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第57章幕間

「あー、やっぱりあの依頼って、嘘だったんですね……」

「妙な騒ぎになってから、何となくそうかもしれないとは思っておりましたが……驚かなかったわけではありませんが、やっぱりという気持ちの方が強いですわね……」


 翌日十時。エルフの里の、カリッサの家のリビング。そこに、優と希羅々のげんなりとした声が響く。


 カリッサが真実を話すために皆を集め、第一声を聞かされた後の二人の反応がこれだ。


 カリッサは「本当に申し訳ない。全部分かるように説明するよ」と深々と頭を下げる。


「改めて、私はカリッサ・クルルハプト。昔はハプトギア大森林やカルムシエスタ遺跡、今はエルフの里で、コートマル鉱石の管理をしてるエルフです」

「ハプトギア大森林の時から……。じゃああの時、火だるまのレイパーと、ムササビのレイパーが狙っていたのは、あなたが管理していたコートマル鉱石だったてこと?」


 ミカエルの質問に、「半分正解」とカリッサは頷く。


「あれも私が管理していたものだけど、ほんの一部。コートマル鉱石って、昔から噂を聞きつけては狙ってくる人が偶にいて……実はあの時奴らに見つかったコートマル鉱石は、本命のコートマル鉱石を守るための囮みたいなものなの。勿論、ただで盗まれていいわけじゃないけどね」

「あの日、最後にカリッサさん、私達にコートマル鉱石をくれましたよね?」

「うん。レイパーを追い払うのに滅茶苦茶協力してもらった上、危険にも晒してしまった手前、ただで返すのも悪い気がして……」


 とは言え、あの時は、カリッサも雅達との関係はこれっきりにするつもりだった。


 それからしばらくして、事情が変わった出来事が起きたと言う。……言わずもがな、アラマンダの一件だ。


「最初にアラマンダの様子が変だと思ったのは、半年くらい前のことだった」


 カリッサとアラマンダは、同じ家で暮らしている。基本的には二人とも毎日家に帰り、顔を合わせないことは滅多にない。


 だが、丁度その頃、アラマンダが家に帰って来ない日が増えてきた。理由を聞いても、「ちょっと仕事の都合で」としか言わない。


 小さい頃はよく振りかざしていた姉の権力と暴力で無理矢理聞き出そうかとも思ったが、流石にそんな年でも無い。それに、


「その頃のアラマンダ、なんだか少し具合が悪そうだった。疑問もあったけど、それよりも心配の方が強かったよ。だから、あんまりあれこれ問い詰めるのも良くないかなって思って……」


 とは言え、他に何かかけてやれる言葉を、カリッサは知らなかった。やつれていくアラマンダに、あれこれと頭を悩ませること日は経っていった……のだが、


「ある日、管理していたコートマル鉱石が、少し減っていることに気付いた。最初は気のせいかなって思ったんだけど、調べてみると確かに減っていて。ただ、誰が盗んだのかは、全然分からなかった」


 洞窟の入口を張ってみたりもしたが、侵入者が現れる様子はなかったと、カリッサは言う。


 しかし、


「でも、一月くらいだったかな? その日も侵入者が現れるかなって思って見張っていたら、アラマンダがやって来た。その時のあいつ、何だか挙動不審で。結局アラマンダは何もせず引き返したんだけど、その日も何故か、コートマル鉱石が少し盗まれていた。流石に、これはおかしいって思ったの」


 その日、アラマンダは帰って来なかった。しばらく家を留守にし、帰って来たのは二週間後。そこでカリッサはアラマンダに、あの日は何をしていたのか聞いたが、「そんな前のこと、覚えていないよ」とはぐらかされてしまったという。


「正直、アラマンダを疑いたくなかった。弟だし。……ただ、何となく手放しであいつを信じられなくなってきた気もして、これは確かめる必要があるって思ったの。そんな時、あの討伐戦の話を知った」


 ラージ級ランド種レイパー。レイパーを輪廻転生させる元凶。そいつを倒すための作戦の一環として、転移魔法装置で奴を座礁させるというものがあった。そしてそのために、コートマル鉱石等の、大量のエネルギーが必要だった。


「聞いた話を調べてみると、びっくりしたよ。前にハプトギア大森林で会った人達が、作戦の中枢にいる。……その時、思ったんだ。これはチャンスじゃないかって」

「チャンス?」

「うん。遺跡に、アラマンダを誘き寄せるチャンス。実はあの遺跡、普段は結界を張っているんだ。それを、エルフを説得して、君達にコートマル鉱石を提供することにして、その結界を解くことにしたんだよ。で、それをアラマンダにもこっそり伝えた。もしコートマル鉱石を盗もうとしているのなら、何らかのアクションを起こすと思ったし」

