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ヤバい奴が異世界からやってきました  作者: Puney Loran Seapon
第8章 新潟市中央区~弥彦
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第69話『刀剣』

「……撒けたか?」

「……多分」


 テナガザル種レイパーと戦った場所から少し下山した辺り。レイパーから逃げ出した雅達は、山道から外れたところに飛び込み、樹木の影に身を潜めていた。


 肩で大きく息をしながら、雅と愛理はレイパーの気配が無いことを確認する。


「……二人とも、怪我は?」

「私は大したことは無いですけど……愛理ちゃんは……」

「……大丈夫だ。心配は無い」


 何てこと無さそうに愛理は言うが、付き合いの長い雅は、彼女が無理をしていることに気が付く。恐らく、先日レイパーに強烈な一撃を受けた腹部が痛むのではないか、と推測していた。


 雅の勘は当たっていた。痛み止めを飲んで多少マシだったが、先の戦闘の際、木の幹に背中を強く打ちつけたことが切っ掛けとなって痛みがぶり返してきたのだ。動く度にジンジンと痛み、思わず顔を顰めてしまう程に。


 だが、『雅が気が付いた』ということに愛理も気が付いていた。故に、何か言おうと口を開きかけた雅を、目で制す。気が付いてしまった雅は兎も角、レーゼには自分の『無理』を知られたくなかったのだ。


 愛理は、レーゼが不調であることを悟っていた。雅が何かとレーゼを気に掛けているので、何となくそうなのだと思ったのだ。


 レーゼが頑張っているのなら、自分が音を上げるわけにはいかない。愛理は刀型アーツ『朧月下』を握る手に、グッと力を込めた。


「それより、あのレイパー……どうする? 放っては置けないだろう?」

「勿論、倒すわ。絶対に。でも――」


 眉を寄せながら、レーゼは辺りのブナの木々を見渡す。


「こんなところで爆発四散させようものなら、山火事になるわね。何とか心配の無いところに連れださないと……」

「それも勿論ありますけど、あの長い腕も厄介ですね。リーチが長いから、思ったよりも速く攻撃が当たる。本体がすばしっこい上、木を使われて前後左右プラス上空からも攻撃されちゃ、叶いません」

「倒す場所だが、ここに来る途中に御祓所があっただろう? あそこならここよりは木が少ないから、上空から攻撃される可能性は減らせる。だが、どうやって奴をそこまで引きずり出すか……。束音、何か良い案は無いか?」

「……ライナさんのスキル。あれで創った分身を囮に出来ないかな」


 そう言ってから、雅は顔を顰めて唸り、「でも」と続けた。


「分身が倒されると、ダメージが自分に返ってくるんですよね。それがちょっと怖いです」

「……そう言えば、束音は他の人のスキルが使えるんだったな。他には何か無いのか?」

「今使えるのは、さっき言った分身を創るスキルと……高い所までジャンプ出来るスキルくらいですか。後は愛理ちゃんのスキルも使える気がしますけど、効果が分からないので、ぶっつけ本番はちょっと……」

「あなたのスキルって、効果が変わるのが本当にネックよね……」


 過去の経験から、雅は苦笑いを浮かべる。こんなことなら、もっと前に効果の確認をしておくべきだったと後悔するが、後の祭りだ。


 愛理のスキル『空切之舞』は瞬間移動系のスキル。メリットばかりに思われるスキルだが、移動先は敵の死角で固定されているデメリットもある。例えばビルの屋上等で戦っている時にこのスキルを使った場合、移動先に足場が無いなんてこともあるだろう。その場合は当然、そのまま地面に真っ逆さまだ。


 使い慣れた愛理でさえ、不用意に使うとピンチを招いてしまうため、試し撃ちも無しに使うのは、雅も怖い。


 ぐるりと、雅が辺りに立ち並ぶブナの木を見渡した。


「一旦、効果が分かっているスキルだけで作戦を立てましょう。分身を囮に、っていうアイディアは悪くないと思うけど、あのレイパー相手に分身でどこまで戦えるか……」


 レーゼがそう言った、その時だ。


 ガサリと、後ろで音がした。


 三人が慌ててそちらを見ると――テナガザル種レイパーが。


 思わず声を上げかけた三人だが、それは意地と気力でねじ伏せる。


 レイパーは明後日の方向を向いており、まだ三人には気が付いていない。恐らく雅達を探し回り、偶々近くに来てしまったのだろう。もしかしたら、今の話し声が聞こえたのかもしれない。見つからなかったのは運が良かった。


