第513話『文字』
「……参ったな」
侍従のケリーヌ同行の元、シンディ捜索を再開した愛理とスピネリアだが、それから約三十分後。
ここはまたしても学校のトイレの中で、愛理が髪を手でワシャワシャとさせて、そう唸る。
その様子からも分かる通り、捜索の進展は無し。シンディの姿は、影すら見つからない。
「探し方を変えましょう。シンディは、直前までテイラー先生から何か頼まれ事をしていたのは間違いない。だから、何を頼まれたのか、そこから辿ってみない?」
「テイラー先生……シャルロッテさんと同じ頃にいなくなったという、教師のことですね?」
スピネリアの言葉に、ケリーヌがそう確認する。今分かっていることの仔細は、概ね二人から聞かされていた。
「そうよ。テイラー先生は魔法薬学の先生だけど、担当は他の学年よ。普段私達に授業をする機会は無い。どうしてシャルロッテに声を掛けたのかしら?」
「……突発的なことで、偶然シャルロッテが近くにいたから頼んだ、というところでしょう。となると、例えば荷物の運搬か? 魔法薬学なら、実験に使う道具がかさばるはずですから」
「なら、普段テイラー先生が授業をしている実験室に向かってみますか?」
ケリーヌの言葉に、二人は頷く。
――そして、
「うわ、なによこの臭い……?」
テイラー先生が、普段授業で使う実験室に来た三人。中に入るや否や、スピネリア達は顔を顰める。乳製品や生ごみが腐ったような、とても耐えきれない酷い臭いが充満していた。鼻が曲がりそうとはこのことである。
「姫様。廊下に出られた方が……」
「別にいいわよ。それにしても、実験に失敗でもしたのかしら? 換気すればいいのに。……シノダ? どうしたの?」
臭いにばかり気を取られていたスピネリア。しかし不意に愛理の顔が視界に映り、異臭に耐えるのとは別の意味で、スピネリアは眉間に皺を寄せた。
愛理に声を掛けたスピネリアの声色は、いつもより少し低かった。警戒心というやつか。辺りをしきりに見回す愛理の顔を見たら、自然とそんな声になったのだ。それくらい、愛理からは剣呑なオーラが出ていた。
「……この臭い、どこからです?」
そう尋ねる愛理の言葉。口調は丁寧だが、スピネリアの「どうしたの?」という質問には答えていない。
普段、スピネリアに対して不敬にならないように気を付けている愛理の、そんな対応。それが、あまりにもイレギュラーで、スピネリアもケリーヌも一瞬、言葉を詰まらせた。
一体どうしたというのか。……二人が思わず顔を見合わせると、
「この臭い……死臭じゃありませんか? 死体が長いこと放置されると、こんな臭いがするんです」
「……え?」
王女という立場上、死体の臭いなんて知らないスピネリア。だが愛理は今までに嗅いだことがあったから分かった。
「姫様、ここでお待ちを。シノダさん、一緒に臭いの発生源、探しましょう」
「お願いします。ここまで酷いと、虫が集まっていそうなものですが……」
あまりにも部屋に充満し過ぎていて、どこから漂ってくるのか分からない有様だ。愛理とケリーヌは、しらみつぶしに探し始める。
そして、五分もしない内に、ケリーヌが「あっ」と声を上げた。
「シノダさん、もしかすると、天井裏では?」
「……言われてみると、確かにそうかもしれない。どこか入れる場所は……あった。すみません、脚立か何か、ありますか?」
「シノダ、これに乗りなさい」
スピネリアが、得意の氷魔法で足場を作ると、愛理はそれに乗り、点検口を開ける。
「げほ、げほっ……お、恐らくビンゴだな」
そこから一気に漏れてきた腐敗臭に咽る愛理。
さらに、
「…………」
点検口の辺りに、引き摺られたような血の痕が残っている。しかも、新しそうだ。
愛理は、この中の様子を想像して一瞬躊躇ったものの、流石に放っておくことも出来ないと覚悟を決め、点検口から天井裏へと侵入。
臭いもそうだが、埃も酷い。手で鼻を覆いながら、ライトで中を照らした瞬間、
「おわっ!」
「シノダっ?」
「何か見つかりましたかっ?」
いきなり上がった愛理の慌てた声に、スピネリアとケリーヌが血相を変える。
だが、愛理は二人の言葉に、すぐに返事が出来なかった。
無理もない。そこにあったのは、愛理の想像を遥かに超えるものだったから。天井裏にあったのは――
胴体が上下に無残に切断された、見知らぬ女子生徒の惨殺死体だったのだから。
思わず顔を背ける愛理。胃の中の物が、一気に外に出そうになるのを抑えられたのは奇跡か。あるいは「死体があるかも」と想像していたから故か。蛆なのかなんなのか分からない蟲が湧き、それらが蠢いている音は聞こえないフリをした。とても耐えられそうになかったから。
(な、なんだこれは……。何時からあった? 今までどうして見つからずに? ……ん?)
チラっと見えた、足元の傷。……いや、それは文字。何か硬いもので引っ掻いたのか、『YY』と書かれている。自然に付いた傷のようには見えない。
(……いや、それより……!)
その文字の意味を考える前に、愛理は逃げ出すように、天井裏から実験室へと戻る。あれ以上あそこにいたら、頭がおかしくなりそうだった。
「ちょっとシノダ、酷い顔よ! 一体――」
と、スピネリアがそこまで言った時。
ガチャリ……ガチャリ……。
「……何の音です?」
不意に聞こえてきた、ガチャガチャとした金属音に、ケリーヌが眉を寄せる。
瞬間、実験室の戸がゆっくりと開くと――
そこに、異形の怪物が立っていた。
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