第7章幕間
異世界。
雅とレーゼが、鏡の発光に巻き込まれ、雅の元の世界へ転移してから十分後のこと。
シェスタリアの地上では。
魔王種レイパーが消え去った後も、地上に召喚された多数のゴブリン種レイパーは暴れていた。
重・軽傷者は三百六人。死者は百十二人。
地上で戦っているノルンやバスター達は必死に応戦するも、敵が多過ぎてキリが無い。数は確実に減っているのだろうが、終わりが見えないのだ。
地上より五五〇メートルのところにあった天空島は、今や百メートルちょっとのところにまで近づいてきている。
徐々に落ちてくる天空島を心配しながら戦っていた彼女達だが、今は天空島の下降も止まり、心配事が一つ減った、というところ。
それでも最大の問題であるゴブリン種レイパーは残っている。彼女達の体は限界に近い。目の前の敵と戦っているかと思いきや、突然背後から別のレイパーが襲ってくることもあり、四方八方に気を配る必要がある。しかしそうなれば、神経を大きく磨り減らしてしまうだろう。必然、動きも段々と鈍り、敵の攻撃を捌ききれなくなってしまう。
白衣のようなローブを纏う、緑のロングヘアーの少女、ノルン・アプリカッツァも、現在大量のレイパー相手に苦戦を強いられていた。近くで戦っていたバスターは、いつの間にかはぐれてしまっている。敵に誘導され、分断させられてしまっていたのだ。
先端に赤い宝石のついた、黒い杖型アーツ『無限の明日』を振り、風魔法を放つノルン。
ノルンを中心に、辺り一帯に突風が巻き起こり、近づこうとしていた七体のゴブリン種レイパーを纏めて吹っ飛ばす。
しかし、吹っ飛ばされたレイパーはすぐに体勢を立て直し、再び襲いかかってくる。
本来なら多少なりともダメージを与えられる魔法なのだが、今は敵を近づけさせないためのシールド程度の役割しか果たしていない。明らかに、彼女の魔法の威力が落ちていた。
原因は、彼女のスキル『未来視』の使い過ぎだ。このスキルは、数秒先に迫る危険を教えてくれるスキルなのだが、体力を少し消耗してしまう代償がある。
当然ノルンはこのことを知っており、戦闘中はなるべくスキルを使わないよう立ち回っていたのだが……敵の数が多く、戦いが長引けば、当然使用回数も増える。
魔法の使用には集中力が必要だ。疲労が溜まった体では集中力も落ち、魔法は本来の力を発揮することは出来ない。熟練の魔法使いというのは集中力がかなり鍛えられており、疲れた状態で放った魔法も、快調時と同じ力を発揮するのだが……まだ戦闘経験の浅いノルンは、その域には達していない。
最も、ここまで戦えているだけノルンは非常に優秀なのだが。
ノルンは気力を振り絞り、鉄製の棍棒を手に近づいてくるレイパーに、一発一発丁寧に魔法を放っていく。
レイパーの腕の振り方や踏み込み方から動きを予測し、未来視の使用を最低限に抑えて攻撃を躱す。
腕や太股、背中を掠る棍棒に青ざめつつも、ノルンの放った小さな風の球体がレイパーの腹部を捕らえ、吹っ飛ばした。
そして隙を見て、鎌居達を放ち、レイパーの四股を切り裂き爆発四散させる。
顔を歪めながらも必死に喰らいつき、ゴブリン種レイパーの数を四体にまで減らしたが――そこに援軍のように現れる、六体のゴブリン種レイパー。
追加のレイパーの手に持っている棍棒には、鮮血がべっとりとついている。恐らく、どこかで人を殺したばかりなのだろう。新たな獲物として、ノルンをターゲットにしたわけだ。
顔が絶望に染まりかけるのを、必死で堪えるノルン。
足はふらつき、肩で息をし、杖を支えに立つのがやっとといった様子。
それでも諦めようとしないのは、天空島で、師匠であるミカエルや、友が頑張っているからこそ。
