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第57章閑話

「意識を体の中に集中。血流の動きを辿るようなイメージ。ざっくり把握するんじゃなくて、なるべく細かく」


 オートザギア魔法学園。お昼休みの真っ最中。


 燦々と輝く太陽の下、穏やかな風が吹く校庭の隅。


 そこに、三人の少女がいる。金髪ロングの少女が腕組みをしながらあれこれと喋る前で、おさげの少女二人があぐらをかいて地べたに座り込み、目を閉じているという構図だ。


「頭の中は空白を作るように。でも空っぽにするわけじゃない。ゆとりを作るだけ。……ほらシノダ。血流の把握がおざなりになっているわよ。頭はそのままで、意識を全身に渡らせるように。シャルロッテは逆に、集中し過ぎ。血の流れを見失わない程度に意識を引いて、肩から力を抜きなさい」


 スピネリア・カサブラス・オートザギア――この国の第二王女だ――が、紫色の眼を吊り上げ、厳しく、そして鋭くそう指摘する。


 その言葉に「ぐぬぬ」と眉間に皺を寄せたのは、篠田愛理。あぐらをかいている二人の内、長身の方。


 もう片方、眼鏡をかけた紺色のおさげの子、シンディ・シャルロッテも、今の発言に小さく呻き、しかし言う通りにしようと試みる。


 周りに他に人はいないが、もしいたら、「一体何をしているのか」と、さぞ好奇の目を向けられていたことだろう。




 今、二人はスピネリアから、魔法の指南を受けていた。




 事の発端は、先日のこと。


 スピネリアが、愛理に「魔法のこと、教えてあげる」と言ってきたことだった。


 聞けば、以前レイパーの輪廻転生のことを愛理が隠していた時、それに勘付いたスピネリアが、「情報を話してくれたら、魔法の使い方を教えてあげる」と約束していたことを思い出したとのこと。


 その話は、その時点ではまだ色々話せない部分もあったため、愛理は適当にはぐらかした。だからスピネリアが魔法を教えてもらえるとは思っていなかったし、故に完全に忘れていた話だ。ただスピネリアとしては――愛理がうっかり口を滑らしたとは言え――後日、包み隠さず情報を開示してくれたわけで、それならば約束を守るべきと考えたのだ。


 最も、それだけが理由ではないのだが。愛理には言っていないが、スピネリアが個人的に()()()()()()もあった。この指南は、それを確認するのも兼ねている。


 シンディは最近、よく愛理と仲良くしているということもあって、ついでだからと一緒に受けさせてもらっているというわけだ。


 さて、魔法の指南と言ったが、今やっているのは、魔法を直接的に使う練習ではない。もっと前の段階。自分の魔力を、正確に把握する練習である。愛理は魔法に馴染みの無い世界の人間で、まだ簡単な通話の魔法すら使えない。そのため、まずは魔法を使うための『魔力』を認識出来るようにしなければならない。


 とどのつまりこの練習は、本当に基本的な部分。


「二人とも、呼吸が乱れているわ。一回深く吸って、二回吐く。吐き出す時は、最初の一回は軽く、浅く。次の一回は長く、深く。慣れない内は意識をしながら、でも次第に無意識に出来るように」


 ――難しい注文だ。


 愛理もシンディも、額に汗を浮かべながら、同じことを思った。血流と呼吸、さらには他にもいくつか意識をしないといけない部分があるのだが、それをやった上で、脳内にゆとりを作らないといけない。マルチタスクもいいところだ。


 繰り返すが、これは、魔法の本当に基本的な練習だ。


 ……だが、実はこれが出来ない者は、魔法を普通に使っている人間でも意外と多い。


 大昔は、学校教育のカリキュラムの中に、この練習も入っていた。基礎から学び、鍛錬して習得するのが当たり前の時代だったから。それでも『魔法は才能だ』と言われた時代だ。


 だが、最近は研究が進み、魔法を簡単に使う方法が確立された。誰も彼もが、生まれた時からあまり苦労せずに魔法を使えるようになったのだ。そのため、わざわざ学校で時間を割く必要があるのかと、この基本的な練習は、授業から消えてしまったのである。


 魔法大国と呼ばれるオートザギアであっても、例外ではない。いや魔法大国だからこそ、技術と研究の発達で、そうなるのはより早かった。


 が、しかし。その進んだ研究が適応されるのは、魔法に慣れ親しんだ異世界の人間のみ。魔法が無い世界の人間が、今のやり方で魔法を習得しようと思っても、そうは問屋が卸さない。


