第59話『圧倒』
志愛と真衣華のところへと向かうレーゼと希羅々。
「それにしても……随分良いアーツをお持ちですのね? どこ製のアーツでして?」
希羅々は走りながら、レーゼの持つアーツへと目を向けて聞く。アーツ製造販売の大手メーカーの社長の娘として、見た事の無いアーツを見れば、当然の疑問だ。
しかしレーゼは、目を瞬かせる。彼女の世界では、アーツを『製造する』という概念が無い。アーツとは自然が創り出す武具であり、御伽噺に出てくるお宝のように『発見する』ものだからだ。現在も研究者の手により次々にアーツは見つかっており、一度国に納められ、そこから全国各地のバスターや学校の教職員等へと配布される。
レーゼの持つ剣型アーツ『希望に描く虹』は、レーゼの父があらゆる伝手を使って取り寄せた物。父の話に拠れば、このアーツは盗まれたり使いこなせず売り払ってしまったりと様々な理由で多くの女性の手に渡っては離れるを繰り返し、最終的にレーゼの元に辿り着いたということだ。その過程で、最初はどこで見つかったアーツなのかという情報は失われてしまった。
だから希羅々に「どこ製のアーツか?」と聞かれても、レーゼには答えようが無い。困ってしまうのも無理からぬことである。
一応、雅から、こちらの世界のアーツは人の手によって創り出されているという話は聞いていたので、希羅々の発言に驚きは無いのだが……まさか、自分がそんなことを聞かれることになるとは思ってもみなかった。
しかし、まさかレーゼが異世界の人間だなんてこれっぽっちも想像していない――髪が青いのも、染めているからなのだろうと思っている――上、異世界のアーツの常識なんて知らない希羅々は、質問に答えられない彼女に呆れた目を向ける。アーツのメンテナンス等、様々なことで製造メーカーにはお世話になるはずで、それを『知らない』というのは、自分の身を守るアーツに対して余りにも無頓着が過ぎると思うからだ。
この世界の人間からしてみれば普通の考えである。希羅々を責めることなど、誰も出来ない。
何となく気まずい空気が流れる二人。
心の中で雅に助けを求めていたレーゼだが、激しい戦闘音が聞こえてきたことでその願いは叶うことになった。
遠くで戦う、二人の少女と蛙のような化け物がレーゼ達の目に飛び込んでくる。権志愛と橘真衣華、トード種レイパーだ。
「真衣華……っ!」
「あなたはここにいなさい!」
「なっ?」
ピンチの友人を目撃し、走る速度を少し上げた希羅々だが、レーゼに後ろから追い越されてしまい驚愕する。
決して希羅々の身体能力は低くないのだが、レーゼほど実戦経験が豊富なわけでは無い。烏顔のレイパーとナーガ種レイパーとの連戦は、希羅々が思う以上に彼女の体を消耗させていた。
どんどんと距離が離れていくレーゼの背中。
希羅々は歯噛みをしながら、それを追うことしか出来なかった。
***
遡ること五分。
志愛と真衣華は、突如現れたトード種レイパーに防戦を強いられていた。
レイパーが大きく口を開くと、赤い舌が勢い良く伸びてくる。十メートル近く離れていても、その舌は届く程だ。
「しマ――」
伸びてきた舌が、志愛の持つ棍型アーツ『跳烙印・躍櫛』に触れると、アーツは舌にくっ付きレイパーの口の中へと吸い込まれていく。
レイパーが口を閉じ、何かが砕けるような鈍い音が響き、二人の顔が青ざめる。
舌はとりもちのように粘着性があり、今のように触れるだけで捕らえられてしまうのだ。
再び口を開き、勢い良く舌を伸ばしてくるレイパー。
しかし距離が離れていれば、避けられない速度ではない。