自分一人だけが、こんなところで倒れるわけにはいかない。
ノルンの瞳の奥に、炎が宿る。
それでも体が言うことを聞くかどうかは別の話だ。
杖を振ろうとしたノルンの体がグラリと揺れ、膝をついてしまう。
「――っ、た、て……」
立てない。振り絞る力が無いのだ。
そんな彼女に、レイパーはニヤニヤしながら、ゆっくりと近づいてくる。後は好きなように甚振るだけ……そう思っているのだろう。
ノルンの顔が凍りついた、その時だ。
突如、上空から多数の火球と、白い羽根が降り注ぐ。
火球と羽根は、ノルンの周りにいた十体のレイパーへと命中し、爆発四散させる。
「ノルンっ!」
「無事かっ?」
声がした方に顔を向け……不思議とノルンの体に、再び力が漲ってきた。
「師匠! ファム!」
ノルンの窮地を救ったのは、ミカエルとファム。ミカエルはファムに抱えられ、天空島から降りてきたのだ。
彼女達の後ろには、山吹色の竜もいる。竜の背中には二人の女性の姿が。どちらもノルンが知っている顔だ。
「確か、セリスティアさん、と……ライナさんっ? 彼女が何でっ?」
ライナがサウスタリアに向かっていたとは聞いていたが、まさかシェスタリアに……それも天空島にいるとは思いもしなかったノルン。
そして、本来ならいるはずの人物がいないことにも気がつく。
「ミヤビさんと、もう一人……えっと……レーゼさんは?」
「ノルン、詳しい話は後よ! まずは地上のレイパーを片付けるわ!」
「ノルンは下がっていて!」
ミカエル達の登場に気がついたのか、あちこちから大量のゴブリン種レイパーがやってくる。
ミカエルを地上に降ろすと、ファムは再び舞い上がり、あちこちへと羽型アーツ『シェル・リヴァーティス』の羽根を飛ばす。
同時にミカエルが、手に持った白い杖型アーツ『限界無き夢』を振ると、空中に七本の炎の針が出現する。
ファムの放った羽根が突き刺ささり、動きが鈍ったレイパーへと的確に飛んでいくミカエルの魔法。
串刺しにされたレイパーは、あっという間に爆発四散する。
「数、多いわね……っ!」
「儂に任せよ!」
残ったゴブリン種レイパーが密集しているところへは、シャロンの雷のブレスが着弾。
躱しきれなかったレイパーは消し飛び、辛うじて直撃を免れたレイパーは空中へと放り出される。
「今じゃ、二人とも!」
「分かってるっての!」
「はいっ!」
レイパーが混乱している隙に、セリスティアとライナが地上に降りる。
着地と同時に、二人に襲いかかるゴブリン種レイパー。
しかし、彼女達の装備するアーツが光る。
セリスティアの爪型アーツ『アングリウス』と、ライナの鎌型アーツ『ヴァイオラス・デスサイズ』で、二人は次々にゴブリン種レイパーを屠っていった。
いつの間にか、地上には大量のライナがレイパーと交戦している。ライナのスキル『影絵』によって創り出された分身達だ。
襲い来る敵を、ライナが斬り裂き、シャロンが尻尾で薙ぎ払い、ファムの放った羽根が弱らせ、セリスティアが貫き、そしてミカエルが纏めて焼き尽くす。
僅かな数分の間に、大量にいたレイパーの数は激減。生き残ったレイパーは逃げ出すも、そこに駆けつけたバスター達によって一体残らず爆発四散させていく。
自分が苦戦していた敵を、あっという間に片付けていく彼女達を見て、ノルンは思う。
この人達、凄い――と。
***
ミカエル達が地上に降りて来てから一時間後。
辺りを捜索したものの、ゴブリン種レイパーの姿は確認されなかったことで、ようやく戦いが終わる。
人や建物への被害は尋常では無く、復興には時間が掛かりそうではあるが……それでも皆が一様に、安堵の息を吐いたのだった。
「ノルンっ、怪我は無いっ?」
「あ、はいししょ――わっぷ!」