 周りにはブナの木が多く、彼女達の姿を上手く隠してくれているものの、ここでじっとしていては見つかるのも時間の問題だろう。無論、ここで戦闘を仕掛けるなんて持っての外である。


 残された選択肢は、逃げること。


 曲がりくねった道は既に抜け、山道に戻ることが出来れば、なだらかな道が続く。


 静かにこの場を去れば、見つからずに撤退出来るだろうが……三人はアイコンタクトをとり、頷く。


 ここで上手く敵を引き付ければ、こちらの戦いやすいところに誘導できるかもしれない、そう思ったのだ。


 一先ず、可能な限り、静かに後退し始める三人。


 音を立てないよう、ゆっくり……ゆっくりと。


 ある程度距離をとったところで、雅がライフルモードにした百花繚乱を構える。


 刹那、雅達の方に顔を向けたレイパー。


 レイパーが雅達を見つけるのと、雅がレイパーに桃色のエネルギー弾を放つのは同時。


 レイパーの顔面に攻撃が命中し、一瞬怯んだ隙に三人は山道に戻る。


 全力で登山口目指して走る三人。後ろから、猛スピードでレイパーが追ってくる気配を感じながらも、速度を緩めず駆け抜ける。


 先頭をいくのは愛理。その次にレーゼ、雅と続く。


「二人とも! 先に行ってください! 私が隙を作ります!」

「分かったわ! シノダさん、行きましょう!」

「ああ! 頼んだぞ束音っ!」


 何をするつもりかは分からないが、議論をしている暇は無い。今はとにかく雅を信じて、彼女を置いて御祓所の方へと向かう愛理とレーゼ。


 雅は振り向きながら、エネルギー弾を次々に放つ。


 軽やかな動きで木の枝から木の枝へと、さらに木から地上、地上から木へと跳び回るレイパーには攻撃は当たらない。


 レイパーは雅の放つエネルギー弾を避けながら、次に殺す標的を彼女に定め、口角を上げる。


 雅が攻撃してきた瞬間を狙って地上に降りたレイパーは、そのまま雅へと飛び掛る。


 しかし、襲ってくる気配を感じとっていた雅は、後ろに飛び退いて初撃を躱す。


 それでも、攻撃を外したレイパーはすぐさま近くの木へと飛びつき、移動を始め、雅に攻撃の狙いを絞らせない。


 後退しながら、気配と勘だけを頼りにレイパーの腕の攻撃を何とか躱していく雅。


 攻撃が直撃しないことに段々と苛立つレイパー。それは行動にも現れ、雅にも伝わる。


 動きが僅かではあるが雑になり、読みやすくなってきた。


 そして、レイパーが雅の背後をとり、がら空きに見えるその背中へと腕を伸ばした時。


 雅はセリスティアのスキル『跳躍強化』を発動し、真上に跳ぶ。


 今までしてこなかった動きに、途端に彼女の姿を見失うレイパー。


 どこにいる――キョロキョロと雅を探し始めるレイパーだが、そこに上からエネルギー弾が飛んで来て、レイパーを吹っ飛ばす。


 雅は、高く伸びたブナの木の天辺にいた。


 狭い足場で器用にバランスを取りながら、レイパー目掛けて次々に桃色のエネルギー弾を放つ。


 両腕で体や顔を守りながらも、レイパーは攻撃と攻撃の隙間を見つけて反撃に転じようと足に力を込めたところで――別の角度から桃色のエネルギー弾の直撃を受けて吹っ飛ばされてしまった。


 驚いたレイパーが、今エネルギー弾が飛んできた方に目を向ければ、そこにはもう一人の雅がいた。


 実は、先程まで木の上でレイパーに攻撃していた雅はライナの『影絵』のスキルで創り出した分身である。木の天辺まで跳躍した時、木の上に分身を創り出して本体は木の影に着地し、分身がレイパーを攻撃して視線を引きつけている内に別の場所に移動し、隙をついてエネルギー弾で攻撃したのである。


 吹っ飛ばされたテナガザル種レイパー。気が付けば、レイパーは御祓所の前の開けた場所にいた。


 仰向けに転がったレイパーに、剣と刀を振り上げ襲いかかる、二人の女性。


 レーゼと愛理だ。


 レイパーは起き上がると、攻撃が直撃する寸前で跳躍して二人の攻撃を躱す。


 そして二人の背後に着地し、そのまま隙だらけの二人の背中に腕を伸ばそうとしたところで――遠くにいる二人の雅の、ライフルモードにした百花繚乱から放たれたエネルギー弾が胴体に直撃する。


