第70話『想見』
「……あったわ。これね。二人とも!」
レイパーを倒してから一時間後。午後三時十一分。弥彦山の四合目、山道から少し逸れた辺りにて。
汗びっしょりになりながら草木を掻き分け、足場に気をつけつつも目を皿にして鏡を探していると、レーゼがようやく目的の物を見つけ、雅と愛理に声を掛ける。
鏡は、木の近くに置かれ、上から土や落葉を被せられていた。まるで隠されているかのように置かれており、レーゼが見つけることが出来たのは本当に運が良かったとしか言い様が無い。
「……そうか、良かった。全然見つからないから、ここには無いのかとも思ったが」
「見つかったのなら、早く優香さんのところに持って行きましょう。連絡、入れておきますね」
「ええ、お願い。流石に、もうクタクタだわ……」
暑さにやられながらもレイパーと交戦し、山道を歩き回ったレーゼ達の体は悲鳴を上げていた。見つけた鏡を科捜研に送り届けなければと分かっていても、このまま家の布団で寝てしまいたい気分である。
「優香さんに連絡しました。駐車場のところで、優一さんが迎えに来てくれているみたいです」
「そりゃあ助かるな。ちゃんとお礼を言っておかないと」
「……それが、あの鏡の片割れですか? 本当に、よく似ていますね」
雅は、レーゼが拾い上げた鏡を観察して目を丸くする。
「金具の形状以外は、本当にあれと瓜二つね。きっとこれ、あの鏡についていた金具に取り付くのよ」
鏡の側面についた突起を指差すレーゼ。確かなことは実際に合体させてみなければ分からないが、ほぼ間違いなく、雅達が異世界から持ち帰った鏡の片割れだろう。
故に、疑問が湧いた愛理が口を開く。
「これは何故、こんなところにあったんだ?」
「……落ちていた、って感じじゃ無かった。まるで隠していたかのように置かれていたわ。誰かが意図的に、ここに置いたと言う方がしっくりくるわね」
「一体誰が……? まさか、あの魔王みたいな奴が?」
雅が魔王種レイパーのことを思い浮かべながら言うも、レーゼは首を横に振る。
「あいつは鏡を祭壇に置いていた。きっと大事な物に違いないわ。それを、意図的に隠していたとはいえ、こんなところに放置して遠くに行くとは思えない。近くにいるのなら……さっきの戦いを聞きつけて、襲いかかってきたはずよ」
「まぁ、科捜研で見た映像にも、あいつの姿はありませんでしたしね……。でもあいつじゃないなら、誰がこんなところに鏡を?」
「……私達が倒した、あのレイパーがここに置いたとは考えられないか?」
「あの手の長いサルみたいなレイパーよね。もしそうなら、もう理由は分からないわね……」
誰が、何のために、どうしてここに鏡を置いたのか何も分からない。それが、堪らなく不気味だった。
あれこれ頭を悩ませ、考え込む三人。
そんな中、レーゼはふと、思い出す。
「ねぇ、レイパーの被害者は?」
「事後処理は、全部警察の方でやってくれますね。検死のために一度警察に引き取られる形になるはずです」
「……そう」
短くそう告げて、何やら思案顔をするレーゼ。雅と愛理は顔を見合わせる。
「……何か、気になることでも?」
「……殺された被害者の内、首を噛まれた人がいたじゃない? あの時見た跡は、私達が倒したレイパーの歯の形状じゃつかない気がするのよ」
テナガザル種レイパーは顔が人間に近い形状をしており、故に歯並びは人間のように孤を描いている。あのレイパーに噛まれて殺されたのなら、首に残る跡は曲線になっているはずだ。
しかし被害者の首筋に残っていた跡は、歯が横に一直線に並んでいると思わせるような見た目だったのだ。あのレイパーの歯並びでは、そうはならない。
「私、被害者は全員、あのレイパーに殺されたんだと思ってたけど、もしかしたらそうじゃなかったのかも」
「……近くに、別のレイパーがいたのか? もしそうなら――」
愛理がそこまで言ったところで、三人の顔が強張る。
