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第508話『黄葛』

「ね……姉さん? なんでここに?」


 この騒動の中、洞窟からコートマル鉱石を盗んだ人物。カリッサの弟、アラマンダ・クルルハプト。


 金髪に長い耳、そして姉によく似た美形の顔立ち。それを全て驚愕に染め、瞳を震わせて、声を掛けてきたカリッサを見つめる。


 それだけでは無い。その横には、


「もう逃げらんないからね。観念した方がいいよ」


 ファムも、腰に手を当て、アラマンダを睨みつけている。


 何故、カリッサとファムがここにいるのか。コートマル鉱石を盗もうとした嫌疑を掛けられ、今、他のエルフ達から追われているはずではないのか。先程見つかって、追跡中だという情報は、アラマンダにも入ってきている。


 しかも、


「アラマンダ……! 何故だ……?」

「デュ、デューラさんっ? あなたまでっ?」


 カリッサ達とは反対側から声がして振り向き、アラマンダはさらに動揺した声を上げる。


 希羅々に負かされた、里のナンバーツー。デューラ・グラナスタが、信じられないものを見たという顔でそこにいたから。その両脇には、雅とノルンもいた。


 五人に囲まれ、逃げ場を失ったアラマンダ。


 まさか、異なる理由で逃げているカリッサ達と雅達、そしてそれを追っているエルフが、示し合わせたようにここに来るとは、アラマンダも予想していなかった。


「アラマンダ、答えなさい。その手に持っているの、コートマル鉱石でしょ? 何で盗んだの? 今日が初めてじゃないはず。誰に渡していたの?」

「言い逃れ出来んぞ、アラマンダ!」


 カリッサとデューラから詰め寄られ、思わず後退るアラマンダ。


 否定しようと口を開くが、言葉が出てこない。コートマル鉱石を盗みに入ったのは事実で、しかも手に持った麻袋からは、そのコートマル鉱石の光が若干ながら漏れている。動かぬ証拠だ。言い訳のしようがない。


「待ってくれ。皆がここにいるのなら、向こうの騒ぎはなんだっていうんだい?」


 代わりに出てきたのは、苦し紛れに話題を逸らすだけの発言。しかし、それだけではない。純粋に疑問だったのだ。下手人とされる二人がここにおり、牢屋から逃げた者もここにいて、それを捕まえる陣頭指揮を執っているはずの者もいる。それならば、向こうがあんなに騒ぎになっている理由がない。


「あれは、ただの陽動ですよ」


 アラマンダの質問に答えたのは、ノルン。


「ファムとカリッサさんから、あなたがコートマル鉱石を盗んでいるっていう話を聞きました。でも証拠がない、という話も。だから、あなたを罠に嵌めるために、エルフの皆さんに協力してもらったんです。私達が、里で騒ぎを起こして逃げ回っているように見せかけるために」

「この者達の仲間のキキョウインから、事情を聞いた。まさかとは思ったが、俺にも証拠を見せるというから、彼女達の作戦に乗ったんだ。皆には、俺から事情を説明した。犯行現場を抑えるため、お前が忍び込みやすいように、敢えてここの警備を手薄にしたんだ」

「デューラさん……何故、この者達に協力を? 道理は無かったはずなのに……!」


 とても信じられないと、アラマンダはそう尋ねる。


 雅達が何を言っても、エルフ達が耳を貸すことは無かっただろう。


 だが、デューラならば話は別。確かに、里のナンバーツーの言葉であれば、エルフ達も理解を示す。彼を説得さえ出来れば、エルフ達に協力を仰ぐことは可能だ。


 だが、その説得がそもそも難しいはずなのだ。あの時点では、雅達の言葉には、デューラを説得できるものが何もないのだから。


 デューラは軽く舌打ちをすると、チラリと里の、騒ぎが起こっている方を見てから、改めて口を開く。


「……あの騒ぎの中、カリッサと直接会ったんだ。最初はサキュバスの『魅了』の力で操られているかとも思ったが、そうではなかった。カリッサは、自分の意思で行動していた。……そうなると、流石に協力する選択肢を選ばざるをえん。キキョウインと、他三人の女も、信用の担保として人質になると言ったしな。それに……」


 デューラはしかし、そこで言葉を飲み込み、そっぽを向く。


 これは、確証の無い話だから、言うべきではないと思ったこと。


 ……希羅々と直接手合わせし、剣を交えた時、この者達が悪事を働くような人間だと思えなくなった等、武人の肌感覚もいいところ。里のエルフを纏める立場の一人として、これを判断の基準にするわけにはいかない。


「……僕がコートマル鉱石を盗んでいるって、どこで気付いた?」

「結構前からよ。姉を舐めすぎ。弟が何かコソコソしていることくらい、気付くわ」

「どうやってこの作戦を? 通話に関する魔法は、封じられているはずなのに……! メッセージが書かれた紙なんかも、何も無かったはず……。デューラさんは、さっき姉さんと直接会ったなんて言っていたけど、落ちあう場所だって伝えなければならなかったはずだ!」