 一瞬怯んだ隙に、レイパーの方に振り向いたレーゼと愛理が、同時に斬撃を繰り出す。


 咄嗟に、自分に向かってくる刃を、一歩退くことで紙一重で躱すレイパー。


 瞬間、愛理のスキル『空切之舞』が発動し、彼女の姿が消える。


 移動した先は、レイパーの背中。レイパーの足の関節部分目掛け、愛理は朧月下を振るう。


 前方からは、レーゼがレイパーの胴体目掛けて、振り下ろすように希望に描く虹で斬りかかる。


 レイパーは二人の攻撃を横っ飛びして躱すが、既に愛理はスキルでレイパーの死角に移動していた。


 レーゼと愛理はレイパーを挟みこむような位置取りで、攻撃を続けていく。レーゼは、斬撃の軌跡に美しい虹を描きながら前方から、愛理はスキルを巧みに使い後方から、それぞれ激しく攻め立てる。


 遠くからは二人の雅が桃色のエネルギー弾で援護。


 初めてレイパーに優位が取れたのだ。主導権が自分達にある内に、勝負を決めなければならない。もし、もう一度レイパーに、身軽な動きで縦横無尽に動き回られ、一方的に攻撃されるような状態に追い込まれれば――待っているのは死だ。


 レーゼと愛理、雅の攻撃を避けるばかりだった時が嘘のように、三人の動作の合間合間に反撃してくるようになったレイパー。


 最初こそレーゼと愛理の斬撃の嵐に混乱していたレイパーだが、段々と落ち着きを取り戻しているようだ。そろそろ決めなければ、主導権はレイパーに渡ってしまう。三人の死は目前まで迫っていた。


 故に、レーゼが勝負に出る。レイパーが自慢の長い腕を使い、自身に攻撃を仕掛けてくる瞬間。今までなら体を反らして躱していたが……彼女はスキル『衣服強化』を発動させて、希望に描く虹を持つ腕を振り上げ、一歩前に踏み込む。


 そして虹の軌跡と共に、伸びてきたレイパーの腕目掛けて剣を振り下ろした。


 タイミングはギリギリ。


 レーゼのアーツがレイパーの腕を斬るのが先か、レイパーの腕がレーゼの体を吹っ飛ばすのが先か。


 結果は、ほぼ同時。レイパーの腕がレーゼを吹っ飛ばすが、レーゼの希望に描く虹の刃もレイパーの腕に大きな斬り傷を付けていた。


 レイパーの腕から噴き出る緑の血液と共に、痛みに対する甲高い悲鳴が上がる。


 さらに、痛みに怯むレイパーの膝裏を、愛理の朧月下が斬り裂く。そして追撃のように雅の放った桃色のエネルギー弾が胴体に直撃し、レイパーが吹っ飛ばされる。


「今よ二人とも!」


 倒れながらも発せられた、レーゼの必死な声が轟く。


「愛理ちゃん! 『()()』行きますよ!」

「ああ! 分かった!」


 エネルギー弾で援護しつつ、愛理に近づこうと走る雅が、彼女に向かってそう叫んだ。


 愛理の横に並ぶ雅。


 雅が百花繚乱を持つ手に力を入れると、刃の中心に切れ目が入り、左右にスライドする。出来た隙間に、愛理の朧月下の柄を差し込むと、百花繚乱の刃が朧月下をがっちりと咥え込んだ。


 完成した、全長三メートル近くもある巨大な刀剣を、雅と愛理が二人で握ると、先端に取り付いた朧月下の刀身が白い光を放つ。


 斬られた足に力を込め、よろよろと起き上がっていたレイパーは、その白い輝きを見て、目を見開き、一瞬息を止める。


 切っ先を斜め右下に下ろし、孤を描くようにゆっくりと頭上へと持ち上げていくと、その光は輝きを増していき――


「はぁぁぁあっ!」

「せぁぁぁあっ!」


 二人は叫びながら、レイパー目掛けて巨大な刀剣を、唐竹割りのように勢いよく振り下ろした。


 レイパーはその一撃を躱そうとするも、力の入らない足では動くことも叶わない。負傷した腕は盾の代わりにもならず、強烈な斬撃はレイパーの頭を、体を、斬り裂いていき、そして体が真っ二つになる直前で爆発四散するのだった。

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