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ヤバい奴が異世界からやってきました  作者: Puney Loran Seapon
第8章 新潟市中央区~弥彦
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第63話『戸籍』

 六月二十二日、金曜日。午後三時四十一分。束音宅に、三人の少女がいた。


「……疲れたわ」


 リビングにあるテーブルに突っ伏しながら、らしくない事を呟くレーゼ。


「戸籍を得るって、大変なのね……」


 ぼそりと、レーゼはそう続ける。


 異世界人であるレーゼ・マーガロイスは、戸籍が無い。


 戸籍とは身分の証明だ。紙切れ一枚だが、これが無いことのデメリットは多岐に渡る。レーゼにとって大きいものだと、保険証や銀行口座を作れないことか。何より就職が困難になることが問題になる。


 いつまでこちらの世界で生活するか分からないが、こちらの世界にいる間は雅の家で暮らすことになったレーゼ。住む所は何とかなったものの、お金の問題があり、何かしらの方法で稼がなければならない。ある程度なら雅の貯蓄で養えるとは言え、一緒に暮らす以上、レーゼとて生活費は納めるべきである。


 いずれ元の世界に戻ることを考えれば、定職に就くのはレーゼも気が進まないが……定期的に金銭を得る手段はどうしても必要だ。となれば、無戸籍のままというわけにはいかない。


 なので、戸籍を得る手続き――就籍をすることにした。


 就籍の手続きは、各地の法務局で行える。新潟県なら、新潟地方法務局だ。新潟市中央区西大畑町――美術館や税務署のある地域だ――にあるその法務局に、雅とレーゼと優の三人は午前中、行っていたのである。


 こちらの世界に慣れておらず、そんな中でやたら煩雑な手続きをさせられたとあって、レーゼは心身共に疲れきってしまったのだ。


「異世界――アランベルグでしたっけ? そちらの世界には戸籍とか無かったんですか? みーちゃんの時は?」


 相模原優が、氷の入ったお茶をレーゼの横に置いて尋ねる。


 今日は平日。当然学校のある日だが、雅と再会した次の日に登校する気になれなかった優は、仮病を使って休むことにしたのだ。


 レーゼは礼を言ってお茶を呷ると、深く息を吐いて椅子の背もたれに寄りかかる。


「私の世界にも戸籍はあるけど、ミヤビの戸籍はとってないわね。気にもしなかったわ」

「場合によっては向こうに永住することになる可能性があったので、本当はとらなきゃならなかったんですけどね。特に困る場面も無かったですし、私も気にしてませんでした」


 レーゼの正面に座る雅のところにも、お茶の入ったコップが置かれる。


「ありがとう、さがみん……まぁ向こうの世界は割と寛容でしたけど、こっちの世界じゃ、そういうわけにいきませんからねぇ」


 言ってから、雅はお茶に口を付ける。


 昨晩、これからの生活の話をしていた際に、戸籍が無いとまずいことに気が付けたのは僥倖だった。戸籍だのなんだの、全く関係の無い話をしていたから、三人の頭には戸籍の『こ』の字も無かったのだが……何が理由で気が付けたのか、三人もよく分かっていない。本当に、突然閃いたのだ。


 急ぎ手続きを済ませる必要があるだろうとのことで、早速次の日、激戦で疲れた体に鞭を打ち、法務局に向かうことにしたのである。


 とは言ったものの、まさか『異世界人のため、戸籍が無い』なんて言うわけにはいかず、ではどうしたかと言うと――


「記憶喪失の振りをするのも疲れたわ。疑われなかったかしら……?」

「そもそも記憶喪失の人自体珍しいですし……人の良さそうな職員さんでしたから、『まぁこんなもんなのかな?』って思ってくれたんじゃないですかね、多分」


 苦肉の策ではあったが、レーゼは身元不明の記憶喪失者ということになった。


「戸籍って、どれくらいで貰えるものなの? 私、話がさっぱり過ぎて近くでボーッと聞いていただけなんだけど……」

「……うーん、何とも言えません。今後は家庭裁判所に就籍許可申請をして、そこから向こうが何時頃許可してくれるかによりますからねぇ。そこから戸籍の届出をして、戸籍謄本がとれるまで一、二週間くらいかかるみたいですから、結構先になるのは間違いないと思います」

