だけの、ちょっと危ない秘密のお楽しみ。


 互いの誕生日の夜中は、こうして二人きりで散歩するのが常だった。最も、今回は雅の誕生会が今日に延期になったため、夜中の散歩もそれに合わせた形である。


「どもども」

「そんじゃ、どこ行く? みーちゃんの好きなところで良いよ」

「じゃあ、こども園の近くを通って、スーパーのところを回る感じで」

「おっけー」


 二人は手を繋いで歩き出しながら、ダラダラと何気ない会話に花を咲かせる。会話の内容に意味は無い。ただこの時間を、二人で共有していることが大事なのだ。


 夜の街の風景を楽しみつつ、日付が変わるまで散歩を続ける二人。


 特に誰かに襲われたりすること無く、二人は雅の家の前まで戻ってくる。


 そして、散歩の最後には必ず――


「はいこれ。今年のプレゼント。中は見てのお楽しみ。明日にでも開けて」

「ありがとう、さがみん。明日とか待ちきれないので、部屋に戻ったら早速開けますね」

「まだ夜更かしする気か、このこのぉ」

「まだ、眠りたく無いんですよぉ、このこのぉ」


 小突き合う二人。


 あまり騒ぎ過ぎると近所迷惑になるので、適当なところで切り上げ、二人は家に戻る。


 部屋に戻った雅は、早速貰ったプレゼントの中身を確認し、笑みを浮かべた。


「流石さがみん、センス良いですねぇ……」


 入っていたのは、香水。随分と高価そうなもので、実際、有名なブランドのものである。


 試しに手の平につけてみると、スズランの良い香りが広がった。


「……今年のさがみんの誕生日、何を送りましょう?」


 こんな物を送られては、自然と気合が入ってしまう。


 優の誕生日は八月三日。


 カレンダーに目を向け、あれこれ考えていると睡魔が襲ってきて、そのまま雅は眠ってしまうのだった。

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