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ヤバい奴が異世界からやってきました  作者: Puney Loran Seapon
第8章 新潟市中央区~弥彦
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第8章幕間

 雅達が弥彦で鏡の探索に励んでいる頃。異世界では。


 ここはアランベルグの首都、セントラベルグ。


 時刻は午後四時二十分。


 空はどんよりとした灰色に染まり、しっとりとした雪が降っている。


 二日前に初雪を迎えたセントラベルグ。それから天気はずっと雪模様であり、それ故に既に踝の辺りまで積もっている程だ。


 そんなセントラベルグの、北の外れにある墓地に、真紅のコートを着た銀髪のフォローアイの少女、ライナ・システィアはやってきていた。


 白く染まった大地に立ち並ぶ黒い十字架。全て墓で、アランベルグでは一般的な墓の形状である。


 コートについた帽子を被り、皮製の手袋を嵌めた手で、ある一つの墓の上に積もった雪を払いのけるライナ。


 十字架の中央に刻まれている名は『ジョゼス・システィア』。


 この墓は、ライナの父親のものである。先日、天空島でパラサイト種レイパーに殺害された。遺体がバラバラになり、肉片を回収して回り、二日前にここに墓を立てたのだ。この下には、一部ではあるが、ジョゼスの体が埋まっている。アランベルグでは土葬が一般的だ。


 最悪、墓の下が空っぽになるかもしれなかったので、こうして少しだけでも肉親を眠らせてやれたことにホッとする一方、無残にもレイパーに殺させてしまったことに、ライナは深い後悔と悲しみに包まれてしまう。


 そこで、後ろから足音が聞こえてきた。


「うぃっす」


 振り向くとそこには、黒い皮ジャンを着て、両腕に小手を嵌めた、赤いミディアムウルフヘアーの女性の姿が。セリスティア・ファルトである。


 セリスティアが片手を挙げて声を掛けてきたので、ライナは軽く会釈を返す。


「雪、やっと降ったな。毎年、今月の初めにゃあ降っているんだが……」

「今年は、寒くなりそうですね」


 アランベルグの冬は長い。一年の内、半分以上は雪が降る。そして、初雪が遅い年は、寒さが厳しくなるのが常だ。


 ライナの隣に立ったセリスティアが、ジョゼスの墓をジッと見つめる。


「……親父さんの件、すまなかったな。墓が出来たって聞いたから、ちゃんと詫びを入れに来たんだ。手ぇ、合わせてもいいか?」

「ええ。でも……父はきっと、怒っていないと思います。父を殺したのは、あのレイパーですし……」

「いんや、そのレイパーを逃がしちまったのは、俺とミヤビだ。あの時、きっちり倒していれば、親父さんは死なずにすんだ……。あんたの方は、体に異常とか無いか? あいつに寄生されたろ?」

「一応お医者さんに診て頂きましたが、特に変なところは無かったです。今も後遺症みたいなのは残って無いですし……多分、大丈夫だと思います」

「そっか、なら良かったぜ」


 そう言ってから、セリスティアはしゃがみこみ、墓に向かって手を合わせる。日本式のお参りによく似ているが、合わせる手を半分程前後にずらすのがアランベルグではマナーだ。


 十秒程手を合わせた後、立ち上がったセリスティアはライナに顔を向ける。


「……あの事件の後始末をしている内に分かったことなんだが、あんた、ヒドゥン・バスターなんだって? これから、どうするんだ?」

「……この間、二週間の謹慎処分が下りました。それまではフリーなので、私は私の出来る範囲で、ミヤビさん達を探そうと思います」

「謹慎処分か……」


 肉親にレイパーが寄生していたのに、気が付かなかったライナの責任は重い。最も、件のレイパーにずっと遅れをとっていたのは他のバスターも同じなので、謹慎処分ですんだのだろう。懲戒処分でなかったのは幸いである。