僅かな殺気。人ならざるものの気配が、彼女達の第六感を刺激したのだ。
だが、三人が見回しても、誰の姿も無い。
一瞬感じた殺気は、すでに消えていた。
レーゼの予想が生み出した、幻想の殺気だろうか。
「……今のは? 気のせいだったかしら?」
「……レーゼさんの予想が正しいなら、その別のレイパーがこの鏡をここに置いたのでしょうかね?」
「ならば、取り返しにくるだろう。こちらは一戦終えて消耗しているんだ。襲わない理由は無い。やはりマーガロイスさんの考え過ぎでは無いのか?」
少し前までレイパーと戦っていたため、神経が研ぎ澄まされ過ぎているのかもしれない。そう考えた三人は、周囲を警戒しつつも、下山する。
結局、駐車場で優一に会うまでの間、誰かに襲われることは無かった。
***
午後六時四十五分。弥彦山で見つけた鏡を無事に科捜研に送り届けた後、優一の車に、雅、レーゼ、愛理は乗っていた。家まで送ってもらっている最中なのだ。
「やれやれ、とんだ一日だったな」
「シノダさんはそう言えば、今日は病院に行くために学校をお休みしていたのよね。体は大丈夫?」
「少し痛みは残っていますが、平気です。それにしても、最近はレイパーと遭遇することが多くなってきたな。昔は年に一度くらいだったのだが……」
「さがみんから聞きました。愛理ちゃん、今年に入ってからもう何体もレイパーを倒したって。今日で四体目、ですか?」
「逃がした奴も含めれば、六体かそこらだな。君や相模原ほどではないさ」
そう言うが、普通に生活していて六体もレイパーと交戦すること自体、異常である。メンタルをやられてもおかしくないのだが、愛理は何てこと無いような様子だ。それだけ彼女が強いことを示していた。
「……そう言えば、聞きたいことがあったんですよ。二人とも、いつの間に仲良くなったんですか?」
「私と、相模原が、か?」
雅は頷く。実は雅がまだ中学生だった頃、優と愛理はそれ程仲が良いわけでは無かった。別に、喧嘩していた、というようなものではない。ただ単に、優も愛理も、互いを『友達の友達』としか見ていなかったのだ。雅が間に入り、一緒に話をしたり遊んだりすることもあったが、彼女抜きで一緒に何かをすることは無かった。せいぜい、会えば挨拶を交わすくらいか。
だから、雅がこちらの世界に戻ってきて、優と愛理が親しくしている様子を見て、内心かなり驚いていた。
そして、質問された愛理も、それまで自分が優とそこまで仲良くなかったということを忘れており、聞かれて「そう言えばそうだったな」と思案顔をする。過去の記憶を遡り――思い出した。
「そうだ、君が異世界に転移して、相模原が随分落ち込んでいてね。知らない仲でも無いし、心配だったから、こっちから声を掛けたんだ。それからだな、彼女とよく喋るようになったのは」
「あー、納得」
「……なんだ、親友を盗られて、嫉妬したか?」
「まさか。純粋に、嬉しいですよ」
「まぁ、君ならそう言うだろうな。……む? マーガロイスさん、どうかしたか?」
愛理は、自分達をジーッと見つめるレーゼに気が付く。
言われて、レーゼはハッとする。彼女も、愛理に気が付かれる程、二人を見つめていたつもりは無かったのだ。
少し恥ずかしくなったレーゼは、二人から目を逸らす。
「……別に。なんでもないわ、気にしなくてもいいわよ」
そう言うと、レーゼはそっぽを向いてしまう。
雅に会うまで、レーゼに友達なんていなかった。物心ついてから、ずっと鍛錬――十五歳になってからは、鍛錬と仕事の日々だったから。誰かと仲良く遊んだ記憶なんてものは無い。
もうすぐ七時になると言うのに、まだ茜色の明るさを残している空に驚きながらも、レーゼは思う。
こっちの世界に生まれ育っていたら、自分にはどんな友達が出来たのだろうか、と。
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