「そっか……それでカリッサさん、私の家を訪ねてきたんですね」


 あの日、突然カリッサが束音家を訪れた訳を知り、雅は感嘆の息を漏らす。


 カリッサの目的は、雅達にコートマル鉱石を渡してランド種レイパーを倒すことでは無かった。遺跡に、アラマンダが来るように仕向けることだったのだ。


「ミヤビさんの家を知った経緯は、あの時話した通り。オートザギア王国と交渉して、場所を教えてもらったの。ただ、流石にアラマンダを捕まえられるとは思っていなかった。精々、疑いの確証を得られるくらいが関の山かなって。だから後日、アラマンダを捕まえるための別の作戦が必要で、君達に、『私の依頼を受けて欲しい』なんて交渉をしたんだ」


 ただあの時、カリッサに、二つの想定外のことが起きた。


 一つは、雅達が遺跡に着いてくると言ったこと。その時、カリッサは一人で遺跡に行くつもりだった。雅達とは、交渉だけの予定だったのだ。


 最も、これは大した問題では無かった。もしかしたら自分に疑いを持たれるかもしれないリスクはあったが、「同行させて欲しい」という頼みを断るのも不自然だったため、そのリスクは受け入れたのである。……案の定、優達には少しばかり不信感を持たれてしまったが。


 問題は、二つ目の想定外。


「まさかアラマンダが、人工レイパーになって襲ってくるなんて……」


 あの時は、確証は無かった。だが、姉としての勘が、あの時襲ってきた敵が、アラマンダだと告げていた。


「人工レイパーのこととか、よく知らなかったから、最初はアラマンダが、何か特殊な魔法でも使っているのかと思っていた。でもユウさんの、敵を見つけるスキルが反応していたことを思い出して、何だか凄く嫌な予感がして……」


 信じたくない。


 しかし、信じざるを得ない。


 それが何よりも苦しかったと、カリッサは言う。


「レイパー問題は私達エルフも悩まされていたから、討伐戦には最後まで参加させてもらって、その後、ニホンで少し調べたりしたの。薄らと、人工レイパーが日本発祥だってことは聞いていたから。……そしたら、また君達が問題の渦中にいることを知ったよ」

「成程……それで、アラマンダさんが、いよいよ本当に人工レイパーじゃないかって確信したんですね」


 ライナの言葉に、カリッサは無言で頷く。


「何故、私達に嘘の依頼を? 最初から正直に話してくれていれば、もっと別の方法だって……」


 そう尋ねるライナ。実はここが、ライナにとって一番の謎だった。


「アラマンダが、またコートマル鉱石を盗もうとしている気配はあった。こっちは証拠も無いし、現場を抑えたいって思っていたんだ。それで色々考えたんだけど……君達がコートマル鉱石を盗みにエルフの里に来たって疑われれば、アラマンダも尻尾を出すかなって」

「えっと……つまり、囮だったってことですか?」


 ノルンが眉を顰めてそう聞くと、隣でファムの視線が鋭くなる。


 カリッサは少し言い辛そうに唇を噛んだが、それでも「うん。そうなの」と正直に頷いた。


「コートマル鉱石を人間に渡した一件、あれちょっと、里の中で問題になってね。エルフ達の中には、君達のことを知りたがっていた者もいた。本当にコートマル鉱石を渡しても問題無かったのか、見極めたかったんだ。だから、そういう人達を焚きつけて、表向きは交流会という名目で、君達を呼ぶことにしたんだ。で、君達には私から、『長の麻薬使用疑惑』って理由を付けて、コソコソ行動してもらうことにした。そうすれば、エルフ達は君達が、まるでコートマル鉱石を盗もうと画策しているように見えるだろうから」

「私達が疑われれば、マークされていないアラマンダさんは動きやすくなる。少し大胆にコートマル鉱石を盗んで、それがバレかけても、私達のせいに出来るものね……」


 全くよく考えたものだわ、とミカエルは呆れたように溜息を吐いた。


「……これは信じてもらえないかもしれないけど、本当は、あそこまで大騒ぎにするつもりは無かったの。ちょっと色々不幸な事故があって……ファムちゃんにうっかり見つかっちゃったのも、その一つ」

「お蔭でこっちは、捕まったら処刑されるかもってなって、大変だったんだけどね」

「本当にごめんって。……で、その後は君達も知っての通り。これが事の真相。本当に申し訳なかった。――それと、お礼も言わせて欲しい。アラマンダのこと、止めてくれてありがとう。……その後の処遇のことも含めて」