「あ、セリスティアさん。私がヒドゥン・バスターだってことは……」

「わーってる。口外しねぇよ。ただ、ミカエル達には話してもいいか? 一緒に戦った仲だし、一応話しておいた方がいいと思うぜ」

「……ええ。迷惑も掛けてしまったことですし。でも、話す時は私の口から説明させて下さい」

「ん、そうか……。じゃあ、私からはあいつらには何も言わないでおく」


 表だって行動しないレイパーをこっそり探し出したり、倒したりするのがヒドゥン・バスター。場合によってはレイパーに非力な女性だと思わせる必要もあり、自身がヒドゥン・バスターであることは秘密にしておかなければならない。そういう事情はセリスティアもちゃんと理解していた。


 一方、ライナも図らずともファムやミカエル等、大勢の人を騙してしまうこととなったため、セリスティアに言われずとも、タイミングを見て彼女達に身分を明かすつもりであった。レイパーに騙され、彼女達にとって大事な雅という仲間を殺してしまいそうになったのだ。どの道、折を見て謝罪にいく必要はあるが、その際にヒドゥン・バスターであることを隠して説明をするのは余りにも失礼である。


「ありがとうございます。ところで、セリスティアさんはこれからどうしようと思ってますか? やっぱり、ミヤビさん達を探しに?」

「ああ。二人が死んでるなんて思ってないし、あいつらを見つけねぇ限り、俺の中で天空島の一件はケリがつかねえんだ」

「じゃあ、協力しませんか? 一緒に探す方が効率が良いし……」

「いいぜ。あんたから言い出さなけりゃ、こっちから誘っていたところだ。これから、俺の家で相談といかねえか?」


 そう言ってから、自分の家の惨状を思い出すセリスティア。雅に掃除してもらってからは殆ど家には帰ることが無く、先日久しぶりに戻った時は、ちょっと埃っぽくなっていた。まぁ、ちょっと掃けば問題無いだろうとセリスティアは判断し、そんな彼女の考えなど露程も知らないライナは快諾する。


 そして、二人はセリスティアの家へと向かおうとしたところで――鋭い悲鳴が聞こえてきた。


「っ? 何でしょうっ?」

「あっちから聞こえたな! 行ってみるぞ!」


 互いに頷き、二人は声の聞こえた方に走り出した。



 ***



 ライナとセリスティアがやって来たのは、墓地から東に少し行ったところにある、公園。


 ベンチが一つに遊具が少しある程度の小さな公園だが、近くに住宅街があるため、この時間帯は子連れの家族が遊びに来る。


 今日は雪が降っているため、はしゃいで走りまわる子供達と、それを温かい目で見守る親御さんの姿があるはずだったが――辿り着いた二人の目に映ったのは、全く別の、おぞましい光景であった。


 響き渡る、耳障りな笑い声。


 公園にあったのは、五つの大きな氷の塊。


 よく見れば、大きな氷の塊の中には女性がいた。恐怖に染まった顔で、氷漬けにされている。中には子供もおり、五つの氷の塊の中に、七人の女性が埋まっていた。


 そして公園の中心には、手足のついた、雪玉を二つ重ねたような姿の怪物――レイパーがいた。まるで貼り付けたような、黒い眼と、笑顔を浮かべているような形状の黒い口が、不気味さを際立たせている。


 雅の世界で言うところの、雪だるまに似た姿だ。アランベルグでは『雪人形』と言う。


 ただ、手足があり、氷柱のついたサイズの小さいベストを着ていることから、雪だるまや雪人形とはちょっと違うものに思えたセリスティア。ライナが小声で「ジャックフロスト……」と呟くのが聞こえたことで、しっくりくる。


