第60話『狂熊』
午後五時五十三分。志愛と真衣華が戦っていた場所の北東にある、東北電力寄居浜変電所の裏。
砂利が敷き詰められた広いスペースがあり、そこで優と愛理は黒猫顔のレイパーと交戦していた。
愛理が持つ刀型アーツ『朧月下』が振るわれるが、レイパーはその斬撃を柔らかな動きでスルリと躱してしまう。
しかし、反撃のために掌底を放とうとするも、愛理の姿が消える。
いつの間にか彼女は、レイパーの背後をとっていた。
愛理は自身のスキル『空切之舞』により、攻撃を躱されてしまった際に敵の死角へと瞬間移動することが出来るのだ。
レイパーが戸惑っている隙に二撃目を放つも、殺気に気がついたレイパーは斬撃が直撃する前に愛理の腹部へと肘打ちを入れる。
愛理が体をくの字に曲げたところに強烈な回し蹴りを入れようとするが――それは横から矢型のエネルギー弾が飛んできて、それを避けるためにバックステップをしたことで中断された。
優の持つ弓型アーツ『霞』の攻撃である。
優は舌打ちをすると、弓の弦を力一杯引き絞る。
「相模原! 焦るな!」
「当たれこのぉっ!」
愛理の忠告虚しく、優は鬼のような形相で矢型エネルギー弾を連射するも、レイパーはいとも容易く攻撃の合間をすり抜けるようにして躱しながら優へと猛スピードで近づいていく。
放たれたエネルギー弾の姿は揺らめき、よく見ないと認識し辛いのだが、このレイパーは勘が鋭いのかここまで攻撃が全て避けられているのだ。それ故の優の焦りである。
「くっ……!」
愛理が顔を歪めながらも、レイパーの横からアーツで斬りかかるが、レイパーは体を捩って斬撃を躱し、愛理がスキルを使う前に腹部へと掌底を放って吹っ飛ばす。
「愛理っ!」
「だ、大丈夫、だ――さ、相模原!」
「――っ? きゃっ!」
愛理を心配する合間に、レイパーにすぐ側まで接近されてしまった優。
繰り出される蹴りをアーツを盾にして防ぐも、衝撃は殺しきれず後方に転がされてしまう。
そして彼女に止めを刺そうと、黒猫顔のレイパーが近づいてきた時だ。
上から、優達の近くに『何か』が飛び降りてきた。
誰だ――と優と愛理はそちらを向き……顔を青くする。
そこにいたのは、全長二メートル程の、赤い眼をした茶色い熊のような生き物。指から伸びるのは、長さ七十センチもある銀色の爪。
雅達が追っていたベルセルク種レイパーだった。
新たな敵の登場に、戦慄を浮かべる二人の少女。
黒猫顔のレイパーはベルセルク種レイパーをちらりと見ると、怯えたように体を震わせ……そして脱兎の如く逃げ出した。
しかし優と愛理に、黒猫顔のレイパーを追う余裕は無い。
既に二人の目は、新たに出現したレイパーへと釘付けになっていた。
「ロタラヤトザカ……カルラッニマトレタモ」
レイパーは辺りを見回してそう呟くと、アーツを構えながらもジリジリと後退していく優と愛理へと視線を向ける。
「トオゴ、ラレヌムコジセコヌグヘユホヒニカオラルモ」
ニィっと笑うレイパーに、二人のこめかみから冷や汗が流れ落ちる。
先手必勝と言わんばかりに弓の弦を引く優。
しかし――
「――なっ?」
矢型のエネルギー弾が出ない。元々様子がおかしかった霞だが、先程の黒猫顔のレイパーの蹴りをアーツで防いだことでついに調子を悪くしてしまったらしい。
それでも弦を引き絞ることでエネルギー弾は生成される。しかしその時には既にベルセルク種レイパーは動き出していた。
慌てて弦を離す優だが、放たれたエネルギー弾はいつものように姿を霞ませること無く飛んでいく。
レイパーはそのエネルギー弾を爪で弾き飛ばし、一気に近づいてくる。