志愛と真衣華は何とか攻撃を躱しつつ、反撃の策を講じる。
舌が粘ついているのであれば、真衣華の斧型アーツ『フォートラクス・ヴァーミリア』で切断するのも難しい。
とにかく舌による攻撃を封じなければ、と考えた志愛は、冷静に攻撃の合間を見つけては少しずつレイパーとの距離を縮める。
「志愛ちゃんっ?」
余りにも無謀に思えるその光景に、真衣華は警告するような声を飛ばすが……志愛の足は止まらなかった。
ちらりと、砂浜に落ちている流木が目に映る。
舌が伸び、戻り、伸び、戻り……腰を落としてタイミングを見計らい、レイパーの口へと舌が戻ったところで、一気に流木の方へと前転して近づき、流木を拾う志愛。
右手の薬指に嵌った指輪が輝き、流木が『跳烙印・躍櫛』へと変化するのと、志愛に向かって舌が伸びるのは同時。
志愛は棍を振るい、伸びてきた舌にアーツを絡ませる。
力比べになる志愛とレイパー。だがレイパーの舌を引き戻す力の方が強く、引き摺られるように志愛の体がレイパーへと近づいて行く。
しかし――
「真衣華ッ! 今ダッ!」
舌がアーツにくっ付いたことで、僅かだが舌の攻撃は止む。
その隙にレイパーへと近づいていた真衣華は、二挺の斧を振り上げ、『筋力強化』のスキルと共に思いっきり振り下ろす。
斬り裂かれる、レイパーの左眼。
悲鳴のような金切り声と共に、レイパーの眼から緑色の液体が噴出す。
このまま倒す――そう思った二人だが、そうはいかない。
のた打ち回るように暴れるレイパー。ついに志愛の手からアーツを奪い、激しく体を捩らせながらもアーツを絡みつけた舌を何度も地面に叩き付ける。
鈍い音と共に、大量に舞い上がる砂。
堪らず、二人はレイパーから距離を取って逃げ回る。
大きな流木へと舌が叩き付けられ、砕け散るのを見て、戦慄を浮かべる志愛と真衣華。
いつの間にか舌は粘着力を失い、金属のように硬くなっている。レイパーの能力だった。
足を取られる砂浜で戦えば、体力の消耗も大きい。二人の体も限界に近かった。
どうすればいい……そう思った、その時だ。
「はぁぁぁあっ!」
透き通るような声と共に、空中に虹が架かる。
青いロングの髪の女性が孤を描くように跳びながら、レイパーの横から剣型アーツで斬りつけた。
レーゼだ。
その後ろからは、希羅々が走ってくるのが志愛と真衣華にも見える。
突如現れた助っ人は声を張り上げながら、激しく動き回るレイパーに確実に斬撃を当てていく。
「だ……誰っ?」
今更な真衣華の疑問。どこか現実感の無い目で、レーゼが戦うのを見ていたのだが、ようやく思考が追いついたと認識したのだ。
「真衣華! 権さん!」
そこでようやく、希羅々が追いつく。
「き、希羅々! あの人はっ?」
「味方でしてよ! 二人とも、怪我はありませんこと?」
「一応、無事ダ!」
そんな話をしている内に、レーゼはレイパーを追い詰めていた。
スキルは使っていないが、レーゼの体は無傷。斬撃を繰り出す度に出来る虹の美しさには思わず目を奪われてしまう。圧倒的とも思えてしまうその戦いっぷりに、志愛と真衣華は舌を巻くしかない。
無論、レイパーが万全ならレーゼも苦戦していたのだろうが、志愛と真衣華がレイパーの左目の視界を奪っていたが故の今の状況。
レイパーの背中や腹部、脚部に次々と斬り傷が出来、そこから緑色の液体が流れ出る。
傷が増えていくのに比例してレイパーの動きも鈍っていく。
最終的に、レーゼの希望に描く虹がトード種レイパーの喉を貫いたことで、レイパーは痙攣し、抵抗するようにもがいた後に爆発四散するのだった。
評価や感想、ブックマークお待ちしております!