 ジャックフロストとは、雪と氷で出来た妖精だ。怒らせると、笑いながら人を凍らせて殺すこともあるという恐ろしい存在である。


 今のレイパーが、そのジャックフロストと重なったのだ。


 このレイパーの分類は『ジャックフロスト種』。


 ライナとセリスティアの目が、スッと鋭くなる。


 ライナの影から、全長二メートル程の紫色の鎌が出現し、掴む。鎌型アーツ『ヴァイオラス・デスサイズ』だ。


 セリスティアの小手が巨大化し、両腕に出来上がるのは爪型アーツ『アングリウス』。先端からは、両方合わせて六本もの長い銀の爪が伸びている。


 アーツを構え、僅かに腰を落とすライナとセリスティア。


 ジャックフロスト種レイパーも、右腕を二人に伸ばし、戦闘態勢をとっていた。


 睨み合う、ライナ、セリスティアと、レイパー。


 降りかかる雪の勢いが、僅かに強まった瞬間――ライナとセリスティアは下腹部の辺りがスゥーっと冷えるのを感じ、咄嗟にその場を飛び退く。


 同時に、出来上がる二つの氷塊。これまでレイパーと戦ってきた勘が、危険を察知して動いたので事なきを得たが、その場を離れるのが僅かでも遅かったら、自分も氷漬けになっていたかと思うと二人はゾッとする。


 飛び退き、着地と同時に二人は左右に分かれ、二手からレイパーへと向かっていく。レイパーがライナの方に目を向けた、その瞬間。


 レイパーの背後から五人のライナが、レイパーへと向かいながら鎌を振り上げていた。ライナのスキル『影絵』で創り出した分身だ。


 殺気を感じ、レイパーは振り向き標的を分身達へと変える。鎌が自分を引き裂く前に、二人の分身を氷漬けにした後、丸太程の太い氷柱を創り出して飛ばし、残りの三人の分身ライナの体の真ん中を正確に貫く。


 氷漬けにされたり、氷柱に貫かれた分身ライナは消滅。だが分身に気を取られている内に、セリスティアはレイパーへと接近していた。


 セリスティアの右腕に、力が入る。


 目にも止まらぬ速度で、繰り出される爪の一撃。狙いは、レイパーの顔面だ。


 しかし――


「っ?」


 爪がレイパーを抉る直前で、爪とレイパーの間に分厚い氷の壁が出現し、セリスティア渾身の一撃を阻んでしまった。


 刹那、危険を察知して、横っ飛びで、すぐさまその場を離れるセリスティア。刹那、今まで彼女がいた場所に氷塊が出来上がる。


 横っ飛びしたセリスティアが、今の反撃を避けることを想定していたのだろう。レイパーは彼女が着地するより早く、セリスティアに向かって無数の氷柱を放っていた。


 だが氷柱がセリスティアに命中するより先に、三人の分身ライナが横から飛び出し、氷柱からセリスティアを守るように立って、鎌で氷柱を破壊する。


 大量の氷柱を全て破壊することは出来ず、すぐに体を貫かれて消え去る分身達だが、セリスティアが反撃の体勢を作る時間を稼ぐには充分耐えてくれた。


 グッと、セリスティアの足に力が込められる。


 彼女のスキル『跳躍強化』が発動。足で地面を蹴る力が何倍にもなり、それを利用してセリスティアはレイパーへと猛スピードで突っ込んでいく。このスキルは上にジャンプする時だけでなく、相手との距離を詰める時にも使えるスキルだ。


 腕を前に出し、飛んで来る氷柱を爪で砕きながら、レイパーの腹部目掛けて跳んでいくセリスティアの体。


 スッと、レイパーの腕が襲いかかるセリスティアへと向けられる。あの氷塊を創り出す構えだ。


 セリスティアのアングリウスの爪がレイパーを抉るのが先か、レイパーがセリスティアを氷漬けにするのが先か……一瞬の勝負。


「――っ?」


 勝ったのは……レイパー。セリスティアの下半身が、創り出された氷塊に包まれ、彼女の動きを封じていた。全身が丸ごと氷漬けになることは無かったものの、こうなってしまえばセリスティアはもう無力だ。


 セリスティアの腕のアーツから伸びた爪は、レイパーの腹部に後数センチのところで止まっている。本当にギリギリのところだったためか、レイパーの顔にも僅かながらの安堵の色が伺え――故に気が付かなかった。