「みーちゃんが何を言っているのかはさっぱりだけど、時間が掛かりそうだってのは分かった。ていうか、今更なんだけど……リモートで手続きすれば良かったんじゃない?」

「今回は重要な手続きですし……まだレーゼさん、こっちの世界に慣れて無いですからね」


 今や家から一歩も出ることなく、大抵のことは何でも出来る時代だ。役場や銀行等での煩雑な手続きなんかも例外では無く、家にいながら行える。


 それでも役所の人間と直に会い、会話しながら手続きを進めた方が都合が良い場合も当然ある。さらに、この世界の技術をよく知らないレーゼに、いきなりリモートでの手続きをさせるのは流石にハードルが高いだろう。


 こういった点を考慮した結果、面倒でも、法務局に直接足を運んで手続きを行うことにしたのだ。


「そう言えばみーちゃん。その『就籍』? の手続きなんて、よく知ってたね」


 優の言葉に、雅は何も言わず、ただ曖昧な笑みを浮かべる。


 が、その反応だけで全て悟ったのだろう。優は、ジト目を雅に向けた。


「……大方、他の女の人から教わったんでしょ? 誰?」

「……大学生。新潟大学の。聞いたのは確か、去年ですねぇ。法学部の三年生だって言ってました」


 あっさりと白状する雅。女子大生目当てに大学にこっそりと忍び込み、校内を散策していた際に声を掛けられたことが切っ掛けで話をしたのだ。


「法律とか裁判の話とか色々教えてもらったんですけど、戸籍とかそこら辺の話もしてくれて……それで興味が湧いたので、後は自分で調べたんですよ。いやー、初対面なのに、懇切丁寧に教えてくれる親切な方でしたねぇ」

「ふーん。で? それだけ? 違うよね? みーちゃんのことだから、話を聞いて終わりじゃないよね。その後、何をしたのかなぁ? ほら、さっさと白状しなさい」

「や、やだなぁさがみん……話している内にちょっと遅い時間になっちゃったから、一晩泊めて頂いたといいますか……特にやましいことは何も――痛い痛い痛い! さがみんギブ! ギブです!」


 直後、優のヘッドロックが雅に極まる。


「初対面の相手の家に泊まるとか……流石ね」


 呆れたように、レーゼがそう呟く。


 コップに残った氷が、溶けてカランと音を鳴らした。



 ***



 同日、午後六時。


 雅の家のインターホンが鳴る。


 誰が来たのかすぐに分かった雅。返事をしながら玄関の扉を開けると、そこには予想通り、長身で三つ編みの女子高生の姿があった。新潟県立大和撫子専門学校付属高校の制服を着用し、手には鞄の他に、白い紙袋もある。見た瞬間、その紙袋が新潟駅の近くにある、おいしいお菓子屋さんの物だと分かった雅。


「すまない。少し遅くなった」


 やって来たのは、篠田しのだ愛理あいり。雅の中学時代からの友人であり、昨日、雅と一緒にベルセルク種レイパーと戦った人物だ。彼女の口から発せられるアルトボイスは、聞いた者の口角が思わず上がってしまう程にゾクリとしてしまう。


