表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ヤバい奴が異世界からやってきました  作者: Puney Loran Seapon
第8章 新潟市中央区~弥彦
78/669

第64話『迷子』

「俄かには、信じられない話ですわね」


 これまで雅がどこへ行っていたのか、一通りの説明が終わった後の希羅々の第一声がそれだった。


 見れば、志愛と真衣華も、少し困ったような、悩むような表情で、雅とレーゼを見ている。


 三人の反応を見た雅の率直な感想としては、「でしょうね」と言ったところ。付き合いの長い優はともかく、ほぼ初対面の希羅々達にこんな話をしたところで、すんなり受け入れてくれるわけも無いことなど想定していた。


「うン。レイパーに変な技でも掛けられテ、幻覚を見せられていタ……と言われた方がまだ納得出来ル」

「てか、案外それじゃない? 幻覚がリアル過ぎて、束音ちゃん達の方がまだ騙されている……とか」

「……せめて、確たる証拠を見せられれば良いんですけどねぇ」


 苦笑いしてそう言いながら、雅は自分の右手の薬指に嵌っている指輪に目を落とす。


 異世界にいた時は、剣銃両用アーツ『百花繚乱』が、自分がその世界の人間で無いことの証明になっていた。


「こっちの世界のアーツは、基本的にはどこかのメーカーが製造した物。だからレーゼさんのアーツが、この世界のどのメーカーでも製造していないと分かれば、信じてもらえますかね?」

「……難しいですわね。国内だけならともかく、世界中のメーカーと照合して確かめるのは尋常じゃない労力が必要になりますわよ?」

「ですよねぇ……」

「……私達が向こうから持ってきたものって、後は鏡だけよね? あれが証拠にならないかしら?」


 レーゼの言葉に、雅は目を閉じて唸る。見た目は特に変哲の無い鏡だ。見せたところで、証拠になるかは怪しい。


「せめて、あっちの世界にしか無いもの……魔法とか見せられれば、証拠になりそうなんですけどねぇ」

「私が使えるのは、通話と手紙の配達の魔法だけよ。それも、相手も魔法が使えないと意味をなさないわ」

「……異世界は信じてもらえなくても仕方ないんですけど……最低でも、私達と一緒にこっちの世界に転移してきた、魔王みたいなレイパーの存在だけは信じてもらわないと困るんですよ。あいつ、信じられないくらい強くて危険だから」