 だからこそ、スピネリアはわざわざ、愛理にこの練習をさせている。魔法の基礎鍛錬を端折らない訓練方法……これならば、愛理には寧ろ、適切だと思ったから。


 授業から消えたとは言ったが、オートザギアの王族は別。古き鍛錬は伝統として学ばされ、スピネリアとて例外ではない。だから、この練習方法を教えられる、数少ない人間の一人だ。


 そうこうしている内に、鍛錬もラストスパートに入り――


「後三十秒。集中するように。……二十秒……もうちょっと。……十秒……三、二、一、はい!」


 パンッ、とスピネリアが手を叩くと、愛理もシンディも揃って地面に倒れ込む。二人とも汗びっしょりで、整えていたはずの呼吸はすぐに荒くなっていった。


「十分休憩よ。そしたら少し、二人の中に魔力を流し込むわ」

「ぐっ……あの練習か……」


 思わずそんなことを、空に向かって漏らした愛理。


 これも基礎鍛錬の一つで、魔力を体に覚えさせる練習である。同時に、人から貰った魔力を体に蓄積させて、徐々に体が魔力を作れるようにするという目的もあるのだが……魔法の無い世界の人間に通用するかどうかはスピネリアにも分からない。


 ただ一つ言えるのは、これは不意に、体の内側から注射に刺されるような痛みに襲われる時があるので、愛理としてはかなり苦手な練習だということか。


「シノダ……そんな顔しないの。まぁわたくしも苦手でしたけど。それでも何度も経験していると、慣れてきたんじゃない?」

「痛みの頻度は減ってきていますが、痛み自体は変わらないじゃないですか。正直、シャルロッテさんが隣で頑張っていなかったら、逃げ出していたくらいです」

「いやいや、私も同じ。一人でやっていたら、音を上げていたと思う。……でも、最近何となく、魔法に力が籠る感じがする。成果、ちゃんと出ているのかも」

「魔力の流れを掌握すると、魔法を使う際に、魔力を無駄なく注ぎ込めるからね。攻撃魔法の必要性が薄れた今じゃ、あまり恩恵も無いけれど」


 この鍛錬をしなくなった背景には、こういった時代の流れもある。


 もしもアーツを持たずとも、レイパーに魔法が普通に通じていたら……もしもそうならば、この鍛錬も復活していただろう。現実的には、『アーツを通さない魔法は、若干のダメージしか与えられない』程度なのだから、結局そのままである。


「わたくしはトライウィザードだのなんだの持て囃されているけど、この鍛錬が当たり前に行われていた頃は、それこそ三種の属性魔法が使えるなんてザラだったそうよ。多分、魔力の流れを掌握していたから、色んな属性魔法に適正が持てたんだと思うわ。まぁ昔は魔法戦争が頻発していたから、それくらい出来ないとやっていけなかったのかも」

「ふぅん。……シノダさんは、どう? 何かコツ、掴めた?」

「……いえ、全然。自分の中に、魔力のまの字も無いですね……。ん? どうしました? 王女様?」


 自分をジーっと見つめるスピネリアにそう尋ねる愛理。しかし彼女は、「何でもないわ」と首を横に振る。


 すると、シンディが「あ、そうだ!」と声を上げた。


「ねぇねぇ、最近皆の中で流行っている噂、知ってますか? 不審者の噂!」

「不審者? ……あー、まぁ、なんかチラっとだけでしたら」


 教室の隅っこで、何人かの学生がコソコソとそんな話をしていたのを耳にした記憶ならある愛理。と言っても、詳細まではよく分からないが。


 しかしスピネリアは知っているようで、「あー、あの話」と顔を顰める。


「朝から晩まで学校の中を、金属の音を鳴らしてウロウロしているとか。本当にいたらヤバいから調べようと思ったけど、侍従に『おやめください』って言われて止められたわ」

「……レイパーではありませんか?」

「んー? でも、レイパーならとっくに被害が出ていないかな? この学校、女の子がたくさんいるし……」


 流石に考え過ぎだよと、シンディは苦笑いを浮かべた。愛理は反射的に何か反論しようとして口を開きかけて固まり、やがて「まぁ、それもそうか……」と呟く。確証も無いのに、シンディの不安をあまり煽るのも如何なものかと思ったのだ。


 その隣で、スピネリアはこっそりと、愛理をジーっと見つめていた。







(……シノダ、本当にまだ魔力が作れないのかしら? ――じゃあ稀に感じる、『()()()()()()』の正体は一体……?)

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