 どうして彼女が来たのかと言うと、今まで自分がどこで何をしていたのか話をするために、雅が呼んだためである。


「いえいえ。ほぼほぼ時間通りじゃないですか。ささっ、上がって上がって」

「お邪魔します」


 家に上がった愛理は、雅に着いて行くようにリビングへと向かう。


 そして、リビングのソファの上に寝転がり、くつろいでいた優を見ると、苦笑いを浮かべた。


「感心せんな、相模原。今日は学校だったろう」

「いやー、熱が百℃くらい出ちゃってさー。だるいのなんの、もう大変」

「ちなみに普通に元気でしたよ」

「まぁ、今回は仕方ないな。告げ口は勘弁しておいてやろう」

「ボケたんだから誰か突っ込んでよ」


 上体を起こし、少し頬を膨らませる優。


 そんな三人のやりとりを、レーゼはテーブルの椅子から静かに眺めていた。


「あぁ、失礼。えっと……マーガロイスさん、でしたっけ?」

「え、ええ。レーゼ・マーガロイスよ。あなたは……ごめんなさい、名前、なんだったかしら?」

「篠田愛理です。ヤマ専付属高校の一年で、しのっちと言う名前でWaytuberをやっています。どうぞ、よろしく」


 ヤマ専付属高校というのは、新潟県立大和撫子専門学校付属高校の略称だ。


 名前のところ以外は、何を言っているのかさっぱり意味が分からないレーゼ。


「うぇ、うぇいちゅー?」


 目をパチクリさせて聞き返すレーゼに、愛理は困惑する。


 動画投稿サイトWaytube。愛理はそこに動画を投稿し、発生した収益で生活しているWaytuberだ。Waytuberと言うだけで何をやっているか分かる位には、世間一般に認知されている職業のため、まさか愛理もレーゼが自分の話を理解出来ていないなんて思っていない。故にこういう反応は初めてのことだった。


「あー、愛理ちゃん。レーゼさん、Waytube知らないんですよ」

「あぁ成程……成程?」


 一瞬納得しかけたが、すぐに「そんなことがあるのだろうか」と考え込む愛理。広告媒体としてトップクラスの知名度を誇るプラットフォームを知らないというのは、流石に世間知らずにも程がある。愛理にはにわかには信じられない話だった。


 勿論、もっと信じられないような話がこの後されるとは思ってもいない。


 雅はコホンと咳払いをする。


「まぁ、ちょっと事情があって……今から説明しますね」

「あ、待ってくれ。桔梗院や(クォン)、橘も話を聞きたいみたいなんだ。束音さえ良ければ呼びたいのだが……」

「昨日の三人ですか? ええ、いいですよ。でも、どうして?」

「……昨日現れた魔法陣と、そこから現れたレイパー。あいつらに関して、どうも君とマーガロイスさんが何か知っているような様子だったからな。聞かせてもらいたいらしい。それと……」

「それと?」

「相模原が君を見つけるために頑張っていたことは、彼女達も知っている。束音、知っているか? 相模原、もの凄く頑張っていたんだ。君を探すために、レイパーと自分から戦いに行く程に、な。相模原にそこまでさせる人物に、彼女達も興味があるのだと思う。まぁ何にせよ、呼んでも良いというのならありがたい。少し待っていてくれ」


 愛理は礼を言い、指を空中にスライドさせてウィンドウを出現させ希羅々達にメッセージを送る。


 すると、レーゼがこっそり雅に耳打ちしてきた。


「……信じてもらえるかしら?」

「愛理ちゃんは信じてくれるはず。他の三人は分かりませんけど……まぁ、なるようになるでしょう」

「束音、今から来るそうだ。部屋はここでいいか?」

「オーケーです。コードは分かりますよね? 申請許可するので、アクセスしちゃって下さい」

「コード? アクセス?」


 雅と愛理の会話から出てきた単語に、レーゼは首を傾げる。


 その時だ。


 突如リビングに、椅子やソファに座った三人の少女が出現し、レーゼは悲鳴を上げて飛び上がる。


 上品な出で立ちの、パーマっ気のあるゆるふわ茶髪ロングの子。


 つり目が特徴的な、ツーサイドアップの子。


 ちょっとなよっとした、エアリーボブの子。


 それぞれ桔梗ききょういん希羅々(きらら)(クォン)志愛(シア)たちばな……先日、雅とレーゼが助けた子達である。


 現れた希羅々達は、ただの立体映像だ。ULフォンの通話機能の一つであり、主に会議などに使用される。家の床下に立体映像を呼び出す装置があり、家の中でなら、遠く離れた相手でも、まるで近くにいるかのように話をすることが可能だ。