「でモ、今は大人しいんだろウ?」

「うんうん。そんな奴が本当にいるなら、今頃大騒ぎになっていてもおかしくないと思うんだけど……」

「なんであいつが大きな行動を起こしていないのかは、分かりませんが……。魔法陣が出現した以上、あいつがこっちに来ているのは間違いないんです」

「……まぁ、確かにあの現象は不思議なものでしたわね」


 雅とレーゼ、それに希羅々、志愛と真衣華は、互いに発言が少し弱々しい。


 雅達は、異世界の存在を信じてもらうために証拠が必要だと分かってはいても、これ以上出せる情報が無くて苦しい。


 希羅々達も、雅達が自分達を騙そうと嘘を吐いているわけではないというのは何となく分かってはいた。だが内容が荒唐無稽で、手放しで信じることが出来ないのだ。


 互いに困り果て、沈黙が場を支配する中、


「……相模原は、この話を信じたのか?」


 それまで黙って雅達の話を聞いていた愛理が、これまたずっと黙って成行を見守っていた優に、そう聞いた。


「信じたわよ。まぁ最初は、ついに頭がおかしくなったのかと疑っちゃったけど……。でも断言する。今のみーちゃんは、百パーセント正気」

「そうか……ならば、私も信じよう」

「……篠田さん、信じるのですか?」


 希羅々が目を丸くする。志愛も真衣華も、驚いた顔で愛理を見ていた。


 そんな三人に、愛理は力強く頷く。


「この局面で、束音達が私達を騙すようなことを言う理由は無い。相模原も束音を信じている。ならば、私にとっては信じるに充分たる理由だ」

「愛理ちゃん……ありがとうございます!」

「……ありがとう」

「なに、礼には及ばんさ」


 そう言うと、愛理の視線が未だ困惑している希羅々達へと向けられる。


「……それで、君達は信じるのか? どうする?」

「……少し、考えさせて頂けませんこと? 篠田さんの話も最もですが……かと言って、あっさり信じられるほど、(わたくし)は束音さん達と付き合いは長くありませんの」

「う、うん。私も」

「私モ、だガ……」


 志愛がそこで言葉を切り、ちらりと雅達の方を見る。


「優が信じたのならバ、私もなるべク、信じる方向で考えようと思ウ」

「……っ! ありがとうございます、志愛ちゃん!」

「考えるだけヨッ! 勘違いしないでよネッ!」

「…………え?」

「……あレ? 今のは違ったカ? こんな感じでハ……?」

「空気読みなさい……」


 突然のエセツンデレを発動した志愛に、優が呆れたように小突く。



 結局、異世界の話を信じてくれたのは、愛理だけ。他の三人は保留――志愛のみ、前向きに考えるとのことだが――ということになった。



 希羅々、志愛、真衣華の三人の立体映像が消えると、愛理は椅子の背も垂れにぐっと体重を掛け、大きく息を吐く。


「それにしても……世の中には不思議なこともあるものだな。事実は小説よりも奇なりとは良く言ったものだ」

「私も、ミヤビが異世界から来たと聞いた時には似たようなことを思ったわ、シノダさん。改めて、信じてくれてありがとう」

「いえ、相模原が束音の話を信じてくれていなければ、私も信じていたかどうか……恐らく、桔梗院達と同じ反応だったと思います。それにしても、ようやく合点がいきました。異世界から来たならば、Waytubeを知らなくても無理は無かったですね。もし良ければ、今度見てみて下さい。束音に言えば見れるはずなので。ところで束音――」


 愛理は、クッキー――愛理が手土産として持ってきたものだ――を一つ口に入れた雅へと声を掛ける。


「他の者へは、どう説明するつもりだ? まさか今の話を全員にするわけにもいかんだろう?」


 愛理の言う『他の者』というのは、雅のこの世界に多く存在する友人達のことである。


 クッキーを咀嚼し、呑み込んでから雅は口を開く。


「まぁ、正直に話をしても信じてくれないですよねぇ……最悪、信用を失うかもしれません。でも話をしないわけにもいかないですし……」


 このことについては、雅も全く考えていなかったわけでは無いが……未だ、どう説明すべきか結論が出せていない。優は付き合いが長いし、愛理は物分りが良いので理解を示してくれたものの、雅の友人は全員が全員、二人のようにはいかないのは分かりきっている。


「……せめてみーちゃんが無事なことだけは、早く伝えておくべきじゃない? 多分心配しているだろうし」

「……私が戸籍をとりに行った時と同じように、記憶喪失だったことにしたらどう?」

「現状、それしかないですかねぇ……。嘘を吐くのは心苦しいですが」


 それからしばらく四人であれやこれやと話し合うも、結局他に良い案も出でこず、雅は記憶喪失だったことにすることにした。


 時間を見れば午後七時を回っている。


「すまない、こんな時間まで長居してしまって……」


 立ち上がりながら、愛理は雅へと軽く頭を下げる。


「いえいえ、全然構いませんよ。家まで送りましょうか? 難なら泊まっていきます?」

「そこまでお邪魔するわけにはいかんさ。それに着替えも何も用意していない。遠慮しておこう。相模原は今日も泊まるのか?」

「うん。明日は休み出しね」

「着替えのことなら心配なさらず。愛理ちゃんに似合いそうなパジャマなら何種類か家にありますし――」

「何であるんだ……。本当に、束音は束音だな」

「……そう言えば、何故か私にぴったりのサイズのパジャマと下着もあったわね」


 昨晩のことを思い出し、何故か今頃になって、それがおかしいことに気が付いたレーゼ。


 雅とレーゼは似たような体型に見えるが、背はレーゼの方が高く、胸回りは雅の方が大きい。雅のパジャマを着れば、多少なりともだぼつくか裾が合わないはずなのだが……ジャストフィットだったのだ。


「みーちゃんの家には、各種サイズのパジャマが揃っているのよ。あと下着も。いつ何時、来客した人を言葉巧みに誘って泊まらせるために」

「誤解ですさがみん。家に泊まりに来たのに着替えを忘れたうっかりさんのために、色んなサイズの物を取り揃えてあるだけです。……ちょっと二人とも、何ですかその目はっ?」