「相模原! 下がっていろ!」
叫びながら、愛理が優の前に出て、繰り出される爪の一撃に合わせて斬撃を叩きつける。
ぶつかり合う爪と刃。
しかしレイパーのパワーには叶わない。
後方によろめかされた愛理。そんな彼女に向けて追撃するように腕を伸ばすレイパー。
体勢を崩された中でも愛理はアーツを振るい、攻撃を弾く。
だがレイパーの攻撃は終わらない。乱暴に叩き付けてくる爪の乱打を、愛理は必死で受け流していく。攻撃する暇など無い。防戦一方を強要されているものの、間もなく守りが崩されるのは誰の目にも明らかな状況。
優も横からエネルギー弾を放ち援護を試みるが、弦をかなり引き絞らないとエネルギー弾が生成されないため、攻撃のペースは遅い。
そして放った攻撃も威力が足りてないのか、愛理への攻撃ついでにレイパーが爪で弾き飛ばしてしまう。
「ぐっ!」
「愛理っ!」
ついに愛理が吹っ飛ばされ、仰向けに地面に倒される。
だが――
「――ッ!」
愛理の体を貫こうとレイパーが腕を振り上げたところで、愛理が倒れた状態の中、片手で朧月下を振る。
思わぬ反撃に、レイパーは体を反らした。
僅かにレイパーの体に届かない、アーツの切先。
しかしその瞬間、愛理の『空切之舞』が発動。
レイパーが改めて腕を振り下ろした瞬間に彼女の姿は消え、背後に出現する。
既に刀は上段へと構えた状態。レイパーが自分の居場所に気がつく前に、愛理はアーツを振り下ろす。
それでも気配でレイパーは気がついたのだろう。後ろを向いたまま腕を動かし、爪で愛理の攻撃を防いでしまった。
響く金属音。
そして直後――レイパーの横腹に、優の放った矢型エネルギー弾が大きな音を立てて直撃する。
優が自分のスキル『死角強打』を使用し、相手が視認していない攻撃の威力を上げたことにより、攻撃が当たった部分に大きな痣が出来る。
にも関わらず、レイパーが怯む様子は無い。
寧ろ、ようやくまともなダメージを受けて興奮したかのように耳障りな高笑いを上げ、愛理を蹴り飛ばす。
そして優へと向かって地面を蹴る。
優が弦を引き絞るが、先の一撃でレイパーには余り効果が無いのは分かりきっていた。
愛理が優を助けようとするが、蹴り飛ばされた腹に激痛が走り、上手く立ち上がれない。
放たれる矢型のエネルギー弾はレイパーの体に直撃するも、全く意に返すことなく近づく速度を緩めないレイパー。
優は自分の死を幻視し――未だ見つからない親友へと心の中で侘びを入れる。
ごめん、みーちゃん。と。
レイパーが腕を振り上げるのと、優が目を閉じるのは同時。
だが、いつになっても覚悟している痛みは襲って来ない。
恐る恐る目を開けると、優は息を呑む。
そこにはレイパーはいない。レイパーは先程までいた場所から少し離れたところで倒れていた。状況からして、優へと攻撃する直前にタックルでも受けた様子である。
威嚇するように、低く唸るレイパー。
「……君は……」
愛理の呟く声。何を言えばよいか分からないが、声を発せずにはいられなかった。
優と愛理、レイパーの見つめる先にいたのは、一人の少女。
桃色のボブカットに、黒い制服とブレザー。ムスカリ型のヘアピンは優には見覚えが無いが、彼女は間違いなく――
「みーちゃんっ?」
優がずっと探していた親友、束音雅だった。
雅は優と愛理を交互に見て、バツの悪い笑みを浮かべ、口を開く。
「心配かけちゃってごめんなさい……さがみん、愛理ちゃん」
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