 なお、別売りの小型専用装置を使えば、屋外でも立体映像を呼び出せる。


「な、な、な……何っ?」

「ず、随分と驚くのだな……」


 レーゼが驚いたことに驚く愛理。これも今の世の中ではさして珍しい技術では無い。


「ム? 優カ。今日は学校を休んでいたみたいだガ、元気そうだナ」

「やっほー志愛。気が乗らなかったからサボっちゃった」

「うわー、すがすがしい」


 優の返答に、真衣華は苦笑いを浮かべる。


 その隣で、希羅々が面白く無さそうに鼻を鳴らすが、すぐに雅の方に笑顔を向けて軽く会釈した。


「束音さん……で合ってますわよね? 突然の連絡、申し訳ありませんわ。対応頂き、感謝申し上げます」

「いえいえ。さがみんと愛理ちゃんがいつもお世話になってます。束音雅です。お体の方は大丈夫ですか? 怪我とかしてませんか? 希羅々ちゃん」

「希羅々ちゃん言う……ん、コホン。すみませんが、名前で呼ばれることには慣れておりませんの。少々コンプレックスでして……苗字で呼んで頂けますとありがたいのですが……」

「え、でも、とってもステキな名前じゃないですか。変だなーなんて思うこと、無いですよ」


 笑顔でそう返す雅に、顔を強張らせる希羅々。


 二人のやりとりを聞いていた優は、笑いを堪えるので必死だ。


「よろしくお願いしますね、希羅々ちゃん!」

「ま、またしても名前で……やはりあの庶民の親友というだけありますわね……」

「あれ? どうしました希羅々ちゃん?」

「ええい、希羅々ちゃん言うな! ですわ! あとそこの庶民! 来週学校で会ったら覚悟なさいまし……!」

「なぁあに怒ってんのぉおっ、希羅々ちゃぁぁぁん? それでも名家のお嬢様ですかぁ? 器ちっさくない?」


 優が面白がっていたことにも、希羅々はちゃんと気が付いていた模様。


 煽る優に、顔を真っ赤にして眉を吊り上げる希羅々。


 そんな二人を見て、雅は、


「あの二人、もしかして仲良しさんですか?」


 と、愛理に耳打ち。


 愛理は軽く笑うと、一言。


「束音、君はやっぱり凄いな」


 そう言うのだった。



 ***



「レーゼさん、だっけ? 昨日は助けてくれてありがとね」

「うン。感謝しまス」

「ああ、どういたしまして。えっと……」

「あ、私真衣華。橘真衣華ね。あそこで馬鹿騒ぎしている希羅々の親友」

「権志愛。韓国から来ましタ」

「ご、ごめんなさいね……名前、覚えきれて無くて……」


 昨日ちょっと会って、軽く自己紹介しただけの間柄。しかも初対面の人が五人もいたときている。レーゼがちゃんと覚えられていないのも仕方が無い。


「ああ、いいのいいの。それよりさ、レーゼさんってどこの国の人? 日本語とっても上手だよね?」

「あア。驚いタ」


 志愛は、日本に住んで四年。かなり日本語も上手くなってきたが、それでも少しカタコト感が抜けない彼女からすれば、レーゼの流暢な日本語は尊敬に値する。


 まぁ最も、レーゼのいる異世界は、日本語と英語が母国語のようなものなので、褒められてもレーゼは困惑するしかない。


 出身地に関する真衣華の質問に、どう返答をすればいいのかも悩むところだ。


 うーん、と考え込んだレーゼに、真衣華と志愛は首を傾げ、互いに目を合わせる。


 そんな三人の様子が雅の目にも映り、コホンと大きく咳払いをして皆の注目を自分へと向けさせた。


「さて……皆さん集まったことですし、話をしましょう」

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