 アラマンダにとって、これが一番の誤算。


 午後八時を過ぎた辺りまでは、確かにエルフ達は、『雅達がコートマル鉱石を盗もうとして里に入り込み、カリッサを利用している』と信じて疑わなかったはずだ。


 だからこそ、アラマンダも行動を起こした。万が一コートマル鉱石が盗まれたとバレても、雅達のせいに出来るから。


 それが、まさかこの一時間の内に、エルフ達の認識が、ここまでひっくり返されるとは思わなかったのだ。カリッサとファムは、誰ともきちんと話が出来るタイミングが無かったはずだから。


 つまり、どうにかして互いに連絡を取り合ったのだろうが、その方法が、アラマンダには皆目見当もつかなかったのである。


 だが、そんな彼に、カリッサは呆れたように溜息を吐くと、口を開いた。


「アラマンダ。誰かと連絡を取る手段は、手紙とか魔法だけじゃないんだよ。排他的なエルフには、馴染みがないものだけど――」


 カリッサがそう言うと、隣のファムが、ポッケから小さな通信機を取り出す。これは、そう――


「ユ、ULフォン……っ?」

「なんだ、アラマンダも知っていたんだ」

「魔法は封じられても、ミヤビ達の世界の便利な機械まではどうにも出来ないでしょ。これ、こんな小さいけど、色んなことが出来るんだ。勿論、皆と連絡を取り合うこともね。まぁこれ、キララのものなんだけどさ」

「ファムちゃん、自分のULフォンは持っていないし、カリッサさんは言わずもがな。受け渡しには苦労しましたが、マガリソウのお蔭で上手くいって良かったです」

「マガリソウ……?」


 雅の言葉に、アラマンダが震えた声でそう聞き返す。


 ファムが木の幹に羽根を突き刺し、雅達はそれを見つけて、羽根の代わりにマガリソウを差し込んだ。


 その時、一緒にある文字も書いている。それは『UL』という二文字。


 ULフォンを知らないエルフには意味不明だろうが、ファムにはそれが、何を伝えようとしているのか、すぐに理解した。


 マガリソウは、『これがたくさん生えているところに、ULフォンを隠したよ』という意味だったのだ。


 後は簡単だ。マガリソウがたくさん生えている場所はカリッサが知っており、ファムがそこまで連れていく。マガリソウは、触れたら丸まる性質があり、その時間は細胞に完璧に記憶され、それを読み取る魔法がある。雅達が隠したであろう時間帯に丸まったマガリソウの先に、ULフォンが隠されているという寸法だ。


「まぁ、ULフォンが隠されている大体の場所が分かれば、()()使ったら一発で引き寄せられたけどね。それで首尾よくこれを見つけて、ミヤビ達に連絡を取って事情を説明して、この作戦を立てたってわけ。凄いでしょ、これ殆ど全部、ノルンが立てた作戦だよ」

「くっ……」


 脂汗を浮かべるアラマンダ。


 カリッサは、威嚇するように一歩前に進み出る。


「さぁ、アラマンダ。そろそろ最初の質問に答えてもらうわ。コートマル鉱石を盗んだ理由を話しなさい。さもないと……痛くするよ!」


 掌をアラマンダに向け、魔力を集中させるカリッサ。


 だが、


「姉さんには……エルフの人達には、言っても分かんないと思うよ」


 アラマンダは麻袋を放り投げ、額の汗を拭い、静かにそう告げる。


 そして、




「僕は今……とても大事な仕事をしているんだ」


 覚悟を決めた、しかし濁った眼のアラマンダがそう言い放った直後。




「アラマンダ……やっぱりあなた……!」

「なんとっ?」

「あー、カリッサの悪い予感、当たっちゃったのかよ、もう!」

「皆さん、姿を消す能力に注意を……!」

「デューラさん! 下がって! 私が魔法で隙を作りますから!」




 アラマンダの姿が、ぐにゃりと揺れる。


 この特有の現象。その後に現れるのは、そう――




「僕はここで、捕まる訳にはいかない」


 後頭部の隆起(カスク)に、緑色の鱗。さらにはギョロリとした大きな目玉。鱗の無い部分は軟体動物のようにヌメっており、歪な頭部からは、柔らかそうな突起も見られる。


 カメレオンとナメクジを合わせたそいつは、人工レイパー。


 カルムシエスタ遺跡、そして里でライナ達を襲った、『人工種カメレオン科レイパー』だ。この人工レイパーの正体は、アラマンダ・クルルハプトだったのだ。


 異形の怪物と化した弟。そんな彼を見て、カリッサは歯噛みし、それでも首から下げた星型のブローチ……アーツ『星屑の瞬き』を握りしめる。


「本気でぶたれないと分かんないみたいだね、アラマンダ! 皆、面倒ごとを頼んで悪いけど、協力して!」


 そう言うと、誰よりも先に、カリッサは人工レイパー……アラマンダへと、走り出すのだった。

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