ようやく落ち着いたところで、泣きそうな顔でミカエルがノルンを抱きしめる。
「心配したわよもう! 全身ボロボロじゃない! 早く治療を――」
「先生、それじゃミカエルが息出来ないって」
何がとは言わないが、大きな二つの柔らかいものに埋もれ、力無くジタバタするノルンを見て、ファムが呆れたようにそう言う。
「あわわわわ! ごめんなさい!」
「い、いえ……大丈夫です。それより、後の二人は……?」
「ミヤビさんとレーゼさんのことね。それが――」
未だ姿を見せない二人に対し、一瞬ノルンの頭に最悪の想像が過ぎったが、ミカエルの顔を見て違うと悟る。
「分からないの。突然、姿を消してしまったのよ」
「…………え? どういうことですか?」
目をパチクリするノルンに、ミカエルも困った表情を浮かべる。
無理も無い。ミカエル自身、どう説明すればよいか分からないのだ。
「順を追って説明したいのだけど……ちょっと長くなるわ。先に、治療を受けに行きましょう。歩ける?」
「は、はぁ……」
「あ、私も行く。あっちに治療できる場所が出来たっぽいよ」
ボロボロのノルンが心配なのはファムも同じ。そして、平気な風を装っているが、ミカエルの体も限界に近いことをファムは見抜いていた。
このまま二人で向かわせても、どこかで力尽きては笑い話にもならない。
ファムはノルンを抱えると、ミカエルと一緒に去って行く。
「……俺ぁ、バスターの手伝いにでも行くか。人手が必要だろ」
「いやお主も治療を受けんか、ボロボロじゃろ。システィアと一緒に行ってくるが良い。バスターの手伝いは儂が――って、どうした、システィア?」
竜から人間態へと姿を変えたシャロンが、まだ働こうとするセリスティアに感嘆したような声を上げた後、ライナの様子がおかしいことに気がつく。
戦いが終わってから、ライナはずっと天空島の方へと視線を向けていた。
「……あ、ごめんなさい」
「……もしかして、寄生してきたレイパーに何かされたか?」
「いえ、違うんです。ただ……あの、シャロンさん。もう一度、私をあそこまで連れて行ってくれませんか?」
「天空島へか? 構わんが……。あぁ、そうか、そうじゃな」
ライナのお願いの意図を察したシャロンの体が光り、再び山吹色の竜へと姿を変える。
そんな彼女を見て、ライナは深く頭を下げた。
「ありがとうございます」
「構わん。……父上、放ってはおけんしの」
パラサイト種レイパーに寄生された結果、ライナの父、ジョゼス・システィアは全身をバラバラにされ、殺されてしまった。
大半の肉片は、ラージ級魔獣種レイパーが暴れた際に無くなってしまったものの、まだ一部は残っているかもしれない。
ライナとしては、なるべく多くの父の体を集め、きちんと埋葬してやりたかったのだ。
「あー……俺も行くよ。二人じゃ大変だろう?」
遅れて、セリスティアもようやく気がつき、ややバツの悪そうな顔で頭を掻く。
「セリスティアさん……ありがとうございます」
「いいっての」
「よし、では行くかの」
シャロンが翼を広げると、勢い良く飛翔する。
そして、天空島へ向かい始めてから少しして、
「……天空島へ戻ったら、ミヤビさんと……レーゼさん、戻っているでしょうか?」
なんてことを呟いた。
聞こえていたセリスティアは、少し悩み、
「……だと良いんだけどな。まぁ、簡単に死ぬような奴らじゃねぇだろ」
としか言うことが出来ない。
ライナは、ぎゅっと手を握り締める。
「きっと、生きています」
雅と交わした約束がある。
勘ではあるが、彼女はきっと、約束を破るような真似はしないと、ライナは確信をしていた。
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