「あんたは、本当にあんたね」

「すまんが少し引いた」

「ちょーっ? だからそれは誤――」

「そんなことより」

「そんなことよりっ? さがみんひどいですぅっ!」

「みーちゃんの誕生会だけど、どうしよう? 来週にする?」


 優の言葉に、一同はポカンと口を開けて彼女を見つめる。


 雅本人でさえ、言われて気が付いた。三日後、六月二十五日は、自分の誕生日であることを。


「しばらくバタバタしそうだから、六月三十日あたりにやっちゃおうかと思うんだけど……予定は開けられそう?」

「え、ええ。え? さがみん、やってくれるんですか?」

「あったりまえでしょ。何驚いてんのよ。毎年やってるじゃない。難なら、こっちはみーちゃんを祝いたいがために、その日までになんとしても見つけ出そうと思っていたくらいなんだから――って、わっぷ」

「ありがとうさがみぃぃぃんっ!」


 突然抱きつく雅に押し倒される優。


 雅の下でジタバタもがく彼女を見て、愛理は思った。



 流石親友、と。



 ***



 後日。六月二十四日の日曜日、午前十時七分。


 新潟市中央区。新潟駅の万代口を出て北西に少し進んだ先に、大型のショッピングモールがある。休日の昼前故に人がごった返しており、賑わっているのは誰の目にも明らかだ。


 雅、優、レーゼはそこにショッピングに来ていた。愛理も誘ったのだが、予定があるとのことで今日はいない。本当は土曜日に……と予定していたのだが、雅が近隣住民や友人達に、自身の帰還の連絡を入れるだけで結構時間が掛かってしまったため、日曜日に出掛ける運びとなった。


 まぁ最も、目的はショッピングと言うより、レーゼに新潟の街中を案内する方が主である。そのついでに、レーゼがこちらで生活するために必要な物を買い揃えようという計画だ。


 だが。


「……迷ったわ」


 道の真ん中にて。


 レーゼは立ち尽くして、思わずそう呟く。


 雅の後ろを着いて行ったはずなのだが、何時の間にやら見失ってしまい、それに気が付いた時には後の祭りだった。


 四方八方、どこを見ても大きな建物ばかり。人通りも多く、この中から雅や優を見つけるのは容易では無さそうだとレーゼは思う。勿論、雅達への連絡手段は無い。


 何より、空中に出現しているウィンドウや立体映像から流れるCMやニュース、近隣のイベント情報等が大音量で流れており、こういうのに慣れていないレーゼはクラクラしてしまう。


 こういう時はあまり動き回らない方が良いと分かってはいても、一縷の望みに掛けてついついレーゼは辺りをうろつき始めてしまった。最も、やかましい音から逃げ出したかったという気持ちが無いと言えば嘘になる。


 腰につけたアーツをガチャつかせながら歩いていると、大きな川が見えてくる。信濃川だが、この世界に来て間も無いレーゼは、それさえも分からない。


 眼下には、緩やかな傾斜の堤防があり、きちんと整備されているのはレーゼにも感じ取れた。


 ここら辺は、今まで自分がいた場所に比べれば全然人の数は少なく、少しホッとしてしまうレーゼ。


「…………」


 頬を伝う汗を拭う。もうすぐ七月。日も照り始め、気温は二十四℃程だ。着ている服も、背中は汗でびっしょりと濡れてしまっていた。レーゼはスキルの関係で半袖を着ることを極端に嫌がったが、「せめて」と雅が説得したことで、今は七分丈のブラウンのブラウスを着ている。