 自らの背後から、ライナが襲いかかっていることに。



 今の攻防の間にレイパーに接近していたライナ。気配を殺し、チャンスを待っていたのだ。


 殺気に気が付き、後ろを振り向くレイパーだが、時既に遅し。


 紫色の軌跡を描き、振り払われた鎌が、レイパーの首を刎ねる。


 回転しながら地面に落ちる、レイパーの頭。


 数秒の間を置いてから、ジャックフロスト種レイパーは爆発四散するのだった。



 ***



「うっひゃあ、ひでー目に遭ったぜ……」


 ボサボサの頭のセリスティアが、溜息を吐くようにそう呟く。レイパーの爆発により、自身の下半身を覆っていた氷が溶けたのは良いが、爆発の近くにいたため、少し被害があった。アーツを盾にするようにして爆風から体や頭を守ったものの、全部は防ぎきれるはずも無い。お陰でお気に入りの皮ジャンが焦げてしまった。


 なお、ライナは咄嗟に何人もの分身を自分の前に創り出し、レイパーの爆発の盾になってもらったため、見た目の被害はほとんど無い。ちょっとズルいと思うセリスティアである。


「足の方は大丈夫ですか? 氷漬けにされてましたけど……」

「多分な。普通に動かせるし、問題ねえ」


 氷漬けにされていたのが僅かな時間だったからだろう。軽く屈伸してみると、若干痺れたような感覚はあるが、異常と言う程のものでは無い。


「念のため、お医者様に診て頂いた方がいいですよ」

「はいはい、分かった分かった。明日にでも診て貰う」

「……ちゃんと、診て貰ってくださいね? 難なら明日、付き添いますから」


 明らかに行く気の無いセリスティアの態度に、ジト目になるライナ。そんな視線が痛くて、ついセリスティアはそっぽを向く。


「……ミヤビさん達が帰ってきた時、セリスティアさんが怪我でもしていたら、きっと悲しみますよ」

「……わ、分かったっての。ちゃんと行く」


 その光景が容易に想像出来てしまったセリスティアは、指で頬を掻きながら了承した。


「……っと。とんだトラブルがあったけど、後始末しねぇと。捜索の話し合いは、また今度だな」

「ですね。明日、病院行った後、自宅へ伺います。すみませんけどセリスティアさん、今回の件のバスターへの報告、お願いしてもいいですか? 私ヒドゥン・バスターだから、表だって報告って出来なくて。こういう場合は直属の上司に報告するんですけど、今はいないから……」

「ライナの直属の上司は親父さんだったもんな。分かった、任せときな。ところでライナ、戦っちまっても大丈夫だったのか? 今は謹慎の身だろ?」

「ええ。バレると怒られるかもしれませんが、別に構いませんよ。……ミヤビさん達が帰ってくる場所は、私が守ります。あいつらに、好き勝手はさせません」


 力強く、ライナはそう言うと、セリスティアの口元に笑みが浮かぶ。


「そりゃ結構だ。そういうの、俺ぁ好きだぜ。……それにしても、あいつら、どこいっちまったのかな……」


 独り言のように呟いたその言葉に、ライナも唸り、首を傾げる。


「可能性があるとすれば……他の大陸ですかね? ヴェスティカ大陸とか、エスティカ大陸とか、あそこら辺の国。でももしそうなら、レーゼさんは何らかの形で自身の生存を伝えてきそうですよね」

「だよな。レーゼは通話の魔法が使えるから、俺やミカエル辺りに連絡をよこしても良さそうなんだけどよ……」

「何らかの事件に巻き込まれていて、魔法が使えなくなっている、とか? あ、待った。もしかして……」


 言いながら、ライナが一つの可能性に辿り着く。


「――二人とも、ミヤビさんの元いた世界に転移した、とか?」


 聞いた瞬間、セリスティアも「あ」と声を上げた。


 それならば、連絡がとれない理由も納得がいく。


 ふとした直感ではあるが、ライナはこれが正しいのではないかと確信を持ち――事実、二人はライナの直感通り、雅の元いた世界に転移していた。


「ミカエルさんに、相談しなきゃ。もし私の直感が正しいのなら――」

「ああ。俺達だけじゃどうにもならねえ。知識人の助けを借りねえとな」


 二人はそう言って、頷きあうのだった。

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