「……ま、人工レイパー絡みとなれば、手掛かりにもなるし、身柄はこっちに引き渡してもらわないと」


 そんなことでお礼を言われても、と言いたげな様子で、優が答える。


 その言葉通り、アラマンダはこれから、新潟へと護送される。本来なら、コートマル鉱石を無断で盗んだ罪で処刑されるのだが、雅達がそれに待ったをかけたのだ。


「それでも、最終的にアラマンダは、里からの追放という形で決着が着いた。間違いは犯したけど、あれでも弟だし」

「もっとごねられるかとも思いました。でもデューラさんが、意外にもすんなり納得してくれて……」


 まさか自分達の肩を持ってくれるとは思わなかったノルン。しかし、カリッサは首を横に振る。


「怖い顔して武人肌だし、ちょっと乱暴な言葉遣いだったりするけど、殺生とかは好まない人だから。一部の過激なエルフ達が極刑にしろって騒いでいるけど、そうじゃない人の方が多いんだよ」

「……カリッサも、追放処分になったんだよね? これからどうするの?」


 少しばかり心配そうな顔になるファム。その一部の過激派エルフ達を納得させるため、アラマンダの家族であるカリッサが罰を受けることになったのだ。


 しかし、


「折角だし、またハプトギア大森林の管理でもしようと思う。あれはあれで、楽しかったし。たまに日本にも行くよ。アラマンダの様子を見にね」


 意外にも、憑き物が落ちたような顔で、カリッサはそう言う。もしかすると、コートマル鉱石の管理というのは、存外に神経を使うことだったのかもしれないと、ファムは思った。


「それにしても、これは予想外だったなぁ……」


 カリッサは頭を掻きながら、窓の外を見て、溜息を吐く。


 その視線の先には、雅達が入れられた牢屋。




「君達を里に呼ぶために、でっちあげた話だったんだけど……まさか長が、本当にサルモコカイアに手を染めていたなんて……」




 これが、カリッサにとって一番驚いたこと。あの牢屋には今、アラマンダの他に、里の長のルーフィウスも投獄されている。


 雅達がアラマンダと交戦している裏で、優やミカエル、希羅々、ライナが、騒ぎの真実を知ったデューラに、集めた証拠のことを話したのだ。


 当然、驚愕したデューラ。急いでルーフィウスを問い詰め、大々的に調べると、他にもいくつか証拠が出てきたのである。


 ルーフィウスも大変驚いていた。彼はサルモコカイアを使ってしばらく経つが、その気配をおくびにも出さず、事実里の誰も、彼が薬物を使っていると疑っていなかったのだから。雅達が何かコソコソ動いているのも知っていたが、それはコートマル鉱石強奪のためだと思っていた。まさか自分がサルモコカイアを使っている証拠を探しているとは、夢にも思わなかったのだ。


 嘘から出た誠とは、まさにこのことである。


 なお、ルーフィウスもまた、シェスタリアのバスターに引き渡されることになっている。サルモコカイアの使用は、エルフの中だけで完結する問題では無い。


「私達が見つけた、靴の素材に使われたと思わしき動物の毛皮……あれ今、ユウカさんに調べてもらっているの。ルーフィウスさんの証言とも合わせると、バイヤーの方も摘発出来そうね」

「……あの、証拠を見つけておいてこんなことを聞くのも変な話ですけど、これから里、大丈夫ですか?」

「……どうだろう? ま、デューラさんなら、何とか上手く皆を纏めてくれるだろうけど」


 里の臨時長となったデューラ。順当にいけば、臨時ではなく、正式に長となる。


「カリッサさん。アラマンダさんは、あれから……」

「こっちの質問には、素直に答えてくれているよ。一晩経って、アラマンダも少し後悔の気持ちが芽生えてきたみたい。この後、また話を聞きに行くつもり。……ただ、アラマンダもあまり詳しいことは知らないみたいだ」

「アラマンダさん、ULフォンを知っていました。彼の人工レイパー化には、ほぼ間違いなく、私の世界の人間が関わっています。元凶は久世浩一郎。盗んだコートマル鉱石は、恐らく彼のところに送られたはずです」

「クゼ……そう言えば、人工レイパーのことを色々調べた時に、名前を見たね。そいつが、アラマンダを、レイパーに……」

「もしかすると、間にバイヤーが挟まっている可能性もありますわね。そこら辺のこと、きっちり確認しなくては……。まぁ、そういう専門的なところは、新潟県警にお任せ致しましょう」

「ですね。……それにしても、大変な事件でしたよ、もう」


 そう言うと、雅は窓の外に目を向ける。――庭に植えられた夾竹桃が、風に揺れていた。

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