 遠くで、水上をゆっくりと走る船が見えた。


 さて、どうしたらよいか……困り果てていた、その時。


「……あら?」


 遠くに、見知った顔を見かけた。


 パーマっ気のあるゆるふわ茶髪ロングの子が、車椅子に乗ったお婆さんを押しながら、何やら楽しそうに会話していたのだ。


 先日知り合った、桔梗院希羅々である。白い花柄のあしらわれた青いワンピースに、つばが大きめの黒いアウトドアハット姿だ。


 車椅子には、希羅々とお婆さんを太陽から守るように、白い日傘が取り付いている。


 レーゼが希羅々に近づいていくと、希羅々もレーゼのことに気が付いたようで、軽く会釈をしてきた。


「こんにちは、キキョウインさん」


 レーゼが希羅々に挨拶をすると、何故かお婆さんがペコリとお辞儀をし、のんびりとした声で「こんにちはぁ」と返してきた。


 出鼻を挫かれたのか、希羅々は仕切り直すように咳払いをし、改めてレーゼに微笑を向ける。


「ごきげんよう、マーガロイスさん。やすらぎ堤に、散歩でもしにきたんですの?」

「やすらぎ堤……この場所は、そう呼ばれているのね。私はちょっと迷ってしまって、偶々ここに来ただけ。キキョウインさんはどうしてここに?」

(わたくし)ですか? まぁその……福祉ボランティアと言いますか……そんなところですわ。ところで、今日はあなたお一人で?」

「いえ、ミヤビとサガミハラさんと一緒だったのだけれど……はぐれてしまったのよ。連絡もとれなくて困っていたところに、キキョウインさんを見つけたという訳。それでその……凄く申し訳ないのだけれど、二人の内、どちらかに連絡ってとれるかしら?」

「ええ、まぁそれは……ただ、少し待って頂けます? 今、散歩の帰りでして。この方を送り届けないといけませんの。この近くですし、着いてきて頂いてもよろしくて?」

「構わないわ。お邪魔してしまって悪いわね」

「お気になさらずー」


 レーゼの言葉に、お婆さんが返事をした。



 ***



 歩きはじめて十分もしない内に、目的地である老人ホームへと到着するレーゼ達。


 希羅々がお婆さんを送り届け、職員の方と何やら話を始める。レーゼは入り口の隅で、彼女の話が終わるのを待っていた。


 そして数分後。希羅々がレーゼのところに戻ってくる。


「お待たせしましたわ、マーガロイスさん。相模原さんには連絡を入れておきました。こちらに迎えに来るそうですわ」

「助かったわ。ありがとう、キキョウインさん」

「礼には及びませんわ。しかし御節介かもしれませんが、早めにULフォンを買った方がよろしいかと。こういう時、便利でしてよ」

「……前向きに検討するわ」


 レーゼは思わず苦笑いをする。仮にULフォンを手に入れても、自分がそれを使いこなしている姿が想像出来なかったのだ。


 希羅々は、「ところで」と話題を変える。


「お年寄りの方との会話、慣れていらっしゃるのですわね」

「そう見えた? 世間話をしようにも、何を話せば良いか困っていたのだけれど……」


 謙遜するレーゼ。確かに自分から話をすることは無かったが、相手から話しかけられれば、お年寄りにも聞こえるように、ゆっくりと、大きな声で返答していた。それを見て、希羅々は少し感心したのだ。


「あなた方の言う異世界とやらでは、警察みたいな仕事をされていたとか」

「警察……バスターのことかしら? そうね。その仕事の中で、住民と話をすることもあって、中にはご年配の方もいたから、それで慣れたのかもしれないわ」

「バスター……確か、レイパーの討伐も職務に含まれているんでしたわね」

「ええ。私達の世界じゃ、一部の人しかアーツを持ってないから……戦う力の無い市民をレイパーから守るために、私達が前に出なきゃならないの。その責任がバスターにはあるわ。……ところで、異世界の話は、やっぱりまだ信じられない?」

「正直、今一つ信用しきれませんわね。申し訳ないとは思っておりますが……」


 ちらりと、レーゼの腰についている剣型アーツ『希望に描く虹』が目を向ける希羅々。


 脳裏に浮かぶのは、先日、ナーガ種レイパーやトード種レイパーと戦っていた時の、レーゼの姿。


 異世界うんぬんはともかく、希羅々の目からしても、レーゼの実力は相当なものに映っていた。きっと、自分よりも強いはずだと、直感していた。


 思わず、希羅々は自分の右手の薬指に嵌っている指輪を左手でなぞる。


 戦ってみたい。自分の力がどれだけ通用するのか試したいと、純粋にそう思う。


 故に、


「マーガロイスさん。私、今日の昼頃は予定が空いておりますの。どうでしょう、マーガロイスさんさえ良ければ、少しお手合わせ願えませんこと?」


 そう聞くのだった。

評価や感想、ブックマーク等よろしくお願い致します!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